黒部五郎岳
3. 一日目(8月14日)
新穂高温泉→ワサビ平小屋→鏡平小屋→双六小屋→双六岳→三俣蓮華岳→黒部五郎小舎
腕時計のアラームで目が覚めた。 03:30、空は見える限りではほぼ快
晴、一面の星空だ。見上げるとやたらと流れ星が多い。そういえば、ち
ょうどペルセウス座流星群の極大の時期に近い。かつて何回か見ようと
TRYしたのだがほとんど見たことが無いペルセ座流星群なのだが、今日
は凄い見え方だ。数えていたらあっという間に10個になった。
持ってきた握り飯を食べて、無線機など普段車に積んである装備を持
ち、04:15 星空の下を出発。Tシャツ一枚ではちょっと寒さを感じるが、
歩いているうちに暑くなってくるだろう。まだ暗いうちだから消耗する
こともないだろうと思い、水は1l位にした。バスターミナル横の山岳救
助隊の事務所に登山計画書(入山届)を出す。この入山届の用紙に、無
線機有無のチェック欄と並んで携帯電話有無のチェック欄もあったのに
はびっくり。これも時代の流れか。
新穂高温泉からしばらくは、蒲田川左俣林道を行く。上宝村役場に聞
いたら、「一般車は入れないです」と言われたが、その通りで舗装道路
を五分程登ると鎖のゲートがあった。ほんの数分歩いただけなのだが、
もう既に暑い。寒さを感じたとき厚着しなくて良かった。ちょっと急な
つづら折れを登ると、道は程なくダートになった。林道を歩くというこ
と自体あまり面白いことではないが、舗装道路よりはマシだ。それに、
まだ真っ暗でヘッドランプの明かりが頼りだから、こういう時にはかえ
って都合がいい。
だんだん空が明るくなってきた。それに従って、空に雲が増えてきた。
まだ”所々に雲”のレベルだが、やっぱりすっきりとした天気ではない
のかもしれない。今日はとりあえずは黒部五郎小舎目指してただひたす
ら歩く一日になりそうだから、雨にならなければいいや。あまり日差し
が強くない方が歩くのは楽だし。といっても、空の大部分はまだ青空な
のだから、ここで案ずることも無かろう。
しばらく歩くと、結構大規模な崩落の跡に出る。看板によると 7月10
日に発生したとのこと。林道は崩れてきた土石の上をならして応急処置
的に作ってある。山側を見ても川の方を見ても大きな石がごろごろだ。
自然の力は、凄い。
崩壊地を過ぎたところが笠新道分岐。そこから10分も歩けば林道脇に
ワサビ平小屋が見えた。林の中の小屋では、外で出発準備をしている人
が数人。朝食二回目の声がかかっている。とりあえず、荷物を置いて小
休止だ。林道の傾斜は緩やかなのだが、体力不足は隠し切れず、既に疲
れ気味である。情けないが、これが現実だ。もうすっかり明るくなって
いて、朝の雰囲気である。 05:30出発。
小屋を出て15分程歩くと、林道は河原に出て目の前が一気に開ける。
と同時に、道がかなり大き目の砕石がごろごろしたような感じになって
荒れてきた。蒲田川左俣に落ち込む沢を徒渉してまもなく、林道終点。
やれやれ、やっと登山道かと思ったのも束の間、いきなり急な上りにな
る。中低木の林に出たり入ったりしながら、所々急な石段のようになっ
ている道をただひたすら登り、高度を稼ぐ。
しばらく登ると、右手に西穂が見えてきた。「おおっ、西穂だ」その
山稜は去年奥穂から縦走していったルートなのだが、やっぱり険しく見
える。よく歩いたものだ。振り返ると向こうには焼岳だ。そしてその下
には蒲田川左俣の流れ、そしてさっきまで歩いてきた林道がかなり下の
方に見えている。よく登ったなあとこの時は思うのだが、また前を見れ
ば急な上り坂が続いていて、結構辛くなりかけている自分がここに居る。
所々、大きな石がごろごろしているところがある。甲斐駒ヶ岳に登る
途中の仙水峠の手前のところみたいだ。適当な石を見つけて休む。登る。
また休む。また登る。・・・の繰り返し。皆似たようなペースになるの
か、何回も同じ人に出会う。
橋の架かった大きな沢に出た。多分秩父沢だろう。何人か休んでいる。
さらに少し登ったら秩父沢の支沢と思われる小さな沢があった。そこで
休憩にしよう。沢を渡ってくる風が冷たくて気持ちが良い。水の様子を
見ると、思ったよりもかなり消費している。これでは双六小屋に着くま
でに何リットル消費するかわからない。持参のペットボトルにフルに補
給した。これで水3.5l。水が、冷たい。
涸れた沢のような感じの急な上りが続く。大小の石がごろごろしてい
て、私の場合は登りよりも下りの方が難航しそうだ。休み休み登る。し
ばらく登ると目の前が草地になって開けた。大きな石に、「鏡平→」と
ペンキで大書してある。地図によれば、シシウドガ原だ。その名の通り、
シシウドも見えてはいるが、でもここで目立っているのはミソガワソウ
とオニシモツケ、それにイタドリだ。
かなり腹が減ってきていたので、ここで本日二度目の朝食にする。時
間を追う毎に雲は多くなってきてはいるが、日差しもあり、まずまずの
天気だ。大休止の後、出発。
鏡平は、ここから尾根を回り込んでいったところになるようだ。しば
らく林の中の緩い登りにかかった後、また沢の跡のような石ごろごろの
急な上りになる。ただひたすら登り詰めていくと、道が平らになり池が
見えた。鏡平だ。長い登りだった。池には、稜線部分を雲で隠した槍ヶ
岳が映っている。雲が無く、光線の加減がちょうど良ければ、池の槍ヶ
岳もすばらしい景色になっていただろう。そこで写真を撮っていた人が、
「今朝はてっぺんが見えていたらしいよ」と言っている。ちょっと悔し
い。
鏡平の小屋には、「氷」の旗が揺れていた。こんな所でかき氷という
のも妙なもんなんだが、暑いし、涼を得るのにもいいのかもしれない。
とりあえず荷物を降ろして、かき氷を求める。「ミルクはどうする?」
と聞いてきたので、かけてもらう。ミルクの有無に関わらず、 500円也。
何の変哲もない、ミルクとシロップがかかっただけのかき氷なのだが、
疲れた体にどんどん入っていき、妙に爽やかだ。これはなかなか良いぞ。
帰りにもここで食べよう。
食べ終わった後も、しばしの休息。
というのは、まだ登りが待っているからだ。ここから稜線まで、下か
ら見ると壁のような急な登りが控えている。鏡平小屋発 09:45。小屋脇
の池にかかる丸木橋を渡って、平坦な道で小屋の裏側に回り込むと、そ
こから一気の登りだ。稜線近くにいる人達が小さく、小さく見え、あん
な所まで登らなければならないのかと思うと気が重い。
前後して歩いている高校生+父親と見える親子連れは、鏡平小屋まで
の行程でもほぼ同じくらいのペースで歩いていた。聞けば、今日は三俣
山荘までのつもりのようだ。私も力尽きたら三俣山荘だが、できれば黒
部五郎小舎まで行っておきたいところだ。そうすると後の日程が楽にな
る。問題は天気と体力なのだ。
一気の登りが落ち着くと、視界が若干開け、目の前の西鎌尾根がダイ
ナミックだ。登山道脇の草地の花やお花畑も、「亜高山帯の明るい草地
の花」になってきている。相変わらずゆっくりのペースなのだが、何と
か息も落ち着いて花を見る余裕も鏡平小屋までと比べるとはるかにある。
弓折岳の山頂下をトラバースするように巻いていくと、一息で笠ヶ岳へ
の分岐に出た。鏡平小屋から約一時間。分岐点だけあって、休んでいる
人も多い。
分岐点から短い急登をクリアすると、台地状の稜線に出た。起伏は少
なく、しかし、ハイマツの中の道やら、お花畑やら、良く分からない一
面山砂の平地やら道は変化に富んでいる。左手に黒部五郎岳が見えるの
だが、なんとなくガスっぽい。明日は晴れてほしいと思う。それにして
も、黒部五郎岳は結構遠くに見える。本当に今日中に黒部五郎小舎まで
着くのだろうか。
道が稜線を外れて下りにかかるあたりで、双六小屋が見えた。山を歩
いていて自分の進む先に小屋が見えると何故かほっとするものだ。しか
し、その小屋はなかなか近づいてこないのだ。急な下りを2、3回繰り返
し、その後ハイマツの中の道を歩いていくと、双六池が現れた。ふと見
上げると双六岳がとても大きく見える。これから登って行けるのだろう
か、ちょっと不安なものがある。テン場を過ぎて、左に回り込むと双六
小屋だ。やっと着いたよ。稜線上の分岐点だけあって、さすがに人が多
い。小屋前のテーブルに空きを見つけて座り込む。
また腹が減っているので今日三回目の食事だ。これで持参の握り飯が
なくなった。まあ、このあとハンガーノックを食らうほど腹が減ってく
ることはないだろう。持ってきたきゅうりも食べる。これが大変うまい。
きゅうりってこんなにうまいもんなんだと思う。
ここから黒部五郎小舎まではコースタイムで約 4時間の行程なので、
あまり大休止もしておれない。登る途中でフル給水した水も、残りが
1.5lを切っているので、1.5lまで給水する。この小屋は水がふんだんに
使えてありがたい。それにしても、私は水の消費量が多すぎるというこ
とを改めて実感した。山登り向きではないのかもしれない。
双六小屋発 12:25。小屋を出てすぐに急登だ。またか、という感じで
あり、ちょっとうんざり。台地上になっているところまで登ると、しば
らく平らな道だ。ここから三俣蓮華岳方面には道が三つある。一つは双
六岳に登り、稜線伝いに三俣蓮華岳に行く道、一つは双六岳の頂上だけ
巻き道で迂回して、途中で稜線コースに合流する中間道、もう一つは稜
線には登らずにひたすら三俣山荘を目指す巻き道である。今日は、「あ
わよくば黒部五郎小舎」を狙っているので、三俣山荘泊りは次善の策だ。
ということで、まず巻き道は除外。双六小屋を出たときには雲は多くな
っていたがまだ青空が見えていたので、「どうせならピークまで行って
みよう」という軽い気持ちで稜線コースに決める。
しかし、登り始めてみるとこれがまたきつい。中間道を分けたところ
からまた急登だ。今日は尾根へ登る急登ばかりあったような感じがする。
それにやっぱり体力不足もあって疲労が結構きている。でもガレ場の急
登で気が抜けない。途中下ってくる人に出会うと自分から止まってよけ
て休憩にする。下の方に見える巻き道や中間道が、やけに平坦で楽そう
に見える。途中ですれ違った人の、「あと一登りで平らな道に出るよ」
の声に後押しされて何とか登り切った。道は平らになった。でもまだ頂
上ではないみたいだ。
台地上の尾根に着いたとき初めて気がついたのだが、どうもガスが濃
くなっているようだ。白っぽい石がカルスト地形のように並ぶ尾根を歩
いていく。山でこんな感じのところを歩くのは初めてだ。面白い地形だ
なあと思いながら歩いていくうちに、周りはすっかりガスになってしま
った。なんとなく道が急になって、頂上へ。周りはほとんど真っ白だ。
うーん。せっかく稜線コースをとってきたのに残念至極。
雨が降りそうな気配はないが、これはきっと先を急げということだろ
う、と勝手に解釈して、小休止程度で 13:45出発。ところが、三俣蓮華
岳方面への道を失ってしまった。頂上にいた2,3人に聞いてみるが、皆
双六小屋からのピストンのようで、どうも的を得ない。それらしい方向
に行ってみるが道なんか無い。「やばい、迷った」しばらく迷っている
と自分が行こうとしている方向とは 150°位違う方向から人が登ってき
た。聞いてみると三俣方面から来たということ。どうも双六岳頂上付近
で道が”く”の字になっているようだ。進んできた方向に道があると思
い込んでいたのが最大の間違いであった。以後、気をつけよう。
頂上から急なガレ場を下ると、しばらくはアップダウンもそれほどき
つくない尾根道だ。相変わらず三俣山荘への巻き道は平坦で、歩いてい
る人も楽そうに見える。ここを戻るときは *絶対に* 巻き道の方にしよ
うと思う。ちょっとした鞍部のようなところまで下り、中間道と合流す
ると登りがだんだん急になって、ピークっぽい所に向かっていく。「こ
れは三俣蓮華か、そうだとすると思ったよりもいいペースだなあ」と一
人で喜んで、向こうから下ってきた人に聞いてみると、「三俣蓮華はこ
のピークを越えて、その向こう。もう一回登らなければならない」と言
う。ひえぇ、思いっきり気が抜ける。その人も、「巻き道にすればよか
ったかなあ」なんて言っている。ガスはひどくはないけれど、近くの山
しか見えないし、稜線コースにしたメリットは全く無し。何か損した気
分だ。
と言っても前進しなければ小屋へも着かない。”偽ピーク”を越えて、
また登って行くと向こうの方に人が数人立っているのが見えた。多分そ
こが三俣蓮華の頂上だろう。まだ結構あるなあ。でも、登るしかない。
ゆっくり登って行くと、まだピークまで結構ありそうな所に、黒部五郎
小舎を示す案内板が立っていた。 15:00ちょうど、これなら、コースタ
イムに若干+αしても 17:00には小屋に着けるだろう。若干ガスっぽい
し、雲も多いけど、暗くなる前には何とか着けそうだ。それなら、黒部
五郎小舎まで行ってしまおう。
三俣蓮華岳から黒部五郎岳に続く尾根を下っていくのだが、さっき双
六岳からの稜線から見ていた様子よりもはるかに下りが急だ。もう今日
は結構足を使っているから、下りが本当にしんどい。心配していた膝の
うち、右膝の裏が結構痛くなってきた。何とか小屋までは行かなければ
ならないから、だましだましガレ場を下る。途中、雲ノ平側にちょっと
大き目の雪渓が残っている所があった。雪渓からの風が冷たくて気持ち
がよい。そこで前方に人影を二人発見。良かった。私一人ではないぞ。
この尾根道は、時々ちょっとしたピークを越すのだが、基本的には結
構な傾斜の下りだ。朝見て予想していたよりも距離がある。歩けど歩け
ど小屋が見えてこないのだ。ハイマツ帯を過ぎてくる頃出会った人に聞
くと、「もう一つ向こうに見える尾根を乗越した所から急下降した所が
小屋だよ」やっと近くまでやってきたか。でも、まだ道は続く。所々現
れてきたハイマツの間を抜ける道が、低木の樹林の中の道になったあた
りから本当に急下降になった。垂直とは言わないけれどもかなりの急下
降だ。石や木などで自然にできた石段のような所を下るのだが、結構苦
手な下りだ。はるか下の方に小屋が見えたのだが、なかなか近づいてこ
ない。結構焦る。前の日雨でも降ったのか石が湿っていて滑りやすいか
ら、さらにペースが鈍る。でも、前進していけばいずれは着くものだ。
小屋がだんだん大きさを増してきて、潅木の間を抜けたら、小屋の裏手
に出た。小屋の周りを半周して正面へ。外のテーブルで夕食準備中の人
も多い。 16:40着。今日一日の歩行もこれでおしまいだ。早く荷物を降
ろして、休みたい。
- 本日の所要時間
- 12時間25分
- 本日の教訓
- 「一日12時間も歩くもんじゃない」