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◆連載◆ 母系社会を営むモソ人の村へ(遠藤耕太郎の報告)
その6:
ワラビ村の住居(炉と柱) (2003.4.15更新)
ワラビ村の住居は、ほぼ次のようになっている。門、門から見て左右に対照する建物は、二階建で、一階が家畜小屋、飼料置き場、薪置き場などになっており、二階にはチベット仏教の仏間(経堂)、成人女性の部屋、老年男性の部屋などに当てられている。
門の正面に母屋があるが、これは一階建である。その内面の配置は家によって異なる。ワラビ村やリジャズ村では入り口の正面に上間と上炉(gua-u、炉-上)、右手に下間と下炉(gua、炉)があるのに対して、バチ村やりジャズ村では同じく入り口正面に上間と上炉はあるものの、その左側に下間と下炉がある。上炉と下炉の使い方は地方によって異なっており、ワラビ村
やバチ村など永寧郷では、上炉のある上間は日常的には使われず、葬式や正月などの
祖先祭祀の際にダパが座ったり、また葬式の際には死体をいれるための棺が置かれる場所となっている。食事どき、下炉がふさがっているときなどに上炉を使うくらいである。家族は常に下間に集い、客がきても下間に通し、下炉の火を使う。その際、下間の入り口側の上座に家の中心とされる女性が座ることになっている。
一方、リジャズ村では、客は基本的に上間の上炉わきに通される。家族を代表して客をもてなすものは男である場合も女である場合もあったが、男は上炉わきに座るのに対して女は基本的には座らない。女たちは下の間にて食事をしている。葬式や新築儀礼でダパはやはり上間に座ることになっている。リジャズ村にダパは15人以上いるが、すべてが男であるから、結局上炉に座るのは男たちということになる。
永寧郷でも葬式などの儀礼の際には、リジャズ村と同じく上炉にダパや客が座るから、上炉、下炉の使い分けは、おそらくリジャズ村のあり方が本来的なものだろう。永寧郷でもリジャズ村でも、上の間にはダパ(全て男)が中心となって祖先を祭るための箱があり、下の間にはチベット仏教関係絵柄を描いたザバラと呼ばれる祭壇(竈神とも言われる)があり、ここにも民間宗教とチベット仏教の絡み合いと住みわけが見られる。葬式を中心的に行うのがダパと、同氏族の家庭から一人ずつ選ばれた男たちであることからみて、祖先祭祀に関わるのは男である。つまり上間と上炉はダパを中心として祖先祭祀を担当する男の空間、下間と下炉は、その入り口側に家の中心となる女の席があり、日常的な女の空間ということになる。
上炉を中心とする祖先祭祀に関わる男の空間、下炉を中心とする日常の女の空間という区別は、柱の呼称にも見られる。1999年2月の春節、ワラビ村アニ家で成女式が行われた。これはその年、数えの13歳になる男女が成年になるという儀式で、我が国の裳着、袴着と同様に、はじめて女子の場合はスカートを、男子の場合はチベット系のズボン、上着(伝統的には麻で作った丈の長い上着)を着るというものである。アニ家では13歳になる女子が、女の柱(muzo-dumi、女-柱)のもとに立ち、母や祖母によってスカートをはかされた。女の柱は入り口側の柱で、下炉を中心とした女の空間、女主人の側にある柱を指す。一方、2000年2月の春節に、ワラビ村アウォ新家の末っ子アジドゥジが成年式を行った。彼は上間に接する男の柱(zo-dumi男-柱)の脇で豚の干物に乗り(将来食料に困らないようにとの意味がある)、アウォ家のトディダパが彼に服を着せた。
さてモソ人の居住空間のシンボリック的なあり方を図示すると以下のようになる。
祖先祭祀(ダパ=男)―上の炉―客人(男)―男の柱 男―公―祖先祭祀
ザバラ(竈神) ―下の炉―寝台(女)―女の柱 女―私―ザバラ(竈神)
ところで「雲南省ナシ族母系社会の居住様式と建築技術に関する調査と研究(1)
(2)」(1996、住宅総合研究財団)において浅川滋男氏は、母系社会と居住空間の相関性として、以下のような構成を見出している。
男の柱―客人(とくに男)―梯子・・・上の炉・竈
火神ザバラ―竈(御神体)―下の炉
女の柱―家人(とくに女)―寝台
これはザバラを家の中心として、男の柱側と女の柱側を対比的に捉えたものである。その上で浅川は、『永寧納西族的母系制』(1983、厳汝嫻・宋兆麟)に、モソ社会で
は右が左に優越するという説を受け入れ、ザバラを背に前方の土間領域を見た時の
「右」が女で、「左」は男となるから、
(+)女 右 私
(−)男 左 公
という価値基準を伴った空間のあり方を導いている。
既に触れたように、モソ人の居住空間は左右反対のものがあるわけで、この左右による男女どちらかの性の優位性は成り立たない。また『永寧納西族的母系制』には右の優位性の根拠などは述べられていない。しかも『永寧納西族的母系制』の例は永寧郷
開基村のソナミ家であるが、その図から見る限り、浅川の調べた瀘沽(ルグ)湖洛水下
村のソナミ・アナ家とは左右反対である。『永寧納西族的母系制』では、だからザバラに向かって右の女の領域を優位であると説明しているのだと思われる。
また、浅川の説も『永寧納西族的母系制』の説も、ザバラを中心とした観察を行っており、祖先祭祀棚が全く考慮に入れられていないのは不思議である。私の参加した葬式、新築儀礼において、また毎年のツロロ儀式(祖先祭祀儀礼)で中心となるのは、明らかにダパの座る側にある祖先祭祀棚であり、この棚をモソ人は「家の心臓」といっているからである。ザバラはそういう儀礼においてほとんど無視されているのが実情である。
おそらく、母系社会においては、女が優位だという先入観があるのではないか。確かに私の領域において家の中心となるのは女性である。しかし、葬式や祖先祭祀の儀礼において、また子を養育する際のオジとしての権限において、男は女性より劣位にあることは決してなく、むしろその中心となっている。この点について、同じく浅川が同書において以下のような感想を述べている。「(ラマ以外の)成人男性のあつかいは、なかなか悲惨なものである。アチュがいて、彼女の部屋で寝泊りできるうちは、まだいい。アチュがいなくなると、男たちは主屋の脇部屋でひっそりと寝起きすることになる。版築壁にかこまれた暗い粗末な部屋で、年寄りの男たちは余生をおくるのである。このように、寝室ひとつをとっても、母系社会における男のひもじさがありありとあらわれている。」しかし、これは経済的に豊かな日本人の目から見た感想、また母系社会だから男はあわれなのだという先入観による感想でしかないように思われる。その脇部屋には炉がついており、充分暖かい。女たちが主室で数人が雑魚寝するのに比べて、はたしてその脇室を粗末な部屋と言いきれるだろうか。また、そのひもじさの注として、浅川はインドネシア、ミナンカバウ(やはり母系社会を営むが、妻方居住が中心)の「水牛の尻にいるハエ」「風が吹けば飛んでしまう存在」という男のあり方を表す諺をあげているのだが、ミナンカバウにおいて、男がそう呼ばれるのは妻方にいるときなのであって、その男がひとたび実家に戻れば、そこには絶大なオジ権があるのである。それぞれの母系社会において、すでに男女のあり方が丁寧に調べられているのであり、こうした先入観による居住空間論は危うい側面を持っているだろう。
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