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ピエタ 渡辺たづ子
大聖堂の入り口は、世界中から集まって来た観光客で溢れかえっていた。人いきれで澱んだ空気が、ひと足ごと身体に纏わりついてくる。その汚れを振り払うように勢いをつけて堂内に踏み入ると、突然、空気が変わった。
壮大な寺院内はほの暗く、ひんやりとした静寂に満たされていた。目を上げると、遥か頭上にある幾つもの天窓からは、白く眩い光が温かく降り注いでいる。雑踏から放たれていた熱気が天井まで昇って光の中で浄められ、やがて冷やされて降りてくる。建物自体にそんな自浄作用があるかのようだ。
母と子は、薄暗い聖堂の入り口近く、厚いガラスの向こうでほのかな灯りとなって、一角を浮かび上がらせていた。母は息絶えた息子を膝の上に抱いて深い悲しみに沈み、子は抜け殻となった肉体を母に預けていた。それがわたしには、母から出た肉を母に戻しているかのように思えた。本当に大事なものは両
手からすり抜けていくと、その母の悲しみに自分の思いが重なってくる。
「安田さん、とうとう逢えちゃいましたね、ピエタですよ。ミケランジェロがまだ二十代前半だったなんて、とても信じられませんよね。もとは大理石の塊だったなんて、これはもう人間業じゃない。神、降臨ですね、神秘ですね」
香里ちゃんに声をかけられて、我に返った。
「うん、言葉にならないね」
手を握り合って、互いの感動を体温で伝え合う。
「もっと前いきましょうよ」
香里ちゃんはわたしの手を引いた。群がっている人々の間を潜り抜けながら少しずつ前に出て、わたし達は最前列に出た。
「なんか不思議な感じですね。よく来た、って言われてるみたい。ずっと昔から知ってたみたい。やっと逢えた」
やがて、香里ちゃんが口を開いた。
聖なる母子像は、柔らかな光の中で透き通った美しさを放ち続けている。見つめていると、胸の中に透明な縦糸と横糸が織りなされて、自分が消えていくような気がした。
「ほんと若くて美しい聖母マリアですね。このマリア様には色んな解釈がされてますけど」
「うん、でも関係ないよね、解釈は」
「そうですね、人間の頭で思いつくことなんて、全部呑み込んじゃってるって感じしますもんね。神聖って、こういうこと言うんですね、すごいですね。初めてです、こんな気持ち。手を合わせたくなっちゃう」
ガラスケースに身を寄せるようにして、香里ちゃんは両手を合わせた。わたしも一緒に手を合わせた。
※
クリスチャンでもなければ、美術に造詣が深いわけでもない。こんなわたしでも、サンピエトロ寺院のピエタ像は知っていた。若きミケランジェロが二年の歳月を費やして完成させた、キリストの遺体を抱いている聖母マリアの像は、教科書にも載っている。そのピエタ像に惹かれて、わたしは一人でバチカンまでやってきた。この旅は、東京で一人暮らししている息子と、急に連絡が取れなくなったことが発端になっていた。
息子の携帯電話が不通になった。何度かけても、お繋ぎできませんとのアナウンスが流れる。それはきっと料金未納なのだろうと知り合いから教えられ、学生時代に仕送りしていた銀行口座に、久しぶりにお金を振り込んでみた。大学を卒業して一年経つが、息子は就職せずにアルバイトで食い繋いでいる。きっとお金に困っているのだろう。
果たして数日後、電話が入った。
「お金、ありがとう…」
声がくぐもって聞き取りずらかった。
「電話つながらなかったから」
「うん、助かった」
「風邪でもひいたの?」
「いや、大丈夫」
「声が変だよ」
「いや、何でもない」
「お金ないの?」
「じきにバイト代入る。そしたらお金返すから」
「すぐじゃなくていいよ、出世払いってことで。ちゃんと食べてるの?」
「うん、まあそれなり」
「身体、大事にしてね」
「うん、わかった。ありがと」
いつものように必要最低限の会話だが、途中から、わたしは胸騒ぎを覚えはじめていた。息子のこもった声が、まるで地の底から響いてくるように聞こえるのだ。若い生命力が全く感じ取れない。電話が切れた後は、不吉な思いばかり浮かんできて、自分まで地の底に沈みこんでいくような気がした。
どうしてだろう。わたしは心の隅でずっと、息子が死んでしまうのではないかという恐れを抱いていた。彼が特別に厭世的だったり、自殺未遂経験があるわけでもない。それなのに、その死をどこかでいつも怖がっている自分がいた。一緒に暮らしている間は、眠っていれば息をしているだろうかと気になったし、離れて暮らすようになってからは、メールをするたびに、返信があるまで生きているだろうかと気をもんだ。
小さい頃から、夢を持たない子供だった。小学校の卒業アルバムで将来の希望欄に、フリーターと書いていた。他の子供たちは皆、医師やスポーツ選手やパイロットなど、具体的な夢を語っていたのだが。理由を訊ねると、将来のことなど考えられない、自分が何になるのかなんて思い浮かばないと言っていた。高校は進学校だったが、最後まで進路を決めることが出来ず、結局未定のままで卒業した。四百人近い卒業生のうち、それは息子を含めて二人だけだった。他の一名は、難病を抱えながら通学していた女の子だったという。
とはいえ、彼に社会性がなかったわけではない。ごく人並みに通学して部活動もこなし、友人関係にも特に問題はなかったようだ。それじゃ、ただの怠け者だろうと言われれば、親の欲目か、それとも違うと思えるのだ。
高校卒業後はしばらくアルバイトをしていたが、結局、何もしたいことが見つからないからと、一年遅れて東京の大学に進学した。親元から離れた新しい環境の中で新しい友人を得て、新しい価値観を見つけられればと期待した。しかし四年経っても、息子は同じ息子のままだった。
大学は卒業したものの、彼は小学校時代からの希望通り、フリーター生活を送っていた。在学中は様々なアルバイト経験をしたらしいが、卒業してからはずっと、プールの監視員をしている。プールだったら一日いられるからというのが、彼の最大にして唯一の選択理由だった。時給はとても安い。学生時代にそれ程多くない仕送りを受けていた時よりも、更に生活は苦しい筈だ。
息子は泳ぎが得意だった。小学校時代はスイミングスクールに通って、大会のたびに賞を取っていた。成人してからも、気分転換と称してよくプールに行き何時間か泳いでいたようだった。
「水みてると何にも考えなくていいから」
ぽつんと言っていたこともあった。
「水みない時は何か考えてるってわけ?」
冗談めかして訊ねると、
「いや、別に」
口元だけで笑って、首を横に振るのだった。それがわたしには、とても寂しげな表情に見えた。
子供の頃は活発でリーダーシップを発揮していたのだが、思春期以降は人見知りをするようになり、加えてとても無口になった。一時の変化かと思ったが、特にここ何年かの息子は、極端に口数が少なくなっている。どうして普通の大人として社会に出られないのかと問われても、うまく説明することが出来ないと、息子は言うのだった。何をしたらいいのかが分からない、だから動けない、甘えとか怠惰とか言われてもしょうがないけど、と。
そんな事々を思い出しながら、その夜、偶然手にした写真誌の中で、バチカン市国のサンピエトロ寺院に収蔵されている、ミケランジェロのピエタ像を見た。以前にはただ見て過ぎただけの聖母子像だったが、その夜は妙に引き寄せられて、わたしは時を忘れて見入っていた。造形の美しさに見とれながらも、それとは無関係に、息子が生まれてからこれまでの、二十余年がしきりに思い返されるのが、不思議でならなかった。楽しい時も多く過ごしてきた筈なのに、浮かんでくるのは、彼を叱りつけ、拒絶してきた場面ばかりだった。
息子が生まれてから今まで、わたしはずっと彼を愛してきた。今すぐどちらかの命を差し出せといわれたら、迷いなく自分の命を差し出せる。それなのに、母親としての愛情表現に何と乏しかったことかと、振り返って思うのだった。彼の中に欠落を見る時、わたしはいつも後悔と共に過去と向き合わなければならなかった。垣間見える得体の知れぬ哀しみは、母親から得ようとして得られなかったものへの喪失感ではないかと、結局わたしの思いはいつもそこに辿りつく。
息子がお腹にいる時、小さな子供の手を引いた母親とすれ違ったことがあった。おかっぱ頭に半ズボンでくりっとした目が愛らしい男の子は二歳くらい、覚えたての言葉でしきりに母に話しかけていた。小首を傾げるように仰ぎ見るしぐさは微笑ましく、子供特有の澄んだ高音は耳に心地よかった。応える母親も整った顔立ちで、何よりその表情が子への愛おしさに溢れて、美しさを際立たせていた。擦れ違いざま思わず振り返って、わたしはしばらく見とれていた。何年後かには自分にもあのような時間が訪れる、早く産まれて早く大きくなって一緒にお散歩しようねと、突き出たお腹を擦りながら、まだ見ぬ子に話しかけたものだった。
アルバムを開くと、あの時の子供よりも更に可愛い息子が無邪気に笑っている。それなのに傍らに写るわたしには、他人の足を止めるほどの愛情に溢れていた、あの母親のような美しさは微塵もない。たいてい不機嫌そうにちょっと眉を顰めて、身体全体に疲れを滲ませている。そして思い出すのは、ちょこちょこと走りまわる息子に苛立って、叱りつける場面ばかりだ。
いくつかの思い出が浮かび上がり、その度わたしは沈みこんだ。朝陽の中で洗濯物を干していてふいに涙ぐんだり、一人の昼ごはんに、気づくと箸を持ったまま放心状態になっていたり、夜中バスタブに浸かりながら訳もなく号泣したりした。そんな時は湯の中に頭まで沈ませて、息を止めた。息が続かなくなると顔を出し、あぁ生きていると思う。ふいにあのピエタ像が現れることもあって、聖人を抱く聖母のように、せめてこの腕の中に息子の哀しみだけでも抱きとってやることはできないものだろうかと、脈絡もなく呟いたりした。そんな出口のない思いの中で、わたしは何日か過ごした。
ある朝、起きぬけに窓から外を眺めると、庭木の餌台にメジロが来ていた。ヒヨドリはよくいるが、メジロはあまり見かけなかった。それも二羽一緒に。あれは夫婦か親子かそれとも兄弟だろうか。小柄でぷっくりとした愛嬌のある身体と、白く縁取られてくりっとした目が、交互にりんごを突付く様にしばらく見とれていた。ふんわりとした白い羽に覆われた丸い腹に、顔から背中にかけての綺麗なウグイス色の対比が美しく、嘴と細い足の動きが愛らしい。メジロがいなくなるまでどれほどの時間だったか、気がつくと、部屋を出て階段を下りる足がいつになく軽くなっていた。頑固な肩こりも和らいでいて、久しぶりによく身体が動いた。てきぱきと家事をこなし、澄んだ青空の下で洗濯物を干しながら、わたしは思った。
やり直せない過去を悔やむのではなく、その思いを、この先どんな形にして補っていくかが大切なのだ。
言葉にしてみてから、こんな当たり前なことを当たり前に思えるのも息子が生きているからこそと、ふっと肩の力が抜けた。彼が生きている限り、わたしは生き直せる。そう思ったらたまらずに、電話を取り上げていた。
「なに、こんな時間に」
何度目かのコールの後にあった眠そうな応答を聞き、
「朝方、おまえが病気になった夢みたから」
出まかせで誤魔化しながら、わたしは安堵していた。
息子は生きている。それだけで十分だった。
その日が分岐点となった。その先の道をどう潜り抜けていったのか、気づいたら出口だった。そしてそこには、サンピエトロのピエタに逢いたい、すぐ逢いたいという、熱い思いだけがあった。
※
バチカン行きを決めた時、何人かの友人に声をかけたのだが、出発が急だったこともあって、結局一人旅になった。行きと帰りだけ現地の係員がついて、後は全てフリータイムという格安ツアーだった。無事に行って帰って来れるだろうかと、急な不安に襲われていた成田空港から、香里ちゃんと知り合えたのは幸運だった。
「初めてロビーで安田さんを見たとき、おばさんに似てるって思ったんですよ。顔かたちじゃなくて、物腰っていうか、雰囲気が。母の妹なんですけど、母とは正反対にさばけてて話が分かる人で、昔から大好きだったんです。だから安田さんとは初対面とは思えなかったです」
機内で隣同士になった時、彼女は嬉しそうに言った。同じツアー仲間でお互い慣れない一人旅、彼女はわたしの息子と同い年、わたしは彼女の母親と同い年と知るにつれ、これはもう偶然じゃないでしょう、必然でしょう、などとすっかりはしゃぎ合って、楽しい旅になるぞと一気に気分は盛り上がった。
香里ちゃんは大学を卒業後、公認会計士の資格を取るために勉強していたが、このたび見事合格となり、頑張った自分へのご褒美としてこの旅を選んだという。
「どうしてイタリアにしたの?」
「やっぱ歴史です、世界史好きだったし。ルネサンスとかバロックなんて聞くと、ぞくぞくします」
おどけて答える顔をまじまじ見ながら、彼女の放つエネルギーが、わたしには奇跡のように思えるのだった。
「進路はいつ頃から決めてたの?」
「高校の後半くらいですね。将来、即戦力になるような資格って何だろうと考えて、その中から自分が出来そうなものはと絞っていったら、っていう結果ですね。計算高い女なんです」
もともとの恵まれた資質があるとはいえ、この力はいったいどこから来るのだろう。
「優秀なんだねぇ、すごいねぇ」
全体にふっくらして柔らかな印象がある顔立ちの中で、瞳に負けん気が宿っている。
「はい、勉強できるのだけが取柄なんで。……とか言っちゃったりして」
整った白い歯を見せて笑う。
「そういうしっかり者の娘が欲しかったわ。親御さんは喜ばれたでしょう、すごい難関を突破して」
「うちの親ですかぁ…どうなんですかねぇ」彼女は曖昧に首を傾げる。「祝い金でも貰えれば旅費の足しにできたんだけど、それもなかったしな。試験終わった後は何だかぼーっとしてて、受かった後もなおさらもぼーっとしてて旅行計画したのが遅かったから、旅費稼ぐのが大変でしたよ」
「えらいよね、何から何まで自立してて」
「親に借りるくらいなら、最初から海外旅行なんてしませんて。よっぽど時給のいい夜のお仕事しようかと思ったんですけど、まぁ、この容姿ですし」
屈託なく笑う香里ちゃんは、ふくよかな体型ではあるが、肌理細かな白い肌に丸い頬と唇がほんのりピンクで、とても可愛い。ちょっとした仕草で、まだ高校生くらいに見えてしまうこともある。
「なんでそんなこと…、こんなに可愛いのに」
思ったままを口にしても、
「いやいや、いいですって」顔の前で手を振って、「そんな、気ぃ遣わないでくださいよ」
あはは、と大口を開けて、どこまでも陽気だ。
大学を出てからも実家に戻らず、アルバイトで生活費を稼いでいるのは息子と同じだが、彼女はその上に国家試験の勉強をして狭き門を通ってきている。比べてはいけないと思いつつ、同い年の息子の顔がどうしても浮かんでくる。
「いいな、わたしも香里ちゃんみたいな子供が欲しかったな。優秀で独立心旺盛な子供の親ってのを、いちど経験してみたかった」
「いやいや、いいことないっすよ。あたしなんかが娘だときっとイラつくと思いますよ。何考えてるかわかんない、自分の娘とは思えないなんて、母はよく言ってますよ」
機内の照明が消えた後はしばらく目を閉じていたが、興奮しているせいか眠れそうになかった。一眠りしないと疲れると分かっていても、益々目が冴えてくる。周囲からの寝息を聞きながらそっと溜息をつくと、
「退屈ですね」
眠っているとばかり思っていた香里ちゃんが、囁いた。
「到着まであと十時間もあるよね、眠れないしどうしよう」
「あたしも基本は横にならないと眠れない人だから」
「あら、若いのに…」
「いや、あくまで基本なんですけど」
くっくと笑う彼女と、周囲を気遣いながら小声でやりとりしているうちに、わたしはバチカン行きを決めたいきさつを、大まかに話していた。
「息子さん、恋人はいなかったんですか」
「学生時代からの彼女がいて、時々家にも連れて来てたけど、卒業してから別れたみたいよ」
「そうなんだ…」
「両親が離婚していて寂しい思いしてきた子だから、結婚願望が強かったんだって。彼女は普通に就職活動して、卒業後の進路も決まっていた。将来設計がきちんと出来てるしっかり者だったんだね。それなのに息子はあんな調子でしょ。何で就職しないのかと何度も言われて困ったって。振られたんだよ、きっと。当たり前だね」
「いえ、それはないと思いますよ」
香里ちゃんはきっぱりと首を横に振った。
「息子さんにとっては、生きるってことが、言葉に出来ないくらい大事なんじゃないですか。すごく自分を大事に生きてると、あたしなんか反対に思っちゃうんですけどね。そんな空気を読めない相手とは長く一緒にはいられないと、息子さんは思ったんじゃないですか」
わたしは涙が出そうになった。隣にいるこの年若い友人の優しさを、心底ありがたいと思った。
「香里ちゃん、さすがに深いとこついてくるね。あなたみたいに理解があってキャリアのある人が、息子と結婚してくれるといいのに。彼を主夫にさせて、家事や子育てをさせるのよ」
ことさら明るく言ってみる。
「それいいですね、あたしバリバリ稼ぎますよ」
そんな冗談も出て、ひとしきり笑いあった。
「同じ年のいとこがいるんですけど、息子さんはその子と似てるかも。小さい頃はよく一緒に遊んでたの。すごく優しい子で、はい誕生日プレゼント、とか言って、自分が大事にしてるプラモデルを手渡してくれたりする。あんたが好きなほどあたしはこれ好きじゃないから、ってその時は不満だったけど。ね、優しい子でしょ」香里ちゃんは懐かしそうに微笑む。「それなのに、いつからか他人行儀になっちまって、今じゃたまに会うと敬語なんか使ってくるんですよ、何なんだよって感じ。つまんない」
「その子は今なにしてるの?」
「フリーター。今はレンタルビデオ屋さんにいるみたい」
おんなじか、と二人で顔を見合わせて笑ってしまった。
「でも、ほんといい子なんですよ。ただちょっと気弱なとこあって、出なくちゃいけない時に引っ込んじゃうみたいな場面がよくあって、何度か歯がゆい思いしたことありましたね。だけど、あたしは好きなんだなぁ、ああいうテンポって。自分と正反対だからでしょうね。だから息子さんも多分そんな人なんじゃないかなって、とても身近に感じるんですよ」
話し上手で聞き上手な香里ちゃんに促されるようにして、いつしかわたしは息子の思い出話を始めていた。
※
小学生になった年、息子はスイミングスクールに通い出した。腺病質で病院通いが多かったから、水泳で体質を変えられればと思った。スクールバスの送り迎えもあって便利だったし、一人っ子なので、より多くの仲間と知り合えればという親心もあった。
その頃はよく喋って社交的な子供だったが、水に入ると、息子はいっそう生き生きした。もともとが水泳に向いていたらしく、一緒に入会した友人達の誰よりも早く進級していった。ガラス越しに息子の練習風景を見ていると、日を追うごとに、ひ弱だった身体にうっすらと筋肉がついていくのが分かった。縦の二十五メートルを泳ぎきるといったんプールから出て、走ってスタート位置に戻ってまた泳ぐ。それを何度も繰り返す。プールサイドを行き来する腹筋や太ももの筋肉が躍動して、息子はとても逞しく見えた。だからわたしは、水の中よりもむしろ、水から出て駆け抜ける彼を見るのが好きだった。
息子は母乳で育てた。十分な量が出たわけではないが、頑張って母乳で通した。そうすることが母親としての務めと、わたしは頑なに思い込んでいた。一回の授乳量が十分でないから、息子は夜中にも目が覚めて何度も飲んでいた。その癖がついていたから、一歳で離乳した時は大変だった。乳を欲しがって泣く息子を抱きしめて、一晩中背中をさすり続けた。幾晩続いただろうか。ごめんね、夜中におっぱい飲んじゃうと昼間お腹すかなくてご飯食べられなくなっちゃうでしょ、そうすると大きくなれないから、ごめんね、朝になったらごはん食べようね。まだ若かったわたしは、自分に言い聞かせながら一緒に泣いた。
その時のか細い背骨の感触は忘れられない。今でも手のひらにずっと残っている。それから後も、食は細くてしょっちゅう風邪を引いては熱を出した。熱が出ると必ず下痢をしたから、細い身体は益々細くなった。この子は育たないのではないか、このまま死んでしまうかもしれないと、何度も思った。だから、息子の体重が増えて身長が伸びて、身体が成長していくことが、わたしには何より嬉しかった。プールは息子の成長の証、確認の場所だった。
高学年になった時、息子は友達に誘われて地元のサッカーチームに入った。しばらくは水泳と両立させていたが、やがて時間のやりくりがつかなくなり、スイミングの方は辞めることになった。
サッカーは毎週土日、グラウンドの送り迎えに加えて遠征試合も多かった。遠征場所が遠いと、暗いうちからの弁当作りから始まって、試合終了から家までの一日を付き添う。会社勤めをしているから、休日には溜まった家事も片付けたかったし、少しの朝寝坊をして日頃の睡眠不足を補いたかった。しかし、息子がサッカーを始めてからは、全てがそれに優先された。
息子はすぐにレギュラーになって、チームのリーダーとして活躍し始めた。サッカー観戦は嫌いでないし、ボールを蹴っている息子や仲間の子供たちを見るのも、それなりに楽しかった。しかし、朝から夕方までをグラウンドで過ごす一日は、時としてとても長かった。寒い冬には寒風が吹き荒れるし、冷たい雨に打たれながら泥の中でボールを蹴る子供を傘の下で応援し、夏には砂埃の舞う炎天下の熱に焼かれる。子供のためとはいえ、しだいに負担は大きくなった。そして、その苛立ちは全て息子に向けられた。
「せっかく遠くまで連れてって応援してやってるのに、もっとマシな試合見せてよ」
そんなことを、わたしは平気で言い放つ親だった。
「お母さんは見に来ないで」
時々、息子はわたしにこう懇願した。試合に負けると、わたしの機嫌が悪くなるからイヤだと言うのだった。
「行きたくないんだけど、行かないわけにいかないの、親は出来るだけ参加してくれと言われてるんだから。責任があるのよ」
何の躊躇いもなく、そんなふうに答えたものだった。
こんな自分のありようを、ずいぶん後になってわたしは見せつけられることになる。
デパートの家電売り場で買い物をしていた時のこと。そこに母子連れがやってきた。子供は小学校三、四年くらいの男の子だったから、昔の息子を思い出して懐かしくなり、それとなく様子を伺っていた。母親はまっすぐ電気スタンド売り場に行き、あれこれと物色しはじめた。男の子は少し離れて、勉強机の上に展示されている子供向けの学習スタンドに興味を示していた。スイッチを入れたり切ったりしているうち、やがて一つを手に取ると、
「これ買って」
母親に駆け寄り、背後から肩に手を掛けた。
「なに言ってんの、ろくに勉強もしないくせに、そんなもの欲しがって」
振り向きざま、母親は怒鳴った。それは子供の要求を撥ねつけるのではなく、自分が抱えている苛立ちを千切って、投げつけているかのようだった。男の子は、真正面からまともにそれを受けていた。傍観していたわたしまで、胸がずきんと痛んだ。
男の子はわたしの視線に気づき、恥じ入るようにそっと目を伏せた。彼は叱られた自分を恥じたのではなく、母親のありようを他人に見られて恥ずかしかったのだと、わたしには思えた。母親は、子供の繊細な心の動きなど我関せずの様子で、目当ての電気スタンドがなかったのか、足早に去っていった。その後姿は、投げ切れずに残った苛立ちの捨て場所を探して、いっそう苛立っているように見えた。
家に帰る道すがら、涙が零れて困った。こういうことだったのだなと、初めて自分を理解したのだった。わたしの子育てはこれの連続だった。わたしは息子の身体を育てたけれど、その魂をいつも蔑ろにしてきたのだった。しかしその時、息子はもう大学生になっていた。
※
「そういうこと、あたしもよく分かります」ずっと聞き手に回っていた香里ちゃんが、ぽつんと言った。「あたしは子供の立場として、そういうことよく思ってました。自分はピアノ習ってたんですよ、小学校の時」
今度はわたしが聞き役になった。
「気がついたら母親に連れられて、ピアノ教室に通わされてたんです。後から分かったんですけど、隣の家の娘がちょっと前からピアノ習い始めてたんですね。下手なピアノの音が聞こえてきてたし」
香里ちゃんは苦笑する。
「お隣さんとうちの母親は、すごく仲が悪かったんです。ちょっと大変だったんですよ。車の出し入れの時エンジンふかしすぎるけど、あれはうちへの当てつけだ、何て根性悪いんだとか何とか、もういっつも下らないことばっか言ってカリカリしてるんです。
うちの母親って被害妄想が入ってて、自分はいつも相手から不当な扱いを受けていると思い込んでいるんですよ。善はわたし悪は他人というのが母にとっての基本です。そんなベースがあって、どんな切っ掛けがあってどんなストーリーを作ったのか、とにかくお隣さんには何事につけ勝たなければならないと思い込んでる。で、その敵の娘がピアノを始めた、さあ大変、お前もやるんだ、ということだったんじゃないでしょうか。口ではもっともらしい事いいますよ、うちの母親、口うまいですから」
ある日突然、家に大きなピアノが届いた。驚いている彼女を前に、母親は言った。
「かおちゃんも小学生になったから、お勉強の他に何か一つ身につけておくといいかなと思って。ピアノは一生の友達になるからね。お母さんも小さい頃、習いたくてしょうがなかったけど、親は贅沢だからとさせてくれなかった。お母さんは音楽の先生になるのが夢だったんだけどね。そんな金どこ探したらあるんだって、親に怒鳴られたんだから。かおちゃんは幸せだね、いい親もって」
彼女は持ち前の頑張りで、ピアノもめきめきと上達した。隣の娘をすぐに追い抜いて、難しい曲を弾きこなせるようになった。
「ピアノ教室では年に一度、発表会があったんです。舞台の上から、客席にいる母の視線はいつも感じてました。母はすごく楽しそうで上機嫌だった。隣の子と同じ舞台に立つわけですけど、実力の差は素人でも分かりますからね。母は年に一度、勝利を確認しに来るわけです」
「親心って、多かれ少なかれそんなものだとも思うけど。そういう言い方するとお母さんが可哀想じゃない?」
口を挟むと、香里ちゃんも黙って頷く。
「そうですね、意地悪な言い方ですよね。ほんと言うと、その時は嬉しかったんです。母に褒められた事はほとんどないんですけど、その時ばかりは、口には出さないけど、母はもう全身で褒めてくれてましたから。だから、ピアノを弾く自分は、いつも母に認められた自分なんです。あたし自身も、ピアノを弾いている時の自分が好きだった。その頃は、ピアニストになろうと思ってたんですよ」
「ピアノはいつまで続けたの?」
「中学に入ってすぐにやめました」
「自分から?」
「いえいえ」と、香里ちゃんは口元を歪めた。「そろそろいいんじゃないかと、母に言われました。学校の勉強との両立も大変でしょう、ピアニストになるわけじゃないんだからと。お隣さんと、勝敗のはっきりしている勝負を続けることに飽きたんでしょうね」
「ピアニストになりたいと言わなかったの?」
「そんな才能ないってことは、六年間やってれば子供でも分かりますって」
香里ちゃんは、とんでもない、と手を振る。
「でも続けたかったんでしょ?」
「うちの母親は強いんです、起伏も激しいし。だから、なるべく逆らわないように気をつけてるんです。母がダメだと言ったらダメ。父もそう、母には逆らわない。これが家庭の平和を守るためのルールなんです。母が荒れたら誰も手が付けられないんですよ、投げられるものは何でも投げますし。病気なんです。治らないと思います。だから、普通の親子の会話なんて望めないんです、あの人とは」
相槌に戸惑っていると、
「あ、でもいいとこもあるんですよ、単純で可愛いとこあるしね。いい時はいいんですよ。料理も上手なんです。いつもあたしや父のこと考えて、美味しいもの作ってくれる。だからこんな身体になっちゃったんですが」
香里ちゃんは、自分の丸いお腹を突き出して見せる。
「そういうこともあるんで、総合的に考えて我慢も出来るっていうのかな。というか、母親はこの世に一人しかいない人ですし。なもんで、口で言うほど大した事じゃないんですけど」
「そうね、一緒にいるとどうしても、イヤなとこばかり目についちゃうけどね」
「ですね。だから親と離れて暮らすっていうのは、あたしにとっては生活の知恵なんですよ」
息子が家に帰ってこないのも、きっとそういうことなのだろうなと、わたしも思う。
「実家に帰るたびにピアノ弾くんですけど、その時は一番ほっとしますね。あぁ帰って来て良かったなと思うんです。母に気遣いしたりして疲れちゃうから、ほんとはあまり帰りたくないんだけど、鍵盤に触るとそんなこと忘れちゃう。自分の親がどういう人であろうと、血の繋がりって侮れないなって思いますよね」
香里ちゃんは何度も頷く。
「お母さんは、元気でいるの?」
「相変わらずですよ。父に言わせると、親戚や他人の前では娘自慢を結構してるらしいんですけど。どんな成績とってきたって、褒めてもらった事なんてないですけどね。いいわねあんたは自由で。お母さんも大学さえ出してもらえたら、医者にだってなれたんだから。中学の時の担任の先生が親にそう言ったのよ。娘さんは将来医者にでもなれる優秀な人ですから、進学校に進ませてくださいって。なのに親は、うちは裕福じゃないから娘に金はかけられないと言って、無理やり家政科のある女子高校に通わされた、なんて言い出しちゃって。音楽の先生の次は医者かよ、って感じ。もう聞いてられないです。その後は、もう死んじゃって二人ともいないのに、両親への愚痴が始まるんです。どんな話でも、母にとっては、自分の不幸を語るための序章でしかないんですよ。ほんと、はた迷惑な人」
息子はわたしの中に、どんなストーリーを読んでいるのだろうかと思う。
「同性の目って辛らつね。娘は母親に厳しいでしょ。わたしだって、父親よりも母親に対しての方がずっと厳しいもん。息子しかいなくてよかったわ。これ以上責められたらへこむし」
「いえいえ、安田さんなんて全然どうってことない、優しいですよ。自分の母親が安田さんみたいだったら、今のあたしはもっと違った人間になってたと思いますよ」
「そうね、今頃きっとフリーターよ」
二人で顔を見合わせて大笑いした。
※
ピエタ像から離れて、香里ちゃんとゆっくり奥へ向かう。頭上高く天窓からは光が溢れかえって、零れ落ちている。天井や壁に描かれている多くの天使達が、光の粒子を抱えて舞い降りているかのようだ。
息子を産んだ朝、病室に差し込んでいた朝陽の光は、わたしにとってこの上ない祝福だったことを思い出す。
夜中に分娩室へ入って、息子は早朝に産まれた。なかなか進まないお産は、最後に吸引分娩となった。臍の緒が首に巻きついて、出てこられなかったという。わたしも苦しかったけどあなたも苦しかったのねと、助産婦さんの腕の中で産声をあげている小さな我が子を労った
病室へ戻ってベッドに横たわった時は、無事終わった出産への安堵感だけで、頭は空っぽになっていた。夜通しのお産で体力を使い果たした目に、朝の陽射しが痛かった。毛布を引き上げて目を閉じたその時、同室の女性がそっと近づいてきて、
「おめでとうございます。よかったですね」
マスカットを一房、サイドテーブルの上に載せてくれた。ぶどうの甘酸っぱい香りが、わたしのどこかを揺さぶった。
「あ、すみません。ありがとうございます」
あわてて礼を言って見上げると、白いネグリジェ姿で微笑んでいるその人が、とても清らかで気高く見えた。前日に出産したという彼女は、わたしよりも一日早く母になった。たった一日だけれど、わたしにとってはそれがとても大きな差に思えた。
あぁ、わたしも母親になったんだ。
突然、そんな思いと共に喜びがどっと溢れ出てきた。
おめでとう、おめでとう。
自分の内から自分の外から、あらゆる場所から祝福が湧き上がってくる。細く開いた窓から差し込む陽の光が、時おり吹いてくる風が、揺れる木々の葉が、目にうつる全てがわたしを祝福していた。
やがてベビーベッドに乗せられて、生まれたばかりの赤ちゃんがわたしの隣にやってきた。長引くお産で少し長くなってしまった小さな頭、ぼわぼわと柔らかそうな髪の毛、小さな瞼、小さな鼻、小さく膨らんだ唇。
天使だ。羽が生えたらそのまま天に昇ってしまいそうな、わたしは天使を授けられたのだと素直に思えた。わたしはその寝顔に、おめでとう、おめでとう、と何度も心の中で繰り返し、赤子と自分を祝福した。生まれてきておめでとう。授けられておめでとう。そんなふうに、息子は誕生してきたのだった。
この大聖堂にも響いている言葉がある筈とふと思い、わたしは耳をすませた。完成までには多くの争いごとがあり、多くの血が流された歴史がある。しかしそんな負の空気は、微塵も感じられない。それは本来、ここが祈りの場所だからだろうか。
「気がつくと、口ぱっくり開けて上ばっかり見ちゃってますよね。どこもかしこも彫刻彫刻、絵画絵画で埋まっちゃってて、もうほんとすごいな、ここは。別格ですね。えっと……大聖堂のクーポラ(円蓋)の高さは一三二.五mであり、その直径は四二mもあります、だそうですけど」
いつの間にか、ドームの真下に立っていた。見上げながら、香里ちゃんが手にしたガイドブックを読む。
「サイズなんて全然わかんないですよね、麻痺しちゃって」
「具体的なことは分からなくなるけど、ここにいると言葉の意味がよくわかると思わない? 壮大、壮観……壮麗、荘厳、あとは…静謐、神聖とか。他にある?」
「敬虔ってのはどうですか。こんな気持ちになったの初めてなんで」
「連想ゲームみたいね」
「いいですねそれ、やりましょうか。安田さんからどうぞ」
「そうねぇ……、とりあえず、ピエタ」
と、わたし。
「そうきましたか。じゃ、ミケランジェロ」
と、香里ちゃん。
「天才」
「母」
うちの母は天才偉人が好きなんで、と彼女は笑う。
「うーん…、じゃ、息子」
今度は二人で顔を見合わせて笑ってしまう。
「息子さん、今頃どうしてますかね」
「今頃はきっとプールで働いてると思うけど」
そうですか、と香里ちゃんは少し考えて、
「プール。息子の次はプール。ゲームはまだ続いてますよ」
促されて、
「ピアノ」
咄嗟に口にする。息子にとってのプールは、香里ちゃんにとってピアノだ。
「安らぎ」
目を閉じて、香里ちゃんが言う。
「祈り」
同じくわたしも目を閉じる。
「あぁ、それいいですね。あたしにとってのピアノは祈りだったのかな」
香里ちゃんは遠くを見るような目つきをしたが、やがて、
「ピエタ」
いたずらっぽく答えた。
「振り出しに戻っちゃいましたね。またピエタ像を見たくなっちゃった」
「それじゃわたし達も、振り出しに戻りますか」
肩を並べて入り口へと向かいながら、また天窓を見上げて飽かずに同じ思いに浸る。光の粒子がはらはらと落ちてきて、全身に降りかかるようだ。それは、聖堂を守っている多くの天使たちが運んでくれる、祝福の花束だ。ここに立つものは全て、知らぬ間にこれを受けているのだ。
「魂が揺さぶられるって、こういうことなんですかね」
見上げたまま、香里ちゃんが胸を押さえる。相槌を打ちながら、思い出したことがあった。
それは電車の中だった。赤子をおんぶした母親が、ドア付近に立っていた。わたしは座席に座ったまま、母親の背中にいる赤ん坊を何気なく見ていた。親子のそばには、小さな男の子がやはり母親に連れられて立っていた。活発な子で、ミニカーをリュックに入れたり出したり床に転がしたり、あげく放り投げて通路を走ろうとしたりと、一時もじっとしていない。背中の赤ん坊は、そのめまぐるしい動きを、ずっと目で追っていた。
その目にわたしは釘付けになった。それは、子供が子供を好んで見るという単純なものではなく、一切の感情を抜いた冷静な観察者としての目だった。体は赤子だけれど、視線の奥には成熟した大人そのものが宿っている。確かにそう思えた。
それは以前、写真でみたチベットの活仏と言われる高僧の転生者の瞳によく似ていた。ほんの子供なのに、その瞳の奥には成熟した光が宿っていて、なるほどこの幼い肉体は仮の宿だと納得させるだけの存在感があった。それと同じものを見たとわたしは思った。
以来、わたしは機会あるごとに赤子の目を覗き込むようになった。そして、肉とは無関係に内包されているものの存在を自分なりに見てきた。それゆえ、離れて暮らす息子を思う時、その魂は肉を抜け傷ついたまま彷徨っているのではないかと、案じて眠れない夜もあった。
※
再びピエタ像の前に立った時、突然、聖堂内に響いている言葉が聴こえたような気がした。それは紛れもない、祝福だった。
おめでとう、おめでとう。
「マリア様の顔が優しくなったような気がする」
心なしか、聖母の表情も柔らかくなっているように思えた。
「イエスはこの三日後に復活してるんですよね。そう思ってみると、マリアのこの美しさの中にあるのは悲しみだけじゃないですね」
「また戻ってくるという希望があるのね」
そう見ると、聖母を覆う悲哀の中から、ほのかな喜びが伝わってくる。母子を包んでいる柔らかな光の粒子一つ一つもまた、祝福から生まれてきたように思える。
「また祈っちゃいますね、なんでだろ」
香里ちゃんの言葉に、また二人で神妙に手を合わせる。祈りとはなんだろう。なぜ信仰を持たずとも、こうして両の手を合わせることが出来るのだろう。
ふと、息子の小さな手を思い出した。赤く膨れ上がってひび切れた小さな手だ。今ではアルバムの中でしか見られないが、真冬にはいつもそんな手になっていた。
あれはまだ、保育園に入る前だっただろうか。息子の風邪をもらって、わたしが珍しく熱をだして何日か寝付いた冬があった。
「お母さん、まだお熱あるの?」
朝になると、息子はおずおずとわたしが寝ている枕元に来て、その小さな手をわたしの額に置く。子供の手とは何と冷たく柔らかいものだろう。それが額にぴったり添うと、一晩中身体に溜まっていた熱が、すっと抜けていくような爽快感があった。ありがとう、とその手を両手で包み込んでから、
「お母さんの病気が移ってまたお熱出るといけないから、あっちへ行っておいで」
わたしはドアを指し示す。
「お母さん、はやく治ってね」
息子はドアの前で振り返って言う。
「うん、大丈夫だからね。ありがとう」
わたしは頷いて、ドアを閉めるようにと促す。
「うん、ありがとう」
わたしの言葉を反芻して、部屋を出てドアを閉めようとしたその一瞬に、
「お母さんのびょーきが治りますように」
息子は両手を合わせたのだった。そして照れたように笑って、ドアの向こうへ消えていった。とんとんとんと、廊下を駆けていく小さな足音が遠ざかっていく。
神は愛という。神も愛も論じる事は出来ない。論じるほどに遠のいてしまう。なぜならそれは、感じ取るものだから。そう言っていたのは、あれは誰だったろう。
ありがとう、ありがとう。
祝福の声が聞こえる。その場所にまた立ち返りたいと思う。おめでとう、から始まった日に、ありがとう、と答えたあの場所から、もう一度始めたい。
息子を東京から呼び戻そう。
突然そんな決意が立ち上ってきた。
息子をこの手に取り戻すのだ。
合わせた両手の間が温もってきた。温もりは広がって、しだいにわたしの胸を熱くさせていく。
連作「祈り」 その4
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