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| 文学サイト長野 | 文芸誌O(オー) 39号 |
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ツクヨミ 渡辺たづ子
朝からの頭痛が本格的になってきた。係長の大きな地声が正面から響いて、こめかみに食い込んでくる。眼精疲労かと手持ちの頭痛止めを飲み、パソコンを消して書類整理などしてみるが治らない。昼休みを待って総務で体温計を借りると、熱は三十八度八分あった。こんなに高い熱を出したのは何年振りだろう。数値に眩暈がして、その場に早退届けを預け家へ帰ってきた。 薬箱の底から解熱剤を見つけて飲んでいると、母がパート先の保育所から帰ってきた。保育士として定年まで勤めあげた母は、今年から臨時職員として年少クラスを担当している。子育てのプロだ。 「市販の薬なんか飲んでないで、帰ってくる途中お医者さんへ寄ってくればよかったのに。薄着なんかしてるから風邪ひくのよ、野菜きちんと食べないで偏食だし夜更かしばっかしてるし。いつも言ってるでしょ」 二十五にもなろうとする娘に対して、母は相変わらずの命令口調。語尾には突き刺さるような苛立ちがある。家族に病人が出たという面倒な状況に、まず腹が立つらしい。こちらの体調を思いやるなど二の次だ。 母という人は、常に張りつめた空気を纏っている。ぴったりと包み込んで、自分を守っている。外側からの揺れに敏感で、すぐ身構えるような反応をする。そんなに自分が大事だなんて、なんて羨ましい人だろう、おめでたいことだ。いずれにしても、こんな人がどうして保育士などしていられるのか、よく勤まるものと感心する。仕事では別人格になると、本人は言っているのだが。 「医者に寄れる余裕なんかあったら早退けしてないって」 頭の芯からくる絶え間ない疼きと熱でふらつく身体を支えながら、病院の待合室に長時間座ってなんかいられない。とにかく家へ帰って横になりたかった。 「そんなに辛いの? じゃお母さんが今からお医者さん連れてってあげるから。点滴か注射でも打ってもらえば…」 「もういいってば」 母の言葉を振り払うように途中で遮って、わたしは部屋を出た。 いつもそうだ。母はまず、自分の感情を優先する。苛立ちをこちらにぶつけた後で余裕を取り戻し、穏やかに取り繕う。あなたを思って少し感情的になったけど、本来の私は優しいの、とでも言いたいらしい。胸を張って、良き母親という幻想の中で生きている。はた迷惑な人だ。 熱はどうなの、身体の具合どうなのと、まず子供の心配をするのが母親ってもんだろう。まず子供を案じるってことが出来ないのかよ。計算なしで怒るなら怒れ。苛立つならずっと苛立っていろ。子供にまで善人面して取り繕うな。 呑み込んだ言葉が喉元から溢れ出そうで、痛い。
母は若い頃、何度か流産を繰り返した。そして子を持つのを諦めかけた頃、わたしを宿したのだという。 「神様がいらした」と母は言う。「それまで神なんて考えたこともなかったのに、その時はそれこそお百度参りみたいな心境で毎晩祈ったの。私に子供をお授けください、お腹の子供をどうか世の中に出してくださいって。ミホは祈りの果てに生まれてきたんだよ」 昔から何度も聞かされてきた。母特有のその大げさな言い回しに、その度、子供心にも違和感を持った。自分が望まれて生まれた子供だとは、とうてい思えなかった。ほんとにわたしで良かったんだろうか。わたしが間違えて出てきてしまったのではないだろうかと。 ミホが好き? ミホが誰よりも一番好き? 小さい頃はよく母に訊ねた。ミホちゃんが一番好き。誰よりも一番好き。その度に母は、大きく頷いて答えてくれた。こんなやりとりを何度繰り返しても、しかし、母が望んだのはわたしでなかったと、思えてならなかった。 母は自分を表現する言葉をたくさん持っている。とても独り善がりな言葉だ。それらは母の頭の中で生まれて、頭の中で育つ。そこだけに留まって決して心の底にまで行きつく事はない。だいたい、お百度参りみたいな心境、ってなんだ? いつかそう訊いてみたことがある。そんな心境を理解できる人とは思えなかったからだ。すると母は答えたものだ。 「心をこめて、全身全霊」。 そりゃ、ただの慣用句だろ。 訊いたことを後悔しながら、言葉を呑み込むだけだった。 話せば話すほど、どこまでいっても平行線、寂しくなるだけだ。 とても大切なことは、とても深い場所にあるものだと、何となくだけど、わたしはいつもそう感じてきた。人と人とは、深い場所で感じあうことが出来て初めて理解し合える。幸せとか喜びとかを共に味わい、分かち合うことが出来る。そしてまた、神様というのもそういう場所におられるのではないかと、漠然と思っていた。わたしは、母と一度も分かり合えたことがない。深いところで触れ合ったことがないのだ。そもそも母の中には、深いところなんて存在しているんだろうか。 娘のわたしはといえば、こちらも昔からちっとも成長しない。大人になれない。母に対していつも、あなたはなぜそうなのかという問いを、自分の中で繰り返して生きてきた。頭の中でただ責めるだけの、とても一方的な関係だ。独善的という点では母と同じ。大学進学と同時に上京して親元を離れてから、こんな自分の子供じみたありようを、はじめて反省できた。家を出てみて初めて見えてくる自分がある。新しい土地で知り合った人達との関係の中で、それなりに揉まれてきたということもある。もろもろを経て、母との距離の取り方も上手になってきていた。けれども就職試験に失敗して、仕方なく地元に戻って働くことになってからはまた元通り。幼稚な自分に戻ってしまった。
心の中で毒づいて、ただ黙ってその場を立ち去るだけのわたしは、まるで中学生だ。自室のドアをばたんと閉めてベッドに倒れこむ。 あんな人が自分の母親だなんて。 溜息と一緒に涙が後から後から湧きあがって止まらない。たったあれだけのことで、思春期の中学生みたいにぐじゃぐじゃになるなんて。熱のせいで参ってるからだ。身体が弱っているからだ。いい大人がどうしちゃったんだよと自分に言い聞かせながら、振り払おうとしても母が消えない。心の中で広がるばかりだ。 こんな時は目を閉じて、ただ息をしていよう。鼻から吸って口から吐く。ゆっくりとゆったりと、吸う息吐く息だけに集中する。こうすれば、胸の痛みはやわらいでいく。いつからか、自然と身につけた。しばらくすると涙も止まる。そしてわたしの身体の中は、行ったり来たりする息の通り道だけになる。吸う息と吐く息。生きて息をしているというたったこれだけのことが、とても大事に思えてくる。わたしは生きている。何だか不思議だ。 やがてわたしの身体の真ん中に、一本の線が見えてくる。身体の真ん中を縦にすっと伸びた、白くてまっすぐな筋だ。これが呼吸のたびに少しずつ太くなっていく。太くなって伸びていく。わたしの中を、白い道が伸びていく。重く被さっていた黒っぽい母の気配が薄れていく。道の白に同化して、消えていく。わたしの中は白い道だけになる。わたしは自分を取り戻す。 頭の中で熱が渦をまいている。渦の真ん中から痛みが湧きあがってくる。唇が熱い、手のひらが熱い、時おり背中から悪寒がくる。 わたしはベッドで仰向けになったまま、天井からゴムで吊るした小さな妖精の人形に手を伸ばす。人形作家の友達からプレゼントされたものだ。コスモスの花びらみたいに幾重にも重なったピンクや紫のドレスを着て、トンボのような羽根を四枚背中につけている。手を離すとゴムの収縮で、両手を広げて優雅に宙を舞う。その軌跡を、わたしは目で追った。追っていると、自分も宙を舞っているような気分になる。追いながら、この熱い身体を抜け出して、わたしは妖精の中へ移動する。わたしは移動した。 ゆらゆらと漂いながら、わたしはベットのわたしを傍観している。泣きはらした後の腫れた瞼、眼の縁が赤らんでいる。熱っぽくどんよりと曇った瞳、上気した頬。わたしはわたしを見ながら、しだいにわたしを離れていく。何かに両足を掴んで引き寄せられている。どこかに摺りこまれるようだ。すり鉢のような、深くて暗い穴。怖くはない。ゆっくりと回転しながら、わたしは落ちていく。
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小学校の高学年頃まで、母は毎晩ベッドの中で本を読んでくれた。居間の時計が九つ鳴ると私は両親におやすみを言い、二階寝室の三つ並んだベッドの真ん中、母の匂いがする布団に潜り込む。そして毛布の縁を齧りながら、階下の音に耳を澄ませた。 テレビの音に混じって、父の咳払いや新聞を繰る音、キッチンで母が立てている水音や陶器が触れ合う音。左隣の家の赤ちゃんが泣く声とそれをあやすお母さんの声。右隣の家のおじさんがお風呂場でするエコーがかかった大きなくしゃみ。前庭の落ち葉を踏みながら横切る猫の気配、路地の向こうから犬の遠吠え。電線を唸らせる風の音。微かに震える窓ガラス。 そんな中で一番好きなのが、階段を上がってくる母の足音だった。足の裏全体で音高く床を踏みつけてくる父と違い、母のそれは床板をそっと踏みしめて優しかった。実際の性格とは見事に正反対だったけれど、足音から感じる母こそが本当の母なのだと、わたしは漠然とそんなふうに思い込もうとしていた。 母は毎晩、本を片手に布団の中へ入ってきてくれた。身体はいつも少し冷たかった。煮物や炒め物の匂いのする手が本を開くと、そこに紙やインクの匂いが混じった。ページを捲る音、普段とは違って少し低くささやくような声。それら全てが、わたしにとっては母の優しさに繋がる記憶となっている。一番好きだったのが、日本神話シリーズの中にあった月の神様のお話だった。わたしが惹かれたのは、しかし、ストーリーではなく、最初のページの挿絵に描かれた白い着物の女性だった。 その女性は長い髪を後ろで一つに結わえ、大きな河岸に立っていた。まん丸い月を見上げ、両手を合わせて祈っていた。真っ暗な中でその人にだけ月の光が差して、明るくぼんやりと浮かび上がっていた。凛として美しい人だった。 母に聞くと、女性は巫女さんで、夜中から始まるお祭りで月の神様の前へ出るから、河に入って自分を清めるところだという。心と身体の両方が綺麗になった時、神様に祈りが届くのだと母は教えてくれた。 それを聞きながら、わたしは全身に鳥肌が立つような興奮を覚えた。わたしもその白装束の人のように、心と身体を綺麗にして神様に近づきたい。どうかわたしを違うわたしと取り替えてください、違う自分にしてくださいと祈りたい。祈りを聞き届けていただきたい。わたしは自分を好きではなかった。 その夜、巫女さんを夢にみた。今でもはっきり覚えている。わたしはあの河岸に立っていて、月に向かって祈っている白装束の後姿を見ていた。腰まで水に浸かって、上半身だけが月明かりの中に浮かぶ巫女さんは、とても神々しかった。わたしは長い間、その祈りの姿に見とれていた。ふとその白い背中が動いた。と思うと、巫女さんが振返ってわたしを見た。そしてこちらに向かって手招きをした。ここまでおいでと言っている。呼ばれてから、自分がどんなにそこへ行きたいかが分かった。あの場所が、わたしの行くべき所なのだ。わたしは巫女さんのもとへ行かなければならない。 わたしは目の前の暗い水の流れに、恐る恐る足を踏み入れた。水は思ったほど冷たくなかった。河底の石は平らに敷き詰められたようで歩きやすく、流れは緩やかだった。河岸で見ていた時よりも、白装束はずっと遠くに見えた。巫女さんがわたしに向かって手を差し伸べた。さっきまで月に向かって合わせていた両の手を、今度はわたしに向かって差し出している。行きたい、はやくはやくと、気持ちは急いた。水の中では思うように進めずに、もどかしかった。 突然、目の前が明るくなった。目を挙げると、巫女さんの白い衣が光りを含んでいた。光りは見る間に明るさを増し、大きくなって巫女さんをすっぽりと覆った。白装束は白く輝く光のカプセルに包まれた。巫女さんの伸ばした指先から、白銀の光が一筋、まっすぐこちらに伸びてきた。光りはわたしのみぞおちに入り、一瞬で全身を巡った。身体がふわっと温もった。光は更にわたしの真ん中を縦に走った。光を軸にして身体が浮き上がるような感覚があった。それはやがて抱きかかえられるような感覚へと変わった。とても暖かく柔らかいものに、わたしは包み込まれた。 ── どうしたら好かれるのだろう、必要とされるのだろうなど、思わなくてもよいのです。わたしがあなたを好いています。わたしがあなたを必要としています ── 声がした。いや、ただ頭の中で聞こえたような気がしただけかもしれない。わたしの中に大きな歓びが湧き上がった。わたしは泣いた。ずいぶん長い間泣いていた。目が覚めてから、涙を拭いたのを覚えている。涙まで温かく、至福感は残っていた。 この夢は、その後もくっきりとわたしの中に残っていた。わたしは繰り返し繰り返しその光を思い、声を思い、その温かみをなぞった。身体の真ん中を走る一筋の光は、やがてわたしの中で白い道となった。 その道はまた、秘密の場所へ繋がっていた。ここではないどこか。時空を超えたはるか遠く、とても清らかな場所。そこは緑が幾重にも重なった深い森。木々の間を流れていく白い靄。その下に、森の影を映す豊かな水の流れが澄んだ音を立てている。途切れた雲の間から覗く陽が、木々の間から七色の光りを放射する。光りは流れに溶けていく。やがて太陽が西に傾き、一つ一つ色が失せ、森は暗い静寂に包まれる。わたしはそんな場所にいる。星のまたたきが一つ見えると、見る間に天空は無数の小さな光りを宿す。そして東の空から月が昇る。満月だ。 月を待っていたわたしは、大河のほとりに立つ。雲の間から漏れる月の光が、わたしの白装束と一面のすすき野原をぼんやりと浮かび上がらせている。風が吹いている。流れた雲が月を隠す。わたしの衣の間を風が通る。すすきの穂に促されるようにして、わたしは水の中へと足を踏み入れる。わたしは腰まで水に浸かってから、河の中に静かに身を沈める。雲が動いてやがてまた、月が現れてくる。わたしは月に向かって手を合わせ、その光りを胸に受ける。胸から入った光が、わたしの心と身体を浄化して包みこむ。光はやがて白く輝く一筋の帯となってわたしを貫く。そしてわたしは光に抱かれる。 ── わたしがあなたを好いています。わたしがあなたを必要としています ──
保育士としての母を、わたしは小さい時から見ていた。周りにはいつも園児たちが群がって、先を争って母を独占したがっていた。母が声をかけ、母が手を差し伸べると、園児たちの顔が輝いた。母が笑うと園児たちに笑顔が広がった。外で見る保育士の母は、わたしの誇りだった。そんな人の子供である自分まで誇らしかった。けれどもそれは、母の一面にすぎなかった。 毎晩ベッドで母を待つ時、わたしは時々かくれんぼの振りをして布団を被って息を潜めた。わたしも母に群がる園児達みたいに、母と遊びたかった。 機嫌がいい時の母は、 「あれ〜誰もいないなぁ、折角ミホちゃんにご本読んであげようと思ったのになぁ」 などと言いながら惚けて部屋を出る真似をしたり、 「こんなところに隠れてたってわかるんだぞ〜」 言いながらわたしが被っている布団の上に、はしゃいでジャンプしてきたり、布団を剥いで身体中をくすぐってきたりした。そうでない時の母は、 「何やってるの、そんなにふざけてばっかいると本なんて読んであげないから」 冷たく言い放ちながら、わたしの隣りに身体を滑り込ませ、あわてて布団の中から這い出すわたしを待たずに、さっさと本を読み上げ始めるのだった。その日のノルマを果たすかのように。後者の方が圧倒的に多かった。母が苛立っている時、わたしは息を潜めて身を離し、陽気な母の時にそっと寄り添った。 子供が眠りに就く前に親が読み聞かせするのは義務と、母は捉えていた。どんなに疲れていても果たさねばと自分に言い聞かせ、実行していたふうだった。少し大げさな言い方をすれば、だからわたしと向き合う時の母には、義務の遂行に向かう悲壮感らしきものが、常にほんのりと漂っていた。 母の中には自分の理想像があって、それこそが本来の自分だと信じ込んでいた。その上で、本当の自分を生きられないという焦燥感の中にいた。その最たるものがわたしとの関係なのではないか。子育てでは、親は子に十分な愛情を注ぐのが最も重要なのだと、母は普通に認識していた。 それなのに、母はわたしを愛せないで苛立っていた。わたしにはそう思えた。 母の中にはまた、理想の子供像も存在していた。 一つでいい、これだったら人に負けない、これが自分だと思えるものがあればいいと言われて、わたしは育った。でも本当の母は、全てにおいて人より優れた子供を欲しがっていた。わたしにはよく分かっていた。一つでいいと言っていたのは、母にとって最大限の譲歩だった。それなのに、わたしはその最低ラインさえクリア出来ない子供だった。何をしてもその他大勢の中に紛れてしまう地味な子供で、母の理想には応えられなかった。 わたしはまず、学校の勉強が得意でなかった。小さい頃は本を読むのが好きだったから、母は最初、わたしを勉強好きな子供と勘違いしていたようだった。興味がある本はよく読んだが、学校の教科書は開くとすぐに眠くなった。集中力がなく暗記が苦手で、成績は総じて中の下くらいだった。授業中、先生の話をきちんと聞き取ることが出来なかった。気がつくとぼーっとして、空想の世界で遊んでいることが多かった。スポーツもあまり得意でなかった。かけっこは真ん中あたりを走れたけれど、マラソンはいつもビリだったし、逆上がりも倒立もとうとう出来ずじまいだった。気を取り直して始めたスイミングは、友達がみな進級していく中、取り残されていくのが辛くて止めてしまった。ピアノも習ってみたけれど全く上達しないので、呆れた母の方から嫌なら止めなさいと言ってくれた。もうこれで楽譜を開かなくていいと、ほっとした。 何をしても続かなくて、結果が出せなかった。それでも母はわたしを励まし続けた。力があるのに持続力がないから結果に結びつかないだけ、もう少しやる気を出して粘り強く取り組んでみなさいと。けれどもいつ頃からか、母はわたしに興味を失ったように、何も言わなくなった。絵を描くのが好きだったから、かろうじて美術だけは平均より上の点が取れていた。一度だけ、県展に入選したこともあった。初めてもらう賞状に母は喜んでくれたけれど、その頃はもうわたしに対してはどこか上の空だった。賞状は筒に入れたまま、どこかに仕舞い忘れていることだろう。 大人になった今も、絵を描くことはないが観るのは好きで、よく美術館に行く。自然が描かれた風景画が好きだ。大河の向こう岸から漂ってくる、森の奥から立ち上ってくる、湖の底から這い上がってくる、濃厚な気配がわたしを惹きつける。気配はわたしを包み込み、夢でみたあの光のように身体の芯を温めてくれる。目を閉じて温もりに包まれていると、フロアを歩く人の足音が耳に優しく響いてくる。個々のリズムが繰り出す不揃いの音は、やがて絡まり縒りあって一つの柔らかな流れとなり、温もった芯と同化する。ずっとこうしていたいと思う。ずっとここにいたいと思う。母の足音が好きだった子供時代の名残か、わたしは今でも人の足音が好きなのだ。
足音といえば、一度だけ、人でないものの音を聞いたことがある。わたしは小学校二年生だった。 夜、足音で目が覚めた。誰かが階段を上がってくる。寝室にはわたし一人、階下の茶の間からは微かにテレビの音が漏れ、父母の話し声も小さく聞こえている。枕元の時計を見ると、十時半を少し過ぎていた。 足音は、聞き馴染んでいる父母のものではなかった。母のように静かでも父のように豪快でもなく、慎重に床板を確かめるように踏んでくる。どうしてだろう。足音の主を誰だと思うよりも早く、それが誰かではないとわたしには分かった。実体を持たないものと理解したとたん、身体が反応した。何かが、わたしのみぞおち辺りをぎゅっと掴んで引き上げた。胃を押し上げ、胸を圧迫した。心臓が喉元でずきんずきんと鳴った。わたしは咄嗟に布団を被り、きつく目を閉じた。 足音は階段をのぼりきり、部屋に入ってきた。ドアも開けずに。ゆっくりと来て、わたしの足元で止まった。それはわたしを見ていた。頭のてっぺんから足の先まで、視線を感じた。全て見られている、逃げられない。わたしは両手を強く握り締めた。 どこからともなく黒い煙が湧いてきた。それは少しずつ増えて輪郭を作り始めた。厚みを持った影のようになり、しばらく動き回って、やがて黒いひとがたになった。目を閉じていたのに、瞼の裏でその全てがはっきりと見えた。わたしは身動き出来なかった。ベッドに貼りついたように身体が硬くなっていた。声を出したとたん、ひとがたに襲われるような気がして、歯を食いしばっていた。 サイドテーブルに置いた目覚し時計の、時を刻む音が聞こえてきた。それはわたしを現実へ繋ぎとめていてくれる、唯一のもののように思えた。わたしは秒を数えた。枕元から聞こえてくる時の音に、自分を託した。十…二十…、ここまでが長かった。どこか恐ろしい場所に連れ去られてしまうという、恐怖感だけがあった。ひとがたはわたしのベッドの周りをゆっくりと巡っていた。そうやって切っ掛けを窺っているように思えた。三十…四十…、ずっと耐えていた。身体がかちかちに硬直しているのがよくわかった。五十…七十と数えるうちに、濃厚だった黒い気配が少し薄らいできた。何とかなるかもしれないと思った。身体の感覚が少しずつ戻ってきた。百まで数えないうちに記憶がなくなっていた。 目を覚ますと朝になっていて、両側のベッドではいつものように両親が寝ていた。変わりない朝だった。首には寝違えたような痛みがあって、なかなか起き上がれなかった。 朝食を食べながら、前夜の足音を母に告げると、 「夢をみたのよ」 軽く言われた。 「ミホちゃん、それはきっとオバケじゃないのか〜」 父が横から口を挟んで、母に窘められた。 「パパ、いい加減なこと言ってミホを怖がらせないで」 は〜い、と父はおどけて答えながら、わたしに目配せして笑った。 ずいぶん後になってこの時のことを思い返した時、あの足音は母だったのではと、ふと考えた。いつも聞いていた優しい母の足音は、あれはただの抜け殻。あの晩に聞いたものこそが、まさに母の実体。黒いひとがたは母という人の深部から出てきた黒い影、母という人そのものだと、わたしには思えたのだった。
それと同時期、もう一つ不思議な体験をしていたのを思い出した。どうして忘れていたんだろう。 ほんの数週間という、短い間のことだったと思う。その頃わたしは、自分の瞳に異常なくらい執着していた。その抗えない衝動だけは、よく覚えている。何が切っ掛けでそうなったのか、今では忘れてしまった。学校から帰るとまず、何かに急き立てられるように鏡を取り出す自分がいた。長い間、自分の瞳を覗き込む自分がいた。 わたしには、払っても払っても払い切れない、強い思いがあった。それは、自分の瞳を何か細くて鋭利なもの、例えばコンパスの先で、貫かなければならないという決意だった。誰がいつどうして決めたのか、自分の中にどっかりと居座っているその取り決めに、わたしは捕われていた。コンパスと手鏡は一緒にして、机の引出しに仕舞いこんであった。そして学校から帰ってくると、そのワンセットを取り出し、今日決行するか今この時こそするかと、時を窺っていた。行為自体にあまり迷いはなかった。迷っていたのは、いつするかというタイミング。時を待っていただけだった。 その日も同じだった。いつものようにコンパスを片手にわたしは鏡を覗きこんでいた。と、これまでにない強い衝動が湧きあがってくるのを感じた。何かに吸い取られたように頭の中がからっぽになった。ぼーっとした視界から色が消えて、部屋の中が黒の濃淡だけになった。わたしはコンパスを右手に持ち替えて、鏡に向かって右の瞳に的を絞った。今だ。狙いを定めて右手に力を込めたその瞬間、声がした。 ミーホーー。ミホちゃーん。 母だ。 母が階段の下でわたしを呼んでいる。 ミホちゃん、ちょっと来てー。 両手から力が抜けた。コンパスが手から離れて机に落ち、鏡は床下にすべり落ちて割れた。わたしはそれを、ぽかんと口を開いたまま眺めていた。手が痺れて、しばらくは動かなかった。 部屋の中に色が戻った。窓際に置かれたドライフラワーの赤や黄色や緑に、初めて見たような新鮮さを感じた。わたしは割れた鏡を片付け、コンパスと一緒にしてゴミ箱に捨てた。これでおしまい、という感覚だけがどこかで動いてるのが分かった。それ以来、あれほど執着した、あれほど強力だった衝動が、丸ごとどこかに連れ去られたみたいに消えて無くなった。あっけない終わりだった。 あれは何だったのだろう。あの時、母はなぜわたしを呼んだのか、どんな用があったのだろう。今となれば何ひとつ記憶にない。でも、あれはただの偶然だったのだろうか。 思い返す時、「神様がいらした」と、母の科白そのままに、わたしはただ感謝する。授かったままの身体で過ごせていることに、心から有難いと思う。河の流れやそこに溶けこむ柔らかな光り、緑の森や山肌を渡る白い靄を、この目で見ることが出来るのだ。 わたしは母に助けられたのだった。 素直に思う時、母の中にも神様のやどる場所があるのだと、感じることができる。どこかとても深い所で、母はわたしの危機を感じ取ってくれたのだ。あの黒いひとがたが母だったように、白装束の巫女さんもまた母だったのかもしれないと、そんなふうにも思えてきたりする。
※
一晩中、夢ばかりみていた。時折うっすらと目覚めてはまた夢の中と、何度も繰り返していた。夜中に一度、母が氷枕とスポーツドリンクを持ってきてくれた。水分を摂って首の後ろが冷やされた後は楽になって、気づいたら朝になっていた。熱は下がっていたが、頭の中や内臓には熱を含んだ感覚が残っている。今日は有給を取って一日休んでいよう。 キッチンでは出勤前の父が母と向かい合って、お茶を飲んでいた。定年後は同じ職場に嘱託として通っている。 「おぉ早いな。熱出してたって? どうだ?」 父の顔を朝から見るのは久しぶりだ。いつもわたしが起きると、父はもう出かけた後なのだ。 「うん、もう熱下がったけど会社はやすむ」 「それがいいな、ゆっくり寝てろ」 そう言って立ち上がり、キッチンを出る時にまた振り返って、ゆっくり休めよ、と父は言った。 「お味噌汁だけでも飲んでおきなさいよ」 何も食べたくないと言うのにわたしの前に母は湯気の立ったお椀と箸を置いた。ジャガイモと玉ねぎが入っている。我が家では熱が出た時はこれを飲む。小さい頃からのお約束だ。 「土曜にお墓参りいくから、午前中にね」 母が言った。 春と秋の彼岸には、父方と母方に加えて母の実母と三つのお墓に行っている。母は生まれてすぐ養女に出された人なのだ。実母は身体の弱い人で、子供は育てられないからと、親戚筋に当たる養父母に預けられたらしい。実母はそれから数年後に、実父も事故で若いうちに亡くなったと聞いている。 「二時間あればいいっけ? 昼には帰ってこられるよね」 土曜は午後から友達と待ち合わせの約束があった。 「大丈夫でしょ」母は応えて、「これ食べる?」リンゴを取り出す。これも風邪をひいた時のお約束だ。いらない、と首を横に振り、ふと思いついて訊いてみる。 「お母さん、自分が養女って、いつどうして知ったの?」 「まだ小学校あがる前に。親戚の人が話していたのをたまたま聞いちゃったから」 母は遠くを見るような目をして言った。 「どう思った? 」 「今の親に何だか悪いような気がした、ほんとの子供じゃないのに育ててもらってって」 「悪いな、って?」 「そう。だから迷惑かけないようにしなきゃって」 「そんなに小さいうちから?」 「そう。よく出来た感心ないい子だったよねぇ」 母は笑った。 「ほんと、可愛くない子供だったよねぇ」 わたしも笑った。ふたりで笑った。
連作「祈り」その1
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