上高地
Part 2
大正池の末端のあたりには、アマチュアカメラマンが数人固まって雲
が切れるのを待っているみたいだ。しかし、よくよく見ると弱い雨が降
っているではないか。やっぱり山の天気だなあ。カメラマン諸氏も悉く
カメラに雨除けの対策を施して待っている。 Iさんが、「大正池って、
砂浜があるんですね」と言う。そう言えばそうだなあ。大正池は堆砂が
激しいということは知っていても、「砂浜」という言葉は思い付きもし
なかった。流石は初上高地、見方が新鮮である。でも、今日の大正池は
流れが激しくて「池」ではなくて「川」だ。
県道よりも梓川寄りの「自然探求路」を歩く。数箇所大きな水溜まり
があったが、それほど苦労はしなかった。相変わらず弱い雨が降ったり
止んだりだが、田代池の手前あたりで突然雲が切れて奥穂が見えた。や
あ、今度は逃さないぞ。近くで構えていたカメラマン数人も一斉に動き
始める。でも、それも一瞬。今日はこんなもんかな。梓川の方には低い
ところに虹が見えた。結構はっきりとしている。こんな時でも虹を見る
と嬉しくなってしまうのはなぜだろう。渋い顔のカメラマン諸氏とは全
く逆で、私たちは「虹だ、虹だ」と至って明るい。
シーズン中だと「どこからこんなに出てきたのだろう」と思うくらい
人のいるバスターミナルも、今日は人影が全くない。記念写真を撮る人
で渋滞する河童橋も貸し切りだ。とりあえず昼飯にしよう。雨はいつの
まにか上がって頭の真上は晴れ間だから、風を避けられればいいだろう。
白樺荘の建物を風除けにして、場所を決める。それにしても Tさん達は
いろいろ持ってきたね。乾燥野菜やゆで卵まではまだわかるけれども、
焼豚が出てきた時にはびっくりした。でも、おかげさまで豪華なラーメ
ンになった。
昼飯食っている時も時々注意して岳沢カールの方を見るのだけれど、
雲はなかなかどいてくれない。飯の片付けが終わった頃、明神岳の頂上
が姿を現した。よしよし、あと一歩。でも、そこからが厳しいねえ。岳
沢カールの上の雲はどきそうなそぶりを見せて、でもそこを動かない。
2時間近く粘ったけれど、穂高連峰の姿は見えなかった。
さて帰ろうかという頃、20人くらいのグループがやってきた。今日は
安曇野YHの行事で上高地に入るということは聞いていたから、それだろ
う。ペアレントさん(とは言わないんだよね、今は)がいたので話を聞い
てみると、やっぱり山が見えたのは一瞬だったのだそうだ。
帰りは上高地帝国ホテルを回ってみた。もう撤収も終わって全て閉ざ
されているのだが、いい雰囲気の建物であることにはかわりない。見る
たびに気になっていて、いずれは泊ってみたいところだ。裏に回って、
六百山や霞沢岳をバックに見ると、スイスやオーストリアアルプスあた
りの風景にも見えるような感じがする。と思って見ていると、目の前を
何か動いて行く。「猿だ」それも群れで、たくさんいるぞ。帝国ホテル
に猿なんて、なんか妙な取り合わせなんだけれど、冬になって人がいな
くなるとここは猿の天下になるんだね。
また梓川に出る。何を工事しているのだろうと思ったら、田代橋がな
くなっていた。帰りは田代池に寄ってみた。以前の水害で池の大部分が
埋まってしまい、「池」というよりは「湿原」になってしまっているの
だが、大正池よりもいい雰囲気だ。ここを流れる水は伏流水が湧き出た
ものらしい。私は田代池を見るのは初めてで、上高地にこんな所がある
とは知らなかった。今は冬枯れて茶一色だが、緑の季節に来たらどんな
感じだろう。
行きに通った「自然探求路」を戻る。途中 Tさんが魚が泳いでいるの
を発見した。日向になっているところにいる魚が泳いでいる。外は結構
寒いのに魚は元気だね。それにしても、よく見つけたなあ。私は自分で
はいろいろ見ながら歩いているつもりなのだけれど、結構見逃している
ものって多いんだなと思った。
行きは苦労して登った釜トンネルも、帰りはテンポ良く下って行く。
頭上から降ってくる水も行きに比べると少なくなったような感じがする。
でも、相変わらず冷たい。もう、私たちの頭の中に残っているのは温泉
だけだ。自然とペースも上がる。トンネルを抜けると、霧雨が降ってい
た。山の方では晴れていたのに、なんか山と下界が逆転したみたいだ、
と思ったが、ここはまだ中の湯、山の中といえばそれまでだ。
坂巻温泉旅館に着いたら、玄関前でお菜洗いをしていた。お菜洗いは
初冬の風物詩なのだけれど、ここで見るとは思わなかった。ということ
は、もしかしたら、ここの食事には自家製の漬物が出るということかな。
宿の食事の「地のもの」というのは、豪華でなくても旅人の心を豊かに
するものじゃないかと思う。だから、それを見てちょっと嬉しくなった。
今は露天風呂が掃除中?か工事中?でぬるいからということで入れな
かった。初めてここの内風呂に入った。こじんまりとした風呂だった。
それにしても、お湯が熱い。源泉は70℃以上あるらしいから、それなり
に冷ましてはいるんだろうけれど、熱くて長くは入っていられない。何
回も入ったり出たりを繰り返して、十分暖まった。
"上高地歴" 数回の Tさんと、「"初上高地" の Iさんにこんな上高地
を見せたら、誤った認識を持つよ」と話していたのだが、確かにシーズ
ン中の喧燥とは全く別物のようなところだからねえ。でも、この人がい
なくなった後が、上高地本来の姿ではないかと私は思います。私も一番
最初に上高地に行ったのは冬季閉鎖になってからで、その後夏冬合わせ
て何回か行きましたが、徳本峠を越えて行った時に、「この人で埋め尽
くされた、俗化した世界は仮の姿なのではないか」と感じました。だか
ら、こんな静かな時期は必要なんだと思っています。
今回は山が見えなくて残念でした。次に冬季に行く機会があったら、
雪化粧した穂高連峰を見たいものです。