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「マスター!12:00の方向にM・H(モーターヘッド)駆動音!距離700m!」
「何!?くっそ、これで6台かあ〜っ!完全に囲まれたらヤバイ。とんずらするぞっ!”ARCH・ANGEL”!」
「はいっ!!正面『青騎士』をカウンター開始、合図で飛び出して下さい!…今です!!」
時に星団歴3006年。
ジョーカー太陽星団には戦乱の嵐が吹き荒れようとしていた。
ここは強力な電気騎士M・H(モーターヘッド)が大地を揺るがし戦う世界。
乱世に突入し、腕に覚えのある騎士はこぞって名乗りをあげ、巧妙を競い合った。
下級の騎士でもチャンスに恵まれれば出世が望める。
乱世は不遇の時代を過ごしていた彼らに果てしない野心を提供した。多くはその命と引き換えに―。
「どうだ?”ARCH・ANGEL”!?」
ファテイマ・ルームから顔を覗かせたパートナーを下から見上げ、ヒカルは怒鳴った。
「大丈夫です!ギアの損傷はなし、各関節も正常。冷却すればまたすぐにでも出れますよ!」
「さっすが〜。正規軍相手にこんなおんぼろM・Hで無傷で脱出できるなんてホント、たいしたもんだぜ」
”ARCH・ANGEL”はM・Hから一息に飛び降りると、下で待つヒカルににっこりと微笑んだ。
切れ長の瞳に通った鼻梁、長い艶やかな黒髪は膝に届くほどに長い。いつ見ても本当に『彼女』は美しい。
そのパートナーの顔をくったくなく見つめてヒカルも笑い返した。
「全くとんだとばっちりだったよな。ドーリー(M・Hを乗せて移動する)見ただけで追いまわされるなんて予想外だったぜ。…あーあ、見てよ、これ。せっか
く気に入ってたのにボロボロだあ〜」
共に格納庫から居住スペースへ続くタラップを歩きながら、ヒカルは愚痴った。
肩を竦めて両手を広げてみせるヒカルの服は、シャツの肩口が裂け地肌が見えている。
それに引き換え”ARCH・ANGEL”の薄いブラウスには汗染みひとつなく、ミニスカートから黒いタイツに包まれたすんなりとした足をのぞかせていた。もちろ
ん擦り傷ひとつない。
「あとで繕っときますよ。国境も越えたし、もう安全でしょう。…食事にしましょうか?」
「そだなー、うん。頼むよ。あ、その前に風呂入りたい。ホコリまみれだ」
「わかりました」
『彼女』はコンソールを操作して湯の用意をすると、ヒカルの着替えを取り出したりいそいそと世話を焼く。
「あ、そうだ!”ARCH・ANGEL”」
風呂に入るべくシャツを脱ぎながら振り返る。
「なんです?マスター」
しかし”マスター”の言葉を聞いた途端、ヒカルは不機嫌な顔をした。
「M・Hに乗ってない時はヒカルでいいよ。だってオレ、まだお前の”マスター”じゃないもん」
「でも…」 パートナーは困ったようにヒカルを見た。
「そのかわり二人だけの時は本名呼んでいい?」
「…仕方ありませんね。でも本当に二人きりの時だけですからね」
パートナーはヒカルのシャツを受け取りながら苦笑した。
「もちろんさ!じゃあ、さっそく”sai”!…フロいっしょに入んねえ?」
”sai”は硬直して動きが止まってしまった。顔が真っ赤だ。
「そんなカタまらなくてもいいじゃん。男同士なのに…オレなんかヘンなこと言った?」
「い、いいえ。でも遠慮しときます」 ようやく、そう口にする。
「ふーん?ま、いいか。じゃ」
カタまらせた張本人は、言い捨ててさっさと浴室へ消えていった。
saiはため息をついた。
「全くヒカルときたら。本気なのか、私をからかっているのか…」
ヒカルが風呂からあがると、テーブルの上には簡単だが食事の用意がされ、saiは男物のシャツとズボンに着替えていた。
「すいません。サンドイッチくらいしかないのですが…」 saiがそう詫びた。
「いいよいいよ。さっきの街で買出しできなかったんだもん、仕方ねーって。それより着替えちゃったの?つまんねー」
口をとがらすヒカルに、saiはちょっと呆れた顔をした。
「”ARCH・ANGEL”の私はファティマですから女性の姿もしますけど、saiとしての私は男ですからね。さっきヒカルもそう言ったでしょ?」
「そりゃそーだけどさあ。いいじゃん、似合ってるんだから」
ヒカルはふて腐れたように、サンドイッチにかぶりついた。
「オレだって悪いとは思ってんだぜ。お前にファティマの真似事なんかさせてさあ」
saiはヒカルの向かいのソファーに腰掛け、さきほどのシャツを広げている。これから繕うのだろう、傍らには針と糸が用意されていた。
「また、その話ですか」気のない風に言った。
「だって自分より弱い騎士に仕えるなんて、お前だって嫌だろー?全くウチの陛下ときた日にゃあ、ナニを考えてるんだか」
「だからグリーン・レフト(ヤクト・ミラージュ)の専任騎士を育ててるんでしょ?」
ヤクト・ミラージュとは通常のM・Hの規格にまったく当てはまらないモンスターマシンの名称だ。その操縦は並みの騎士やファティマには不可能とされる。
「前任の騎士『シャフト』が死んで、専任ファティマの『パルテノ』も精神崩壊寸前では仕方ない事です。帝としては今度の戦争になんとしても使いたいところ
でしょうからね、あれは」
器用に針を運びながら、
「しかしあなたが三ヶ月でモノにならなければ、私は佐為に戻って終わりです。”ARCH・ANGEL”はあなたのためだけに復活したファティマなんですからね」
「三ヶ月かあ〜。厳しいよなあ」ヒカルは難しい顔をして黙り込んでしまった。
グリーン・レフトの次の専任ファティマはすでにこの”ARCH・ANGEL”に決まっている。
ファティマとはM・Hの制御を行うために生み出された有機コンピューター、完全人工生命体である。
”ARCH・ANGEL”はもともとエトラムルといって無形態(形が一定していない)ファティマだったのを先年亡くなったバランシェ公が再構築したファティマ
だ。
エトラムルであった時からの膨大な戦闘経験を蓄積し、並みの騎士をはるかに凌駕する能力を持つ”ARCH・ANGEL”。
ファティマのスペックはパワーゲージで表されるが、戦闘力のパワーゲージが3Aを超えるファティマは星団法違反となる。2Aで騎士クラスだから、ファティマ
が暴走した時に止めるものがいなくなってしまうからだ。
”ARCH・ANGEL”のパワーゲージは騎士を超える3A。その結果、廃棄処分とされてしまった。
しかし実は密かに逃がされ、生きて、ここにいる。
精神崩壊寸前の『パルテノ』が冬眠処理されたあと、ヤクト・ミラージュを誰に任せるか天照帝は悩んだ。
ミラージュには凄腕のファティマは他にもいるが『パルテノ』の代わりをするには彼女と同じ戦闘力3Aが必要だったのだ。しかしそんなファティマは存在しな
い。いてはならないからだ。
そこで帝は”ARCH・ANGEL”に目をつけた。『パルテノ』同様、過去に廃棄処分された3Aを持つファティマ。
”ARCH・ANGEL”は天照王家の家臣である三条家に引き取られていたのだが、それをファティマとして秘密裏に復活させる。
しかし問題はこのファティマと相性のいい騎士が、帝のミラージュ騎士団に見つからなかったということなのだ。
”ARCH・ANGEL”は三条家の分家である藤原家に養子に入っていた。
ここでヒカルが注目される。ヒカルの実家は三条家なのだ。
ヒカルは藤原家には佐為という天位(騎士の階級のひとつ)クラスの騎士が跡取息子として養子に入っているという話は知っていた。
しかしほんの三週間前に会うまで、それが”ARCH・ANGEL”だとは知らなかったのだ。
元々が無形態だったため性別のなかった”ARCH・ANGEL”は名目上は一応、L型(成人女性型)とされている。
しかし藤原家の『跡取』となり、sai(=ARCH・ANGEL)は自分を『男性』だと言っていた。
本当は”sai”の身体がどうなっているのかヒカルには分からない。一度見てみたいと好奇心からそう思うのだが、未だ実現していなかった。
ヒカルは初めて”sai”と会った時のことを思い出す。
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