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「引退記念パーティー?」
年も押し迫った12月の初め、ヒカルは佐為から唐突にそれを聞かされた。
「ええ。先週マネージャーがいきなり電話してきて、クリスマスにエリザベスの引退記念パーティーを
行うから、ぜったい出席してほしいって。ヒカルが地方へ行っていなかった時ですよ」
クラッシャー・エリザベスのマネージャーは現在、アメリカで将来有望な若手女子プロレスラーの専属
マネージャーになっている。
すでにエリザベスとは縁が切れているはずなのに、何故1年以上も経った今頃になって引退記念パーテ
ィーなのだろう?
「…それで、行く気?佐為」
「仕方ありません。マネージャーには短い期間とはいえお世話になりましたし…。来てくれないと困
る、助けると思って絶対来てくれ、なんて言われたら断りきれませんよ」
佐為は出来るなら、あのようにおそろしい世界とは、金輪際かかわりあいたくなかった。
切れた額からダラダラと血を流しながら雄叫びを上げる、野人のような女子ぷろれすらー。思い出すだ
けで気が遠くなりそうだ。
「エリザベスの後援会長だった人が、どうしてもって言ったらしくて。なんでもマネージャーが担当し
ている若手れすらーのために資金を提供してくれてるそうで…」
ヒカルは、なんだかイヤな予感がした。
「…オレ、いっしょに行ってやろうか?」 そう言ってみる。しかし、
「イエ、大丈夫ですよ。大きなパーティーじゃなさそうですし、塔矢がいっしょに行ってくれる事にな
っていますから」
(塔矢だって!?) イヤな予感はいっそう大きくなった。
「パーティーはぷろれす関係者ばかりのようなんですけど、塔矢なら詳しいでしょうし私も助かりま
す」
佐為の言葉に当然、ヒカルは面白くない。
「クリスマスつったら、24?25?」
「24日ですよ。夕方6時から○○ホテルで」
「…イブか」
去年のその日は散々だった。佐為と二人きりで過ごすつもりが、エリザベスと塔矢に押しかけられて囲
碁とプロレス三昧。
(今年こそはと、心に決めていたのにっ!くそーっ!)
「2時間くらいの予定ですから、多分9時頃には帰れます。帰ったら一局打ちましょうね、ヒカル」
ヒカルの心を知ってか知らずか、佐為は屈託なく言った。
(…イブの夜に何が嬉しくて碁なんか打つんだよ)
『碁なんか』というセリフはプロの碁打ちにあるまじき暴言だが、ヒカルにも言い分はある。
ヒカルは今年20歳になった。20歳といえば立派なオトナではないか。
(オトナにゃオトナの過ごし方っつうもんがあるんだぜ、佐為!)
しかしヒカルの邪な思いに、佐為は全く気がつかない。
「…帰り、迎えに行ってやるよ」 ヒカルは真剣な表情で言った。
「え?い、いいですよ、そんな。タクシー拾って帰りますから。塔矢もいっしょですし平気です、私」
ヒカルは両手でがっしりと佐為の肩をつかんだ。
「いいって。気にすんな。お前のポルシェで迎えにいってやる。わかったな!?」
有無を言わさない調子で宣言する。
言い忘れたが、ヒカルはつい先日免許を取った。佐為も『藤原砕』の名で免許を持っているが、こいつ
の運転する車には2度と乗らないとヒカルは決めている。
イブ当日は塔矢もいるが、彼をまくにあたってはヒカルには作戦があった。
「ふっふっふっ…」 ヒカルの不気味な一人笑いに、佐為は不審気に首をかしげた。
「…じゃあ、お言葉に甘えてお願いしましょうか。あ、じゃあ、これ当日の案内状です。ホテルの地図
が書いてありますから」
佐為から渡されたチラシには『後援会長・中村茂蔵』の名前があった。
『中村茂蔵』…彼の正体を知っていたら、佐為は死んでも行かなかっただろうに―。
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