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父の越えて来た歳月             佐武 寛
  UNCONDITIONAL SURRENDER OF JAPAN

                     

          一
 人間は不自然な環境で育つといびつになる。真理はそれが嫌いだった。家庭には両親が居てこそ子が健やかに育つと思っている。真理自身は料亭の女将で二人の女の子の母親である。長女は弥生と言い十八歳、次女は皐月で十六歳である。舅も姑も健在である。真理には平介という兄が居て、米人のバーバラと結婚し、リリー〈百合〉という十九歳の長女と十五歳の弟・ジョージ〈譲治〉が居る。真理と平介の父は三平といい、八〇歳である。妻の如月は三年前に他界している。真理は今、父から送られてきた詩を読んでいた。

石ころにつまずいた男が
のけ反った
空を見上げて
美しい星に
心を奪われていたので

明日を夢見る女が
朝餉の支度を忘れて
娘の結婚式は
宇宙婚にしたいという

友達とケータイで
メールする娘が
浮き浮きとして
朝餉はいらないと
母親に言って
家を飛び出す

学校に行くのが嫌な息子が
昨夜見なかったテレビ番組を
翌朝
親父のビデオで見る

親父は
駅でモーニングとると
あたふたと
駆け出して
好きな彼女と
出勤前のデート楽しむ

 この歌は平介の家族を歌ったものか、父の想像なのかはっきりしないが、真理は父の批判を興味深く感じていた。父は傍観者のように家族を批判していたのだと真理は思っている。気侭な生き方など考えることも無かった時代を過ごしてきた父の心に宿っているものを真理は憶測する時がある。兄の平介の家族と同居している父の気持は世の変わりを嘆いているのだろうか、諦めて受け入れているのだろうか、嫁いで外に出た真理は兄夫婦と父との関係が気がかりであった。
 そんなある日に、バーバラが真理の料亭に、アメリカのシアトルから来た友達を連れてやってきた。女性客三人で、バーバラと同じ年格好に見えた。真理が「女将です」と、あいさつすると、「ハズの妹よ」、とバーバラが友達に紹介した。彼女たちは真理をほめることを忘れなかった。きわめて自然なエチケットといった感じである。片言だが日本語も話すので真理は助かった。
 女同士だから家庭生活の話題が飛び出す。亭主と子供のことが中心になるのもこの年頃の母親達では当然の流れだった。バーバラは平介を日本に置いて自分とリリーはアメリカへ行くような話しをしていた。すると、それは離婚になるわよとひとりが言って、ハズはアメリカに転勤してもらうべきだと別の女が意見している。真理は女中と一緒に料理をテーブルに揃えながら彼女たちの話を耳にしていた。そのとき、三人目の女が、「バーバラの家に泊まっていいかなあ」と言い出し、他の二人も、「それは素敵なプランよ」と、バーバラの同意を誘うように言うと、「嬉しいね」と、バーバラが笑顔で頷いた。
 食事をしている間も彼女たちはよく喋る。料理を出すたびにワンダフルと叫ぶ。それからが大変である。料理の一品、一品について、食材から料理の仕方まであれこれと尋ねるので、真理は説明に疲れる。遠慮などあったものではない。バーバラまでが調子に乗っている。この分では、平介も大変だろうと真理は同情する。
 彼女たちがバーバラ宅をベースキャンプに観光した三日間は、リリーやジョージにとって最高だったらしい。真理は二人からかかってきた電話でその様子を知った。名所案内と通訳を二人が買って出て自己満足したらしい。バーバラはおしゃべり専門に廻ったようだ。兄の平介はどうしていたのか尋ねると、「パパはお抱え運転手よ」と、リリーが電話の向こうで笑っていた。真理が、「おじいちゃんはどうしてるの」と言うと、「街歩きが日課だよ〜」と、ジョージの声が脇から飛んできた。
 ジョージの言葉を裏書するかのように数日後、三平からの手紙に詩が添えられていた。

一人の女と三人の男が喋りながら
足早に行く夕刻の店頭の道

「コーヒー、一緒に飲もう」
社員服の女が呼びかけた
ネームプレートを胸に着けた男が
「高いから止めとく、俺」
と、後ろから答えた
「いいやん、おいで」
女が、後ろに声をかけながら進む

男たちの二人は女より年上のようだ
女より年若そうな男がドアーを開けた
旅行代理店の社員だとそれとわかる
バッジが見える

今、店の前まで帰ってきたのだが
二,三軒素通りしていた
店に帰る前のひと休憩か相談か
女は若いがヴェテランに見えた
 
 真理は思わず微笑んだ。街頭ですれ違った人物の動きが手に取るように描かれている。父は街歩きで日常のストレスを解消しているのだろうと想像する。だがここでも女の強さが気になっているように思えた。すると急に、真理は父と一緒に街歩きしてみたくなって電話を架ける。三平からは、嬉しそうな声で、「僕は毎日サンデーやから、いつでもいいよ」と、返事が返って来た。

          二
 初夏の訪れが感じられる六月半ばの昼下がり、真理を伴って街歩きしていた三平が、前からやって来た男が古い友達だと気付いて、「山田やないか」と声をかける。するとその男は怪訝な顔をしていたが、しばらくして三平とわかったらしい。「菊本か」と問い返した。このとき、二人の時間は一気に青春に戻った。二人の老顔が一瞬輝いたのを真理は見つけている。
「ずいぶんひさしぶりやなあ。そこらで茶でも飲まんか」と、三平が誘う。「そやな、積もる話しでもしようか」と、山田が乗ってきた。「娘の真理です」と、真理が懐かしそうに挨拶した。「おおきなったなあ」と、山田が真理を見詰める。「いややわあ、おばあちゃんですよ」と、真理が笑って言う。三人は揃って直ぐ近くにあった洋菓子店「ゴンチャロフ」の喫茶室に入った。
「真理さんが独身だったころにあったよなあ。あれ以来初めてか」
「僕とは数年前、同期の会であっとるよ」
「そうそう、真理さんは結婚して子供も生まれてるって聞いたこと思い出したよ」
「現在はなにやっとるんや。山田のことやから生涯現役か」
「定年まで勤めた会社の顧問やが、八〇歳になったからそれも辞めようと思ってる。菊本はなにしとるんや」
「年金生活よ。息子夫婦の世話になっとる」
「ご互いに余生ってことか。奥さんは元気か」
「三年前に亡くなった。それからは空気の抜けた風船みたいなものよ」
「真理さんが居るからいいやないか。息子さんご夫婦も親切にしてくれるんだろう。俺は家内と二人暮らしだが、病弱で介護に手がかかるんだ。療養施設に入ってもらおうかと思案しているところだ」
「そんなに悪いのか。君もたいへんだなあ」
 二人の会話は湿っぽくなった。真理は口を挟むのを控えていた。
 それからの話しといえば、学生時代の思い出や友達の安否が何の脈絡もなしに続いて、お互いに慰めあっているようだった。現役時代の職場の話は出てこなかった。二人は別々の道を歩んできたから共通点が無いのだろうと真理は思ったが、それだけではなさそうであった。現役時代を振り返るのを避けているようだった。今現在の状況で再会が始まっている。青春時代が二人の宝になっている。社会人になってからの苦労話などはしたくないのだろう。青春と老後が直結した奇妙な姿である。
「それにしても、今の世の中は大変だなあ。毎日、人殺しのニュースがあるやないか。親子で殺し合うのだから考えられんことがおきている。イジメや虐待が子供を怯えさせている。僕たちの育った時代にはこんなことは無かった。たまにあっても例外中の例外やったね。今の世の中は悪に汚染してしまっている。こんな世の中を僕たちが作ってしまったのかと反省するときがあるよ。経済成長至上主義でほかの事を置き去りにした。しかも、その経済も崩壊して一〇年の苦しみをあじわったのだから、何をしてきたのか僕たちの罪は深いよ。その間に世相が変わって今日のようになったんだ。子供にも孫にもえらそうなことは言えんね。平介にも真理にも悪い世の中を残してしまったよ」
 父・三平の述懐のような言葉に真理は「そうでもないよ」といいたかったがあまりの真剣さに気後れした。
「俺たちは負け戦を引き継がされたんだぞ。戦死した仲間の顔は今も覚えている。それを背負って敗戦の中から立ち上がってきたんだ。ジャパン アズ ナンバー ワン といわれた八十年代がいまではウソのようだが、それだけのことはしたのだ。それでいいのだ。菊本のように卑下することは無いよ」
 真理は興味深くこのやり取りを聞いていたが、二人の老人が若返っている雰囲気に飲み込まれている自分に気付いた。男ってこんな風に生きているんだということをまざまざと目にした。「平介にも真理にも悪い世の中を残してしまった」と言った父・三平にも驚かされたし、それに反論して「卑下することは無いよ」と言った山田のツッパリにも感心した。男二人の純情がぶつかり合ったようなものだと、真理は微笑ましい気分だった。
「真理さんを独りぼっちにしといてこれは済まんこっちゃ。ついこっちの話しに夢中になってしもうた。今日は親娘で仲ようお出かけでしたか。邪魔してしまいましたなあ」
 山田は恐縮した顔で真理に声をかけた。三平と思わず長話になったことを詫びているのだが、話しの最中でも時々真理を見ていたことを真理は知っている。真理に話しかけたいのだろうが遠慮していたことがわかっている。この年配の日本の男は女と話すのが苦手なんだと真理は自分の父親を見て知っている。
「父がお声をかけたんですから、山田さんこそご迷惑じゃあ無かったですか。お邪魔をしたのはこちらなんです。父がこれほどおしゃべりするのは珍しいのです。懐かしかったのですね」
 真理は山田にお辞儀した。「こいつ、親をからかいよって」と、三平が照れ隠しのように言ったが、まんざらでもないようだった。
 この後、真理と三平は山田と店先で別れる。雑踏に消えてゆく彼の後姿をしばらく見送ってから二人はショッピング街を反対方向に歩く。歩きながら真理は、老人とは孤独なものだ、それをカモフラージュするように元気にして見せていると感じた。この父だって、虚勢を張っている。自分のいのちが少しづつ年々少なくなることを身体で感じているのだろうと思った。山田さんのように奥さんの介護に疲れ子供も居ないとなると尚更深刻だろう同情する。
「ねえ、山田さんを時々、家に呼んであげたらいいのじゃない、お一人ではさびしいでしょうから」
「家って、僕のところか、あれは平介の家だから、嫁のバーバラの了解も取らねばならんだろう」
「一度、平介兄さんに話してみて、渋るようだったら私の家でいいよ」
「そうか、僕からより真理から平介に言ってくれたら彼も応対しやすいのじゃないか」
「そうね、お父さんからだと平介兄さんも断われないだろうから、そうしようか」
 真理は、父が平介兄さんに遠慮している様子を感じた。いや、実は、バーバラさんに気兼ねしているのだろうと思い直す。
「博物館に行ってから夕食にしましょうか」
「それもいいなあ。話に疲れたから絵でもみるか」
「インカ文明の特別展を開催しているのよ」
「それは楽しみだ」
 真理は父が乗り気になったので案内することにした。館内は一時間程で一巡したが、三平がまた戻って見直すと言ったので、真理は付き合うことにする。古代文明の発祥から消滅までの過程を目で追うだけでも疲れるのだが、そのストリーをゆっくり丹念に読んでいる父を見ると真理は、その熱心さに感心すると同時に、子供のような好奇心を残している父に健康な証拠だと安心した。
 夕刻、二人は料理屋「三ツ輪」で親娘水入らずの食事をたのしむ。会席料理が有名な店で年寄りの口にも合うというので真理はこの店を選んだ。座敷ではゆっくり時間が取れるのが良かった。話しは当然のように先ほど見てきた展示のことになったのだが、三平の口は重かった。「お父さんの印象はどうだった?」と、真理が誘いをかけても、三平は考え込んでいる様子だった。
 それからやおらして、「黄金とミイラ信仰が重なった奇妙な世界だったな」と、呟くように言った。真理は「そうね」と合槌を入れたが、それ以上は聞き質さなかった。説明を求めても言わないのが解っているからである。父は自分が納得するだけで満足する人だということを真理は知っている。
「此処の食事、気に入った?」
 菜旬鍋の湯葉、麩、餅をはさみ上げたり胡麻豆腐を掬い揚げたりと、ゆっくりしたテンポで鍋を楽しんでいる父に真理は、老いを感じながら、ねぎらうように尋ねる。それには三平が直ぐに応じた。
「久しぶりだよ。こういう料理を口にするのは。身体に優しいね。年寄りには日本料理がいい。気に入った」
「よかった。お父さんに満足してもらって」
 この後、向付の鮮魚サラダ、進肴の伊勢海老油焼き、強肴の無花果の胡麻掛けが出て、食事は高菜焼きむすびと佃煮、デザートは旬果フレッシュジュレだった。
「バーバラの料理はアチラ風だから、肉が多いし、油濃くって、僕の口には合わないのだが、文句は言えんよ。孫達二人もアチラ風がすきだからね」
「遠慮しないで好きなものを作ってもらえばいいのよ。平介兄さんにも言えばいいじゃないの。バーバラさんに直接は言いにくければ」
「心配せんでいい。僕が平介の家庭に馴染めばすむことよ。真理の優しさに釣られてつい愚痴ってしまったが、アチラ風のファミリーも捨てたもんじゃない」
「それならいいけど、無理しないでね」
「家庭内の異文化交流だ。生活のマナーが違っている。そう思えば新しい発見もあるよ」
 三平は淡々としているような口ぶりである。その心のなかは覗けないが、これまでの人生でいろんな変化を経験しているから案外と環境を理解しているようには見えた。何しろ一つのことにこだわっていては生き続けられない世の中を通過してきたのだ。真理はリリーやジョージとバーバラが平成の黒船だろうと想像している。幕末と違うのは日本がアメリカに全面降伏した後だということが決定的ファクターだ。
「バーバラさん、アメリカへ帰りたがってるのでしょう?」
「そうじゃない。リリーが日本人のボーイフレンドとアメリカへ行くそうだ」
「いつ?」
「大学はアメリカに決めてるようだ」
「リリーの希望なの?」
「ボーイフレンドがリリーをさそってるそうだよ」
「リリーはアチラ育ちだから英語は母国語よ。ボーイフレンドはリリーを頼りにしてるんでしょう」
「そうかも知れないが、とにかくリリーは水を得た魚になるだろう」
「平介兄さんはどう言ってるの?」
「兄妹だからじかに聞けばいい。僕は平介に意見は無いと思うがね」
「だって、リリーの父親でしょう」
「子供の好きなようにさせているんだよ」
「それは、お父さんがそう思ってるだけで、平介兄さんもバーバラさんも結構、教育に熱心なのじゃないかな。大学選びや専攻のサジェッションをしてるんでしょう」
「僕の耳には入らないね」
 父がウソを言うはずはないから本当に何も知らないんだろうと真理は思ったが、父が疎外されているという感じがして淋しかった。真理はそれとなく様子を窺がうように父を見る。ところが、真理の気遣いに反して、三平からは真理をねぎらう言葉が飛び出してくる。
「料亭の女将という仕事は大変やろう。跡継ぎの嫁やから仕方ないが苦労なことやね。舅や姑さんとは上手くやれとるのか」
 真理は一瞬、驚いたが、父の気持がありがたかった。幾つになっても娘は娘という感情がこういわせたのだろうと思った。自分自身の高齢化は忘れているのだ。自分のことよりも娘のことが気になっている。自分のことはあまり言わない父からその感情が伝わってくる。
「心配してくれて有難う。楽しくやってるから安心しといて。女将の仕事は張り合いがあるのよ。うちの旦那は経営の才覚があるらしくて商売は繁盛してるの。舅さんも姑さんも仕事の分担をしてくれてるので小言など出る暇は無いね。平介兄さん宅はバラバラの個人主義なら、うちは団結せな生きていけん家族主義よ」
 真理が自信たっぷりに言うと、「勤め人とあきんどの違いやな」と、三平がもっともだというように頷いた。三平自身が一生を職場に捧げたように生きてきたのだ。
「お勤めの人は定年になって職場が無くなったら宙に浮いてしまうのね。うちに来るお客さんでもそういう人がいらっしゃる。家庭内には居所がないらしいのね」と、真理が言うと、「働き口がなくなって、家にじっとしてるのはストレスがつのる。何かやらないかんと、心のなかでは悶えとるのやな」と、三平が同情したように応じた。
「男が一日中家に居ると、息が詰まるのでボランティアに行ってもらってるという奥さんもいらっした。ストレスを感じるのは女のほうが大きいのじゃないの。男は身勝手でいつまでも夢を追っているけれど、女にはそれが耐えられないときだってあるのよ」
 真理は、続けて、「お母さんが早く死んだのはそのためじゃなかったの」と言いかけて言葉を呑んだ。それを言えば気まずくなるし父がかわいそうだと咄嗟に思った。それには気付くことも無く三平は楽しそうに箸を運んでいる。
 真理は、父の姿をみながら、これから先も元気でいてもらうためには、人生の集大成のような仕事をしてもらうことだと考えた。それがなんだかは自分には解らないが父自身は知っているはずだと思い、「これから何をして暮らすつもりよ」と尋ねた。すると三平は、「平介やバーバラの生き方に興味を持っている。これからの新家族を観察したい。一緒に住んでいるので体験できる。そのためにも干渉はしないのや。彼らの純粋な生態を見るだけでいい。そこから意味を抽出するのが僕の仕事やね」と言った。真理は驚いて、「そんな目で観察されている家族は気の毒やね。うちはごめんやで」と、手で払いのけるような所作をした。だが心のなかでは、父が老け込まない秘密を知った思いだった。

          三
 それから時がたって終戦記念日が近くなった頃、真理は父・三平から一通の手紙を受け取った。その内容は父がやはり戦時中のことを引きずっていると思わせるものだった。
 
〈今の若者からは理解してもらえないだろうが、十七歳半ばで赤紙召集を受けて入隊し即刻現役編入になった。終戦の年のことである。その時の軍隊といったらボロボロでまともな兵器も無い。短剣は竹製であったのには驚いた。
 この軍隊は大坂の信太山で編成されたのだが、宿舎は小学校であったと覚えている。村の道から校庭に至るまでには幅の広い長い石のなだらかな階段があった。歩哨に立ったのは階段の一番下で道の脇である。そのときに中隊長の将校がさしかかったので捧げ銃をしたのだが、将校が驚いた顔をした。後で立派だとお褒めに預かった。何しろ二度、三度召集された老古兵も居る掻き集めの兵隊である。
 この部隊はこの結集地から何処かに移動するはずであったが不衛生な状態の中で疫病が発生し足止めを食っていたようである。小学校の汲み取り便所には糞尿が山済みになっていた。そんなある日に、終戦の玉音放送を聴くために校庭に集められた。このときのラジオは自分が家に戻って持って来たものである。部隊にはラジオすらなかったのである。そのときの玉音放送は雑音が多くて明瞭には聞き取れなかったが、終戦だということは知れて隊員の緊張がほぐれたことは確かである。
 それから一時帰休(実際は軍隊の解散)するまでに半月ぐらいはあったように思う。中には憲兵を志願するものも居たがその後どうなったかは知らない。自分もあのままだったら幹部候補生になって移籍していたはずである。出願直後に終戦になったのだ。
 入隊直前の昭和二十年三月十三日には大阪大空襲があった。翌朝、天王寺公園では防火用手押しポンプに寄りかかるようにして防空頭巾とモンペ姿の女性が死んでいた。蒸しあげられたように膨らんでいたのを覚えている。近鉄・天王寺から歩いてきたのだが、それから更に動員先の陸軍需品廠まで歩く途中では、高圧線に宙吊りされた丸焦げの死体が万歳した格好で逆さになっていた。人間がカラケシそのものだったので茫然とした。公園でも道路でも遺体が転がっている。交通機関などはありはしない。人は黙々と歩いている。こんな災害は生まれて始めてである。空襲で焼け野原と瓦礫の山と死人の異臭が残る中で召集されたのだから終戦を救いの神と感じたのは本能的な反応だった。
「マッカーサー万歳」という言葉がこの頃はやった。進駐軍が日本全土に配置されたが、国民が怖れていた危害は無かったのである。日本人はこのとき抵抗しなかった。だからうまく行ったのだろう。海外からの復員軍人や引揚者が街にあふれ、闇市が繁盛した。進駐軍相手のピーさん(売春婦)やオンリーさん(決まった相手に春を売る女)が現われる。生きるために食うために始めた女の稼業だろう。戦争は弱いものを直撃した。
 今のこの国の制度はアメリカによってつくられたものだ。その根幹を成したのがGHQ指令である。憲法から教育制度、地方自治、産業再編などすべての分野でアメリカ化が行なわれた。日本人の行動様式も「民主主義」で統一されることになった。戦争の回想は戦記だけではない。戦後のレジームが日本人を異化した事に注目せねばならない。
 十八歳に満たないで復員した自分が、混沌の中で生き残れたのは、皮肉にも占領政策のおかげである。日本人を並ばせてDDTを頭からぶっかけた占領軍だったが、強制労働などをさせなかった。勉強も仕事も自由に選択できたし、食い物も日用雑貨も豊富になった。それに軍隊から解放されたことが最高だったのである。
 戦時中の自分とは別な自分が居る。お国のためにという強迫が消えて自分を取り戻していたのだ。平和憲法は当然として受け入れたし違和感もなかった。戦争などとんでもないという気持で前向きに生きようとしている。国家に強迫されて生きてきたことがウソのようだった。旧制の高等学校に入学した仲間には軍隊経験者が多くいた。気分は開放ムードでやりたいことをやろうという荒くれが神妙に勉強を始めたのである。敗戦を跳ね返す気概のようなものが沸いていた。
 当時は政治も今のように保守化していなくて社会党内閣も生まれている。敗戦の反動だったんだろう。だが我々は思想を信じなくなっていた。経済を立て直すことが一番の関心事だったのだ。それも高尚な精神からではない。連合国がこの国に残した道は経済だけだったということを受けている。国旗も国歌も戦時の悪夢を思い出させるので忌避された。それはやるせない思いからであって、イデオロギー的なものとは無縁だったが、後日、特定の政治思想と結びつける風潮も現われた。だが、国旗や国歌を無視する国民にはなりたくない。戦争を否定する心が国家のシンボルを否定することに転化するのは正しい戦争体験の帰結だとは思われない。
 自分の戦争体験は少年兵としてのものであるが、それだけに心の奥に深く突き刺さっている。所属した部隊が独立混成砲兵旅団で米軍の本土上陸を想定したものであったことが除隊後にわかった。兵は何も知らされずに身を挺して戦うことだけが要求されていたのである。当時は女子も挺身隊に取られて軍需工場で働かされた。米の配給は一日二合三勺でリンゴは医者の証明が無ければ買えなかった。貴金属、鍋釜などの金属類まで強制供出させられた。寺の釣鐘までも取り上げられる。日常生活に使う油紙も無くなりリパー紙というカサカサのものしかなかった。国旗の布地はスフになっている。多くの家は空襲で焼かれた。軍隊でのメシは雑炊だった。戦中と戦後の記憶が重なって出てくる。
 国の指導者が謝った判断をしたばかりに無謀な戦争を始め、国民の命を奪い、国を滅ぼした。だがそれが軍閥から日本人が解放される結果を生んだ。そのお蔭で今日がある。二度と戦争してはならないという覚悟が戦時中を生き抜いたものにはある。戦後生まれの無戦世代にもこの覚悟は伝えねばならない。産軍複合体が世界的に暗躍している現在であればこそなおさらである。イラク戦争でも明らかになったが戦争の大義なんてものはいい加減なものである。為政者の言うことに騙されてはいけない。テロも許せないが現実に起きている。これを防ぐために戦争を仕掛ければ相手の見えない敵と戦うことになる。テロを防ぐのは貧困をなくすことが最上である。戦争から得た日本人の覚悟は世界の貧困をなくし平和を維持することだ。〉

 真理は、父が心の奥深くに仕舞っていたものを打ち明けたように感じた。これを兄夫婦にも見せたのだろうか、それを尋ねてみたかった。仲良くしていれば見せているはずだ。 コメントを求めたかもしれない。真理は急に思い立ったように父・三平に電話を架けた。
「エッセーもらったよ。ボロボロの軍隊やったのね。今まで全然、話しに聞いたことも無かった。昔のことは何も言わなかったのになぜ急に書き出したのよ。ちょっと心配ね。体の具合でも悪くなったの」
「やらんことやったから心配したのか。いたって元気やが、そろそろ人生の店じまいが近こうなってるから書き残す気になったんや。戦争はあほらしいことやということを孫にも伝えたいからね」
「気が弱くなんたんやね。昔はそんな人や無かった。娘のわたしにも未来に向かって歩くのが人生やって言ってたでしょう。兄は人に恥じない男に成れって言うお父さんを敬遠していたよ」
「そういうこともあったかなあ。未来といえば、僕の未来はあの世なんだ。この世のことの帳締めをして白無垢で出掛ける準備にかからにゃいかん年よ」
「やっぱり、そんなこと思ってるの。まだはやいよ。これからも元気で長生きしないと帳尻が合わないでしょう」
「そうやな、ボチボチ、向こうに行こう。それはそうと、真理は直樹君と仲良くやっとるか。親が不仲やったら子供がかわいそうやで」
「心配せんでもいいわ。主人も子供もわたしの言うことよう聞いてくれる」
「直樹君は、ようできとるんやな。平介と嫁のバーバラはお互いに自己主張しとる。せやさかいに、孫娘のリリー(百合)もジョージ(譲治)もわが道を行くようにふるまってるよ。あれはあれで良いんだろう。僕は僕なりに好きにやってるからサバサバしてる。気楽な老後だから安心してくれていいよ」
「お互いに干渉しなければいいってことね」
「そういうこっちゃ。テロも戦争も干渉からおきとるんや。家の中でも干渉しあったら同じことが起きるんやろう。夫婦が戦争したら子供がテロするのとちがうか」
「えらいとこに、話しが飛ぶんやねえ。うちは平和やから安心しといて。でも、この続きがあったら、また書いて送ってよ」
「興味持ってくれたか、また何か書いたら真理に読んでもらうよ」
 父・三平が電話の向こうから話している声には自分に対する信頼が篭っていると真理はジーンと胸に来る思いで聴いていた。
 
          四
 この年の九月には、バーバラ、リリー、ジョージが揃ってアメリカに渡航し、シアトルのバーバラの実家で暮らすことになった。子供の教育はアメリカでというバーバラの想いと子供たちの希望とが合致したのである。この話しを聞いたとき、真理は、バーバラは日本に残るべきだと説得したのだが、平介がバーバラの好きなようにさせると言ったので無駄だった。平介は自分も後から追いかけて渡米するつもりでいたようだった。だが思うようにはならなくて、今も父・三平と二人で暮している。
 真理は、父と兄が上手くいっているかどうか心配になって、ある日電話すると、「平介は逆単身赴任だよ。バーバラや子供から解放されてかえって良かったのじゃないか、自分を取り戻すチャンスじゃないかね」と言う父の声が返ってきた。その言葉の裏には、父が兄・平介を不甲斐ない奴だと思っているらしいニュアンスがある。その原因は、兄・平介が家庭の主導権を持っていないことにあるらしい。父は平素、兄の家庭には干渉しないと言いながら、心のなかでは苛々していると、真理は心の裏表を見たようだった。数日後、真理は父を慰めるために手紙を書いた。最近の世相に対する自分の感想を綴ったものである。

〈このごろ、日本人は、いじけていないでしょうか。八方ふさがりのような閉塞感に悩まされていないでしょうか。経済は不調だし、外交は手詰まりだし、戦後始めて、日本の自衛隊がイラクに派兵されたし、北朝鮮とは不穏な関係が続いているし、中国とも「靖国」不和がしっこっているし、憂鬱であっても不思議ではない。
 このように、大向こうを唸らせるような問題だけではなくて、身近な食の安全が脅かされています。牛BSE、鶏インフレンザー、鯉ヘルペス、豚コレラと、戦々恐々させられていますが、その不安を拡大しているのが、商人道徳の退廃でしょう。
 農産品の疑惑隠し、カラスの感染死、食品産地のごまかし、賞味期限の改ざん、等々。商人の良心は失われているという非難の声があがっています。どうしてこうなったのでしょうか。
 これ以上に、やるせないのは、親が幼児や児童を虐待し、死に至らしめるという事件が頻発していることです。親が親たりえないとは、その非情と無知には、怒りを超えた衝撃が走っています。彼らをこのようにさせた原因は何だったのでしょうか。人間教育の空白がもたらした結果なのでしょうか。
 この国は、恐ろしく経済至上主義が蔓延していて、人間の価値を考える余裕を無くしているように思われますね。立身出世と金儲けのための教育も大切でしょうが、それ以上に、人間を御互いに大切にする心を磨くように教育することが、いま、最も必要なことではないでしょうか。あまりにも簡単に人を傷つける社会は、平気で戦争をすることにもなりかねないですからね。
 治安のいいことが自慢だったこの国で、衝撃的な事件は、北朝鮮による拉致ですが、日常的にも、ピッキング強盗、行きずり殺人、児童誘拐、放火、集団暴行などが多発し、それも凶悪な手口が増えています。どうして、このような国になったのでしょうか。
 外国人が増えたからという人もいますが、それよりも、日本人の倫理観の退廃が大きな要因になっているのでしょう。学級崩壊、家庭崩壊などの言葉が氾濫したのも記憶に新しいことです。
 一九九一年以降は、この国は、経済失政でガタガタになりました。銀行や会社がつぶれるし、リストラで失業者が増加するし、終身雇用、年功序列で安定していた社会が崩壊しました。これが、社会の箍を緩めてしまったようですね。
 現在は、信じられないような事件が、色々な分野で起きています。官庁や会社の不正経理、裏金づくり、背任、横領、医療ミスの多発、学校では、凶悪犯の発生で、児童や生徒は安心して通学できない状態になっています。
 このような現象は、一時的・突発的なものではなくて、日本人の倫理観が根底から変わっていることの結果ではないでしょうか。
 このような徒花を刈りとって、本当に美しい花を咲かせるためには、土壌の改良から始めねばならないでしょう。そして、品種改良された新しい種苗を植え付けねばならないでしょう。
 倫理退廃のどん底まで突き落とされた現在、あらゆる方法で、戦後日本の足跡を再検証し人の心に起きた変化を再確認し、悪の根治に立ち向かうべきでしょう。あたかも、癌に対する、外科手術、抗がん剤、放射線、免疫療法のように、手段を選ぶ必要があるようです。大切なのは、患者を,誤診や過剰医療で殺さないことでしょうね。
 モラールの退廃を痛感させられることが、枚挙にいとまないほどに発生し、日本はどうなったのかと、心配でなりませんね。嘆くというよりも恐ろしくなりました。日本人の人間力が消え失せた感じです。
 人間力の再興のためには、日本および日本人が現在の心理的な閉塞状態から抜け出すための道を再発見するしかないようですね。その処方箋は一人ひとりが書くしかない。その共通項を纏め上げるのが政治というものでしょう。そういう答えがひとつはあると思います。しかし、一番大切なのは、親の子育てのあり方でしょう。中でも、母親の影響力は大きいと思います。母親が母親らしくならないと子供は育ちません。それを知らない女性が多くなったのです。
 テレビやメジアの影響が大きいので、この方面でお仕事している人には是非、高い倫理観をもとめたいですね。いまどきの子供は物心ついたときからゲーム機で育っています。ゲームのソフトが子供の精神的成長に計り知れない影響を及ぼしていると思いますね。それにテレビ番組がおそろしい感化力を持っているでしょう。大人もそれに影響されています。ヴァーチュアル・リアリティーというのでしょうか、ヴァーチュアルなものが現実に取って代わっているようです。これは避けられない危険ではないでしょうかね。〉

 真理はこの手紙を差し出した後で、父・三平が家庭を引っ張ってきた頃の姿を懐かしく思い出していた。自分たち子供を母とともに育て時代には、父が牽引し母が後押しをする荷車のようだった。その荷車に乗っていた兄・平介と自分がそれぞれの家を構えるようになった後、父母は「戻り新婚」のように二人になったのだが、空の荷車を曳く寂しさもあっただろう。その荷車に孫を乗っけてやろうと、時々は、盆・正月を含めて、里帰りしたが、その孫も成長して祖父母には寄り付かなくなった。兄・平介の家族はアメリカ暮らしがながかったので父母とは何処と無く疎遠である。母が亡くなって兄・平介が家族とともに帰国したのだ。その頃から父・三平の異文化体験が家庭内で始まっている。
 真理も二人の子持ちであるが、こちらのほうは両親や祖父母の働く姿を見て育っているためか、家の仕事に協力的である。真理は二人の娘が家業を継いでくれるように幼いときから仕事の躾をしていた。そのおかげで大学生の弥生も高校生の皐月も職人や社員に混じって手伝いをしている。だけど、真理の不安は、現在のご時勢に染まって子供たちもルーズな生き方を選ぶのではないかということだった。真理が父・三平に手紙を送ったのにはそうした思いもこめられていたのである。
 三平から真理に返信が来たのは一月ほどたってからである。返信が遅れた言い訳のように、仕事の調べ物をするために四国に旅行していたと書いてあった。実は亡母の生まれ故郷は四国の徳島であったから、仕事に事寄せて、母の実家を訪ねたのだろうと思った。父もそろそろ家系のことを書き残す気になったのかと想像する。手紙に書かれていたのは家族についての父の思いであった。

〈家庭や家族の大切さや楽しみを理解できるような社会が健康な社会だと思う。個人ばかりが蔓延って家庭でも断絶しているような家族は寂しいし憂鬱だ。家族と個人のバランスが上手く着いていると和やかで明るい。
 子供は小三頃までが親や大人になつこいが、それから親離れするようになって、友達を優先する。思春期といわれる年頃が家族にとって最もやりにくい。この年頃には受験も重なって、子供自身が精神的重圧を受けている。このときに、世話を焼きすぎると逆効果、放任すると何をしているかわからないと、親たちは悩むことになる。
 子供の精神的成長に二極分化が現われる。「親好き」と「親嫌い」であったり、「親依存」と「親離れ」になったりと、さまざまである。子は親の鏡と言う言葉があるように、これらの傾向は親次第で生まれている。「親の背を見て子は育つ」というように子は親を無意識に見ている。
 親子孫三代をみていると、その家庭や家族の考え方や行動の共通性も解ってくることがある。その中で大きな影響を及ぼしているのがDNAだろうが、職業の影響も大きい。家系の中で家族が成長している。歌舞伎役者はその典型だろう。家業を継ぐ人々も家系の影響を受けている。個人、家族、家系の繋がりがあって、先祖祭りも営まれるというものだ。個人犯罪の多発はこの繋がりが希薄になっているからではないか。「家」の文化の大切さを思うのは僕だけではないだろう。
 平介と真理の家庭は両極端にあるようだ。リリーやジョージのような育ち方がいいのか、弥生や皐月のように親のあとを継ぐのがいいのか、是非は解らない。どちらにも理があると思う。所詮はどちらの価値観が優勢になるかということだ。バーバラが勝つか、真理が勝つかの勝負だと思えばいい。僕はそれを楽しみに生きる。自分の人生の決着を孫の代で見るのだ。〉
 
 真理は奇妙な気持に襲われた。父・三平は社会と格闘している。その中心に自分たち子供の生き方が据えられているようだ。孫がどのように育つかは親である自分や兄・平介の生き様にかかっていると見抜かれている。「自分の人生の決着を孫の代に見るのだ」と言うのは、この国が敗戦によって占領されて以来の変化の決着を見る思いに等しいのだろう。占領政策によって異化された日本人の生き様を見定めようとしている父の姿が真理に迫ってくる。
 
          五
 父・三平がその本心をもらしたような返信を受け取った真理は、父は孫の成長を見て自分たち母親を評価しようとしているのだと思った。 しかもそれは、自分の人生の決着を孫の姿によって確認しようというものだ。それこそが父にとっては自分が戦った戦争の決着でもあるというのだからおそろしい執念であると真理は思った。その父からまた新しい小品が届いた。表題は「終わりの無い世界」である。

〈ラブが長い廊下を北の端から駆けて来る。ロングヘアーに黒いドレスを纏っているので、白い石柱をいくつも越えてくる姿は白と黒の流れるようなイメージを作り出す。ジャックはその眺めを南の端から楽しんでいる。彼は決してラブに駆け寄ろうとしないでラブが近寄ってくるのを待っていた。
 春風のようにやってきたラブが両手を挙げて、ゴールのテープを切るようにジャックに抱きつくと、ジャックは大きくかぶさってラブを支える。二人の頬が擦れ合っていた。ここは宮殿の外側の石造りの廊下である。その外には丹精に手入れされた花壇が緩やかに傾斜しながら遠くの池にまで伸びている。その上に広がるブルーの空は澄み切っていた。

「どうして、今日はブラックのドレスなんだ」
「だって、今日はアントレーヌの命日で墓参したの」
「そうだった。僕はすっかり忘れていた」
「ジャックは薄情なんだから」
「死んじゃったものに同情しても始まらないだろう」
「お参りしてあげるのがエチケットでしょう」
「アントレーヌにはワインで乾杯が最高のプレゼントだ」

 死者に対する礼とは、その霊を慰めることか、現世に呼び戻すことか、そのどちらともいえないだろう。死者のイメージは、生者によって作られているのだから、生者の気持次第かもしれない。ラブはアントレーヌを安らかに眠らせようとしている。生前の彼女の活躍を偲んで永遠の眠りこそが彼女に相応しいと思っているのだ。ところがジャックはそれとは正反対にアントレーヌがよみがえることを願っている。彼女が生きていればこの時代はもっと変わった姿になっていただろうと思っている。だからジャックはアントレーヌが生きていて革命の勝利を祝って乾杯することこそが彼女に捧げる最高のプレゼントだと思っていた。
 ラブとジャックは宮殿の中に入る。ラブが先に立ちジャックが後についていた。中は歴史的文物の展示場になっていて、王侯や王妃とその家族たちの肖像画が壁面を埋めている。
 二人は寄り添って立ち止まり、ひそひそ話しながら、頷きあっていた。しばらくして、二人が入った部屋には、甲冑や刀剣が飾ってあり、壁面には王家の系譜と故事が掲示されている。それらを一巡して見て廻った二人は、広い廊下に出た。そこは最初に会った野外廊下とは部屋を挟んで反対側の内廊下である。そこからは市街地がはるか先に遠望された。

「あの方角よ、わたしとジャックのアパートがあるのは」
「あそこに見えるタワーが目印だ、近くに川が湾曲しているあたりだろう」
「あのあたりは低地帯だから、川が氾濫すれば水没するよね」
「それがわかっていて、転居したくないのがわれわれだ」
「この宮殿に住めればいいのにね」
「僕はあそこがいい。生活の匂いが充満しているから」
「此処は亡霊の館だと言いたいの?」
「ラブには彼らのうめき声が聞こえなかったか」
「ジャックは幻想にとらわれたの?」
「隣のベッドルームに騎士と王妃が居たね」
「王家の歴史に犯されたのじゃないの?」
「ラブと僕だったかもしれないよ」
「歴史を歪曲するの?」
「現実を直視しているんだ」

 ラブとジャックは笑いながら観覧に戻る。大気を十分に吸ったので、気分も大きくなり胸も膨らんでいた。ジャックが声を聞いたベッドルームは黒ずんだ金箔の部屋でベッドは真紅のシーツカバーに包まれている。ベッドの上部には宝石を吊るした飾り布が張り巡らされ、ベッドを囲む四隅の支柱には白いカーテンがピンクの飾り紐で束ねられ天蓋から床に伸びている。その周りをめぐりながらジャックはラブを抱くように寄り添っていた。

「此処で見た夢は征服の歓喜だっただろうか」
「襲われる恐怖におののいていたかもね」
「逆賊に妃を奪われた王は逃亡したのか」
「捕らえられて斬首されたって書いてあったでしょう」
「歴史は真実を伝えているのか不明だよ」
「真実は王妃がこのベッドで悶えたってことよ」
「相手は誰でも良いのか」
「王妃は征服者を愛したのよ」

 ラブとジャックが冗談を交わしながら食堂に入ると、目を疑うほど光沢を放った金属食器が食器棚にも食卓にも並んでいた。当時の状態を彷彿させる輝きに二人は吸い込まれる。見入っているうちにタイムスリップして華麗で豪華な食卓に自分たちが招かれているような錯覚に襲われた。

「北海から地中海に至るまでの食材が揃っていたのだろう」
「黒海の魚も揃っていたでしょうよ。イスラムも征服したのだから」
「キリスト教国を築いた大王だったね」
「親族乱婚の家系だったのでしょう」
「王妃は異邦人が好きだった」
「三人いた娘たちはどうなったのよ」
「オーストリー、プロイセン、ブリテンの王子たちの妃になったね」
「征服者たちの常套手段よ」
「閨閥で近隣の王国を隷属させたって事か」
「そうよ。妃の産んだ男子が王位継承者になったのよ」
「外戚の王には娘は宝だって事だな」

 王家の歴史を追って、さまざまに思いをめぐらしていたラブとジャックは、満足したように庭に出る。形良く刈り込まれた植樹の間を縫って下りながら二人は、遠望される自分たちの街が恋しくなっていた。先程までの興奮は歴史上の人物に操られたようなマジカルな雰囲気に包まれていたのだと思いながら二人は、日常に戻ろうとしている。
 街路は中央のサークルから放射線状に六方に延びている。東西南北の道路は広く東北と南西に伸びる道路は狭く、両脇には古ぼけたアパート群が立ち並んでいる。この表通りから脇には幾条もの小道が入り込んでいる。ラブとジャックはその一つの小道を歩いていた。夏でも夕方なので陽光は淡く日陰に入ると冷たく感じる路地裏である。

「この石畳は何百年前のものかね」
「ジャックはまだ歴史の中をさまよってるの」
「この街が作られたのはあの王の時代だろう」
「共和制になってからじゃないの」
「王は領民を牛馬のようにしか扱わなかったからね」
「そうよ、共和制で市民がレーゾン・デートルをもったのよ」
「アパートの住人はそれ以来此処に共和国を作っている」
「自由・平等それに博愛をモットーにしているのでしょう」
「何事も契約だよ。王の統治に代わって市民契約が社会をつくるのだ」
「そうね、それが無ければアパートは無法地帯になるものね」
「移民も入居しているからね」
「移民は大切な労働力だからめったなこと言っちゃ駄目よ」

 二人は狭い階段を上って部屋に入る。2ベッドルーム、ダイニング・キッチン、リビング・ルーム一つの狭い空間に閉じ込められたように二人は吸い込まれた。壁紙だけが新しく調度品はアンティークである。ラブは新しいものに興味があるタイプだが、ジャックは古風なものが好きである。この部屋は二人が共同で使っている隠れ家であった。二人は政治活動や労働争議の地下運動をやっているのではなくて、ボランティアの市民運動に参加している平凡な市民である。

「このアパートに差別は無い。だが移民が一人増えると白人は二人出てゆく」
「それを食い止めるのがわたしたちの役割でしょう」
「市民権運動という大袈裟なものじゃなくて、融和を心に植え付けたいのだ」
「社会参加の機会を平等にしないといけないわね」
「低賃金と失業しかないという現状が問題なのだ」
「イスラムや異教徒に対する警戒心が強くなったのよね」
「嫌悪と蔑視が混ざってもいるよ」
「それはね、白人の失業者も増えてきたからでしょう」
「肌の色や生活習慣が違っていることも影響しているかもね」
「そんなこと言っちゃ駄目よ。ジャックは案外古いのね」

 ラブはコーヒー・ポットを傾けながらジャックと話している。極彩色の花絵のカップに注がれたコーヒーの香りが話しに和みを漂わせていた。ジャックは建築技師で、古建築と新しい建物が調和した街づくりが彼のテーマである。歴史的建造物を壊さないで新しい建築物を街に付加し、歴史的遺産にも現代の息吹を与えることがジャックの都市計画の理想だった。ラブは文化人類学を専攻し、異文化の共生をテーマにしている。その中でももっとも関心を持っているのは宗教和解である。ヨーロッパのすべての社会問題の根源は宗教争いにあるからこれを解決できなければ永遠の平和などは望めないというのがラブの信念にもなっている。

「異教徒との共生をテーマにフォーラムを作りたいの」
「サラエボの悲劇は繰り返したくないというのだろう」
「この国のイスラム教徒は増え続けているのよ」
「キリスト教文化と共生できないと戦乱になるというのか」
「同化政策には限界があるでしょう」
「固有の文化を認めて共生するのが賢明だとラブは思ってるのか」
「教化すれば若い世代には共同体意識が生まれるでしょうよ」
「経済的自立支援が先だろう」
「宗教的共存を認める寛容の精神が無ければ根本的解決にならないわよ」

 二人の議論はある程度平行線だったが、「多様性の中の統一」という大統領の方針を認め合うことで決着した。この道は険しいと互いに認め合いながら、だからこそ未来のために挑戦すべきだということで意見が一致する。
 
「窓を閉め切ったままだったわ。夏だというのに」
「ラブが議論に熱中していたから外の風に触れたくなかったのだろう」
「開けましょう、川の流れが見えるわよ」
「このあたりは湿地帯で、騎馬が駆け抜けた戦乱の時代があった」
「ジャックに騎士の亡霊が取り憑いているかもしれない」
「ラブにも悲劇の王妃が取り憑いているね」
「歴史の回想は後世の人間の現実を縛るのよ」
「社会的DNAだ。凱旋門の栄光を引きずっている」
「植民地にされた地域から移民が殺到してこの国を変えているのは皮肉じゃないの」
「征服者が払っている代償だね」

 二人は歴史の亡霊を引きずっている現代にわれわれは翻弄されているのだと、自分たちの生き方が過去に縛られていることを認め合いながら、その呪縛から解放されるためにどうすべきかいう議論まで進んで、未来志向なんていう政治家のごまかしを嫌悪し、幾世代もの歴史の血統に忠実な人生しか過ごしえないのだと開き直って、それが呪縛ではなくてレーゾン・デートルだということを確認する。自分たちは人類史の一つの通過点を同世代と呼んで生存しそれが後世の人類に引き継がれる歴史上の現在に生きている個体に過ぎないと認めることで仮想の満足を得たように微笑んでいた。
 ジャックはアルバイトで名所旧跡の観光案内もする。彼は寺院や王宮などの古建築や旧市街といわれる地域の観光案内が専門である。彼の案内は、ガイドブックにある内容をわざと避けたように、書かれていない故事や建築の詳細な説明が中心である。それは真実を知らせたいという彼の熱意に発していて、案内というよりは教育のようであった。それが受けてガイド協会からの指名が多く入って来る。

「ジャックの説明は自分の楽しみをお客に伝えているようだって協会で評判よ」
「あの連中は僕をうまく使おうとしているんだ。僕を満足させてね」
「歴史的建造物にジャックの価値観を添えているのね」
「建築史をフォローしながらその時代の美意識に焦点を置いているのだ」
「わたしの専攻にも共通するものがあるのよ、宗教観が建物に凝縮しているからね」
「ヨーロッパは多様性の中の統一を求めるべきだが、その核心はキリスト教文化だよ」
「そうね、キリスト教文化が生活習慣や風景をつくっている。これは覆せないでしょう」
「政治と宗教の分離という共和制市民社会のテーゼは守り抜かねばならないがね」
「それを破壊する動きがあるからめんどうなのよ。福音派の台頭のようにね」
「イスラムの神権政治と真っ向から対立しているのはユダヤ教徒だ」

 二人はここで大きなため息をつく。特にラブの失望は顔に出ている。パレスチナの平和が無ければヨーロッパは安定しない。ラブは世界の宗教圏地図を思い浮かべているようであった。国家の境界を示す地図は国民支配の結界を示しているが、これを超えて宗教圏は広がっている。宗教戦争が起きれば国家は無力だということを実感させるような宗教的共同体が存在していることにラブは肌寒さを感じていた。

「宗教に国境は無いのだが、国境を越えない宗教もある。それが土俗の信仰だろう」
「そうね、日本の神道などはそうじゃないかしら、民族統一の信仰になっているようね」
「仏教はインドから伝来した創唱宗教だが、神道は民族宗教で教義の無い祭祀信仰だよ」
「神仏習合の文化が日本の特徴ね。神社仏閣が共存している不思議な国よ」
「明治期に国家神道を興隆させ廃仏毀釈をやったね。宗教を国家統一に利用した訳だ」
「でも、国民は仏教を捨てなかったのでしょう」
「連合国軍の指令で国家神道は廃止されたが神社神道は復活しているね」
「信教の自由が保証されたからでしょう、政教は分離されたけれど」
「ラブは日仏文化交流のメンバーだから僕より詳しいはずだ」
「ジャックも日本に留学したでしょう」
「歴史的建造物の保存調査に参加したが宗教のことはラブのように詳しくは無いよ」

 二人は互いに謙遜しあっている。研究の成果は他人が評価するもので自分から誇張するものではないといった雰囲気が漂っていてさわやかだった。会話の中にエスプリをはめ込んだように語り合う二人は信頼という字の恋人である。二人は互いに尊敬し合い心を結び合うように共通のテーマの中に歩を運んでいた。そのトンネルは出口が無い無限の空洞かもしれないが、二人はその先に光が差すことを疑わずに歩んでいるのではないだろうか。政治と宗教は社交的会話ではタブーであるが、二人は自らの心の問題として真剣に探索している。
 狭いアパートだけれど二人にとっては心の広い空間である。ラブはイギリスから、ジャックはアメリカからの移住者の子孫であって、独仏中心の「古いヨーロッパ」にはある程度中立的な見方をしているようだった。少なくとも熱狂的なパリジェンヌでもパリジャンでもない。

「アントレーヌは悲劇のように死んだのよ。彼女はフランスの栄光は市民革命に忠実に生きることだと信じていたブルジョアジーの末裔だったの。だけど、労働者階級や移民に親近感を持って彼らの主張と行動に味方したでしょう。ジャックはそのことを知っているはずね。労働争議が反政府運動に発展したとき、彼女の家系や親族につながる政府側の要人との交渉に彼女は利用されたのよ。彼女の努力で労働側は有利な条件を勝ち取ったの。だけど争議の首謀者は彼女の出自を嫌って、彼女を疎外しただけではなく、無実の理由をつけて裏切者に仕立て部下に命じて暗殺したのよ。彼女の死に疑問を持った多くの仲間達は、その後、首謀者の陰謀を暴いて彼を追放し、アントレーヌの名誉を回復したのよ。彼女の命日には今でも墓参者が絶えないの。ジャックはどうして墓参しなかったのよ。ワインで乾杯が良いなんて何故言うのよ」
「アントレーヌを最後まで支持したのは農民だった。彼女の生家であるボワール家は広大な農地を所有する地主階級だったが、当時の搾取農業に反対して、農民の労働負担を軽減するために農耕具の機械化を推進したり収穫に応じて賃金を割り増しする成果報酬を採用したり、農民を尊重する稀な存在だった。その家系で育ったことがアントレーヌの成長に影響したのだね。彼女が労働者や移民を圧政から救いたいという正義感はそこから生まれたのだろう。幼い頃からボワール家の葡萄園で育ったアントレーヌは農民から慕われていたのだ。彼女の墓には葡萄を捧げ、葡萄の血であるワインで乾杯するのが彼女に対する最高の敬意の表明だろう。ラブは同意してくれるよね」

 二人は互いに顔を見合わせて笑った。アントレーヌについて長い会話をするなんて考えてもいなかったことだったから、偶然とは言いながら、アントレーヌの霊が二人の前に現われたような不思議な気分になっている。その気分がどこからやってくるのかはわからないが、多分、会話が運んできたのだろうと納得し合っていた。会話には想像力を引き出す力があるが、それを超えて新しい意味を創造する魔性のような力も潜んでいる。二人はアントレーヌの事件を通して自分達の生き方を引き出そうとしているかのようであった。

「アントレーヌは自分の価値観のために死んだのよ」
「世間を疑わなかった純粋さが落とし穴になったのだ」
「猜疑心と裏切りの渦に巻き込まれたのね」
「アントレーヌは聖者として復活したのだよ」 

 ラブとジャックはヨーロッパの重苦しさを肌に感じながら生きている。二人の研究生活の中でそれが増幅されているのだ。古建築や古文書や宗教史などの研究に没頭していると時間が過去へ過去へと遡って行く。ヨーロッパの原点を捜し求めるように二人は旅を続けている。

「文明と文化が相互に作用しあって時代がつくられるのね」
「人間がその過程で変わって行くのだ。人間の進歩とはそのことだ」
「そうね。人種や民族の違いを克服して拡大したのが世界なのよ」
「人種差別や民族浄化は根絶していないがね」
「奴隷制度や人種隔離はなくなっているでしょう」
「階級制度はインドのカースト制のように残っているね」
「それでも、人類は無差別、平等の方向に進む方向性を持っていると思うの」
「競争社会には格差と差別を生む要因が山ほどあるよ」
「身分社会は生まれながらの差別だけれど競争社会は個人の能力次第でしょう」
「経済力が身分に取って代わっている。機会均等が課題だね」

 二人の会話は現実の壁に突き当たっている。それは、グローバリズムに象徴される証券金融資本の作り出している新しい障害なのだ。世界の国家はネットワーク社会の中で急速に溶解しようとしている。どの国家も主権国家として世界を支配できない。「見えざる手」のような金融ネットワークは国民国家を超えた存在に成長して世界を脅かしている。その理念的武器は「自由」と「民主主義」だ。実戦配備は「情報通信技術」と「宇宙的破壊兵器」だからこれを主導しているアメリカの世界進出が世界の勢力圏地図を塗り替えている。
 ラブとジャックのヨーロッパ観は、この趨勢にヨーロッパ人がどう立ち向うのかを見極めることにある。コミュニズムの影響を色濃く受けたヨーロッパは社会主義の道をたどってきたが、その根源は王侯支配に対抗した市民革命とイギリスの産業革命の伝播にある。アンシャン・レジーム(絶対王政)を打倒したブルジョアジーが共和制の中で新しい敵である労農階級と対峙した過程こそが現代フランスの姿なのだと二人は振り返っている。決定的だったのは第二次世界大戦でヒトラーに破れ、アメリカ軍の「ノルマンジー半島上陸」に助けられたことだ。以後、アメリカはヨーロッパの救世主の地位を固めてきた。戦後はアメリカを盟主とするNATO軍とヨーロッパ主体の西欧軍事同盟軍がヨーロッパをまもってきたが、イラク戦勃発後、独仏と米の関係には亀裂が生じている。米空軍基地が東アジアにも設営されてアメリカのプレゼンスは留まるところを知らないかのようだ。二人はこの現実を快く思っていない。

「ヨーロッパの未来をラブはどう思っている。EUに加盟した東欧十カ国はアメリカの勢力圏だろう。古いヨーロッパとブッシュに揶揄された独仏とは仲良くやれるのかな」
「ソ連圏に組み入れられていたこれらの国と民族にとっては白馬の騎士だったかもね」
「トルコの加盟が最大の問題だ。イスラム圏だぞ」
「オスマントルコの昔を思い出すのでしょう」
「アラビアのロレンスがよみがえってくるよ」
「アラブの王政を覆そうと思っているのなら、アメリカは味方を失うでしょうよ」
「市民は味方するかもしれないね。アメリカは日本で成功したようだ」
「日本人には宗教的抵抗が無かったからでしょう」
「ヨーロッパやアメリカを模倣する心が定着しているのだ」
「明治期以後のことでしょう。それ以前は中国や朝鮮の模倣だったのじゃないかしら」
「固有の文化もあったのじゃないか。神道と武士道のようにね」
「無条件降伏してから日本はアメリカに次ぐ市場経済国家になったのね」
「国防はアメリカとの軍事同盟に頼っているので、保護国といわれているね」
「日本の政治や行政にアメリカが年次要求を突きつけているのでしょう」
「それを消化するのが日本の政治らしい」
「アラブやイラクではそうはいかないでしょう」
「アメリカの関与政策に屈しない国や地域があるだろう」
「アメリカは国際資本と二百年来の移民で築かれてるのよ。だから世界国家なの」
「伝統も歴史も浅い新興国家だ。封建制を知らない唯一の国家なんだよ」
「そうね、自由と民主主義はそこから生まれているのね。高貴な理念ではないのよ」
「植民地からの独立という犠牲ははらっているよ」
「脱ヨーロッパということね」
「そのアメリカがいまヨーロッパにも世界にも関与している」
「皮肉なものね」
「終わりのない世界に向かっているのだ」
「そういうことね」

 二人の会話は、恋人同士が交わす会話にしては堅苦しくて愛のムードとは程遠い。それは他人から見た解釈かもしれないが、当人同士は結構意気投合しているから、硬い話題をめぐって相手を刺激しあっていた。愛の形は世間共通のものではない。それぞれに個性があって、愛の表現に違いがある。ラブとジャックは世界観を確認しあってスピリチュアルラブを高揚させていたのだ。「世界の中の自分探し」がテーマであったような会話だが、自分のことは語らずに世界情勢を分析することで自分の位置を確認しようとするかのような雰囲気があった。〉

 読み終わった真理は、不思議な感情に襲われて、しばらくぼっとしていた。ラブとジャックの愛のかたちをこのように描いた父にいまさらのような思慕が沸いてくる。父は孤独ではない。少年時代に経験した理不尽な戦争体験に疑問を持ち続けながら時代の変化に対応して生きてきた。そして身近な家族の変貌に戸惑いながらそれを乗り越えようとしている。その極点にあるのが人間愛だということが真理に伝わってくる。
 父・三平がどうしてこのような小品を書いたのか、悶々とした情を感じないでもないが、案外と客観的に見ているようでもある。征服された日本が復興した過程を自分の体験に重ねながら、世界の歴史だとして納得させようとしているのではないか。時代とともに変わる人間像を見詰めて生きているのだろうと真理は思った。
 人間が一生を生きるのは並大抵のことではない。平和な時代に生まれて育った自分たちと、昭和の戦争を生き抜いてきただけではなしに、百八十度も価値観の変わった戦後を今日まで生き続けた父の世代に真理は、これからの自分たちの生き方に役立つ教訓を引き出すべきだと思っていた。
 真理には父に対する感傷があって、老年をいたわってあげたいという心境に傾きがちである。父は元気そうにしているけれども実際は寂しいのではないかと思う。しかし、真理のその思いとは裏腹に、父が送ってきた詩は心の若さを告げるようであった。

オレンジとレモンの
二人の女がいた

夕方五時三十分
出勤前だろう
コーヒーを挟んで
話している

ひとりの女が
入ってきた
別の席にいた男が
立ち上がって
帰りがけに
この女を見た

「あらっ」
女が
男に気付いた
男は
びっくりしたようだったが
知り合いだ
前の席に座った

二人の会話が
弾む
ともに二十歳後半
のようだ

女は
男の前で
アイシャードの
手入れをした
そして
話をつづけている
話しが途切れたとき
女は
口紅を直しだした
四角いケースの
鏡に映しながら

女は
腕時計を見た
ケータイを出して
写真を
男に見せた

ケータイの画面を
拭く
指の爪には
銀のマニキュア

「女の子を紹介したげよか」
女はケータイで
男を写そうとした

男は
たじろいで避けた
「やっぱり止めときます」
女は
ケータイを閉じる
カチッと音立てた

 コーヒー店に入っていた父が観察したのであろう。この詩には客の無頓着な動きが眺める者の目から描写されている。老人にとってはまさに他人事であるがそれに関心を寄せる心が残っている。これも一つの老春であろう。真理は微笑ましいと思った。父は元気に生きているのだと真理は安心する。
 老境の人の心の底を覗くことは難しい。その人の人生があれこれとおもちゃ箱のように乱雑に詰まっている。それが時々何の脈絡もなしに飛び出して来る。本人自身が驚くことがあるという。何かのきっかけがそれを誘発しているのであるが、思い出がよみがえるときの状況とは全くかけ離れた過去のことが飛び出してくることがある。この現象は老人に限ったことではないが、老人には過去に立ち返る心が強く作用している。
「面白い現象だが」と父・三平が真理に話したことがある。夜寝ているときに突然、今日は空襲がなかったと、目を覚まし安心したことがあるという。六十三年も前のことがよみがえって、その当時の生活の風景がまざまざと目に映った。当時の人々がそのままの状態で生きている。時間が止まった感じだったと言った。また、小学一年生だったときに襲ってきた室戸台風で校舎が倒れ、家まで田圃を駆け抜けて帰ったときの恐怖感もいまだに残っているという。
 人生の記録がこのように断続的によみがえってくる中で、年齢の重さを感じるのが老人であるが、それに照らして若者を眺め、この者のこの歳のときは自分は何をしていたかを思い出す。時代の違いをその比較から発見し、孫や子供を含めて、それぞれ思うように生きるがいいと思う老人もいれば、自分の経験を若者に押し付けようとする老人もいる。父は前者のタイプだと真理は思った。傍観者だから父はこのような詩も書くのだろうし、兄・平介夫婦にもそのように接しているのだと理解している。あるとき父・三平が言った。
「世の中に絶対の真理はない。自然にはそれがある。この間をさまよっているのが人間だ。正しく生きたければ自然に即することだよ。これとは逆に、人間の万能を信じて自然を征服する思想の持ち主がいる。科学はそれによって進歩したのだろうが、科学は自然の真理を認知に変えることは出来ても真理にとってかわることはできないのだよ。自然の真理は人間を超越して存在している。そう思わないかね」
 真理に納得を迫ったときの三平の顔は真剣だった。老境に至って到達した心境だろうと真理は思った。若い頃は兎がピョンピョン飛び跳ねるように生きてきた卯年の父であったが、八十歳を超えるとさすがに静かな人生を過ごそうとしているように見える。自分と周囲を引き離しそれを楽しんでいる。現役を退いてからは、「却って周囲のことがよく見えるようになった」と言ったこともある。山登りをしているときは山は見えないが登り終えて頂から見ると登ってきた道も周囲の山々もよく見えるのと同じなのであろう。真理にはその心境がわかるようであった。
 最近の父がニヒリスティックだと怨んだこともある真理だが、若者を眺めて軽妙な詩をものする父に、若さの名残を見る思いであるし、このように諦観に近い人生観を身につけた父に驚嘆もしている。人はその一生を不思議に過ごすものだと思った。この思いを父・三平にぶちつけたとき、父から手紙が来た。
「諦観じゃなくて、人生を正視する心の余裕ができたのだよ。藻を掻き分け頭角を現して泳ぐことから解放されたら、人生の終末が待っている。終末を意識するとき人間は、過去を捨てて未来に向かうものだ。昔は木造の家を洗い屋に洗ってもらったものだが、それと同じように自分自身を洗うことで長年の汚れを落とし無垢の心に戻る。これまでの人生で知らぬ間に着けた心身の汚れを落とし、罪障消滅を願う。これが未来への出発に当たっての心得だよ。僕はその境地にいま立っている。これは能動的なもので諦めの境地ではない」
 父は諦観と言う言葉に抵抗したのだと真理は思った。八十歳でなお自立している父らしい反応であった。安心して暮せる年金生活が保障されているからだろうと勘ぐってもいる真理だが、それだけではなくて精神的自立が身についているのだという思いもあった。人生の終末期の過ごし方を父から学びたい気持も湧いている。高齢者を弱者に仕立て上げるような行政の発想に抵抗している父の姿勢がまぶしい。世俗の欲を捨てて生きることで自分を溌剌としている。それが高齢者の身に合った生き方であると教えているようであった。
 高齢者の生き様が社会の大きな問題になっているけれども、それも平和を前提にしてのことである。日清・日露戦役以後、昭和の敗戦までこの国は戦争の連続だった。敗戦でしか平和は得られなかった。この平和を複雑な気持で受容して来たのが父・三平たちの戦争世代だと真理は理解している。
 無条件降伏したこの国がその屈辱をバネに高度成長したのだが、金融危機で没落し、アメリカ型の市場原理主義に呑み込まれている。終身雇用・年功序列によって安定した経営が自他共に認められていた日本的経営は没落し、バイト、派遣、契約社員などの非正規労働が規制緩和によって増え続けている。社会の不安定化がそのために加速しているのだ。
「日本は変わったと肌身に感じるのは我々、アバン・ゲール〈戦前派〉だが、日本人の思考や行動様式の戦後の変化を自ら進んで受け入れているアプレ・ゲール(戦後派)は日本のアメリカ化に矛盾を感じていない。これほど順化力のある民族は世界では稀だろう」
と父・三平が、あるとき言ったことを真理は思い出している。その真意はわからないが、多分に違和感を抱いているだろう事は想像できるのだった。

 このとき、真理の脳裏に浮かび上がったのは、まだ幼い頃に父と訪ねたシアトルで、戦艦ミズリー号を見学したことだった。アメリカの独立記念日でシアトルの市役所玄関ホールに、Unconditional Surrender of Japanと書かれたパネルが掲げられていた。港に足を運ぶと、戦艦は誇らしげに見えた。


                       (了)

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