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水の井戸 渡辺たづ子
1
目質の悪い子と、小さい頃からよく祖母に言われた。
昔から、夏になるとアレルギー性結膜炎になった。近所の眼科で洗眼してもらい目薬を点け、たいてい二週間ほどで治るのだが、そんな時、祖母は必ずわたしを井戸へ呼んだ。それは離れの前庭にある釣瓶井戸で、周囲には注連縄が張られていた。
囲いの中にわたしを立たせると、祖母は姿勢を正して深々と頭を二回下げてから、ぽんぽんと手を大きく打ち鳴らした。それから祝詞本を開いて、よく通る声で祝詞を奏上した。それは井戸の神様に捧げるもので、その間ずっとわたしは両手を太ももに当てたまま、頭を下げていなければならなかった。祝詞が済んでから、祖母は釣瓶で水を汲み上げて、その水を手で掬って私の目に押し当てた。井戸の神様が目に宿った穢れを祓ってくださると、祖母は教えてくれた。
祖母からは多くのことを学んだが、目質に関しての教訓は、深く残っている。
人には二つの目がある。一つは体についていて、もう一つは心についている。かすみはこの両方の目質が悪い。体の目の穢れは井戸の神様が祓ってくださるが、心の目の方は自分で祓わなければならない、これこそが大事なことと祖母は言うのだった。
「かすみは都合が悪くなると、見たくない見たくないって目をぎゅっと瞑ってしまう。悪い癖だよ。そうすると、いっとき楽になった気はするんだけどね、それじゃ心の目は磨かれない。きちんと開けてしっかり見る。でないと、大事なものはいつまで経っても見えてこないんだよ」
祖母の家にある大きな神棚の前に並んで座る時、しばしばそういい聞かされた。けれどもその頃のわたしには、祖母の言葉の意味は理解出来なかった。本当に分かったのは、それから三十年以上も後のことだ。
祖母と一緒に暮らしたのは、わたしが小学校に上がるまでの六年間だった。母屋に両親とわたしの三人が住み、祖母は遠縁にあたるヨシさんという中年女性と、別棟の離れで寝起きしていた。銀行員だった父の転勤をきっかけにその家を離れたのだが、父は定年になっても生家へ戻らずに、退職金で同じ町内に家を建てて住んでいる。
父は実の母親である祖母を避けていた。それは、祖母が神がかりをする人だからだ。祖母が神ごとをするようになったのは、四十代の半ば頃からという。それをわたしは祖母本人から、こんなふうに聞いていた。
2
物心ついた頃から、祖母は普通の人に見えないものをしばしば見ていた。真夏の太陽が照りつけている昼下がりに、ずぶ濡れで震えている子供に助けを求められたり、凍えるような真冬の朝に、裸同然の姿で陽気に駆けていく人とすれ違ったりと、毎日ただ通り過ぎていく道だけでも、どれほど奇妙な光景と出会ったことか。
その頃は、自分も他人もおんなじと思っていたから、変わったことがあるたび、周囲の人に話していた。そのため祖母は友達から、ほら吹き、嘘つき、と呼ばれるようになった。どうも変だ、自分は他の人とはちょっと違うかもしれないと、心の隅では分かっていても、それを認めたくなかった。自分が人と違うというのは、心細くて怖いことだった。
やがて祖母は、喋らない事が自分を守る唯一の手段だと知った。つけられたあだ名は悔しくて切なかったが、孤独よりもましだった。聞かれたことだけに答えて、ただニコニコしながら人の後をついていれば、みんなと一緒にいられた。だから祖母はとても無口になった。
七つか八つの頃だった。近所の神社に子供相撲用の土俵があって、子供たちは毎日のようにそこで相撲をとっていた。その中には兄たちもいたから、祖母はよく人の後ろから覗いていた。そんな時、必ず見かける男の人がいた。それは小学生の兄とあまり背丈が変わらない、小柄で小太りなおじさんだった。いつも土俵から少し離れた太い杉の木の下で、手を叩いたり声を立てて笑ったりしている、陽気な人だった。
ある日、友達と神社でかくれんぼをしていた祖母は、隠れ場所を求めて、これまで行ったことのない裏手の奥に入ってみた。静かすぎて一人では怖かったが、なぜか足が進んでしまう。やがて、少し先で落ち葉がこんもりと山になっている場所を見つけた。その陰に隠れようかと近づいてみると、何とそこにはお地蔵様が埋まっていて、枯葉の間からちょこんと顔を覗かせてた。
お地蔵さん息苦しかろうと落ち葉を取り除いているうちに、祖母は気づいた。そのお顔は、いつも相撲を見ていた、あのおじさんだった。坊主にした丸い頭の形やら、ほんのり笑っている目元、口元が瓜二つだった。枯葉を全部払ってみると、それは両手を合わせて微笑んでいる五十センチ程の小さな石仏だった。あのおじさんはお地蔵さんだったのかなと思った時、その目が祖母を見てにっこりと微笑んだ。
祖母が変わったのはその時だった。
自分にはこういうものが見えるんだ、それは他の者には見えないものなんだ。
言葉にしてみればただそれだけのことだったが、子供心にすとんと胸に落ちた。自分を理解し、自分を受け入れることが出来たのだった。誰からも相手にされないダメな自分と、何をするにもいちいち人の顔色をうかがったり、おどおどしていたけれど、この時を境に、祖母は普通に息ができ、普通に喋って笑えるようになった。
だからといって、しかし、祖母の孤独に変わりはなかった。大勢の武士が、刀や槍を持って必死の形相で斬りあったりの血なまぐさい場面に出くわした日などは、その恐ろしさに、布団をかぶって一人で泣いた。中でも特に祖母を辛くさせたのは、火の玉だった。
それは普通に道を歩いている時、ふいに現れた。人家の屋根の上から飛び出して遠くの山に消えていく、真っ赤な光だった。最初は訳もわからずに、あぁ綺麗だなと、ただそれだけだったのが、やがて、それを見た数日後には、その家に死人が出ると分かった。年寄りもいない、病人もいない家から赤い火の玉が飛び出して、それが仲のいい友達の家だったりした日は、祖母の心は不安で押しつぶされそうになった。人の寿命など知りたくない、何も見たくないと、俯いて歩く癖がついた。
大人になるにつれ、祖母は少しずつ受け流すことを身につけていった。それと共に心が落ち着いていき、不可視の世界との接触が年々少なくなっていった。やがて、結婚して子供を産んで育ててと忙しくなると、見えない世界との関わりは完全になくなった。祖父と一緒に朝から暗くなるまで畑に出て、合間に子供を育てていたから、普通に見えるものまで見えていないような、忙しい日々だった。それは祖母にとっては初めて訪れた、人並みの幸せだった。
しかし平安な時は短かった。長男である父が学校を出た頃から、祖母は時おり激しい頭痛に襲われるようになった。文字通り頭が割れるほどの痛みで、尋常ではなかった。少しの熱や怪我などは押して畑に出ていた祖母だったが、その頭痛には勝てなかった。寝返りを打つだけでくらくら目が回って、強い吐き気に襲われた。それがはじまると何にもできず、ただ静かに横になっているしかなかった。
初めのうちは月に一、二度ほどだった。あちこちの医者へ行ってみたが、ただの頭痛と診断され、痛み止めの薬が処方されるだけだった。どれほど強い薬を飲んでも、しかし、頭痛の発作は収まらなかった。気のせいだ、脳病院に行けと怒る医師もいた。そんなさなかに、祖父が急死した。脳溢血だった。それからは、亭主を亡くした後の気の病と言われるようになった。
頭痛の回数が、週に一度の間隔になった頃からだった。横になって目をつむっていると、どーんどーんと打ち上げ花火のような音が聞こえた。それと共に、どこかで見たことのあるような集落が爆発炎上してして、ばらばらと崩れていく光景が目の前に現れた。真っ赤に燃え上がった町の中で、焼け焦げた人が大勢重なり合って倒れている。かと思うと、空いっぱいに真っ赤な火の玉が現れて、その中から、黒焦げになった人がばらばらと落ちてくる。
発作のたび、こんなふうに、この世の終わりのような光景ばかりが現れるようになった。布団を被っても目をつむっても、消えないのだ。とうとう頭がおかしくなったかと、祖母は初めて自ら望んで脳病院に行った。そして長い病名をつけられて、白い薬をもらってきた。それを飲んでも、事態は好転しなかった。
そんな危うい日々をくぐり抜け、祖父の三年忌もどうにか無事に済ませた年だった。
夜、いつもの時間に寝床へ入って電気を消して目を閉じると、急に目の裏が明るくなった。見ると、枕元に白い着物を着た若い女性が、正座している。長い黒髪を後ろで一つに束ねた、巫女さんのような整った顔立ちの人だった。膝の上に置いた両手の間に眩しく光るものがあって、その光で部屋の中が昼のように明るくなっていた。
驚いて祖母が起き上がると、その人は、微笑んで両手を差し上げた。それは光る玉だった。その手がまっすぐに伸びてきたとき、なぜか祖母は、あぁやっぱりこれを受ける事になったかと思ったのだった。だから何のためらいもなく、それを自分のものとして受け取った。
受け取ると同時に、光る玉は祖母のちょうど鳩尾あたりに吸い込まれるように入っていった。日なたのぬるま湯みたいな感覚が体内でじわーっと広がって、体全体に軽いしびれが広がった。あぁ気持ちいいなぁと思っていると、やがて体の真ん中がひょいと吊り上げられて、体全体が浮き上がる感じになった。自分があやつり人形にでもなって糸でふわっと持ち上げられる、そんな感覚だった。
突然、軽くなった体の、頭のてっぺんから足の先にまで、玉の白い光がすとんと落ちるように貫いた。体の内部が、照らされるように明るく輝いたのが分かった。同時に、祖母は何とも形容しがたい快感に包み込まれた。それを表す言葉が見つからないのがもどかしい。生まれてこの方、こんなに嬉しくこんなに幸せな気持ちになったことはない。ありがたい、ありがたいと、祖母は知ないうちに涙を零していた。
白い着物の女性は、そんな祖母にまた微笑んで、すっと立ち上がった。そして、綺麗な細い指で祖母の手を握った。
「さあ行きましょう。この手を決して離さないで下さい」
どこ行くのかと問う暇もなく、次の瞬間、祖母は引き上げられていた。上に昇っていることだけは、はっきりと分かった。
祖母はまっくら闇にいた。繋いだ手の感触がなければ、恐ろしくて一秒といられないような、真の闇だった。振り落とされないように相手の手を力いっぱい握り締めながら、まっくらな中をただただ上昇し続けた。どこまで昇ったのか、もうこれ以上は耐えられないと叫び出しそうになった時、ようやく目の前に白っぽい霞のようなものが現れた。それが遠くにある明かりと分かった時は、心底ほっとした。
霞が光の点になり、その薄明かりの中で繋いだ手が見えて、その先の白い着物の袖が見えてと、みるみる明るさが増してきた。夜の星明りから月明かり、夜明けの薄明かりから朝になって昼になる。昼の明るさが真夏の太陽くらいになっても、まだ光は増え続け、もう目を開けているのが恐ろしくなって、目を閉じた。自分の体がどこにあるのか分からない、自分はいま生きているのだろうか。そう思った時、繋いでいた手が離れた。
気がつくと足が地に着いていた。爪が白くなるほど握り締めていたので、指がしびれていた。空間の中で失っていた四肢の感覚が徐々に戻ってくるのを感じながら、祖母は目の前の光景に見とれていた。
それにしても、これはいったい何だろう。祖母はあっけにとられたまま、しばらく動けなかった。
そこは光の世界だった。目の前に、幾色にも輝く光の山があった。光が噴水のように絶え間なく湧き出しているのだ。見たことも聞いたことも想像すらしたことのないような、動く光の固まり。数えてみると、光は虹と同じで七色あった。凝視していると、同じ色でも濃淡が何段階もあったから、それこそ限りない色が重なり合い混ざり合って光っていた。祖母はただ立ちつくし、見とれていた。
気がつくと、光には分け目ができていた。近づいてみるとそれは階段で、まっすぐ上に続いている。
「見えましたか?」
いつの間にか隣にあの女性がいて、また祖母の手を取った。
「今からあの階段を登ります。過去にも何人かが許されてここを登っています。あなたも許されたのですよ」
さあ、と手を引かれて、祖母は階段を一段一段登っていった。どこへ続いているのだろう。祖母はまた、今度こそ天国かと思った。それならそれでいい、もう何があっても驚くまい。気がつくと、階段には以前登った人のものだろう、いくつかの足跡があった。それは祖母を少しだけ安心させた。やがて、行き止まりになった。目の前は真っ白な光が湧き出て、まぶしく銀色に光っていた。
女性は指差して言った。
「ここは神界の入り口です。ここから先、人間は入ることが出来ません。あなたはこれから、この入り口に立って神の言葉を聞き取り、人々に伝えていくことになります。あなたは神の使い人として、この現世で人々に神ありてを知らしめると共に、神の贈り物である愛を伝えていくことになります」
深々と頭を下げると、女性はすっと見えなくなった。
気がつくと、部屋は元通り暗くなっていた。夢だと思った。祖母はそう思おうとした。自分の頭がいよいよおかしくなってしまったとは思いたくなかった。
けれども一晩寝て起きたら、夢でも狂気でもないことはすぐに分かった。その日から、神の言葉が聞こえるようになったのだから。
3
祖母が住んでいる離れは平屋造りで、小さな台所に風呂、トイレ、納戸、六畳の寝室と居間の他には、十畳ほどの客間があった。客間は板張りで、天井近くに太い注連縄が張られて、その下の白布で覆われた台の上には、大きな神棚が置かれてあった。
離れを訪れる人達は、母屋を通らずに裏口の小さなくぐり戸から入ってきた。同居しているヨシさんが、家事手伝いの他に人との取次ぎや事務全般を受け持っていた。日中は居間が待合室になっていて、順番を待つ人が常時十人ほど並んで座っていた。全てクチコミで集まってくるこれらの人々は、ヨシさんの案内で順番に一人ずつ神棚のある客間へ入り、神の言葉を聞いていくのだった。
そこでは迷い犬や迷い猫の相談から、金銭トラブル、健康相談、家族や親族問題、恋愛結婚相談などあらゆる問題が持ち込まれていた。加えて、ありがたい神様の言葉を聞いてみたいという信心深い人、占い感覚で来る人、あるいは単に興味本位の人もいた。相手がどんな人物であれ、祖母はそのたびに神棚に向かって手を合わせ、祖母にしか聞こえない神界からの言葉を聞き取って、淡々と相談者に伝えていた。
保育園が終わると、わたしはよく祖母のいる離れに入って遊んでいた。相談者がいる時は客間に入ることは許されなかったから、台所のテーブルで絵を描いたり待合室でおやつを食べたりしていたが、飽きると裏庭に出た。そこにいれば、夏などは特に、開け放たれた客間の窓から声が漏れてくる。わたしは遊ぶ振りをして、そこから聞こえてくる声に耳を傾けた。
「裏山の麓にある土地ですが、おかげさまでやっと買い手が現れました。このまま進めてもよろしいでしょうか」
声の主は知っていた。さっき待合室にいた人だ。時々来ているけれど、ほとんど笑顔を見せたことがない、痩せて色の黒いおばさんだ。
「買い手は古くからの知り合いの方ですね」
「はいそうです、親の親の代からの知り合いの家の人です」
「その方でしたら大丈夫です。話を進めていいですよ」
祖母の声だ。けれども喋り方は全然違う。普段より少し高くて、柔らかでとても優しい声だ。普段の祖母よりずっと若い人のように聞こえる。
「よかった…それでようやく借金が返せます」
「商売の方は、時代の流れもあって残念な形になりましたが、今度のことで金銭的なことは解決して、精神的にも落ち着きますから、これから先は幸せに暮らせますよ」
「はい、やっと安心して眠れます、ありがとうございます。それから、あの、今さらなんですが、親から受け継いだ土地をわたしらの都合だけで売ることを決めてしまって、ご先祖様はどう思ってらっしゃるか、気になって……」
「気になさることはありません。ご先祖様は頷いておられますよ。あなた方の苦労をよく見てこられたので、理解して下さってます。白い髭を長く伸ばした方が見えますが」
「あ…それは多分、夫の祖父だと思います。今の商売はその祖父が始めたと聞いてます。写真では背筋がまっすぐで髭が長くて」
おばさんの声が上ずっている。
「はい。その方が、これまでご苦労であった、土地の話は早く進めないと運気を逃がすから、早くせよとおっしゃってます」
「そうなんですか……よかったです」
「この話の良い流れは、そのご先祖様が動いて下さったおかげです。お帰りになったら仏壇に線香を一本立てて、心の中でよくお礼を言ってください」
「わかりました、そうします。本当に有難うございました」
たいていの人は、こんなふうに困った事や迷いごとなどを訊ね、何度も礼の言葉を口にして帰っていった。
わたしは時々、祖母の寝床に入って眠ってしまう事があった。そんな時でも、祖母の寝顔は見たことがなかった。隣で絵本を読んでもらって、おやすみなさいと一緒に目を閉じた筈なのだが、夜中に気づくと祖母の布団は空になっている。どこに行ったのだろうと思いながらまた眠ってしまい、朝になる。すると祖母はもう起きて、井戸の水で禊を済ませて神棚の前にいた。
「おばあちゃんはいつ寝てるの?」
不思議に思って聞いたことがあった。
「神様から、今日も一日ご苦労さま、と言われた時だよ」
祖母は笑いながら答えてくれた。神ごとに関しての質問をすると、祖母はとても嬉しそうな顔をする。だからわたしは、祖母が疲れた顔をしている時には、努めてそんな話題を選んで祖母を見上げたものだった。
「それは何時ごろ?」
「十二時の時もあれば夜中の二時三時の時もある」
「そんなに遅くまで起きてて、何してるの?」
「神様から色んなこと教えられてるんだよ」
祖母は、望んで神の使い人になったわけではない。それまで特に信仰心が強かったわけでもなく、特定な宗教も持たなかった人だ。だから最初のうち、神様からの言葉は全て、祖母を使い人として教育するために降ろされたものだったという。
「どんなこと教えてもらった?」
「まずはじめに、神は何を思って人間を創られたかを教えられたよ。かすみはどう思う?」
「全然わかんない。神様と話した事ないもん」
そうだねぇと、祖母は笑う。
「神様は、幸せになるようにと人間を創られたんだよ。だから人は幸せにならなくちゃいけないんだ。簡単なことだよね」
「うん、かすみは幸せだよ」
「世の中の人みんなが、かすみみたいだといいんだけどね」
祖母は嬉しそうに何度も頷く。
「おばあちゃんは、神様と勉強してていやだと思ったことないの?」
「いっぱいあるよ」
「そういう時にはどうするの?」
「聞こえないふりして寝てしまうこともあったね、最初の頃は。とにかく眠くてしょうがなかったんだよ」
祖母は右頬の下で両手を合わせ、寝たふりをした。
「そんなことして神様は怒らないの?」
「時には厳しいこともおっしゃるが、怒りはしないよ。ただ悲しそうな顔をなさる」
「いやならやめちゃえばいいじゃん」
「やめることも出来たんだよ」
と、祖母はわたしの目をじっと見て、
「でも、いやなことの百倍もいいことが多かったからね」
頷いて微笑んだ。
「たとえばどんな?」
「例えば、そうだなあ」
と、祖母はしばらく考えてから、
「神様の教えてくださる勉強の中には、体を使うものもあってね。例えば、南の島に住んでる人達の踊りみたいに、全身を使って激しい動きをさせられることがあった。頭の中が真っ白になるまで、もう倒れるんじゃないかってくらい続けるんだ。でも神様は、やめてよし、とはおっしゃらない。手足の感覚がなくなって、自分のものじゃないみたいになるんだよ。何のためかは知らない、神様は説明はしてくださらないから、ただ言われた事をするだけ。で、次の日も同じ事を命じられる。だけどおばあちゃんはもう足が痛くてあんな動きは出来ないと思う。今日は出来ませんと答えると、神様は黙って頷いておられる。次の日もまだ痛いから出来ませんという、神様は頷かれる。そんなことが何度もあった。神様は決して無理強いなさらないのをいいことに、出来ない理由ばかり並べ立てて怠けている時期があった。
足が痛い、忙しい、睡眠不足で頭痛がする。それは嘘じゃない、本当にそうだったんだけれど、自分にできる範囲のことはあった筈。でもおばあちゃんはそれをしなかった。
言い訳して休んでいる時、ああ助かったと喜んでいたかというと、これが全然そうじゃなかった。言い訳ばっかし並べ立てる自分が情けないと、心の奥の奥で泣いているもう一人の自分がいたんだよ。悲しくて寂しくて不安になっている心が、神様を求めていた。それなのに、目先の大変さに負けてしまって怠けることを何度もしたよ。
そんなことを繰り返しているうちに、やっと分かったことがある。神様と繋がること、ただそのことが、人間にとっては大きな喜びなんだ。神様はいつでもどこでも人を深い愛情で包んでくださっている。人はそれを受けさえすればいい。受け取るか受け取らないか、ただそれだけ。人の幸せはそれで決まるんだよ」
諭すように言ってから、祖母は優しく微笑んだ。
「どうすれば受け取れるの?」
「ただ神様を思えばいい。昼の太陽も夜の月も、降る雨も吹く風も、全て神様からの贈り物。目に見えるもの全てが贈り物。神様なくしては何もない。もちろん人間もだよ。それを、かすみはどう思う?」
「神様、ありがとうと思う」
「そう、そうなんだよ。全て神様のお恵みだから、ただ感謝すればいい。ありがとうという気持ちで毎日を過ごせばいい。それが受け取ることになる。かすみは賢いねえ」
「かすみは賢いから神様のお勉強もできる?」
祖母はとても褒め上手だったから、祖母と話していると、わたしは自分が何でも出来るような気持ちになった。
祖母は少し首を傾げていたが、やがてわたしの手を取って、神棚の前に行き、正座をさせた。
「神様へのご挨拶を教えよう。さっきかすみが言った、神様ありがとう、という気持ちを持って座ること。いいね」
祖母はわたしの隣で膝を揃えて座った。
「神様の前でご挨拶する時は、必ずきちんと背筋を伸ばして正座して。太ももの上の手は、五本の指を真っ直ぐに伸ばして」
祖母はわたしの背骨に触れ、指の形も直してくれた。
「お辞儀する時は、その手を自然に太ももの外側に滑らせるようにして。頭を下げる時は、両手の親指と人差し指をくっつけて三角作って、その中に顔を入れるつもりで……さあ、やってごらん」
そうそう上手だね、ありがとうが伝わってくる、神様もお喜びだよと、祖母の指導は褒め言葉に終始した。
「二礼二拍手といってね、二回お辞儀して二回手を叩く。一度目のお辞儀は神様に捧げるもの、二度目のは自分を神様に差し出すつもりで。手を叩く時は右手の指を一節下げる。これは神様を敬う気持ちを現しているんだよ。そして、一つ目の拍手は神様が来てくれる道を浄めるため、二つ目の拍手は自分を浄めるため。神様が教えてくださったんだよ。今はまだ意味が分からなくてもいいからね、さあやってごらん」
そんなふうにして、意味も分からぬまま、一つ、また一つと、祖母に教えてもらった。自分の身を浄めるために必要な禊の作法やら、目を閉じたままろうそくの明かりを目の間に見ること、全ての人の体の中に宿っているという神の分光を自分の体の中に見ること、それを輝かせること、などなど。それらは、しかし、実際の生活で生かされることはなかったので、今ではほとんど忘れてしまった。
それに比べ、祖母に教えてもらった料理はきちんと身に付いた。植物には大きな力があると祖母は教えてくれた。食べて栄養になるだけでなく、調理をする過程でも、特に季節の野菜などは触れているだけで、手から気を頂く事ができる、だから料理は神聖で重要と言うのだった。
わたしが最初に祖母から習ったのは、祖母がその母から教えてもらったという五平餅だった。もち米を混ぜて炊いたほかほかのご飯を潰すのがわたしの役目だった。
「おいしくなりますように、おいしくなりますようにって、この棒にお願いしながらやってごらん」
祖母はそう言って、すりこ木を両手に握らせてくれた。いぼいぼがいっぱい付いた、長くて太い棒だった。
「これはおばあちゃんがお嫁に来る時に持ってきたの。山椒の木といってね、薬にもなるし食べてもおいしい。有難い木なんだよ」
途中から祖母が代わって手際よく潰した米を、ダンゴに丸めて平たく潰した。それを串に刺して、胡桃のたれを刷毛でつけながら庭に置いたコンロの炭で焼く。
「おいしくなりますように、って炭火にお願いして焼くんだよね」
祖母を見上げると、
「ながーい間、森の栄養をいっぱい吸いながらお日様と雨で育った木が、焼かれて炭になってこうして美味しさをくれるんだよ」
祖母は、いとおしそうに炭火を見つめた。
「火の力は人の体の中にもあるそうだよ。ほら、かすみの手はこんなにあったかい」と、祖母はわたしの手を握る。「これだって火の力があるから。体の中が暖かいから、胃も食べ物を消化してくれる。だからいっぱい食べられる」
香ばしい香りと煙の匂いに、祖母は目を細めるのだった。
4
そんな祖母との関係も、思春期が近づくにつれて変化していった。
中学生になって初めて、祖母の家を訪れた時だった。話したい事はたくさんあった。一回目の定期試験の成績が良かったこと、バスケット部に入部したこと、新しく出来た友達のこと、親しくしてもらっている先輩のこと。そんな事々を夢中で喋った。
「仲のいい友達がいるんだね」
一区切りついた時、それまでにこにこと頷きながら聞いていた祖母が、ぽつんと言った。
「誰のこと? サエちゃん?」
「そうじゃなくて、家が近所だって言ってた」
「あぁ、それはミク」
「そう、その子だった」
答えて祖母は目を閉じた。とたんに空気が変わった。ずしんと重いものが肩に被さってくるのを感じた。ややあって、祖母は言った。
「その子には気をつけなさい。かすみにとってはあまりよい相手じゃない。少し離れていたほうがいい」
目を開けると、わかったね、というように、祖母は微笑んだ。
父親の都合で転勤が多く、小学校入学以来わたしはもう三回学校を変わっていた。今の住まいに越してきた時、近所に同じクラスのミクがいて、色々と親切にしてくれたから、学校生活にもすぐ慣れることが出来た。中学に進んでからクラスは違ったが、同じバスケ部に入って毎日一緒に登下校している。
わたしにとって、友達はとても大切だった。数年ごとに新しい学校に移って、人間関係を一からやり直さなければならない環境にあったから、人の助けはどうしても必要だった。友達に好かれることが自分を守ることでもあったから、いつもどこか緊張していて、自分から好きになれる友達は稀だった。そんな中、ミクはわたしが心の内をさらけ出せる、数少ない大事な友達だった。祖母にだって、どうこう言われたくはなかった。わたしは初めて祖母に対して反発を覚えた。
「転ばぬ先の杖、ということわざがあるように、前もって心積もりをしておけば、転ばなくて済むということがあるから」
わたしの心の中を見抜いたように、祖母はさりげなく付け加えた。
これがいやなんだと、咄嗟にわたしは思った。わたしは祖母が好き。だけどそれと同じくらい、本当は祖母が嫌いだ。本当はずっと祖母が怖かった。祖母を好きなのと同じくらいに怖かった。祖母はいつもわたしの心の中を見抜いてしまう。だから祖母の前では良い子でなければならないと、時に構えて接していたことを、この時はっきりと自覚した。
それ以来、わたしは祖母と距離を置くようになった。少し離れてみると、祖母という人の特殊性が改めて見えてきた。
世間には、神という言葉自体に拒否反応を示す人は多く、その上、信仰心というものも迷信や無教養などと同義語に扱う人がいる。年齢を重ねていく中で出会うそれら多くの人達に、あぁあの家の孫娘かと、そんな目で見られるのがいやだった。自分の本質とは遠いところで評価を下される、それも胡散臭いといった類いのレッテルなのだ。煩わしくて重かった。
しかし一方で、そんな世間の人達よりも、祖母こそが尊敬に値するという、嘘偽りのない本心もあった。自分の身を犠牲にして人のためにつくしている祖母のありようは、理屈ぬきで立派だと思う。にもかかわらず、父が祖母を避ける気持ちが、わたしにはしだいに理解できるようになってきていた。
父の転勤を理由に、小学校からは祖母と離れた土地で暮らすようになったのも、実は両親のこういう配慮があったと後に分かった。離れて暮らしていても、盆暮れと最低でも年に二度は祖母の家に帰っていた。小学生の頃は指折り数えていたその日が、年齢とともに煩わしくなり、帰っても母屋にこもって離れにはほとんど顔を出さない、という状態が続いた。
父と母は、最初から距離を置いていた。孫のわたしが近づくのをあえて止めることはなかったが、出来れば祖母と関わりたくないという雰囲気があった。祖母が神がかりになった時、もう成人していた父は、シャーマンとしての祖母を自分の中で切り捨てているように見えた。父は祖母に対し、自分を産んで育ててくれた母親という、ただそれだけで接していた。強いてそうしているようにも見えた。母は父よりも、もっと距離を置いていた。母が離れに入るのは本当にまれだった。母は決して祖母を嫌っていたわけではないと思う。ただ、理解できない世界にはあまり近づきたくない、できれば関わりたくないという思いは、常に母から感じ取れた。
年を重ねるにつれ、わたしもこうした父母の側に身を置くようになったのだった。
結果的にいえば、祖母に言われたとおり、わたしはミクに裏切られた。彼女によって、人には表の顔と裏の顔があることを知らされた。後から思えば、ミクにはいつも周囲の思惑を必要以上に気にして、苛立っているようなところがあった。物事を皮肉に曲げて見る癖があって、しばしば他人に厳しかった。
ミクの母親は厳格な人だった。そして子供を学業成績で評価する人だった。後に知ったのだが、わたしはミクよりも成績が上ということで、母親のおめがねに適ったらしい。自分の子供によい影響を与えてくれると、期待されたのだろうか。ミクがわたしに親切だったのは、実は母親の助言が影響していて、彼女の本意ではなかった。もしかすると彼女は最初から、わたしを好きでなかったのかもしれない。
事件が起きたのは、中学一年の夏休みも僅かになった八月の終わりだった。夕方になって、学校から呼び出しがかかった。
「教頭先生からよ。保護者の方とご一緒にすぐに来ていただけないかだって。ミクちゃんのことらしいんだけど。何があったのかしら」
母に急かされて、訳が分からないまま学校に行き、事務室に案内された。生徒指導の教師と教頭がいて、向かいにミクとその母親が既に座っていた。ミクは、泣き腫らした目をしていた。隣にわたしと母が並んで座ると、
「みなさんお揃いになられたので、わたくしから説明をさせて頂きます」
すぐに教頭が口を開いた。
「実は本日、ミクさんが駅前の本屋で料金を払わずに店を出てしまい、それでまあ、学校に連絡が入ったわけです」
万引きじゃん。わたしは驚いて隣のミクを見た。彼女は青ざめた顔で、膝の上に視線を落としたまま動かない。
「かすみさん、知ってましたか?」
教頭がわたしの目を覗き込んだ。
「え……はい、今、ききましたけど」
いきなりの言葉に面食らった。教頭は問いただすように、
「ほんとに、知らなかったんですか」
重ねて言った。
「ミク、ほんとに?」
訳が分からないまま、わたしはミクの顔を覗き込んだ。けれども彼女は顔を上げず、俯いたままだった。
「ミクさんは、かすみさんに頼まれたと言ってます」
生徒指導の教師は言い、
「ミクさん、さっきの話で間違いないですよね」
ミクに声をかけた。彼女は微かに頷いた。
わたしのせいか? 知らないよ、なんだこれは、何が起きてるんだ、何でこんなことに。自分の心臓がどくんどくんと音を立てるのが分かった。
「ミクさんからはそう聞いてますが、今度はかすみさんからもお話していただきたいと」
教師の目はわたしを責めていた。
「かすみさん、ほんとのこと言ってちょうだいよ」
ミクの母親が押し殺した声を出した。
わたしは眩暈がした。わけがわからず混乱した。こんなことがあっていいのか。突然背中を蹴られて真っ暗な洞窟に放り込まれ、鍵を掛けられてしまったような恐怖と孤独を感じた。
「かすみ、どうなの?」
母が小声で囁いた。わたし以上に混乱して、おろおろしていた。
「ミク、どういうこと」
残っている勇気をかき集めて、もう一度わたしはミクの顔を覗き込んだ。それでもミクは俯いたままだった。
「どういうことなのか、こちらが聞きたいんですよ」ミクの母親がヒステリックな声を上げた。「かすみさん、ミクは強く出られたらイヤと言えない子なのよ。この子に何を言ったのか、ここで隠さずに言ってちょうだい」
わたしは声が出なかった。周囲の音が遠のいていく中で、祖母の声だけが聞こえた。
その子には気をつけなさい。
転ばぬ先の杖……。
転勤族の子供というのは、こんな時ありがたい。しばらく辛抱すれば、リセットボタンが押せるのだ。目を閉じてしまえば、やがて周囲の景色が変わってくれる。翌年、わたしは振り返ることなく引越しトラックに乗って、また別の地に移り住んだ。
祖母との距離が最も遠くなったのは、大学進学が決まり、報告がてら挨拶に行った時だった。
「よく来たね」
祖母は変わらぬ笑顔を見せて、
「神様にご挨拶しておいで。お待ちになっておられるよ」
いつものように言った。
祖母の家に入ると、わたしは必ず教えられたとおり神棚の前に座り、二礼二拍手して手を合わせる。けれどもこの時、どうしてだろう。突然、怒りに似た衝動がふっと立ち上がってきたのだった。
「今日はおばあちゃんにだけ挨拶に来たんだから、神様はいい。自分のことは自分で決めてきたから、これからもそうするから、神様はもういらない」
わたしの硬い表情に祖母は少し驚いたようだったが、すぐに、
「それならそれでいいよ。おめでとう。よく頑張って勉強したね。今日はゆっくりしておいで」
いつもの優しさで言った。
「ううん、今日はちょっと忙しいから、またくる」
わたしはもう腰を上げていた。
「あら、かすみさん、もうお帰りですか。今日はおばあ様が朝からおやきを焼いてくださったんですよ。かすみさんがお好きな野沢菜のおやきですよ。せっかくなので持っていってくださいな」
ヨシさんはあわてて台所に走って、包みを持たせてくれた。発泡スチロールの箱に入れておいたのか、まだ暖かくて、ほんのりごま油と野沢菜の匂いがした。
おやきも祖母に教わりながらよく一緒に焼いたものだったが、これは特にわたしの好物だった。酸っぱくなった野沢菜の塩気を抜き、細かく刻んでからごま油と少々の鷹のつめで、甘辛く味付ける。地粉の生地を手のひらに薄くのばして具を詰め込む作業は、何度やってもうまくはいかなかった。祖母が作るおやきは皮が均等に薄く、具もたっぷり入っている。わたしのはどうしても部分的に皮が厚くなったり、反対に薄すぎて破れ、具がはみ出してしまう。祖母の手のひらで魔法のように伸びる皮は、真似の出来るものではなかった。
「きれいにのびて包んでくださいと、皮にお願いすればいいんだよね?」
祖母の口癖を真似るが、わたしの願いはいつも皮まで届かなかった。
「そうそう、それは一番大事だね」祖母は声を立てて笑った。「その次に大事なのは慣れること。何度も繰り返して作っていけば、手が覚えてくれるんだよ」
手をべとべとにしながら、祖母と二人で何度おやきを焼いたことか。今日、祖母はきっとわたしが喜んで食べる顔を見たくて作ってくれたのだろう。そう思うと、無性に悲しくなった。持って行き場のない怒りもあって泣きそうになったわたしは、あわてて部屋を出た。
わたしは決して、祖母が身をおいている神ごとの世界を否定していたわけではなかった。祖母は選ばれた人なのだと自分なりに思い、神ごとに向かう姿勢に尊敬もしていた。けれどもそれは祖母と神との関係で、わたしにとっては遠い話だった。神はおられるだろうが、とても遠くてわたしのことはご存知ないだろうと、そんな投げやりな漠然とした心境の中にいた。
「じゃ、またおいで」
振り返ったわたしに、祖母は入学祝いにと封筒を差し出した。
「もういらないから」
それすらも、わたしは拒絶した。
祖母は相談者が置いていく謝礼を、全て神棚にあげて自分からは一切手をつけなかった。お金をお金として受け取るのは、神ごとの世界においてしてはならないことと言っていた。神様から、受け取ってよし、とお言葉があった後に初めて、感謝の心があるものだけを謝礼として受け取り、その他は、ヨシさんが児童養護施設などに寄付をしていた。
そういう事情を知っているから、よけいに祖母からお金を貰いたくなかった。貰ってはいけないと、頑なになっていた。
「いつでもいいから、またおいで」
祖母は差し出した手を下ろして、寂しそうな顔の上に笑顔を作った。
5
そんな距離がまた少しずつ縮まっていったのは、わたしが社会人になって、将来を約束する男性が現れてからだった。友達の結婚式で知り合ってすぐ親密になり、互いに結婚を口にするようになった。そうなるまで半年ほどしか経っていなかった。
わたしは大学を出て、会計事務所で働き始めたばかりだった。在学中に税理士資格に必要な科目を一教科取っていて、残りはそこで働きながら勉強を続けていくつもりでいた。しかし、実際に働き出してみると、狭い事務所で一日中数字と向かい合っている生活には、予想外の疲れがあった。更に、夜には資格試験のための勉強という睡眠時間を削る生活が、それに拍車をかけた。記憶力の衰えや体力の限界も感じる厳しい現実の中で、試験に合格していく自信は、日々薄らいでいった。
わたしは自分が専門職につく人間だと信じていた。これまで受験に失敗した事がなく、ある程度努力すれば自分はそこそこのところまでいけると思っていた。だからこそ選んだ進路だったから、わたしは初めての挫折感を味わっていた。彼はそんな時に出会った相手だった。
結婚すれば、こんな生活から逃れられる。挫折したのではなく家庭を選択したのだと、自分にも他人にも言い訳ができる。そんな思いがあるのを、自分でよく承知していた。相手を好きなのか、自分の人生を楽な方向に転換したいのか、多分その両方だろう。所詮わたしなんてこんなものさという思いと、ほんとにこれでいいのだろうかという思いの間で日々揺れていると、無性に祖母に会いたくなってきた。
おばあちゃんに会いに行こう。
わたしは腹を決めた。自分のことは自分で決めると言いながら、結局は祖母に助けを求めたのだった。
祖母の一日は神ごとに始まって神ごとに終わる。朝は真冬でも井戸の水の禊で始まり、神棚の前に座って祝詞を奏上した後で、簡単な朝食を済ませる。日曜日以外は、十時から昼食をはさんで午後三時まで、神棚の前で訪問者に神の声を伝える。その後、日が短い時期には六時、夏場は七時の夕食までが祖母に許された個人的な時間だった。夜は日によってまちまちだが、最近は手紙で相談事を依頼してくる人も多く、順番に返事を書き送っているらしかった。
そんな多忙な日々を送る祖母の空き時間を待って玄関に立つと、すぐにヨシさんが顔を出した。
「まぁ、かすみちゃんだったのね、お久しぶり。綺麗になっちゃって、誰かわからなかったわ」
ヨシさんは目を丸くした。
「おばあちゃんいる?」
「ええ、いらっしゃいますよ、お待ちですよ」
「あたしが来るの分かってた?」
「夕方にお客様がいらっしゃるから、すぐ居間にお通ししてと、それだけお聞きしてました」
祖母は居間の縁側にいた。広げた新聞紙の上に山盛りの小豆があって、祖母は老眼鏡をかけて豆をより分けていた。
「よく来たねぇ」
祖母は満面の笑みを浮かべた。
「おばあちゃん何してんの?」
ここ何年かの無沙汰を詫びることも忘れて、祖母との間に作っていた距離を、わたしは咄嗟に飛び越えていた。
「今日来た人がね、こんなにいっぱい小豆を持ってきてくださったんだよ。かすみはいつまでいる? 明日までいられるならお萩でも作ろうかね」
「明日の朝には帰らないと」
「それじゃ、朝に食べられるようにしておこう」
祖母はより分けた小豆をザルに移して、老眼鏡を外した。
わたしは大の甘党で、なかでも餡子は大好物だった。ぼたんの花が咲く春はぼたもちで、萩の花の秋はおはぎ。夏は夜船で冬は北窓。季節ごとに名前がついてるから、同じものでも食べるたびに何だか得をした気分になるねぇ、などと言い合いながら食べたものだった。もしかすると祖母は、久しぶりに一緒に台所に立とうと、わたしを誘っているのかもしれない。
忙しい神ごとの合間をぬって、祖母は今でもよく料理をしていた。相変わらず、野菜に触れていると元気になる、野菜が元気をくれると言った。日常の食事はヨシさんが作ってくれるが、季節ごとの野菜を使った漬物やら煮物はよくしていて、訪れた人のお茶請けなどに出されているとのことだった。
祖母は両手を払って立ち上がると、洗面所で身支度を整えて、
「さあ、ご挨拶にいこうかね」
昨日の続きのように、わたしを促した。わたしは頷いて、祖母の後に続いた。一緒に暮らしていた、子供の頃に戻った気がした。前を歩く祖母からは、懐かしい香の匂いが漂っていた。
神棚の太い蝋燭には既に火が灯されていた。祖母はわたしを待っていたのだ。並んで神棚に向かって正座し、両手を太ももの上にのせて背筋を伸ばすと、
「はい」
合図の声があって、祖母に合わせて二礼二拍手をした。
祖母は隣に座ったまま、身じろぎもしなかった。そっと伺うと、目を閉じた横顔が見知らぬ人のように見え、あわてて前に向き直った。やがて、祖母がふーっと長く息を吐いたかと思うと、
「何かお聞きしたい事はありますか」
目をつぶったまま、口を開いた。
それはわたしの知っている祖母の声ではなかった。いくぶん高く、柔らかく、鼓膜を震わせて体の中に響いてくるようだった。それは日常の中では決して聞くことの出来ない、わたしが初めてまじかで聞く、神の使い人の声だった。
「はい。いま、結婚を約束した人がいます。ここまでがとても速くて、流されているような気もします。本当に彼と結婚してもいいのかと、迷っています」
シャーマンの祖母に、すんなりと自分の気持ちを差し出すことが出来た。わたしは、祖母の向こう側にいる人智を超えた存在と向かい合っていた。
「仕事のことがずいぶん気に掛かっていますね」
ややあって、祖母は口を開いた。
「はい、資格試験を受けていくことが負担になってきて、自分には無理かもしれないと思っていて、それで結婚を逃げ場にしているのではないかと」
「逃げ場ではありません。確かにその仕事はあなたには合っていないようです。他の道のほうがよいです」
「そうですか…、よかった…」
「自分をだめな人間だと思わぬように」
「はい」
「相手は、少し年上の人ですね」
「はい、五歳年上です」
「あなたは今、戸惑いや不安の中におられる。けれども、相手は物事の道理をわきまえた大人なので、そのまま進めて大丈夫です。不安に思わず進みなさい」
「その人とこのまま進んで、結婚してもいいんでしょうか」
「はい。そうなります」
声はきっぱりとしていた。大丈夫です、とか、いいですよ、ではなくて、そうなります、というのが意外だった。
「他に聞きたいことはありますか」
声が続いた。
「そうなります、ということは、彼との結婚は決まっていたのでしょうか」
「はい。あなたの場合は、決まっていました。その流れのままにいくとよろしいでしょう」
「はい、わかりました」
「それから、このよい動きは、あなたの、たぶん母方の家系の、片腕のない兵隊さんがご援助くださっていますので、家に帰られたらろうそくに火を灯してお礼を申し上げてください」
「わかりました。ありがとうございました」
深く頭を下げると、
「神はいつも、あなたの手足よりも近くにいます。そのことをあなたが理解すればするほど、神の力は大きく働くようになります。それをよく心にとめて、日々を過ごしてください」
声は答えて、また、ふーっと大きく息を吐いた。
少しの間があって、祖母が神棚に一礼したので、私も真似てお辞儀をした。
それからしばらく、祖母は神棚に手を合わせていた。口に中で唱え言葉のようなものを小さく呟いていたが、やがてもう一度深々と一礼をした。
全てが終わると、祖母は体ごとこちらを向いて、わたしの目をしっかりと見つめた。
「かすみちゃん、おめでとう」
普段の祖母に戻っていた。
「色んなことがあるだろうけど、その人と一緒にさせていただいたことに感謝して過ごす事で、運気が良くなっていくと思うから。苦しいことがあったら、それは自分が成長する時と思って、ここに来て少し座っていきなさいね」
後から思えば、その言葉はとても重要だった。しかしその時のわたしは、神様からも祝福されて運命の人と結婚できると、単純な喜びに浸っていた。
数ヶ月後に、わたしは結婚した。会計事務所をやめて家庭に入り、参考書の類いを全部処分して、ようやくほっとした。
朝食を作って夫を会社に送り出し、子供が出来るまでのささやかな楽しみと、ヨガや陶芸を習った。夕食を作り夫を待って一緒にご飯を食べて、片づけをして一日が過ぎた。夫は好き嫌いなく何でも食べてくれたから、祖母から仕込まれた料理の腕前を、十分に発揮することが出来た。一週間がとても早く過ぎた。ちょっと退屈だけれど、自分の人生はこんなふうにずっと続くものと、わたしは思い込んでいた。
6
平凡な時は、しかし、短かった。やがてくるだろう妊娠、出産、子育てという多忙な日々の前に、ほんの一時休暇をもらったつもりで過ごしていたのが、妊娠の兆候がみられぬまま一年が過ぎた。夫と相談して二人で病院へ行き、共に検査を受けた。いくつかの検査結果は、全て異常なしだった。
そのまま半年過ごしたが、生理は毎月毎月きちんと訪れた。それまで特に子供好きというわけでもなかったのが、それをみるたびに、子供が欲しいという気持ちが強くなっていった。
不妊治療のため、病院通いが始まった。同じ境遇にある多くの人たちと同様、屈辱的で忍耐力を必要とされ、金銭的負担も大きい検査や治療に時間を費やした。
子供とは何と愛らしい存在だろう。外出先で赤ちゃんを見ると、吸い寄せられるように目が離せなくなった。自分の子供をこの手で抱いて乳を飲ませておむつを代えて、という生活が夢になった。
その反面、どうして子供が欲しいのか、自分たちの生活はこのまま子供なしでも成り立つのではないだろうか、世の中には子供のいない夫婦がいっぱいいる、一生友達のように二人だけで暮らすのもいいのではないか。そんなことを考え込む日もあった。またある日には、子供は授かるものといわれる、もしかしたら、わたし達夫婦にはそういう恩恵を受けられないことが、あらかじめ決まっているのではないか、と思う。医療に頼っても、最後は人智を超えた存在に授けていただくものだということが、治療を通して体で感じる。最後は神頼みなのだ。
そんな日々を送りながら、しかし、祖母に相談しようとは思わなかった。夫と一緒になることは、あらかじめ決められたことと教えられただけで十分だった。二人の試練は二人で乗り越えるべきだと、わたしはそう思っていた。そう自分に言い聞かせていた。
しかし実際は、真実を知るのが怖かった。あなたたち夫婦に子は与えられない、と宣告されるかもしれないのだ。そんなふうに自分の心のうちを正直に認められるようになるまで、何年もかかった。その頃から、わたしはやはり祖母に聞いてみようと思い始めていた。治療と落胆の日々に、ほとほと疲れたのだった。
ちょうどその頃からだった。夫の帰宅時間が遅くなった。役職について付き合いが増えたのだろうと、最初のうちはあまり気にとめなかったが、やがて、休日出勤も多くなっていった。二人連れ立っての外出がめっきり減っていたので、今度の土曜は久しぶりに都心のレストランでフレンチでも食べたいと、言い出すつもりでいた夜だった。
「この前テレビでやってたけど、夫の浮気度チェックの第一項目が、仕事を理由に帰宅時間が遅くなる、なんだってよ」
本題に入る前に、わたしは軽く冗談を口に出した。とたん、夫の顔色がさっと変わった。
「忙しいんだからしょうがないだろ、疲れて帰ってきてるのに、何だその言い方は」
声を荒げ、読んでいた新聞を投げ捨てるようにして、夫はソファから立ち上がった。
「だいたいお前はいつもいつも自分勝手すぎるぞ。やれ病院だ薬だ、痛いだの疲れただのって、自分だけがかわいそうなのか。子供がなんだ、出来なきゃしょうがないだろ、もうやめろ、そんな無駄なことするのは」
声を荒げて言い捨て、寝室に入ってしまった。ドアを閉める音が、大きく響いた。
わたしは呆気にとられて、さっきまで夫が座っていたソファの窪みを、しばらく眺めていた。あんな夫を見たのは初めてだった。結婚前も、そして結婚して五年になるが、わたし達は争いごとをしたことがなかった。怒った夫は見たことがなかった。わたしにとっての夫は、いつも頼れる大人だった。いつまで経っても妊娠の兆候がなく落ち込むわたしを、優しく慰めてくれたり、労ったり、あるいは見守ってくれた最愛のパートナーだった。わたしはただ、子供が欲しいのではなかった。この男の子供が欲しいと思っていたのだ。
わたしは、夫の怒りがそのまま置き去りにされたような居間で、床の上にぺたんと座り込んでいた。激しい動悸で息苦しかった。その高鳴りを、ひとつふたつと意味もなく数えていた。
夫には女性がいる。
わたしは直感的にそう確信した。隣のベッドから手が伸びてくる回数が少なくなっていること。外出時の夫の服装が、これまでとは違って明らかに異性を意識していること。それだけで十分ではないか。どうして疑ってこなかったのだろう。夫は外で女性と会っている。
それからは、自問自答の日々だった。
長い間には、夫婦はお互い秘密を持つもの、これまでのようにわたしを大事にしてくれていれば、少々のことには目を瞑ろう。いや、少々のこととは何だ。これは少々のことなのか。それより何より、夫はわたしを大事にしてくれているのか。わたしに隠れてどこかの女性と深い関係になっている、これは裏切りだ。いや、しかし、男というものは女とは違う生理に動かされ、違う思考経路を持っている、そんなに窮屈に考えることはないだろう。
いや待て。そもそも夫がわたしと別れてその女性と一緒になりたいとしたらどうか。それをわたしに言い出しかねているとしたら。いずれにしても、夫に問いただすしかない。彼が家庭を取ると言えば許すのか。一度だけは見過ごしてやろうか。夫が女性を取ると言ったらどうするか。別れるしかない。慰謝料は、買ったばかりのマンションはどうなる。これからのわたしの生活はどうなる。違う違う、それは違う。夫に限ってそんな筈はない。
胸の中にべっとりと臭い泥が塗られて、繰言のたびに厚くなっていく。夫の帰りが遅い夜、夫がいない休日は、いつも妄想に苦しめられた。見知らぬ女性と一緒に過ごす夫が、恋愛時代や新婚時代の情熱的な夫と重なった。女性と一夜を過ごす夫を想像しはじめると、喉の奥から熱い塊が溢れ出して、今にも飛び出しそうになった。ようやくのことそれを呑み下しながら、一人の長い夜を過ごすのだった。
気がつくと一日中、わたしは際限のない堂々巡りの中にいた。暗い思いが淀んで、いやな匂いを放ちはじめていた。自分の中から腐った匂いが放たれて、それを吸い込んでまた入る。繰り返しだ。それに気づいた時、悪循環を断ち切るため、わたしはようやく夫と向き合う決心をした。
夫はあっさりと白状した。相手は大学時代の恋人だった。ちょっとした誤解が重なって、互いの気持ちが拗れて別れてしまったが、同窓会で久しぶりに会って、誤解が解けた。もともと嫌いになって別れたわけではない上に、彼女のほうは離婚して独身に戻ったばかり、寂しい時期だった。夫は途切れ途切れにそんな話をした。
「かすみのことが嫌いになったわけじゃない」と、夫は言った。「お前に悪いことをしていると、いつも思ってた。だから彼女とは早く終わらせなきゃいけないと思ってた。そう思いながら断ち切れない、弱い自分がいやだった」
夫の素直な言葉に、わたしはほっとしていた。硬い棒を呑み込んでいるような緊張感が、徐々にほぐれていった。
夫は本来、真面目な性格だった。その上、酒はほとんど飲めなかったので、ストレスを溜め込んでいたのだろう。胃腸の調子が悪くなって病院通いをしていた。
「もう別れると約束してくれれば、忘れるようにする」
「ほんとうに悪かったと思ってる」
言いたい事はいっぱいあったが、それを今、口にすべきではないと思った。夫は反省しているのだ。
「約束してくれればいい」
「もう彼女とは会わない。約束する」
こんな話し合いが持たれて、いっときは平和に過ごしていたのだったが、しかし、夫は女性との関係を完全に切ることが出来なかった。それを知った時、わたしはもう考えるのが面倒になった。頭の中が空っぽになった。どうでもいい、どこまでも踏みつけるがいい。四肢の感覚が鈍くなって、手足の先から身体の芯に向かって、じわじわと冷気が染み込んできた。
祖母の家に行こう。
そう思う時だけ、少し胸が温かくなった。わたしにはそこしか行く場所がなかった。
7
裏口から入って玄関に廻り、声をかけてから戸を開けた。すぐにヨシさんが小走りで現れて、
「かすみさん、お久しぶりですのにごめんなさいね。お入りになる前に、井戸でお浄めしてくるようにと、おばあ様からのご伝言です。ちょっとお待ちくださいね」
すまなそうに言うと、いったん奥に入って新しい柄杓を抱えてきた。
「これをお使いくださいとのことです」
禊のやり方は、むかし祖母に教えてもらっていた。その時は夏だった。プール感覚で、冷たい井戸水を嬉々として浴びていたような記憶がある。膝下までの白い襦袢のようなものを着て、塩で自分の周囲に丸く結界を作ったまでは覚えているが、その後はどうだったっけ。それにしても、今は北風が吹く初冬だ。ウールのコートを着ているこの時期に、吹きさらしの戸外で禊とは。
「禊着は? 塩はどうするの?」
気を取り直し、とりあえず聞いてみると、
「手足だけでよろしいそうです。井戸場は先ほど浄めておきましたので、塩は必要ありません」ヨシさんは頷いた。「全身に水を通す意識を持って、丁寧にしてくださいとのことです」
それはやく言ってくれよと、ほっとして心の中で呟いた。桶に水を汲み、真新しい木の柄杓で掬って手に掛け、靴下を脱いで足に掛ける。井戸の水に冷たさはなく、僅かにとろりとした柔らかみがあった。
禊は水でするだけとは限らない。祖母に習ったのは水の他、塩の禊、光の禊、風の禊と、確かその四つだった気がする。洗面器に入れた塩で砂あそび感覚を楽しんだ塩の禊、裏山へ登る道の途中、木々の間から差し込んでいる陽の光を身体に受けた光の禊、頂上に立って風に吹かれながらの風の禊。その度に、祖母の横で意味も分からず、光に風に手を差し上げたりかざしたり、見よう見まねでやっていた。友達と遊ぶより、祖母の真似をして過ごす時間が好きな子供だった。
一通り手足に水をかけてから、物足りないような気がして、あの頃のように目をつむってみた。右手に柄杓を持ち直し、左手に水を掛ける。その時に、頭のてっぺんから体の真ん中を水が通り抜けていく感覚を呼び寄せる。両手を交互に持ち替えて、水を汲んでは手に掛けて、何度か体の中を通す意識を持っていくと、やがて体内に水の通り道が出来た。
体には前も後ろもあるんだよ。
むかし、祖母に言われた言葉を思い出す。手と足と交互に水を掛け続けながら、体全部に水を浴びるイメージを作ってみる。頭から胸、腹、背中、手、足と、全体に水が降りかかる意識を持つと、水のしぶきが目の裏にありありと見えてきた。
「もうよろしいかと思います」気がつくと、ヨシさんがタオルを持って後ろに立っていた。「おばあ様はかすみさんが来られるのを、朝から楽しみに待っておられましたよ」
タオルを受け取って手足を拭っていると、胸の真ん中にできた水の通り道が、すっと透明に光ったような清涼感を覚えた。
「なんか食べたくなっちゃった」
急に空腹を覚える。ずいぶん長い間、まともな食べ物を口にしていない気がした。
「ええ、今日はわたしがかすみさんのお好きなつみれ汁を、針しょうがたくさん入れて作らせていただきました」
「お腹すいたなぁ」
ヨシさんの作るつみれ汁は、あっさりしていてコクがあり、いくらでも食べられる。
「はい、神様にご挨拶していただいてから」
「おばあちゃんもそこに?」
「ええ、整えられてお待ちです。お聞きしたい事がありましたら、ご挨拶の後でお伺いしてくださいとのことです」
ヨシさんは一礼してから、台所へ入っていった。
客間に入ると、神棚にお明かりが灯されて、その前に祖母が座っていた。祖母にはもう準備が出来ていると、その背中を見てすぐに分かった。二礼二拍手をして膝に手を置き、
「お願いします」
祖母の背中にお辞儀した。
「お聞きしたい事はなんですか」
シャーマンの声がした。
「はい、夫とのことです。別れようかと思っています」
それだけを一気に言って、あぁ自分は別れようと決意してここに来たのだと、改めて思う。
「それは結婚の時に言ったはずです」
「はい?」
「ご主人と添い遂げることは決まっていますよ、と」
「はい、でも……」
「あなたは最後まで、ご主人と一緒に暮らすことになります」
「別れるなということですか」
「今は苦しいでしょうが、添い遂げることを神様は望んでおられます」
「離婚はいけないことでしょうか」
「あなたの場合は避けたほうがよろしいです」
「この先ずっと、こんな状態で過ごさなければならないのでしょうか」
「こんな状態ではありませんよ、良くなります」
「本当に良い状態になるのでしょうか」
「神はいつも人々の幸せを望んでおられます。何の心配もいりません。神の思いをいつも感じて、心身のバランスを整えて過ごしてください。その為に、井戸のそばにある石を一つ拾いなさい。白い布に包んで、いつも身近に置くように。苦しい時にはそれを苦しい場所に当てて、神様の光がありますようにと祈りなさい」
祖母の声は鳩尾にすっと染み込んで、暖かな流れとなって全身を巡った。
「いつも喉の下や胸が苦しかったです」
感情が素直に言葉になった。涙が零れてきた。
「神はあなたの過去も現在も未来も全てご存知です。神の光はいつでも降ろされています。あなたは心を開いてそれを受け取ればいいのです。神の光を受け取りなさい。そして、後ろを振り向かずに、前に進みなさい」
「どうすれば光を受け取れますか」
「一日一度、目を閉じて心静かに座る時間を作りなさい。その際、吸う息と吐く息に意識を集中すると座りやすいです。身体のどこにもとらわれない楽な姿勢で、五分ほどでいいです」
「やってみます。石は、どんなのを拾えばいいんでしょうか」
「あなたがこれと思う石です。白く光って見えるはずです。石を賜りますと、井戸の神様にお伝えしてから拾ってください。」
「わかりました」
「それから、夫はあなたに対して罪悪感を持っています。あまり責めないように。あなたに対して愛情がなくなったわけではないんです。そのことを分かってあげてください」
有難うございました、と祖母の背中に一礼すると、
「心の目を開けなさい。今、この時を自分のものとして、精一杯生きなさい。必ず道は開けます」
それからしばらくの沈黙の後、祖母はふーっと深く息を吐いた。背中から力が抜けていく様子がよく見て取れた。神の声を聞く場所から、祖母が降りてくる。
ややあって後ろを振り返り、祖母はわたしを見て微笑んだ。
居間には食事の準備がされていた。
「おなか空いたね。さあ、食べよう」
祖母は食べ物を前にすると、とても幸せそうな顔になる。祖母自身は体が小さいので、それほど食べるわけではない。喜んで食べている人を見るのが好きなのだ。
「サバ寿司だね、久しぶりだわ」
小さな寿司桶から、甘酸っぱい匂いが部屋中に広がっていた。
「かすみにはこのところ、ずっと食べさせてなかったね」
「うん、サバ食べたかったよ」
わたしは昔から紅しょうがが好きだった。だから祖母が作る椎茸入りのサバ寿司には、黄色の錦糸玉子の上に紅しょうがの千切りがいっぱい散っていた。その彩りを見るだけでわくわくしてくる。
むかし、錦糸卵を焼くのはわたしの役目だった。祖母の台所にはよく使い込んだ鉄のフライパンがあって、いつもうっすらと油を吸い込んで、黒く光っていた。この上に溶いた卵を薄く伸ばして、周囲にうっすら焦げ目の色が見えた頃、火を止めてお皿の上に取り出すと、祖母はいつも褒めてくれた。
「かすみに焼いてもらった卵は幸せだね。こんなに薄くて綺麗に丸くなってる」
まな板の上で時間をかけて切るのだが、わたしが作る錦糸卵はどうしても太さがまばらになってしまう。満足のいく切り方が出来たためしはなかった。けれども祖母は、
「かすみの錦糸卵は、一本ずつが個性的だからいっぱい楽しめるね」
そう言って目を細めるのだった。
そんな思い出話を語り合いながらの、祖母と一緒の食事は何年ぶりだろう。
「おばあ様も、かすみさんと一緒だと食が進みますね」
つみれ汁のお代わりをわたしに差し出しながら、ヨシさんも楽しそうだ。
「かすみは料理をおいしくさせる天才だからね」
祖母は箸を持ったまま、嬉しそうに笑った。
食事が済んでから、わたしは井戸に出て手を合わせた。目を瞑って、石を賜りますと心の中で祈ると、子供の頃、目を病むたびにこうしてここで手を合わせ、祖母の祝詞を聞いていたことを思い出した。祝詞奏上の間は、頭を下げていつも足元を見ていた。そんな頃から知っている石が、必ずある筈と思えてきた。
目を開くと同時に、右の足元あたりが光って見えた。そこにあった楕円形の白くて小さな石が、目に留まった。拾い上げて井戸の水で洗った。ちょうど手のひらに納まって、握るとぴったりと手に添う。鳩尾に当てると、ぼんやりとした温かみが伝わってきた。
8
家に帰り、一週間考えた。そして自分に三つの取り決めをした。一つ目は今しばらく夫との生活を続ける事、二つ目に中断していた不妊治療を完全にやめること、そして三つ目は職に就くこと。それが自分にとって前進になるかは分からないが、とにかく動こうと思った。幸い、隣町に求人広告を出していた会計事務所があって、すぐに勤め出すことが出来た。
頂いてきた石は、白い布に包んでバッグに入れていつも持ち歩いた。とても苦しい時は喉元に当てた。すると石は、そこに宿った過剰な熱を吸い取ってくれた。少し苦しい時は鳩尾に当てた。そこに温かい光が入るような気がした。時おり布から出して、閉じた両目の上に交互に押し当ててみた。ひんやりとした石の感覚が、疲れた目を癒してくれた。
夫は休日に出かけることはなくなったが、週に二度ほど帰りが遅くなった。きっと彼女と一緒なのだろう。近頃ははわたしと視線を合わせることすら避けている。最近よく眠れないからと言い出して、寝室を別にした。それはしかし、あながち嘘ではなかった。夫には、明け方まで眠れなかったと赤い目をして寝室から出てくる朝が、しばしばあった。夫はまた、よく頭痛を訴えるようになった。精密検査も受けたが、異常なしだった。処方された薬が効かないと訪れた別の病院で心療内科に回されて、すぐにうつ病と診断された。その頃にはめまいも加わって、会社への遅刻や欠勤が多くなっていた。
休職し、自宅療養と決まった。その前後に、女性との関係はようやく切れたようだった。
はじめの一ヶ月ほどは食事を嫌って、薬を飲んでは寝室にこもって寝てばかりいた。常に胃が重いと言い、話しかけても短い返事が返ってくるだけだった。そんな時期が過ぎると、自虐的な独り言を呟いたり、わたしを責める言葉を投げつけるようになった。
「罰があたったな」
食事時、ふいに箸を置いて夫は暗い顔で呟くのだった。
「何でこんなになったんだ。毒か。そうだ、これは毒だ。毒を流しこまれたような気がする。いつからだ。それは分からん。どこからだ。それは分かっている。俺からだ。毒は俺が持ってたものだ。俺の中から出てきた。これが自業自得ってやつだな。それにしても、何でこんなになったんだ」
そんな言葉が際限なく続く。
「もういいから、少し食べた方がいいよ」
わたしが言うと、
「心にもないこと言うな。優しい声なんか出すな。ざまみろと思ってるだろ」
顔色を変えて、急に大声で怒り出す。眉間に深い皺を刻み、わたしを見据える落ち窪んだ目の中には、凶暴な光があった。
「お前のせいだ、なんで俺と別れなかったんだ、あの時別れていれば俺はこんなことにはならなかった。お前が俺を苦しめたんだ、苦しめたんだぞ、分かるか。俺はどんなに苦しかったか。俺を苦しめて楽しいか、嬉しいか」
何の脈絡もなく、急にそんなことを言い出してわたしを責める事もあった。
夫の持つ苛立ちや憎しみや絶望感、虚無感といったものに取り囲まれて沈み込みそうになる時も、わたしは白い石を取り出して、両手に包んだ。そして、どうか夫にいつも神様からの光がありますようにと祈った。石はわたしの体の真ん中を温かくし、頭に溜まった過剰な熱をどこかに運び去ってくれた。
そんな日に、大学時代に心理学を専攻していたという、会計事務所の先輩が言った。
あなた、それは典型的な共依存よ、昔から女がよく陥っていた落とし穴。わたしがいないと夫はだめになるなんて考えているとしたら、ご主人の病気どころか、あなたの将来もダメにしちゃうわよ。よく考えたほうがいいわ。そしてはやく穴から出てきなさいよ。
わたしは考える事を放棄していた。わたしは夫ではなく、夫の病気と向き合っていた。目の前にいて病気で苦しんでいる人が、自分の夫であると、ただそれだけのことだ。夫を愛しているのかと自分に問うことは、とうにやめていた。その問いはきっと何かを失わせることになると、そんな直感だけがあった。
夫といる時、わたしの頭は空っぽで、ただ身体だけが動いていた。そんな身体にわたしはまた、一つの決め事を課した。それは、何も食べたくないと言い続ける夫に、少しでも食べてもらうということだった。目的を持つと、身体はよく動いた。
いつも無表情か、さもなければ苦痛の表情で、全ての意識を自分の内へと向けていた夫が、最初に変化を見せたのはニラ雑炊がきっかけだった。
小さい頃、風邪をひいた後に必ず母が作ってくれたものだった。母は祖母のように料理が得意な人ではなかった。食に淡白で、味覚障害があるのだろうか、ただうっすら味がついていれば何でもいい、などと平気で言う人だった。日常の食卓は、時間がかかるわりにはいつも単純な焼き物か煮物ばかりで、たまに揚げ物などがあればご馳走だった。
けれども、病み上がりに食べる母の卵入りニラ雑炊の淡白な味は、格別だった。熱が引いた後の身体に染み込むようで、手足に力が戻ってきた。それを思い出して、わたしは夫に作ってみたのだった。
「これなら食べられそうだな」
一口すすって顔を上げた夫の顔に、以前の表情が宿っていた。目に少しの力があった。夫の力の一端が、わたしの中にも流れ込んでくるのを感じた。
わたしは、夫への料理作りに没頭した。食べているその時だけでも、外に意識を振り向けられるならと思った。食べる事自体が苦痛だ、面倒だというので、最初は様々なスープを作った。
コンソメをベースにしたオニオンスープ、卵スープに始まって、具材を少しずつ増やしていった。ポタージュ、中華スープ、和風醤油、味噌仕立てなど。その間、一週間に一度はニラ雑炊を加えた。それを食べる時、夫はいつも同じ顔をした。
例えて言えば、それまでの夫は、忘れ物を捜すことに疲れて諦めている人だった。やがて忘れ物があったことすら忘れ、探していた時の疲労感の中だけに閉じこもっていた。けれども、ニラ雑炊を食べる時、夫は自分に忘れ物があったことを思い出しているようだった。それが何なのか、探すという意思のようなものも、少しずつ目に宿っていった。
五ヵ月後、夫は会社に復帰した。午後だけの数時間から少しずつ時間を増やし、やがてフルタイムで働けるようになった。その早い回復は医師にも驚かれた。
薬を欠かさず飲み続けながら、体調は八分どおり戻ったある夜、食事の片付けをしているわたしの背中に、
「ずっとありがとう。これからは俺が大事にするから」
夫は言った。驚いて振り向くと、もう背を向けていた。こんなかたちで、夫は自分の精一杯を伝えてくれたのだった。わたしはその時、ご主人と添い遂げることは決まっていますと、祖母の口から伝えられた言葉を、自分の宝としてきたのだと改めて思った。
宝を大事にしてきたから今がある、わたし達はここから始まる。わたしは心からそう思い、これから先きっと何十年か続くだろう夫との長い人生に、幸福という言葉を当てはめてみたりした。
けれども、人の一生とは何と短い事だろう。夫はそれから四年後に亡くなった。
夫が倒れたと会社から電話が入り、あわてて指定の病院に駆けつけると、彼は意識不明でベッドに寝かされていた。聞くと、会社近くの食堂で昼食を摂った後、散歩してくるからと同僚と別れ、一人公園へ向かったという。夫はうつ病から回復して以来、努めて体を動かすようにしていた。その日も普段どおり、変わった様子は全くなかったという。
通りかかった人の連絡で公園に救急車が着いた時、すでに意識はなかったという。くも膜下出血だったと言われた。彼が倒れていた植え込みのそばにはクチナシの木があって、その白い花が甘い匂いを放っていた。わたしはそのお香が好きで、夜になるとよく居間で焚いていた。馴染みの香りに包まれて夫が最期を迎えたことは、少しの慰めになった。
9
毎年、目が痒くなる時期になると、抗アレルギー目薬を差しながら、祖母に言われた二つの目のことを思い出す。
体にある目の穢れは井戸の神様が祓ってくださるが、心にある目の方は自分で祓わなければならない、これこそが大事なこと。
口に出して呟いてから、分かってますよと目薬を点す。
二年前、夫が急死した。その知らせを受けた時も、こうして目薬を点していたなと思っていると、急に祖母に会いたくなった。
春に電話をした時、セリをたくさん頂いたので冷凍にした、今度来た時おやきにしてあげようと言われたのに、一日伸ばしにしてそれっきりになっていた。思い出すと、セリがいっぱい詰まったおやきがたまらなく食べたくなった。祖母が作る具は、少量の油と味噌で和えてあって口当たりが良いので、食べ出すと止まらない。
さっそく電話を入れると、
「おばあ様は、ちょっと足を痛められて横になっていらっしゃるので、おやきはわたしがお作りしておきますが」
ヨシさんの声に元気がない。
「足って、どうしたの?」
「居間の座布団の端にちょっと足をつっかけて」
「骨とかはなんともないのね?」
「ええ、お医者様も湿布して安静にしていればいいとおっしゃって」
祖母は今年九十歳、さすがに年には勝てないかと思いつつ、軽い捻挫だろうと、わたしは楽観していた。
しかし、半年ぶりに見る祖母が、あまりに小さくなっていたのでわたしはとても驚いた。もともと小柄な人だったが、ベッドに横たわっている顔がまたひとまわり縮んでいた。
「おばあちゃん、大丈夫?」
声をかけるとすぐに目を開け、祖母は弱々しい笑顔を見せた。
「大丈夫なの?」
祖母は無言で頷くと、わたしに手招きをした。
「遠いと、かすみの顔がよく見えない」
その声は小さく、口元に耳を近づけないと聞き取りずらかった。ベッドの脇に座って祖母の手を握ると、
「かすみの目がよくなった分、今度はおばあちゃんの目がダメになったよ」
祖母は一気に年をとったように見えた。
足を痛めたのは二週間前。最初は安静のため横になっていたのだが、やがて食欲もなくなり、ここ数日は歩けなくなってしまったと、ヨシさんが心配そうに話してくれた。
「お医者さんは?」
「往診していただいてますが、捻挫はもう特に問題はないらしいです。ただ、年齢が年齢なのでしばらく安静にと」
「どこか大きい病院で調べてもらった方がいいんじゃないの?」
「わたしもそう思うのですが、おばあ様がこのままでとおっしゃって」
「お父さんやお母さんは知ってるの?」
「そんなに大ごとにしなくていい、まだ知らせなくていいと……」
「食事は? 食べられるの?」
「おかゆやゼリーのようなもので」
ヨシさんに支えられながらトイレに立っていたのだが、今ではそれもかなわなくなっているとのこと。
「視力はいつから弱くなってたの?」
「さあ、それは知りませんでした。わたしには何ともおっしゃらなかったので」
わたしは思い立って台所に立ち、ニラ雑炊を作ってみた。
「かすみさんが作ってくださったんですよ」
ヨシさんがスプーンで少しずつ、流し込むようにして口に入れると、祖母は黙ってお椀に半分ほどを食べて、
「もういい」首を横に振って、「あぁおいしかった」
呟くように言って、疲れたように目を閉じた。
食事の片付けを済ませてから、わたしは祖母の祝詞本を持って井戸の前に立った。祝詞をあげる時は、平らな板の上に玉をころころと転がすような気持ちでと、祖母に教えてもらってある。平らけく、平らけくだよ、と。それを思い出しながら、井戸の神様の祝詞を奏上した。そして祖母の目を癒してくださいと神様にお願いをして、柄杓に水をいただいた。
祖母の寝室に入って、
「おばあちゃん、目にかけてあげるね」
水に指先を浸して、そっとその目に押し当てた。
「かすみが井戸の神様にお願いしたからね、きっと治るよね」
閉じた瞼の上を交互に濡らすと、祖母の口元が綻んで、
「ありがとう、ありがとう」
何度も頷いた。
帰り際、また来るからとそっと顔を近づけると、眠っているとばかり思っていた祖母が目を開き、
「水の井戸は涸らさぬように」
わたしを見て、はっきりとした口調で言った。
祖母はその翌々日に入院して、一ヶ月ほどを病院で過ごした。父と母とヨシさんの三人が交代で、ずっと付き添っていた。
父と祖母は親子だったんだなと、当たり前なことを思いながら、病院での二人をわたしは新鮮な気持ちで見ていた。眠り続ける祖母に話しかけている父の横顔は、時おり小さな子供のように見えた。ほんのたまに目を開ける祖母もまた、父の顔を認める時にだけ、満ち足りて幸せそうな表情を口元に浮かべるのだった。
祖母が亡くなったのは、二日続きの雨の夜だった。禊の雨だと思った。地上を浄めてから昇って行ったのは、いかにも祖母らしいと思った。
〈了〉
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