せっかくの休日だというのに、今日も悪夢を見て目が覚めた。だいたい夢というものは、自分の深層意識から勝手に形作られるらしく、前後の脈絡のない馬鹿馬鹿しいストーリーが展開されることが多い。現実の世界とはまったく関係のないストーリーが展開されたり、身分の上下関係が真逆になっていたり、見たこともないような登場人物が出てきたりもする。自分の機嫌が良かったから、寝心地が良かったからといって、必ずしも良い夢を見られるとは限らないのだが、こんなことは誰しも理解できていることなので、長々と話すつもりはない。
 ただ、今日見た夢はずいぶんおかしなもので、高校生時代に一度か二度会ったような不良連中に、理由もなく追い回される羽目になり、私は仕方なく公園に無造作に置いてあった大きな木製の樽に逃げ込んだのだが、その樽の外側にはなぜかレバーが付いていて、それを不良に見つけられてしまい、彼らはそのレバーを勢いよくグルグルと回したものだ。すると、どうしたことか、樽の内部もその勢いで水平方向に回りだし、私はすっかり目を回してしまったと、そういう夢だった。ずいぶん、奇妙な夢だ。昨晩の酒が残っていたのかもしれない。
 年末ということもあって仕事量も増えていて、毎晩の帰宅も遅くなっている。翌日のことを考えれば、帰っても酒を飲むくらいしかすることはないので、毎朝の目覚めは悪い。いつも私をむかつかせる上司や同僚が夢に出てくるのならばまだ話はわかるのだが、日常ではすっかり忘れているような連中が突然出てくるのだから夢というものは困ったものである。嫌な思い出だけをバッサリ消し去ってくれる機械があったら、私は何十万円出してもそれを購入するだろう。しかし、嫌な記憶というのも人それぞれで、同じような思い出でも、自分には大事だと言う人もいるだろうし、そんな都合のよい機械は今後も発明される見込みはないだろう。つまり、我々は嫌な思い出をなるべく脳の一番深くにしまい込んで生活するほかないのである。
 冷蔵庫の中にもいくらか食料はあったが、休日だからといって部屋に篭っていては何もいいことは起きない。外に出れば万分の一の出会いが待っているかもしれない。運命の女性が私を待っているかもしれない。そう淡い期待を抱いてドアを開けた。自分の住む団地の敷地を出ると、すぐにけやき通りになっている。真冬なので新緑の美しい景色は見れないが、駅まで一直線に続く商店街があるため、行き過ぎる人は多い。ふと気づくと、通りの手前側にあるホルンというパン屋の前に、いつもは見られないような行列が出来ていた。何があったのかと近づいて窓越しに覗いてみると、いつもは一つ100円のパンが今日は85円で買えるらしい。やれやれ、たったそれだけのことで長い時間を無駄にして並ぶのか。市民は何と貧しいことか。『小さなパン屋さんだから、セールのときにきちんと買ってあげないと、いずれ潰れてしまうかもしれない』と店主の心情まで量って並んでいる客はまずいないだろう。ほとんどの客はたった差額15円のために並んでいるのだ。そのお金を節約したところで、いったいどうなるというのか。暮らしは豊かになるのか? 家族の笑顔は増えるのか? 幸運の女神が降りてくるのか? いや、何も起きはしない。差額として余った僅かの金は、次に一つ88円のキャベツや一缶200円のビールの購入に使われるだけだ。明日も次のセールを探す同じ日常が続くだけ。時は金なりというが、あれはどうやら金持ちのための言葉らしい。市民は自分の休日の貴重な時間を削ってまで、微々たる金額の節約に努めている。こんな光景を晒しているうちは口が裂けても先進国などと威張れない。私は自分のポケットをまさぐってみた。チャリチャリと小さな音がした。ここにも小銭しか入っていない。遠くまで弁当を買いに行かず、私も85円のパンで我慢した方がいいのかもしれない。世の中には、自分で金の心配をしなくても、他人をうまくこき使って金を集めさせ楽に生活をしている人間もいるのだろうが、貧乏人がどんなに頭を使ってやりくりしても一本の大根が二本に増えるくらいで、社会的な地位は一向に変わらないのである。
 そんなことを思いながらパン屋の前を通り過ぎた。次に目に入ってきたのはスポーツ用品店と蕎麦屋で、この二つの店舗もここに店を開いてからすでに20年にもなる。土日になればそこそこの客は入っているようだが、バーゲンや模様替えがあるわけでもなく、ずっと同じ佇まいなのでそれほど儲かっているようには見えない。だいたい、週にどのくらいサッカーボールやグローブが売れれば儲けになるのかが私にはわからない。マンモス団地がすぐ側にあるので、それなりの需要はあるのだろうか。蕎麦屋は小さくて古めかしい造りだが、子供の頃からずっとここにあって、両親に手を引かれて、ここへざるそばを食べに来るのが楽しみだった。私はここを通るたびに両親が元気でいた頃を懐かしく思い出す。確か、この先はアーケードになっていて、眼鏡屋とコーヒー喫茶が並んでいるはずだ。そう思いながら歩みを進めていくと、コーヒー店の手前に赤いカーテンで彩られた小さな店が挟み込まれるように出来ていた。長年この町に住んでいるがこんな店を私は知らない。最近になって出来たのだろうか。

 入口の自動ドアの横に派手な色彩の看板も出ていて、『あなたも幸運シャッフルしませんか?』と書かれていた。占い系の店だろうか? それとも霊能力関係の怪しい団体の店だろうか? 疑おうと思えばいくらでも悪いほうに疑えるが、大都会の裏通りならともかく、こんな田舎町に店を出すくらいだから、そこまで悪気のある店ではあるまい。きっと、商店街の組合にも加入している真っ当な店なのだ。ここで新しい経験が出来れば、後で話の種になるかもしれない。私は思いきって中に入ってみることにした。
 「こんにちはー」
私はなるべく大声を出してそう言いつつ、カーテンをくぐって店内に入ったが、四畳ほどしかない小さな店で中には誰もいなかった。店内の壁にはびっしりとポスターが張ってあって、それはほとんどがテレビでよく見かける有名人の宣伝用のものであり、皆、笑顔でピースサインをしていて、どれも、『幸運ミキサーのおかげでテレビに出られました』というフレーズが付いていた。壁際には棚が設けられていて、運気アップの宝石ネックレスだの、霊感が助けてくれる蛇皮の財布などが並べられていた。やはり、そういう類いの店だったのかもしれない。私は後戻りも考えていた。
 店の奥にはカウンターがあって、『ご用の方は押して下さい』と立て札に書いてあり、その横に子供の手の平ほどの金色のベルが備え付けてあった。店主が出て来たら、何を言われるかわかったものではないが、嫌なことを要求されたら、はっきりと否定する自信もあったし、取り合えず話を聞いてみようと、私はそのベルを押してみた。すると、十秒もせずに、奥の部屋からどこにでもいそうな、50代のおばさんがドタドタと走って出て来た。頭にはパーマをかけていて、小太りで赤いセーターにピンクのスカートを履いていた。外見は悪そうな人には見えなかった。
「こんにちは、どうなされました?」
笑顔たっぷりにそう話し掛けられたが、興味があって入って来たわけではないので、どう返事したらよいかわからず、私が口ごもっていると、「人生に迷われましたかね」とすかさず二の矢を放ってきた。
「いえ、そんなことはありませんが、外の看板に出ていた、幸運シャッフルという文句が気になったもので…」
「まあ、そうでしょう。ここへ来られる方は、口ではみんなそう言いますのでね。ただ、見えない何かに引き寄せられて来ているんですよ。実際は人生が行き詰まって、路頭に迷われている方が多いんですよ」
女性はそう言ってから椅子をすすめてくれたので、私は長居するつもりはなかったが取り合えず腰をかけた。
「幸運というものを説明する前に、あなたは運の良い方ですかね?」
女性はまずそう尋ねてきた。
「さあ、どうでしょう…。普段はあまり自分の運勢について考えることはないですね。まあ、困難も色々とありましたが生きていられますので、良くも悪くもないのではないですかね」
私は無難にそう答えた。
「しかし…、こう申し上げるのも失礼ですが、私からあなたのお顔を見て、あまり幸せそうに見えませんね。女優のような顔立ちの彼女はおられます? おられませんよね。宝くじで大当りしたことは? 競馬の万馬券ってご存知です? 100万円入りの財布を拾われたことはありますか? 親戚の遺産が転がり込んできたことはありますか?」
私がどれも否定すると女性は大きく頷いた。
「やはり、あなたもかなりひどい人生を歩まれていますね。こう言ってはなんですが、運というものは常に一定ですから、このまま漫然と生きていかれても、決していいことは起きませんのでね。今、すでに癌などの病にかかられていて先が長くないのでしたらそれでもいいんですが、あなたはまだお若いですし、今後も数十年と生きていかれるのでしょうから、この辺りで徹底的な運の改革を行われた方が良いかと思います」
「待ってください。確かに私の人生は恵まれてはいないかもしれません。家柄も普通ですし、才能にも恵まれなかった。人生を変えるような恩師もいませんでしたし、好きになった女性にもすぐフラれるし、財布に金が貯まったこともない。普段は意識しませんが、幸か不幸かでいえばついていない人生かもしれません。でも、一歩この店の外へ出て辺りを見回してくださいよ。この付近には私と同じような境遇の人が何千何万と住んでいます。85円のパンを買うために長蛇の列が出来ていたんですよ。その人達をみんな不幸と断定してしまうんですか? そうではなくて、今の私の状態は、世間一般から見れば、普通と言えるのではないですかね。現在の社会では当たり前の姿です。私のような人間が何百万何千万と集まってこの国が出来ているのです」
女性は私の言葉を聞くと目を見開いて驚きを示した。
「まあまあ、なんという開き直り方でしょう! 私もこの商売をしておりますと、不運の固まりのような方によく出会うのですが、あなたのように我が国の国民は、皆不幸だと居直ってしまわれる方は珍しいですね。それでは絶対に駄目です。その生き方では不幸がさらに大きな不幸を釣って来ますのでね。運不運というのは魚釣りと一緒です。ついている方は何の意識もなく大きな魚を次々と釣られますが、ついておられない方は小さな魚も何も釣れずに、バケツや靴下ばかり湖から拾い上げられて、川や湖の洗浄で来られたのでしたらそれでもいいのですが、やはり目的あっての人生ですから、あなたもすでに中年の域ですし、そろそろ大物を狙わないと、ついには我が身まで波にさらわれてしまいますのでね」
「しかし、今さら何かやったところで運勢がそれほど劇的に変わりますかね? 『あなたもきっと生まれ変われる』なんていうフレーズを、雑誌やテレビの広告でもよく見ますが、運回りが良くなるなんていう文句は、大抵は何の根拠もなく一般常識さえ知らないような霊能者が声高に叫んでいて、うっかりと乗せられてしまう人も多いようですが、結局は参加者が被害者になるようですけどね。本当に運を変えられたという話をまだ聞いたことがありませんよ」
女性は私の話を待ってましたとばかりに満面の笑みになって大きく頷いた。まあ、おそらくは私のような懐疑的な客をこれまでも迎えて来ただろうから、扱いには慣れているのかもしれない。まさに自信の笑みだった。
「それはそうでしょうよ。本当に幸運を手に入れた人は、その方法を他人には絶対に教えませんからね。一般に知られていないだけで、特殊な方法で運を手に入れた人は、世の中にいっぱいいるのです。あなたが今否定されたような幸運の呼び方というのは、霊能力にしても占い師にしても非科学的ですよね。はっきりとした根拠のないものです。我々が行っている幸運の招き方というのは、非常に画期的でして、科学の力を使ってですね、会員全員に余すことなく幸せをお届けしていますのでね」
「科学の力と言われましたが、具体的にはどんな方法を使われるんですか?」
私は半信半疑でそう尋ねた。学生時代に友人が霊能者の商法に引っ掛かって何十万も無駄に支払う羽目になった一件を知っているので、この女性との話もあまり深入りせずに要点だけ聞いておこうと思った。
「先ほども少し申し上げましたが、運というものは、運動や勉強の才能と同じで、生まれ持ったものですのでね、自分の運勢が気に入らなくても、人生の途中まで来てしまってから突然変えることは出来ません。不幸な方は生涯不幸のままです。ですから、先ほど、あなたがおっしゃられていたことも間違いではないんですよ。周りには自分より不幸な人間がたくさんいるとおっしゃられましたよね。そうなんです。一般人のほとんどは不幸のどん底のまま生きるのです。幸運の手に入れ方を何も知らされないまま生涯を終えるのです。なぜなら、本物の幸運を生まれ持った方は、あなたのようなお歳になられる頃には、すでに有名人か資産家になっておられますのでね。大金や地位をさっと掴んでしまい、あなたの目に触れないところへ飛び去ってしまいます。それもごく自然にです。ある日、突然急死した叔父の膨大な資産が転がり込んできたとか、外国の石油王の隠し子であることが判明したとかですが、本人の幸せを求める欲望とは無関係に、映画よりも滑らかなストーリーを経て幸せになられますのでね。決して欲深さが幸せを呼んでいるわけではありません。ただ、あなたのように、そのお歳まで平凡に生きてきてしまったら、そろそろ自覚しなければいけません。しまった、自分はついていないぞってことをですよね。残念ながら凡人俗物として生れついてしまったぞ、ということをですね。しかし、あなたも察しておられる通り、人口に占める割合は、不幸な人間の方が圧倒的に多いのが実情です。映画館、競馬場、スーパーマーケット、居酒屋、市民プール、そこに通うほとんどの人の口からは、自身の不幸を呪う言葉が溢れ出してきます。ただ、あなたのような哀れな方が巷にあふれる中で、我々も何も手を打たないではありません。長年の研究を経て、ついに幸運ミキサーというものを発明しましたのでね」
私は女性の淡々とした語り口を聞いているうちに、少しずつ話に引き込まれているのがわかった。最初は疑ってかかっていたのだが、いつの間にか、もっと先を聞いてみたいという気にさえなっていた。ここまで来たらどうにでもなれという気持ちにもなっていた。
「そこまでは理解出来ました。確かに、私の人生にもそろそろ手を入れないといけない時期なのかもしれません。それで、店内のポスターでも見かけて、ずっと気になっていたんですが、その幸運ミキサーというのは、いったいどういうものなんです? どうやって人間の運勢を変えるというのです?」
小太りの女性はニッコリと微笑んだ。私の反応がお気に召したようだ。
「我々の組織は会員制になっていまして、実名は幸運ミキサー協会と申します。全国津々浦々の会員から月々一口五千円を集めまして、その代わりに少しずつですが、毎月幸運をお分けするというシステムになっています。お金を運に変えるとなると不純なようにも聞こえるでしょうが、我々は霊能者ではありません。科学の力を使って確実な幸運を授けていますのでね」
「元々は誰が考案したシステムなんです?」
私は少し気になったのでそこで口を挟んだ。
「はいはい、我々の会長の一族は、江戸時代から続く由緒ある家柄でして、実は江戸一の幸運研究者でもあり、霊能力者としても知られている、戸田越後之介の血を引いているのです。そこから脈々と研究を受け継いでいきまして、幸運研究としては今の会長で十三代目ということになります」
「江戸時代からそんなことを続けているんですか?」
私は驚いてそう尋ねた。
「はい、大変由緒正しい学問ですのでね。言うまでもなく、江戸の昔といいますと、身分は士農工商にきっちりと分けられていまして、幕府からの厳しい統制がありましたから、ちょっとの才能だけで庶民からお大尽まで上り詰めるのは難しいどころか、絵空事ですのでね。幸運研究などしておりますと、お上に逆らう思想と疑われまして、事実、初代越後之介も幕府の方から散々な迫害を受けまして、それに逆らって研究を続けているうちに、役所の代官から何度も自宅への立ち入りを受けるようになってしまいました。西洋でも魔女狩りなどありましたが、あれに似たような思想弾圧なんですね。元々が短気な人でしたので、自宅に立ち入られるたびに、少しずつ感情を高ぶらせるようになり、最後には代官が家を訪れた途端に発狂してしまい、自宅に火を放ちまして、その火が燃え広がって付近の家々をすべて焼き、さらには野原の草木を伝って、丘の上にあった高名な神社まで焼いてしまいまして、幕府側も自分たちにも非はあるとは言え、これは到底容認出来ないぞということで、越後之介は放火の容疑で逮捕されまして、残念ながら火あぶりの刑になったということです。ただ、彼の研究資料などをですね、越後之介の乱心の直前に弟子や家族が家の外に運び出していまして、その研究は後世に伝えられることになりました」
「話に聞くところでは大変な危険人物だったようですね」
まったく聞いたことのない話だったが、私は話を合わせるためにそう呟いた。
「いつの世も、革新的な思想には厳しい弾圧が加えられるものでして、後の世になってみれば、どちらが正しかったかは誰の目にも一目瞭然なんですが、何しろ、純粋に幸福を追求するのは人類共通の目標ですのでね。ただ、厳しい規則に縛られっぱなしだった当時の庶民に、善悪をきちんと判断しろという方が無理だったのかもしれませんね。当主も普段は温厚な方でしたが、あの放火も、幕府の心ない仕打ちに対抗するために行ったことですのでね。ロシアでも19世紀の半ばには似たようなことがありまして、これまで人を殴ったこともないような偉いお坊さんが街に突然建てられた新宗教の教会に放火するなんてことをしでかして、当局から死刑判決を受けたりということもあったようですが、これは少し蛇足でしたね、話を続けましょう」
女性はそこで少し息継ぎをした。そして、机の引き出しを開けて、一冊のパンフレットを取り出した。表面には大きな明朝体で『幸運ミキサー協会入会手続き書』と書かれていた。裏表紙には親子連れの家族が肩を組んで幸せそうに笑っている写真があった。女性はパンフレットの1ページ目をめくって、私の目の前に置いた。
そこには『世の中の理不尽を暴く画期的な組織』と大きな見出しで書かれていて、運を引き上げるシステムの概要が図に示されていた。
「ここに書いてありますように、うちの会では目に見えない力というものはまるで信じておりませんで、個人の運を引き上げることを全て科学の力で行います。幸運ミキサーといいますのは、そこに入った全員の運量を平均化する装置なんですね。例えば、女優のような妻を持ち、徒歩では内部を到底移動できないような大豪邸に住むお大尽と、街の裏通りで野垂れ死に寸前だった浮浪者を一緒にこの装置に入れまして、ミキサーを回しますと、ちょうど運が均等化されまして、二人とも平均的な運を持った人物に生まれ変わるというわけです。まあ、実際には少人数でこれを行うということはありませんで、燃料のことを考えますと、ミキサーを一度動かすのにも大金がかかっていますのでね。そこで、月に二回ほど大きな会を催しまして、そこで大勢で同時にミキサーの中に入りまして運を均等化するということをしております」
私はそこで一度彼女の話をせき止めた。
「少し待ってください。理屈はわかったのですが、それはおかしいですね。私も他人のことを言えませんが、この会に入るような人たちは、みんな運の値が平均を下回っているような方ばかりではないでしょうか? 運回りのいい人がここを頼ってくるとは思えませんからね。ですから、運の悪い人同士でミキサーを回しても、結果として、ダメな人間がぞろぞろと生まれるだけで、うまくいかないのではないですか?」
女性は私の話に大きく頷いて見せた。
「そこの辺りをこれから説明して差し上げようと思ったのですが、先にお気づきになられるとはさすがですね。あなたの言われる通り、社会の底辺で苦しんでいるような人ばかりを集めましてミキサーに入れましても、それは運の向上どころか、不運極まった人生たちの悪循環ですのでね、私どもとしましては参加者の運向上のために、ゲストとして運回りのいい方を数名お連れすることになっています」
「しかし、幸運な人が我々と一緒にミキサーに入ってしまうと、まず間違いなく自身の運量が低下してしまうわけですよ。それは資産家にとっても非常に危険なことですよね。不運をなすりつけられてしまえば、これまで貯めた財産を失うことに成り兼ねないわけです。そんな無情なことに同意して参加してくれるゲストなんて、本当にいるんですか?」
「まあまあ、そう結論を焦らないで下さい。一見難しく思えることを、すぐに無理だと片付けてしまっては、この世に奇跡など一切起きないことになりますのでね。偉大なる人物は、いつの世でも俗人を寄せつけぬ天才を発揮して人々の願望を叶えてきました。うちの会長もその一人です。うちの会長がこの国におられる限り、今の世の中もそう捨てたものではありません。あなたの言われる通り、通常の手段を用いては、幸運者を我々の会に招き入れることは難しいのですが、そこがこのシステムの肝でして、運量の平均値を上げるためには、少しでも多くの幸運者をミキサーに招き入れなければ意味を成しませんのでね。実はうちの会長は非常に口の上手い方でして、何でも、一度は詐欺師を目指したこともあるようでして、時折ニタニタと笑いながら、臆面もなくそういうことを申されるのですが、若い頃は結婚詐欺の手引き書などを書いて出版したこともあるようなんです。
 まず、頭の悪そうな資産家を見つけますと、言葉巧みにうちの会のゲスト参加を打診するそうです。もちろん、理屈で攻めてもダメです。濡れ手で粟の儲け話を装っても、ケチに育った金持ちはなかなかこの手の罠にはかかりませんのでね。つまり、この辺りは人間愛に訴えかけていきますのでね。例えば、金を多く余して死ぬと、あの世で悪霊に取り付かれて厳しく罰せられるぞなどと脅したり、あるいは宗教的な道徳心に訴えかけますね。資産家が貧乏人に施しをした方が、国家全体としてはいい世の中になるぞと教え込むわけです。それは貧乏人だけの利益だけでなく、社会全体が潤えば、次第に犯罪率も低下していき、巡り巡っては資産家の余生の保護のためにもなると。もちろん、これは詭弁でして、会長は無神論者であって宗教的な道徳なんざこれっぽっちも信じちゃいませんが、この辺りはテクニックですね。とにかく相手が善人であることを期待して、道徳心に訴えかけるわけです。自分たちの利益のことはこれっぽっちも話しません。運を引き上げて欲しいなどとおくびにも出してはいけません。これからやることは、あくまでも慈善事業だと」
「どうも話が見えませんね。そのミキサーの性能や効果も曖昧ですし、ミキサーが実際に回される現地に、本当に幸運者が来てくれるのかが、私には信用しにくいですね」
私はふと浮かんだ不満をそのように伝えたが、本心では、運を向上させるという、そのような便利な機械が存在するのであれば、自分もぜひに乗りたいと思っていた。つまり、この女性がさらなる饒舌を発揮して自分をうまく丸め込んでくれることを望んでいた。
「今のところ、貧乏人にとってはいいことずくめのように聞こえるんですが、ミキサー参加者にとってのマイナス点といいますか、不利な点というのはありますか? 例えば、この会に入った途端に、公安から怪しいやつだと睨まれ、警察などに日常をマークされるようになったりしますと、私としては非常に困るのですが…」
私は自分の不安をそのような質問に変えてみた。思えば、月々たったの5000円で幸運を買えるなら、両手を挙げて参加するところだが、そのような旨い話がこんなに突然訪れるものかという疑念も浮かんだため、あえて不満げな顔をして、相手からさらなる譲歩を引き出せるならと思い、そんなことを口に出してみた。しかし、女性の顔は平静のままだった。その会のシステムに相当な自信があるようだった。
「うちの会のミキサーのイベントは、きちんと当局の許可を得て行っていますので、地域の住民も巻き込んで大々的に開催していますが、これまで警察から指導を受けたということはありません。住民からの苦情というのもありません。ただ、今のところ現職の警察官の参加というのはありませんので、それなりの不信感といいますか、警戒心のようなものは持っているのかもしれません。それと、マイナス点はあるか? という質問でしたけど、もちろん、いつの世も万全な機械などというものは存在しませんで、どんな最新鋭の便利な発明にも、必ず、何か落とし穴があるものです。例えば、携帯電話の電磁波の問題や、不妊治療の副作用の問題などがありますが、この幸運ミキサーにも幾つか不安要因はありまして、ミキサーの天井に設置されている最新鋭のモーターを使いまして、中にいる全員の運を吸い上げるのですが、その時に何と言いますか、計り知れない量の電磁波と若干の放射能が発生しまして、その風力も相まって、若干ですが、参加者の毛髪が抜け落ちてしまうと、そういう現象が起きることもあるようです。ですから、何度も参加されている方もいますが、会うたびにおでこが少しずつ広くなっているような気がしますが、もちろん、それは生活の中でのストレスなど、他の要因で禿げられてるのかもしれませんし、そもそも私の見間違いかもしれませんが、そういう苦情が寄せられることもございます。もちろん、こうしたイベントにそういった小さなトラブルといいますか、いさかいのようなものは付き物ですのでね。いちいち周りの目を気にしていたら、革新的な出来事など何も出来ませんよってことですね」
「放射能で毛が抜けるっていうのは、かなりの大事ではないですか? 本当にミキサーとの因果関係はないんですか?」
私は身を乗り出してそう尋ねた。
「まあ、落ち着いて下さい。あくまで数例の報告があったに過ぎませんのでね。毎回、これだけ多くの参加者がおりますと、その中の一人や二人は体調を崩される方もおりますし、長時間に渡る拘束を煩わしく思うのか、『これで、本当に運気が上がっているのか?』などと終わった後でいちゃもんをつけてくる方もいるんですが、全体を見渡しますと、会は正常に進行しておりますのでね。先ほど、毛髪が抜ける話をしましたが、健康にどんな影響があろうが、運量を引き上げるという偉大な事業の前では、ほんの些細なことに過ぎませんのでね。例え、毛髪を失っていても、後からやってくる膨大な幸せ、笑い声の絶えない未来像、周囲からの絶え間無い羨望の眼差し、そのことを思えば、笑って済ませられることではないでしょうか?」
「どうも納得しきれないですね。いや、全面的に疑っているわけではないのですが、5000円でしたっけ? それだけの会費を払う以上、もっと目に見える安全と劇的な効果が欲しいんですよ」
女性は私の話をほくそ笑みながら聞いていた。終始落ち着いていて、一度も不信感を表したり、嫌そうな態度に出ることはなかった。
「あなたのおっしゃることはよくわかるんですよ。ただ、目に見えるような劇的な効果とおっしゃいますが、このミキサーを使わずして、一生のうちで、運量がそれほど劇的に変わる瞬間なんてあると思われます? ないでしょう? 明らかにないですよね。多くの国民は自分だけの、あるいは自分と家族だけの幸せを願って祈りを捧げていますよね。多くの国民は年明けには必ず初詣でしよう、なんて言いまして…、まるで国民的な行事のように、各地の神社で大々的にやっておられますが、結局、儲かっているのはお坊さんだけですのでね。誰も幸せにはなってません。もちろん、私は神社仏閣には行ったことはありません。根が無神論者でしてね。実体のないものにすがるお祭り騒ぎは好きじゃありません。そうやって、神頼みをされる方も効果のほどはどうでしょうか。きちんと運を授けられているんでしょうか? 疑わしいものですよね。正月にあれだけ祈ったのに、3月になって突然空き巣に入られたり、交通事故に遭われたり…、なんて起こっていたら、おほほ、ちょっと笑えませんよね。それでも、そういうことは実際にあるわけです。初詣でくらいの大衆化されたイベントでは、運量が本当に上がっているのか見えない。それは国民の大多数がそう思っているわけです。ですから、うちの組織では神仏への祈りなどといった、そういう目に見えないものに頼るのはやめよう。多少危険があっても、ほんの少しずつでもいいから、科学の力を使って地道に運を上げていこうよと、そういう方針を掲げているわけです。あなたはどうなされます? これまでと同じ、目に見えないものにすがる、曖昧で幻想的な人生を歩まれますか? それとも、我々と一緒に目に見える幸せをつかむ旅に出ますか?」
女性は自分の背中に何か偉大なものを控えさせていて、それを一時も疑ったことがないようで、私を仲間に引き入れることを期待するような熱い視線でこちらを見ていた。
「そこまで言われてしまうと、藁にもすがる思いで参加したくなりますね…。でも、まずは様子見だけでもいいでしょうか…?」
私は恐る恐るそう言ってみた。この辺りでOKサインを出しておかなければ話を打ち切られてしまう恐れもあった。女性はその返事を聞くと、パンと勢いよく手を叩いた。
「よし、そうと決まったら、さっそく現地に行きましょう。あなたは実に運のいい方でして、実は今日こそが、月に一度のミキサー活動の日なんです。会場には幹部の方々もいらっしゃいますのでね。うちの会長にもお引き合わせしますよ」
女性はそう言うと乱暴な動作で席を立った。ガツンという音がしてパイプ椅子が後ろの壁に当たった。
「店の外に出ましょう。時間の心配はいりません。すぐ近くの駐車場で行われるんです」
私は言われるままに店を出た。思わぬイベントに、食事を取るのを忘れてしまったが、幸運を引き上げるという文句にまんまと引き寄せられる形になってしまった。中年の女性は、5分も経たずに身支度をして外へ出てきた。彼女は手際よく店のシャッターを閉めてしまうと、私を先導するように歩き出した。北風が我々の顔を容赦なく吹き付けた。
「今日は寒いですね」
彼女はコートの襟を立てて、両手で肩を抱え、出来るだけ身を小さくするようにして歩きながらそう呟いた。何か話題を作らねばと思って飛び出した台詞なのかもしれない。私は一応お客様なのだ。駅から逆方向にしばらく進み、パン屋の前の十字路を北東方面に曲がると、しばらくして薄汚れた小学校が、そこを左折してさらに進むと、真っ白な壁の大きな市民会館が見えた。市民が利用する場所なのに、隣に汚水処理施設があるという立地は決して良くなかった。周囲には生臭い臭いが立ち込めていた。かつて、醤油工場を見学に行ったときは、辺り一帯に醤油のしょっぱい臭いが立ち込めていて、空気までも黄色く濁って見えたものだったが、その時のことを思い出してしまった。

 駐輪場にはたくさんの自転車が停められていた。どこにでも乗り捨てられるような古びた自転車が多かった。狭いスペースに無理無理に突っ込んだものもあったが、入りきらない自転車は道路の片隅に乱暴に放置されていた。参加者の感情の高ぶりを表していた。今日ここで大きなイベントがあることを示していた。
「やはり、参加者は多いんですか?」
私は見知らぬ他人に紹介されるのが少し怖くなってそう尋ねた。
「うちの会の仕組みのことを考えれば、不幸な人は少ない方がいいんです。何しろ、人数が増えるほどに一人当たりに配れる運量は少なくなりますのでね。ただ、世の中がこうも不景気ですと、何の告知もしなくても自然と人が集まるんですよね。昨今は、ここでお偉い教育者の講演が行われても人は簡単には集まらないんですが、こういう利得が絡むイベントになりますと、貧乏な暇人がわんさかと押し寄せて来ますのでね」
「はあ、庶民が運というものにそれだけ期待しているということでしょうか…」
私はそう返答しつつ、これからの展開に不安がりながら女性の後について歩いた。駐輪場を抜けると大きな駐車場、それは車が100台も停まれるような大きさだったが、そこにはすでに数十人の市民が集まっていた。道路との際にあるネットには『幸運ミキサー協会様歓迎』と書かれた派手な横断幕がかけられていた。参加者の性別の比率はほぼ半々で、中年以上の大人が多かったが、付き添いなのかそれともただの冷やかしか、学生ふうの若者の姿も見られた。スーツを着たサラリーマンもいれば、暇にまかせて訪れた主婦の数も多かったし、髪の毛がすっかり薄くなった小さな商店の経営者もいた。ここにいる誰もが、自分の運量を嘆いて何とかしようと来ているわけだから、やはり、いかにもな人間というか、時代遅れの破れそうなジャンパーやコートを着た、貧しい外見の人が多かったが、そういう人種をあまり馬鹿にするわけにもいくまい。自分もその一人である。
「さあさあ、着きましたよ。ここが会場です。あと30分ほどで開会ですので、しばらく待っていてくださいね。もうすぐ会長がミキサーを持って来られると思います」
多くの人は駐車場の中央付近で一塊になって開会を待っていたが、私はみんなからは少し離れて、駐車場の端に設置されていた青いベンチに腰を下ろした。参加者のうち何人かがこちらを向いた。おどおどとした態度から、新参者とばれてしまったかと思い、私は素早く目を伏せた。しかし、くつろぎの時間を与えてはくれず、一人の女性が私の姿を目に留めると、勢いよくこちらに近寄ってきた。
「福原さん、この方は新規の方ですか?」
その若い女性は力強い声でそう尋ねてきた。どうやら、先ほど私を店からここまで案内してくれた女性は福原という名前らしい。近づいてきた女性は短髪に眼鏡をかけていて決して美人ではないが真っ白な肌で整った顔をしていた。見たところ30代で、白の地に青のラインが入ったジャージを上下に着込み、その男性っぽい風貌からして、いかにも何かスポーツをやっていそうである。後で聞いた話では、彼女は近くの高校で保健体育の教師をしていて、自宅からここまで走って来たらしい。
「三方さん、本名で呼ぶのはやめてくださいね」
福原さんは声のトーンを落として、周囲の人には聞こえないように不満を表した。それでも、三方と呼ばれた体育教師はまったくひるむ気配を見せず、ズンズンと我々の眼前まで迫ってきた。
「だって、我慢ならないんですもの。この人は新規の人なんでしょ? 私、この間も言いましたよね? 今、この会の人数はすでに限界なんです。目一杯で運営されてるんです。これ以上参加者が増えると、全員に配布される運量がどんどん少なくなって、みんなが困るんです」
三方さんは私の方を指差して憎々しいようにそう言った。やはり、ベテランの人にとっては、私のような新規の参加者は幸運の横取りのように感じられ、気に喰わないらしい。
「三方さん、お願いだからそんな冷たいことを言わないで…。この方は見たところ本当に不幸な方だし、すべての貧しい国民を救いたいというのが、うちの会長の意向ですからね。私たちには力が無いのよ。貧乏人は助け合わなきゃ。来るもの拒まずの精神でやっていきましょうよ」
福原さんは少し睨みつけるようにしてそう言った。こういう人種が多数集まる以上、精神に多少の異常を抱えている人は多いであろうし、幸運のやり取りの中で、そういう人が騒ぎ出すのも当たり前である。彼女はおそらく幹部の地位にあって、運営への非難は受け慣れているだろうし、こういう不満分子の扱い方に慣れているようだった。
「そんなこと言ったって…、会長はみんなから集めた会費で潤っているかもしれないけど、私のような一般の参加者にとっては、人が増えていくほどに、自分の払った参加費の価値がどんどん薄くなっていっているわけですからね」
二人はしばらくの間睨み合っていた。私のために開始前から険悪なムードになってしまい、申し訳ない思いだった。私は下を向いたままで立ちすくんでいた。
「いいから向こうで待ってなさい。集まったお金はほとんどがミキサーの改良と修理費に使われていて、私への給料だって遅配になっているぐらいなのよ。今のところ、誰も潤ってないの。会長が着いたらあなたのことをもっと評価するように言っておくから…」
福原さんはそう言って三方さんを追い返した。三方さんは渋々と私から離れていったが、何度かこちらを振り返り、私の顔を睨みながら、何かぶつぶつと独り言を呟いていて、新参者が来たことへの不満を隠しきれないようだった。
「ごめんなさいね。あの人のことは気にしないでね。幸せへの執着が強すぎるせいで、精神が少し乱れてしまったのよ。以前から少し病的なところがあって、被害妄想が強いのよね。新規の人が来ると、自分の幸運が削られるような思いがするらしくて、毎回ああいう態度を取るんですよ」
福原さんは私を慰めるように声をかけてくれた。
「いえいえ、私のことなら大丈夫です。当然、少し問題のある人たちの集まりだと思っていましたし、実際、もっと多くの人から反感を買うと思っていましたよ。もし、順番があるようでしたら、私は今日は見学だけでもいいですから」
私は大人しくそう返事をした。ゲストの身分とは言え、あまりでかい態度を取ると以前からいるメンバーと折り合いをつけるのが難しくなるからだ。しかし、内心の深いところでは会費を払う以上、何が何でもミキサーの中に入って、その効果を実感してやるつもりでいた。
 その後も駐車場には続々と人が集まってきて、そのみすぼらしい風貌から、そのすべてが参加者と思われる。恵まれない格好をしている幼い子供を引き連れて、家族ぐるみで参加している人もいた。何人かの友達を連れてきた貧乏学生もいた。
「ああ、また来たの? どうしても来ちゃうよねえ」
「前回のミキサーで1%上げたんだけど、まだまだ実感できねーよ。やっぱり、何回も通って幹部クラスにならないと駄目だな…」
「そらそーよ。俺らは元々が低いから、一度や二度のミキサーで幸せにはなれねえ…。でも繰り返せば目に見えて効果出るらしい。黙ってたら落ちていくだけなんだから、やらずにはいられねえよな」
「うん、毎回疑ってかかるけど、終わってみると、煙草の吸い終わりのような適度な爽快感はあるよ」
そんなことを話している声が聞こえてきた。この会に入ってから知り合ったのか、それとも元々グループでこの会に入ったのか定かでないが、参加者はみんなそれぞれ話す相手を持っているようだった。私は当然一人ぼっちだったので居心地が悪かった。北風が余計に冷たく感じた。先ほど、私にいちゃもんをつけてきた、ジャージ姿の三方さんという女性は、辺りをキョロキョロして落ち着きがなく、今日の参加者の数を確認しているようだったが、時々空を眺めながら雲行きを眺め、駐車場の中をうろうろとするかと思えば、突然道路に飛び出て、会長が来るのが待ち遠しいのか遥か遠くに目を凝らしていて、近づいて来る車がないかを確認しているようだった。そのうち、彼女はついに黙っていることが出来なくなったらしく、広場の中央まで走り寄ってくると、パンパンと大きく二回手を叩いてみんなの注目を引き付けた。
「ちょっと、皆さん、聞いて下さい!」
彼女は大声を張り上げてそう言った。駐車場に集まっていた全員の注目が彼女に集まっていた。
「今日は何て人が多いんでしょう! みんな、本当に幸せを掴みに来たの? それとも、どうせお金でしょ? 金運が欲しくて来たんでしょ? ちなみに、お金目当てで来た人ってどのくらいいます?」
その質問にすぐに答えられる人はいなかった。彼女が人数の多さに苛立っていることは、ここにいるみんながわかっていたので、全員が幸運を求めてここに来ている以上、何割かは単純な金運目当てであったろうが、その図々しさを簡単に白状するわけにはいかなかった。2分ほど沈黙が続いたが、そのうち一人の若い女性が立ち上がって叫んだ。
「幸せかお金かどちらが欲しいかって聞いているんですか? 私は幸せイコールお金だと思ってますけど…。それじゃあ駄目なんです?」
彼女は3人の友人と一緒に来たらしく、その友人たちも道路に座り込みながら三方さんに冷たい視線を向け、ふてぶてしく笑いながら、彼女の突出した行動をあざ笑っているようだった。
「何て浅ましいんでしょう! あなたたち、お金が欲しくてここへ来たんですか? この会は金策のための集まりじゃないんです。あくまで心の平穏が目的なんです。幸せがお金と同義だなんてよく堂々と言えますね。この世で一番恥ずかしい発言ですよ。自分の安っぽい知性をおおっぴらにしていいんですか? あなたたち、ずっとそんな態度でいるつもりなんですか?」
三方さんは三人組に大声で質問を浴びせた。三人組も苛立ちを募らせており、それぞれ立ち上がり反感の視線を向けた。元々、三方さんのことを良く思ってなかったのかもしれない。
「私たちだって心の平和が欲しくてここへ来てますよ。最初に目指すはじんわりとした仄かな幸せです。決して一直線にお金に向かっているわけじゃないです。最初に運を手に入れて、家族や友人と笑いあって、それでもって次の段階で大金を狙っていくわけです。心の平穏の次に欲望が来るんです。それは自然な流れなんです。家族と平和な日常を送っているだけでは、いずれ満足出来なくなるんです。イライラが募って来るんです。そこでね、どうやって心を平穏に保つかは人それぞれでしょう? 私たちはお金が無いと駄目なんです。貧乏だけは我慢ならないんです。テレビでお金持ちの特集なんてよくやってますけど、今の社会では何をやるにもお金の力が必要なんです。この競争社会を生き抜くためには、嫌いな人間の鼻っ柱をぺしゃってへし折ってやるには、たくさんのお金が必要なんです。貧乏のままでいて何が出来ます? 道徳だけ守っていて何がもらえます? お互いの意見がぶつかり合ったときに最後にものを言うのは、結局お金の力でしょう? 『結局、あなたには財産が無いじゃない』って言われたらおしまいでしょ? だから幸運を求めに来たんです。もし、あなたが私たちと違って、お金が無くても平気でいられる人種だと言うのであれば、自分でお金を放棄して、別の幸せ、人間愛に沿った幸せですか? そういうものを目指せばいいじゃないですか」
「はいはい、反論します、させて下さい。まず、お金がないと駄目ってどういうことですか? 昼間は仕事をがんばって、夜になったらテレビを見て布団に入るという、そういう平穏な暮らしを送るだけじゃ満足出来ないっていう意味ですか? 気に喰わないですね。あなたたち、態度も顔も気に喰わないです。話を聞いていると、どうやら私のこと嫌いでしょう? 私だってあなたが嫌いです。揃いも揃って、会費さえ払えば、後から来たくせに、どんな態度を取ってもいいみたいに思ってるんですか? この会は不幸のどん底にある人を、少しでも引き上げるのが目的なんです。本当に貧しい人にとっては、ミキサーのパワーで少し運を上げたよって言ってあげれば、例えそれが実感の出来ない微量の幸運であっても、やがては心の平穏に繋がるんです。明日に希望が持てるようになるんです。社会の冷徹な仕組みを許せるようになり、他人を妬む気持ちが多少なりとも消えるんです。会長はそういう会員同士で慰める合う組織を目指しているんです。叶えたいのは、あなただけの欲望じゃないんです。目指すは全員の希望なんです。ここは金持ちを作るための組織じゃないんです。自分の果てない欲望を叶えるための組織じゃないんです。ルイヴィトンもオメガも糞喰らえです。お金目的で来ている人は帰って頂きたいですね」
三方さんは一歩も引かずにそう返事をした。三人組の女性たちも、彼女の意見が正しいかどうかはともかくとして、会長の意向という言葉を突き付けられては、多少部が悪くなったと思ったのか、一度口をつぐんでしまった。あるいは、彼女たちの方が遅く入会したので、三方さんに比べて会の規則に精通していないところを露呈したのかもしれなかった。反論は難しいようだった。しかし、恨めしそうな顔で睨みつけることだけは忘れていなかった。
 しかし、三方さんの全員の意思を統一しようとする、そうした強引な仕切り方が、時間が経つにつれて、会場に集まっている血の気の多い人達の感情を逆なでしていったらしく、今度は別の女性から反論が返ってきた。
「じゃあ、ギャンブル目的でここへ来ている人達はどうなるんです? 今日もいっぱい来てますよね? それだって金運目当てってことですよね? 知りたいんですけど、競馬や宝くじを当てるためにここへ来ている人達はどうなんですか? 規則の上ではいいんですか? それとも駄目なんですか? たしか…、会長も宝くじを奨励していたと思いますけど」
今度は三方さんが返事に困る番になった。彼女は新たに喧嘩を売ってきた相手を睨みつけたまま、返す言葉を探して、しばらく無言で立ち尽くしていた。くだらない議論を続ける我々をあざ笑うように、上空を大きな烏が一羽飛んでいった。
「会長が宝くじを毎回買っているのは、ミキサーの効果を確かめるためです。純粋にお金が欲しいと思っているわけではないです。クジをギャンブルとして見ているのではなく、確率と運で遊んでいるだけなんです。『へっへへ、こういうゲームはまとめて買わないと面白くないんだ』なんて、言っているところをよく見ますもの。目的はあくまで研究のためです。少々の運の上昇では、生活の中でその効果を見出だすのは難しいですけど、宝くじなら効果のほどがはっきりとわかりますからね。ミキサーの効果が確認できたら、会長はその力を会員全員のために使ってくださるはずです。間違いありません」
「ギャンブルで幸運をつかみたい人だって、ここにいたっていいんだろ? 幸運を何に使うかの規定は、確か無かったはずだぞ」
腕を胸の前で組みながら、比較的端っこの方に佇んでいたジーンズ姿の若者が、突然そう言い返した。最初は仲がいい似た者同士の集まりだと思っていたが、どうやらこの会も一枚岩ではないようだ。例えば、金持ちの集団は何をするにしても、皆が心に余裕を持っているので、競う中でも譲り合いの心はあろうが、今、この言い争いを見た限りでは、心に余裕のない貧乏人の方が仲間でつるむのは苦手という印象を持った。彼らは極端に卑屈で、社会のどこへ出ても競争に負け、先立つものも何もない癖に、自分の心のどこかに、決して譲れない主張を持っていて、自分の意見を言い出せる唯一の場はこの会場だと思っているようだった。運を巡る争いは、負けてはならない最後の砦だと思っているらしい。
「ギャンブラーですって? ギャンブラーがこの会場に来ているんですか? あなたたち、みんなギャンブラーなんですか?」
彼女はさらに感情を高揚させ、身体をゆっくりと回転させながら辺りの人を睨みつけた。三方さんに威圧的にそう尋ねられて、何人かの若者がふてぶてしく笑った。俺らはギャンブラーだが、何か文句でもあるのかと逆に聞きたいようだった。三方さんは相手側のそんな不遜な態度を見て取ると、さらに声を荒らげて叫びだした。
「ギャンブラーなんて最低の人種ですよ! あなたがたは自分のなけなしの金を欲望のために注ぎ込んで、いわば、自分から望んで不幸になっておきながら、後から他の人に運勢を引き上げてもらおうとしているんです。あなたたちの不幸はすべて自業自得です。何度助けたって無駄です。幸運の無駄遣いというやつです」
「あんただって、ミキサーの力を使って、結局のところは、他人の運を奪ってまで幸せを得たいんだろ? だったら我々と一緒だよ。いや、それどころか、内心の正直なところを見せないで、都合よく善人面して参加しているところを見ていると、我々より悪どい人種だな」
近くに座っていた齢80過ぎの老人がそうやり返した。さすが長年生きているだけあって喧嘩慣れしており、悪口の数を多く知っているようだった。三方さんの顔はますます赤くなっていった。彼女がいずれ、自分の意志とは別の力で暴走しかねないのは見て明らかだった。
「私がミキサーに頼っているのは、お金だけが目当てじゃないですからね。ちゃんと生活全体のことを考えています。これまでの貧しい人生より、少しの運がついて来ればそれでいいんです。大金までは求めていません。一獲千金なんてお断りです。身に余る大金はやがて不幸を呼びます。あなたたち、ギャンブラーの生き方と一緒にしないで貰いたいですね。同じ少額の財産しか持っていないにしても、真面目に生きてきてそうなったのか、ギャンブルで負けてそうなったのかでは、世間の評価はまるで違うはずです」
彼女はまるでけがわらしい言葉を口にするように、ギャンブラーのところを大袈裟に強調して言った。これだけ多くの人間の反感を買っていても一歩も譲る気配はなかった。
「生活の向上なんて、それこそ、運に頼らずとも、自分の努力だけで何とかなる部分ではないですかね? 細かい部分を自分で補わず、こういう機関に頼ってくる人よりも、いっそのこと欲望の赴くままに大金を得て、はっきりとした幸せをつかみたいとまで言ってしまえる人の方が素直だと思いますがね。なぜって、世間から見れば、少ない幸せを求める人も大きく儲けたい人も、ミキサーという常人の理解しかねる機械に頼っている以上、変人に過ぎないからです」
今度は青い作業服を着た男性がそう言い返した。周りにいた多くの人間が「そうだ、そうだ」と相槌を打った。自分がどういう思想を持ってここに来ているかではなく、ほとんど全員が、ただ強気な態度を誇示する三方さんを真っ向から打ち負かしにいっているようだった。言葉の暴力という常用文句もあるが、たいていの場合、他人に対して強く出過ぎる人というのは、その意見の正否に関わらず周囲に不快感をばらまいているものである。
「あなたたちだって、ギャンブル漬けになって、負けに負けて、自分ではもう、どうにもならないところまで来てしまったから、助けを求めて来たんでしょう? それが何です? まるで、生活困窮者の方がギャンブラーより地位が下のような言い方をして、それでも男ですか? 知性はあるんですか? 自分で言ってて恥ずかしくないんですか?」
三方さんはどんなに険悪な状況に追い込まれても、一歩も譲るところはなく、もう後戻りはできないという形相で、叫び続けていた。
「だから、誰が悪いというわけじゃない。結果的にミキサーを使う以上、あんたもうちらと一緒だって言っているんだよ!」
先ほどの負けず嫌いな老人がまた言い争いに参加してきた。
「一緒ではないでしょう? 何でそんなに結論を急ぐんですか? 私はそもそも運気というものを、宝くじや競馬の当たり外れや、100円玉を拾ったとか、そんなさもしいことでしか語れない、あなたがたの態度を非難しているんですよ。言っておきますが、私の願望は違いますからね。私は自分の一生涯にかかる苦労を、何とか減らしたいだけなんです。半生を見回してみれば、明らかに他人よりも苦労しているのに、なぜか実入りは少なかったんです。充実した人生にはなっていないんです。そこを少しでも何とかして欲しいだけなんです」
三方さんはすでに会場にいる全員に届くような大声を発しており、ここに集まった全員を敵にまわしても、一向に構わないといった態度だった。
「そう言って、貧乏人面して、正義面して、他人をギャンブラー呼ばわりして、俺達をここから追い出して、自分だけが幸せになりたいと思っているんだったら、あんたの方がよっぽど腹黒いよ」
「幸せの基準でのは人それぞれだろ? 金を拾うという行為は一般的には汚いかもしれないが、それを有効に使って充実した人生を送れるんだったら、それでもいいでしょうが。働いて得た金だって、競馬を当てて得た金だって、明日を生きる食料を手に入れるために使ったんだったら、それは同じ価値があるんですよ」
こうなるともう、彼女の一声に対して、いろんな声が返ってきた。その中には、言葉にならない叫び声も混じっていた。誰にも聞いてもらえなくても、誰にともなく、自分の主張を繰り返しているだけの人もいた。
 ところで、この会場の片隅には、ピカピカの大型バイクを従えて、黒い皮ジャンとズボンを着込んだ、走り屋ふうの若者の集団がたむろしていた。見たところ、今日の催しの参加者のような風采だったが、隣近所の迷惑になり兼ねないような、このような馬鹿騒ぎの中でも平然としていた。私の先入観では、あのような格好をした暴走族まがいの若者の方が、こういう言い争いに参加して議論をさらに迷走させることを好みそうなものなのだが、彼らは煙草を吸いながらも、お坊さんの説教を聞くような、生真面目な表情でいて、この論争をまるで他人事のように澄ました顔で見ているだけで、何も騒ぎ出す気配はなかった。格好が派手なだけで実は内心大人しい人たちの集まりなのか、あるいは議論に参加するタイミングを見出だせなかったのか、それとも何か他の理由があって、傍観しているのかはわからなかった。大騒ぎを仕切っていた三方さんも、やがてこの集団に目をつけるようになり、彼らの妙に落ち着いた態度を見て取ると、それが許せなくなったのか、つかつかとそのグループの側まで歩み寄っていって、高ぶったテンションをそのままに呼びかけた。
「ちょっと、あなたたち、さっきから何も話さないけど、この議論についてどう思ってるの? 参加者だったら他人面しないで意見を聞かせてちょうだい。あなたたちは運を何に使うの? ギャンブルに使うのは正しいと思うの?」
「俺らに聞いてんの?」
質問が途切れてからまるで間を開けず、その中の一人が顔を上げて三方さんに聞き返した。喧嘩を買うような態度ではなく、いまだ冷静さを保っていた。
「当然でしょ? 周りを見なさいよ。みんな顔を紅くして興奮してるでしょ。それはうちの組織の根本的なルールに疑問が投げ掛けられているからなの。運をお金に変換するのは正しいのか? ギャンブルで掴んだ大金でも、他の勤め人が汗水流して得たお金と同価値と言えるのか? この2つの疑問に答えてちょうだい。他人事のように傍観していて、後になって運だけ分けて下さいって言われても、それは聞けないわよ」
三方さんは相手がどんなにたちの悪い人間でも怖じけづくことなく自分の意見をぶつけられる性質のようで、暴走族まがいの若者たちを、怖れているようなところは少しも見受けられなかった。黒づくめの若者たちも特に気分を害した様子はなく、余裕の態度で彼女の質問を聞いていた。そして、リーダー格の黒髭を生やした立派な体型の男が、紳士的な態度で跨がっていたバイクから降りると、落ち着いたゆっくりとした口調で話し始めた。
「あなた、三方さんと言ったっけ? イキのいいところは嫌いじゃないが、俺らにその質問をするのは筋違いだぜ。俺らの目的は走ることだ。それは道の上だけじゃねえ、人生を走っているんだ。つまり、欲望目指して生きているわけじゃねえ。金欲物欲がある連中の人生は蛇行しているからな。それが言いたいんだ。だが、さっきから、お金を得ることが正しいだの、手段が悪いだの、ギャンブルは汚れているだのと、きゃんきゃんと議論しているおまえさん方を、あえて非難するつもりもない。自分の生き方に満足出来なくなると、すぐにいきり立って他人と衝突する。それが人間だからな。人間は心のどこかで自分の行為だけを正当化する。それは、自分の道徳を否定されるということは、これまで生きてきた半生のすべてを否定されることに他ならないからだ。わかるか? つまり、議題が金だろうが、ギャンブルだろうが、個々の人間は他人には決して譲れない自分だけの意見を持っているってことさ。知性の有る無しは関係ないね。いや、いっそ俗人の方が精神が未熟な分、心のコアはより強固で、どんなくだらない理屈でさえ、他人には突き崩せないかもしれない。俗人は顔を真っ赤にして自説を繰り返す。相手が学者であれ政治家であれ、一歩も引かない。誰もが自分の中のその部分を犯されることを一様に嫌うのさ。だから、自分の見解を否定されることが我慢ならなくても、他人を否定することはしちゃいけねえんだ。なぜなら、大まかに言えば、他人っていうのは他人じゃねえ。自分の中の容認出来ない、あるいは想定していなかった、目に見えていなかった、本筋以外の意見が、帽子を被って服を着て歩いている。それが他人という存在なんだ。自分の脳の中には、普段は否定さえしている意見だってきちんと冷却されて保存されているものなんだ。他人を否定する人間は、結局のところ、自分の中にいるもう一人の自分をけなしているのと同じなんだ。なぜなら、他人が投げ掛けてくる、自分の一番妬み嫌う意見こそが、実は自分の心の一番奥底に、すでに忘れられていながらも、ひっそりと、しっかりと根を張って、神木のように存在しているものだからさ。特に、俺らのような、たいした学歴もなく財産もない人間たちは、普段から考えていること、あるいは道に迷ったときに考えが及ぶ限界はだいたい一緒なんだ。この街のどこでも、貧相な身体つきの男が、ビール缶みてえにテカテカとしたラベルだけを顔面に張り付けて歩いてるんだ。これが学歴だ、職歴だ、俺の資産だ、って言ってな。てめえがどんなラベルを持っているかなんて、誰も気にしちゃいねえのにさ。本人だけは必死なのさ。他人の目が、他人の心理が、自分をきちんと観察してくれているか、自分のラベルに興味を抱いているか、それだけ気になるのさ。俺を、俺の歩んできた道をもっと見てくれってわけさ。生まれたときは、みんなが同じ体型と能力を持っていたわけだが、歩んできた道が違ったために、別の思想を持つに至っただけなんだ。同じ境遇だったら全員が同じように育ったはずさ。型ではめて大量に作り出すクッキーみたいにな。貧乏人の中にいる利口もグズも、公立の図書館でぶ厚い本を一冊読めば、すぐに追いつける程度の差しかないのさ。たった1センチや2センチの差で、敵を100メートルも置き去りにしたような錯覚に陥り、一時はそれに安心し、あるいは負けている側はすべてを失ったように絶望しているが、実際についている差は、たった数時間の劇的な体験でひっくり返せるほどの薄さしかないのさ。だから、そこを悟っている俺らには、あんたら全員の心情が、すべて被って見えるのさ。あんたらは全員が光を見たことがない、ただのもぐらさ。ここにいるのは、もぐらの大群だ」
三方さんはそれを聞いて地面を蹴り上げ、さらに一歩前に踏み出した。それは殴りかからんばかりの勢いだった。
「黙って聞いていれば、何を悟りきっているの? そんな屁理屈を聞きたかったわけじゃないわ。要はあなたたちだって、結局は運が欲しくてここへ来たわけでしょう? じきに会長が現れてミキサーが回されれば、喜び勇んで列に並んで、その中に入っていくんでしょう? 自分は人生を悟っているから私たちとは違う、俗人と議論はしたくないって主張して、俗人を馬鹿にしながらも、俗人と同じ行動を取っているのよ。俗人の研究者も理解者も結局は俗人なのよ。私たちがもぐらなら、あなたたちはもぐらに食べられるミミズです。いや、寄生虫です、ウジ虫です。本当に私たちと違うと言い張るのなら、ミキサーに目もくれず、今すぐこの会場に背を向けて帰って下さい!」
若者の中の何人かが三方さんを指さして何か反論をしようとしたが、先ほどのリーダー格の男がそれを制した。
「勘違いしないでくれ。ここは俗人の集まりだが、やっていることはそれほど間違っていない。それどころか、極めて画期的だ。あの会長という人間は本物だからな。あいつは狂った理想を持っている。『この人間社会のカースト制度を俺のミキサーが打ち崩す』目を輝かせながら、いつもそう言ってやがる。どこかの金儲け目当ての俗人が主催している霊能力集団とは訳が違う。ああいう腐った集団のリーダーが持っているのは、理想じゃなくて妄想だからな。社会の厳しさに心を狂わされ、現実に負けて、妄想に走るしかなくなった軍団だ。しかし、この会のやっていることは見た目には間違っているかもしれないが、本物だ。改心した元ギャングの政治参加と同じさ。いわば、社会的には認められない純金製の拳銃さ。あと三年、いや二年もこの組織は続かないかもしれないが…、こういう社会に背を向けた行為、運命に逆らうような行為が、人の世で長続きした試しはないからな。だが、俺はそれでも、この組織の最後を見届けたい。奴が失敗して地面にはいつくばって、みんなに泣きを入れるところまでを見たい。人間社会には勝利だけがあるわけじゃねえ。歴史上のどんな勝負にも見られなかったかっこいい負け方だってある。奴は運命を敵にまわしながら、いつもへらへらと笑ってやがる。必要以上の無茶をしている。天才か本当の馬鹿か、どっちかだ。会員をこんなにも集めた以上、もう後戻りは出来ないのにな。だが、あれは失敗を怖れている顔じゃねえ。あの人間離れした笑顔をずっと見ていたい気もするぜ…」
走り屋のリーダーは少し遠い目をしながらそんな話をした。三方さんも一時は議論を忘れ、その話に聴き入っていた。会長の生き方を褒められたことで、少しは冷静さを取り戻したのかもしれない。リーダーは話を続けた。
「さっきも言ったように、貧乏人に生れついたからには、ここで1%運を上げたからって、何が変わるわけでもねえ。明日も今日と同じ日々が続くだけさ。家に帰り着いたら、豆腐とメザシを喜んで食べる生活に何も変わりはない。ミキサーに入っても入らなくても、俺達の未来は不幸で決まっているのかもしれない。だがな、もし、このミキサーの性能が本物なら、ここで参加した、自分以外の人間の運は確実に上がってしまう。自分は現状を選択し、同じ毎日を送るだけだが、ミキサーに入った連中の未来は変わるかもしれない。雨粒にダイヤが含まれているような可能性だが、それでも、ミキサーに入った人間の未来には何かが起こるかもしれない。明日、100万円を拾うのかもしれない。自分に参加者すべての人生を追っていける千里眼があったなら、『ああ、やはり、ミキサーに入った奴らの人生は十年後も変わってねえな』って安心できる。だが、俺はそんな便利なものを持っていない。あんたらのこれからの人生がどう変わるのか、あるいは何も変わらないのか、俺には見えない。知性がないから予測も出来ない。自分の人生はいっこうに変わらないのに、他人は変わってしまうかもしれない。俺がゴザの上に独りで寝ている間に、大金と金髪美女を抱いている奴らがいるのかもしれない。そう思っていたら、居ても立ってもいられなくなってな…。自分の不幸が続くのはいっこうに構わないんだが、他人が不幸から抜け出して急に笑い出すのは許せねえ。突然生まれ変わった笑顔を見たくねえ。すでにこの場は敗者復活戦だが、先に笑うのは俺でありたい。今さら、こんな奴らに負けたくねえ。自分と同じ貧乏人たちがこんなにも集まって、未来に狂った夢をかけようというのなら、俺もその夢に乗りたいのさ」
走り屋仲間の何人かが、それを聞いて頷きながら同意の拍手をした。身を震わせながら感涙をこらえる者もいた。周りでこの喧騒を見ていた参加者の中にも、感動したのか、腕組みをして唇を噛み締め、深く頷く者もいた。
「結局、あなたたちも他人を妬んでここへ来たのね? 自分の可能性を信じてみたいのね? ミキサーの性能を信じていて中に入りたいのなら、それはそれでいいわ」
三方さんは静かな口調でそう呟くと、広場の中央に戻っていった。その時、私をここへ連れてきた福原さんという女性が私の服を掴んで引っ張った。
「気にしないでね。いつもこうなのよ。ミキサーを回す前に自己主張をしないと我慢出来ない連中なの」
彼女は耳元に口を寄せて囁くような声でそう言った。
「ミキサーへの期待が大きすぎて、ずいぶん気分が高ぶってしまっているようですね」
私は同意してそう返事をした。
「会長が来れば、こんな馬鹿げた騒ぎは起こらないんだけど…。今日は遅いわね。準備に手間取っているのかもしれないな…」
福原さんは遠くを見ながら、半ば諦めたようにそんなことを言った。私はこれだけ多くの人間を発狂間際の心境まで導く、幸運ミキサーとはいったいどんなものなのかと期待に胸を弾ませた。この大袈裟な騒ぎが一部の人間の勘違いによるものだとは到底思えなかった。

 そのときだった。会場の片隅から悲鳴のような歓声が沸き上がった。それは、あまりにも突然で、雷鳴のようにも思えた。舞踏会に主役級のバレリーナが登場したかのような騒ぎだった。駐車場にいたほとんどすべての参加者が一斉に道路の方へ走り寄っていった。
「会長がお越しになられた! 会長が!」
三方さんが目を血走らせて両腕をぐるぐると回し、半ば狂ったようにそう叫んだ。そちらの方向を見ると、大通りの方から、薄汚れたライトバンが走ってくるのが見えた。
「会長! 会長!」 「我らを救いに、やっぱり来てくださった!」
「期待通りだ! これで幸せになれる!」
「会長! やっと来たかあ!」
皆が両腕を大きく振り上げて、口々に何か叫びながらライトバンを取り囲んだ。やがて、後ろのドアが開かれ、薄手の白いジャンパーを着込んだ中年の男性がゆっくりと地面に降りた。みんながその周りを取り囲み、最初は笑いかけ、次に握手を求め、小型カメラで写真を撮り、そしてひざまづいて感謝の意を伝えた。群衆に押しのけられてしまい、私は遠めにしかその姿を見れなかったが、会長と呼ばれる男は、見たところ50代前半の痩せた男で、頭髪には半分くらい白髪が混じっていた。茶色い縁の眼鏡をかけていて、無精髭を生やし、顔立ちは整っていたが、どこか根暗そうな印象があった。一見してどこにでもいる普通の親父であり、商店街で本屋でも経営していそうな感じである。この段階では、この男のどこにそんな魅力があるのか、さっぱりわからなかった。
「お顔を見せて下さい! もっとお顔を!」
「早く、お声を聞かせて下さい! あなたが話さなければ何も始まらない!」
「いつもの軽快な語り口でわしらを幸せにしてください!」
誰かがそんな声をかけていた。期待に胸を膨らませていた。まるで、人気アイドルグループが来たかのような騒ぎだった。
「会長様! 救世主様!」
三方さんがそう呼び掛けてから、群衆を手荒に押しのけて会長の一番近くまで行くと、ひざまずいて、両手を合わせて何かぶつぶつと祈り始めた。自分が会長に近い存在であることをアピールしたいようだった。
「皆さん、とにかく落ち着いて下さい」
会長は揉みくちゃにされながらも、なんとか広場の中央まで来ると、少し困ったような顔をしながらまずはそう呼びかけた。その言葉を聞くと、群衆が一斉に静まり返り、会長の次の言葉を待っていた。しかし、群衆の後方からは、いまだに「会長! 会長!」と何かに憑かれたように呼びかける声が止まなかった。会長は両手を大きく振って参加者全員に挨拶をすると、群衆の一人一人の顔を確認するかのように、満足そうに四方を眺め回していた。群衆はみんなが地面に座り込み、会長によって起こされる次のアクションを待っていた。誰かが、マイクを持ってきてそれを会長に手渡した。その瞬間、割れんばかりの拍手が起こった。私は何が起きているのかわからなかったが、いつまでもキツネにつままれたような顔をしていても仕方ないので、みんなに合わせて一緒に拍手をすることにした。この場の空気に少しずつでも慣れていこうと思った。会長はにこやかに笑いながら群衆に向けて演説を始めた。
「皆さん、まずは落ち着いて下さい。これからミキサーの説明を始めますのでね。しかし、皆さんのこの興奮っぷりはどうでしょう? 困ったものです。キリストやブッダでさえ、こんなに人望を集めることはなかったでしょうからね」
会長は少し照れたように、また当惑したように、はにかみながらまずはそう話した。
「会長様! 我々の救世主様!」
会場のどこからかそんな叫び声が飛んできた。会長は満足そうにまた一つ頷いた。
「ははは、皆さんの嬉しそうな顔を見ていると、私まで気持ちが高ぶってきます。今や、人類史上、かつて類を見なかったほどの羨望の眼差しが、私に向けてびっしりとそそがれているわけです。庶民の運を少しでも向上させたいという、私の目論みは、徐々に多くの人を巻き込みながら、今やこんな領域にまで高まってきたわけです。私の姿が全国放送で流される日もそう遠くないでしょう。人間の心を真に動かすところまできたわけです。ところで、皆さんは政治家に期待していますか? していませんよね、当然です。あんなものは自分のことしか考えていない。では、特定の宗教を信じていますか? これもしていない…。わかりますよ。神からの施しなんて、いつもたらされるかわかりません。そんなものを待てないほどに皆さんの状況は切迫しておられる。どうです、皆さん、すぐにでも運が欲しいんでしょう?」
会長がそう呼びかけた瞬間、会場中から怒号のような歓声が沸き起こった。全員が拳を天に向かって高々と突き上げていた。まるで、人気音楽グループのコンサート会場のようだった。大声を出していない人間は一人としていなかった。みんなが興奮のるつぼだった。会長は四方を取り囲む群衆に再び手を振り返してから話を続けた。
「わかりますよ、皆さん。皆さんは残念ながら才能を持って生まれられませんでした。長年生きてきてわかったことは、スポーツも学問も、芸術の才能もまったくなかったということです。そして、見た目にも非常に凡庸であられる(会場から、苦笑が漏れた)。そして、その上に運もないときたもんです。これではいけません。一般庶民そのままです。ろくな人生になりません。道路に座り込んでスポーツ新聞を読む未来です。一生お金に追われて苦労する羽目になります。しかし、皆さんは懸命なことに、今のこの段階で、このままではまずいということに気づかれたわけです。才能も美貌もないが、何とかお金が欲しいと切に願われたわけです。いいでしょう! その心意気を買いましょうよ、ねえ! 我々は図々しいのか? いやいや、本来、人間は汚いもの! それでいいじゃないですか!」
会長がそこで右腕を天に突き上げると、会場のボルテージは一気にマックスまで上がった。感極まってむせび泣く者、極度の興奮に襲われて頭を抱える者、爆竹を打ち鳴らす者、隣の人間と抱き合う者もいた。そしてみんなが会長の次の言葉を聞こうと首を伸ばして待ち望んでいた。
「確かに我々には能力はなかった。財産もなかった。しかし、我々には幸せへの粘着力があります。セロハンテープよりも強力な粘着力がね。ですから、図々しさ極まって、この会場までのこのこと足を運んだ自分を責める必要はありません。いや、そのぐらいの腹黒さ、他人を出し抜く心を持たなくては運を逆転させることなぞ出来ません。何しろ、上にいる連中、官僚や資産家なんぞはもっと汚いですからね。我々も堂々と行きましょう。さあ、皆さんを幸せへと導く秘密兵器を持ってきましたよ!」
会長がそう叫んで道路の方を指さすと、ゴロゴロと何かを転がすような音がして10人ほどの上半身裸の若者がダンプカーほどもある巨大な台車を引っ張ってきた。私もこの瞬間を待ち望んでいたので慌てて立ち上がり、その方向へ顔を向けた。台車の上には高さ8メートルもありそうな巨大な樽が乗っかっていた。あれが幸運ミキサーだろうか? 実物は想像していたよりもずっと大きく立派なものだった。例え、これが詐欺集団だったとして、あんな大きなものをこしらえてまで他人を騙そうとするだろうか? 私にはそう思えなかった。福原さんや会長の話ににわかに信憑性が生まれてきた。私も徐々に興奮してきた。
「これが幸運ミキサーです。初めて見る方もいるでしょう? もっと感動して下さい。もっと興奮して下さいよ。今日、これを見られる方は幸せです。中に入れる方はもっと幸せです」
その呼びかけに乗せられたように多くの人が会長の側からミキサーの方へと移っていった。会場の興味は、少しずつ会長から樽の方へと移っていった。駐車場にミキサーが運び込まれると、多くの人間がそれを取り囲み、興味深そうに中を覗いたり、外壁を触ったりしていた。会長を包み込んでいた群衆が少し解けると、すかさず、福原さんが近寄っていって会長の肩を叩いた。会長は彼女の姿に気づくと目で何か合図をした。
「やあ、どう? 最近の人集めは?」
会長は先ほどまでとは打って変わって冷静な表情になってそう尋ねた。
「そうですね。何度参加しても効果がないって言われて、脱会される人も少しはいるんですが、各地で募集をかけていますから、全体の人数は前回と比べて、微増というところです」
「そう…、こんな浮ついた世の中だからね…。アニメだ、アイドルだって、すぐにぐらぐらと浮かれよって…。自分が貧乏だってことに気づかない連中さえいる。この国はすでに破綻状態だよ。大衆にもっと深刻さが伝わるといいんだけどね」
会長は眉間にしわを寄せてさらに声を押し殺してそう呟いた。会話が終わると、福原さんはその次に私に会長の側まで来るように指示を出した。私は恐る恐る群衆を掻き分けて会長の隣までたどり着くことができた。
「会長、この方が今月の新会員です。見た目にもパッとしないんですけど、運量の低さも相当なものがありまして…」
福原さんは私のことをそのように紹介してくれた。会長は厳しい顔付きのまま、私のおでこに左手をかざした。
「ああ、ずいぶん低いね。このままじゃ、あなた、落ちるところまで落ちるよ。お父さんもろくな死に方しなかったでしょう? 早いうちにうちの会に捕まって良かったね。少しずつでも、運を上げてから帰ってね」
私はそのように太鼓判を押されてしまった。私は愛想笑いをしてから話しかけてみた。
「幸運ミキサーの性能のことなんですけど、もちろん、皆さんの説明を信頼してないわけではないですが、これから一回入ったとして、どのくらいの効果があるんですか?」
会長は真剣な顔を崩さずに、いい質問だと言わんばかりに何度か頷いた。
「そうだね…。まあ、一緒に入ってくれる幸運者のレベルにもよるんだよね。年間何億も稼ぐようなスポーツ選手とか芸能人に来てもらえば、我々の悩みは一発で解決するんだろうけど、よほど、おつむがおめでたい人でもない限り、わざわざ自分の運を下げに来てくれるわけはないからね。芸能人なんて、顔だけが良くできていて、才能は何もない、みたいな連中がいっぱいテレビに出ているけど、ああいう連中でも運量は我々の二倍もあるんだよね。司会者の質問に、たいした受け答えも出来ないで、ゲスト席でゲハゲハと笑っているだけで、年に数千万も稼ぐからね。羨ましいというか、小憎らしいんだよね。そういう恥知らずな連中がうちに来て運を分けてもらえれば、社会全体の運回りという意味ではちょうどいいんだけどね。しかし、テレビに出てるような人達は高嶺の花なんだよね。ミキサーの性能に関する詳しい話をしてしまうと来てくれるわけはない。そこで、近所にいるちょっとしたラッキーマンを連れて来るしかないんだよね。言い方悪いけど、みんなのために犠牲になってくれる人だよね。そこまで理想を下げれば来てくれるゲストはいるんだけど、まあ、連中だって少し金を多く持っているだけで、普通の仕事をしているんだから、我々に毛が生えたようなもんだけど、そういう中途半端な人間を連れて来るしかないよね。偏差値52くらいの人間だって我々から見れば神様だからね。今日集まってきたような人達の運量はそれほど低いからね。まったく見たくないほどだよね。だからね、うーん…、当初は全員の運量1%アップを目標にしてたんだけど、これだけ大量にろくでなしが集まってしまうと、とても目標達成は無理だよね。まあ、無理にでもミキサーを動かしてやってみたところで、せいぜい上がるのは0.1%ぐらいかな? これだと、喫茶店でミルクティーを頼んだら、先日よりも砂糖が一つまみだけ多く入っていたとか、その程度の運だよね。ほとんど実感は出来ないし、日常生活が変わるわけがない。ギャンブルが当たるようになるわけでもない。それでも、やるしかないよね。俺もみんなに期待されていて、精神的には相当追い詰められているけど、ここまで盛り上げておいて、都合が悪い、条件が揃わないって言って、何もやらなかったら、暴動が起きるからね。それでなくても、気ちがいみないな連中ばっかりいるんだから…」
「それでしたら、自分の身内だけでやってみようと考えたことはないんですか? これだけ多くのダメ人間を集めてしまうから全体に配れる運量が少なくなってしまうんです。ご自分の家族だけでミキサーを回して運を独占しようと、そうお考えになられたことはないんですか?」
会長は答えるのも馬鹿馬鹿しいとでも言うように、私の質問にすぐ首を横に振った。
「それはダメだな。どうしても、幸運者をゲストで招かないといけないからね。自分の私利私欲だけでやろうとすると、ゲストを呼ぶ口実がなくなってしまうからね。大勢の不幸な人間を救うという名目があるからこそ、その偽善に騙されて来てくれる人がいるんだよね」
「ああ、そういえば、そうですね。これだけの物を持ちながら、自分の親族だけで独占することが出来ないってのは歯痒いですね」
私は一度感心して唸り、そう返事をした。思えば、私ごときがすぐに思いつくことを、この百戦錬磨の会長が考えていないはずはなかった。会長はふふふと少し笑ってから話を続けた。
「まあ、自分の親族だけを救うっていうのも、実はそれほど面白くないんだよね。俺の親戚なんて一枚でも一万円札を見たら、すぐに目の色を変えて飛び掛かってくるような連中ばかりで、総じてろくでなしなんだよね。親父もお袋もとんでもない守銭奴で、ふふふ、だから俺が生まれたんだけど、とても助けたいような人間はいないよね。ああいうのを救うくらいなら、何も知らない他人を助けた方がマシだよね。僕には女房も一応いるんだよ。まあ、彼女も運気の低さという点では人に負けないんだけど、かなり我が強いからね。いわば金欲物欲の固まりでね。それでいて、猿山のボス猿のような仕切りたがりだからね。こういう場に連れて来ると、目をギラギラさせて、他人への配慮を欠いたような自分勝手な発言を繰り返すからね。他の人が不愉快にならないよう、今日は何も知らせず家に置いて来たんだよね。何しろ、ここに集まっている連中にとって、私は神も同然なんだから、私の威光を削ぐような人間に来てもらったら困るからね」
会長はそう説明した後、私についてくるように促して歩き出した。彼は人混みを掻き分けながら巨大にそびえるミキサーの手前まで歩いていくと、そこで足を止めて、ミキサーの外板をコンコンと叩いてみせた。
「どうだい? いい出来だろ? これはアメリカ製なんだよ。元々はシェリー酒を漬けておくための樽なんだけど、それをヨーロッパから大量に運んで、向こうで解体して、幸運ミキサーとして組み直したんだ。企画開発はもちろん日本でやったけれど、設計図だけを向こうに送って、アメリカの技術者に作ってもらったんだ。日本製に比べれば、安全性の面で劣るけど、向こうは何しろ安くできるからね。日本では重役になるような高いレベルの技術者が、向こうでは職にあぶれて路地裏をふらふらとしているんだ。だから、こっちの3分の1くらいの値段で作れるんだよ」
「へえ〜、これが幸運ミキサーですか…」
私はその巨大な樽を見上げてため息をついた。外板はすべて赤茶色のぶ厚い木板を組み合わせて作られていて、外板の一部に夢でも見た、大きな鋼鉄製のレバーのようなものがついていた。レバーのすぐ横には、人間の目の高さほどの位置に液晶モニターとたくさんのボタンがついていた。どうやら複雑な操作をするらしかった。
「もうすでに準備は出来ているんですか?」
私がそう尋ねると、会長は、「こっちに来てごらん」と優しい口調で言って、私を樽の反対側まで連れていった。そこには覗き窓がついていた。
「ここから中を見てごらん」
私が覗き込むと、中は15人ほどが入れるほどのスペースがあって底の板から垂直に突き出した5本の握り棒が、天井まで伸びていた。その後で気がついたのだが、床の上にはすでに二人の人間が転がっていた。二人とも両手両足を太い縄で縛り上げられており、さるぐつわをはめられていた。我々が覗いていることを察すると、二人とも恨めしそうな目でこちらを睨んでいた。
「あれが今日のゲストだよ」
会長が二人を指さしてそう言った。
「あの二人はどういう方なんですが? やはり、お知り合いですか?」
「いや、すでに福原さんから説明は受けていると思うけど、この会を運営するにあたって、ゲストを探すのが一番大変なんだよね。何しろ、一度来てくれてミキサーに入った人はもう二度と来てくれないからね。なんだ、運を分け与えるって、こういうことだったのかと、怒って帰っていくからね。運を大量に奪われてしまうわけだから、それも無理はないんだよね。だから、この大きな会を主催するときは、いつも違うゲストを連れて来ないといけないわけだね。同じゲストはもう二度と使えない。来てくれたところで、力まかせに絞りきった雑巾みたいに運は吸い取ってあるわけだから、二回目には使えないんだよね。この辺りはスルメのようにはいかない。もう一度、一から人脈を作らないといけない。ただ、庶民ばかりが住むこの住宅街でそんなに何人も幸運な人間が見つかるわけはないからね。四方八方手を尽くして探すわけだね。今回の二人はどういう人間かというと、先日パチンコで大当りを20回も連続で出して15万円儲けた大工職人の若者がいたんで、それを無理矢理に引っ張ってきたのと、もう一人は町内会の副会長なんだけど、この人は30代後半の人妻と5回も不倫を繰り返していたんだよね。人づてにそれを知ったから、これは使えると思って今日はゲストとして来てもらったわけさ」
「そういうことですと、この人たちは多分幸運の持ち主だろうという推測で連れて来られたわけですよね? 彼らが本当に幸運者かどうかはまだわからないわけですね?」
会長は大きく頷いた。
「まあ、そういうことだよね。まあ、二人とも普段から周囲の人間に向けて『最近、俺はついてる』と散々言い触らしているようだから、それなりの運は持っているだろうけどね。運量がわかるのはミキサーに全員が入ってからだから、まあ…、やってみたら案外役立たずかもしれないけど、もう後には引けないからね」
会長はそう言ってから周りを見回した。多くの参加者の期待の視線が会長とミキサーにそそがれていた。
「さてと…、それじゃあ始めますか」
会長はそう言ってから再びマイクを握った。
「待ってました、会長!」
そういう声援が四方から飛んできた。
「では、皆さん、これからミキサーを始動させますのでね。大いに期待してくださいよ。何事も期待し過ぎるということはありません。そういう私もね、このミキサーには大きな期待をかけているんですよ。何しろ、これまでの人生で、他人に自慢できるようなことは何一つ起こりませんでしたからね。がらくたのような青春。がらくたのような仕事。がらくたのような友人。そして極めつけが、がらくたのような女房。私の人生はがらくたの寄せ集めです。私自身もですね、普段は電車を使って通勤しているんですが、自分の隣の席に若い美人の女性が座ってくれたらいいなと、さらに言えば疲れきってそのまま寝てしまい、私の方に寄り掛かってきてくれたらいいなと、いつも思っているんですが、これがまったく思うようになりませんで、毎回隣に座って来るのは汗くさい中年の男性ばかりなんです。神も仏にも見放された状態です。それは嫌だからと、私も何度かこのミキサーを使いまして、少しずつですが運量を高めて参りましたので、今度こそはと思いまして、昨日、多少の期待を持って電車に乗り込みましたならば、隣の席にドスンと腰を下ろしましたのは、太ももの太さがドラム缶ほどもあるような、これまで見たこともないような立派な体格の男性でして、私は壁の中に我が身がめり込むほどにギュウギュウと押されてしまいまして、ひどい目に遭いましたけれども、こういう悲惨な思いをするのも今日までにしたいものです」
「明日は違う運量で挑む明日!」
会長を励ますように、どこからかそんな声が飛んできた。
「さてと…、それでは最初に入るメンバーを決めますか」
会長がそう言うか早いか、三方さんが興奮の極みで顔面を真っ赤にして、すごい勢いで会長の元に駆け寄っていった。
「会長、どうか私を最初に入れて下さい! 実は先ほど、みんなから個々に話を聞いてみたんですけど、ここに集まった他のメンバーは、自分の物欲を満たすためにミキサーに入りたいと思っている人ばかりなんです。国民の心の平穏のことを考えている人はいませんでした。会長、会長、私は違います! 私は例え幸運を手に入れても、珠玉の財宝を手に入れても、決して浮かれたりしません。会長と一緒に世界から不幸な人を無くす旅に出るつもりです」
どこまでも独善と私欲に突き動かされた発言だった。しかし、その言い終わりを待たずして、福原さんがここぞとばかりに間に入ってきた。
「会長、今日も三方さんが開会前にみんなをけしかけてどんちゃん騒ぎを…。あまりの騒々しさに、近所から苦情が来たくらいです。この人は私の言うことを聞きませんから、少し、説教してあげて下さい」
「雨降って、地面固まる! いずれもけっこう!」
会長は大声で笑いながら、みんなにも聞こえるようにそう言った。どうやら、ここで説教などをして雰囲気を壊したくないらしく、開会前の馬鹿騒ぎを不問にするようだ。そのくらいの度量を見せないと開催者など出来ないのであろう。
「会長ったら…」
福原さんは少し頬を赤らめて、それ以上何も言わずに引き下がっていった。
 三方さんに続いて、次々と志願者が名乗りをあげた。やはり、ここでも普段からの発言力がものを言うようだった。先ほど熱く持論を語っていた走り屋のリーダーも自分から進み出て、ミキサーに最初に入りたいようだった。ほどなく20人が選抜されると、皆、ほくほくと嬉しそうな顔をしながら、会長に続いて次々とミキサーに入り込んでいった。私は今日が初参加だったので、他の参加者を押しのけてまで、自分から先に入りたいとは言えなかった。他の参加者に睨まれるのがそれほど怖かったのだ。志願者全員がミキサーに入ると、やがて、扉が閉じられた。
「大丈夫かな? 体調悪い人はいない? じゃあ、そろそろいこうか!」
会長が中からそう叫ぶと、これまでどこにいたのか、作業服を着た技術者数人が駆け寄ってきて、液晶モニターで樽の状態をチェックしながら、始動の準備を始めた。先ほど紹介した通り、樽の中にはすでにゲストの二人が放り込まれていた。どこかで拉致されてしまい、無理矢理連れてこられたであろう二人は、会長が樽に入って来ると、その憎々しげな視線を向けて、何か言いたげな様子だったが、手足をきつく縛られているので文句も言えない状態だった。会長は騙してここまで連れてきたことを何とも思っていないようで、ニヤニヤと楽しげに笑いながら、二人の身体を蹴り飛ばして隅の方へ移動させていた。
「今日の運量はどうかな?」
内部に設置されているマイクを使って会長がそう尋ねてきた。やや心配そうな口調だった。
「22人の平均値が39.4です」
外の作業員がモニターでそれを確認して、信じられないといった顔をしてからそう答えた。
「やはり…、予想以上に低いな…。それで、動かせるのか?」
「起動するギリギリの運量といったところです。できれば、特に運の低い方を3人ほど外へ出して頂けませんか?」
会長はそう言われて急に不安に襲われたようで、一緒に入ったメンバーの顔を見回した。みんな、自分が指名されることを恐れて、目を逸らして下を向いてしまった。ゲスト以外でここに入っているメンバーには、自分の運量に自信のある人間などいないのだ。
「仕方ないよ。今日は何とかこれで動かしてくれないか? 俺だって他人を責められるほどの運量を持っていないんだし」
会長は中から、せがむような声でそう呼びかけてきた。
「それでは、この状態で動かしてみます。皆さん、握り棒にしっかりとつかまって下さい。これから何が起こっても天を恨むしかないです」
作業員はそう言ってから始動ボタンの青いスイッチを押した。すると、ブイーンという安い始動音が鳴り響いて、樽が左右に振動し始めた。それを確認してから、数人がかりで横に付いているレバーを時計回りにグルグルと回し始めた。ついにエンジンに火を入れるようだ。私も起動の瞬間を間近で見ようと思い、作業員が操作している液晶モニターの前まで移動した。
「これで幸せになれます。会長、ありがとう!」
中では三方さんが歓喜の声をあげていた。まだ成功するとは限らないが、何か成功を願うような思いの篭った声だった。しかし、内部のモーターがうまく作動せず、作業員たちはしきりに首を傾げていた。いつもとは明らかに違う事態が起こっているようだった。幸運ミキサーは、ブイーン、ブイーンと苦しそうな音を出すばかりで、いっこうに動き出そうとしなかった。
「会長、エンジンに十分な出力がありません! やはり運量が決定的に足りないようです。どなたかを外へ出して下さい!」
作業員が嘆願するように、外から懸命な声でそう呼びかけた。しかし、会長も今さら参加者を押しのけることは出来なかった。せっかく内部に入った人達にとって、樽の外へ出ろと言われることは死刑宣告にも等しいものだったからだ。先ほど、走り屋のリーダーも言っていたが、この期に及んで自分だけが押しのけられることは、嫉妬深いこの人達には耐えられないことなのだろう。
「このままでもいけるはずだから、その出力で回して! これまでだってもっと厳しい状況が何度もあったでしょ!」
作業員は厳しい声でそう言われると、渋々の表情でエンジン起動ボタンを押した。その瞬間、ブーブー!という大きな音と共に、樽の一番上についている、異常を知らせる赤いランプが点滅した。外にいた全員が首を上げてそのランプに注目した。あのランプが点滅している間は起動出来ないらしい。液晶モニターには、『エラーです。全体の運量が低すぎて動きません』と表示されていた。内部の天井に取り付けられた巨大な風車(説明では、これが運量を吸い上げるという話だったが)もまったく動き出さなかった。失敗の匂いを感じ取ったのか、会場には次第に緊張感が漂い始めた。
「会長、無理です! エンジントラブルが起きています。このままでは危険です。今日はあきらめて下さい!」
作業員はついに泣き出しそうな声になってそう訴えた。それでも会長は出てこようとしなかった。
「こっちの方で、少し運量を上げてみるから、それでもう一度やってみて」
会長は冷静を保ちつつそう言ってから、ポケットから栄養ドリンクを取り出し、それを一気に飲み干した。あれで運が変わるくらいなら、この世の不運な人はみんな真似をするのだろうが、何かの願掛けなのだろうか。三方さんは地べたにしゃがみ込んで、何か祈り始めた。
「神様! このままではあんまりです! 底辺に生れついた人間は一生下を向いて生きなければならないんですか!」
彼女のそういう声が外まで聞こえてきた。外で見ている群集も樽を二重三重に取り囲み、「回れ、早く回れ」の大合唱だ。貧乏人たちの切実な願いは神に届くのだろうか?
ミキサーは相変わらず、ヴィーーンと夜中の冷蔵庫のような無気味な機械音を発するだけで動き出そうとはしなかった。
「いつもはこんなはずじゃないんですけどね」
作業員はモニターを見ながらため息をついた。もはや、手の施しようがないようだった。
「欲望でしょ? みんなの底知れぬ欲望がそうさせるんでしょ?」
後方の方で誰かヒステリー気味の女性の声がそう言うのが聞こえた。
「内部にいる皆さん、欲望が大きくなりすぎて、ミキサーに負荷がかかっています。しばらくの間、欲望を捨てて下さい」
作業員は何か思いついたのか、マイクを取り出して、内部にいる人達にそう呼びかけていた。
「私の親父もとんでもない欲張りでした。これは血統です! 今さらどうしようもないんです!」
内部で大工の棟梁がそう叫んで、へなへなとしゃがみ込んだ。
「人間が、よ、欲望を捨て去ることなんてできますかね? あのバルザックだってモーツァルトだって、お金には相当うるさかったと聞いてますけど!」
続いて誰の声だろうか、そんな理屈っぽい言葉が返ってきた。
「余計な考え事をしないで! あんたたちの想像はすぐに欲望に行き着くから! おとなしく念仏でも唱えていなさい!」
会長が嘆願するようにそう叫んだ。会場中から、状況を心配するような、ここからの逆転を期待するような、ミキサーを応援するような歓声があがった。しかし、赤いランプはつきっぱなしで常時異常を知らせていた。
『運量が負の値に大きく傾いています。運量の低い人はただちに退出して下さい』
モニターにはその文句がずっと表示されていた。ついに、樽の下部の方からモクモクと煙が吹き出してきた。樽の内部にもあっという間に煙が充満してきた。しかし、内部にいる参加者は激しく咳込みながらも、それでも外に出てこようとはしなかった。みんな目を血走らせ、天井を凝視しながら握り棒にしがみついていた。
「お金! お、お金がもっと欲しい!」
三方さんの声だろうか? 内部が曇ってしまって誰が言ったかわからなかったが、そういう叫びが確かに聞こえてきた。人間の欲望の極致を見る思いだった。外では、作業員たちが最後の思いを込めて、すでに重くなって容易には動かなくなったレバーを、グルグルと3回ほど回した。
「神よ! 我々を救いたまえ!」
無神論者のはずの会長が、力いっぱいにそう叫んだのが聞こえた。しかし、みんなの願いは虚しく、ミキサーは最後にプッシュー! と凄い量の煙を噴出してから完全に動きを止めた。モニターには『タイムオーバー』と表示されていた。
「会長、完全に失敗です…」
作業員のその声を合図に参加者は次々と樽の外へ出てきた。全員がすすで顔を真っ黒にしていた。みんなが唇をねじ曲げ、絶望と失望とやり場のない怒りの入り混じった凄い表情をしていた。
「ちくしょう! この世は思い通りにならねえな!」
「どこからか、幸運者たちのあざ笑う声が聞こえてくるようだ!」
そんな叫び声が辺りにこだましていた。
会長はタオルをもらってそれで顔を拭いていた。落胆しているようには見えず、案外、さばさばとした表情だった。ショックを押し殺しているのか、それとも、やるだけのことはやったということだろうか。
「会長、今回は失敗ということですよね?」
会長の身体にすがりつくようにして三方さんがそう尋ねてきた。
「もちろんですよ。こんなことなら、何もしないほうが良かった」
会長はため息混じりにそう答えた。作業員たちはミキサーの復旧を目指して頑張っていたが、機械の短時間での再生はどうやら絶望的だった。
「立ち直れそうか?」
会長がはっきりとした大きな声でそう尋ねた。
「直るまで一ヶ月はかかりそうです」
作業員のその声を聞いて、ほとんどの人があきらめたように家路につきはじめた。三方さんはまだあきらめきれないように呆然と立ち尽くしていた。
「さあ、帰るぞ!」
会長が大声でみんなに集会の終了を知らせた。福原さんの姿はどこにもなかった。私を無理矢理ここに連れてきておきながら、何の挨拶もなく反省の弁もなく、すでに帰ったようだった。
「会長、今日は残念でしたね…」
何も言わずに立ち去るのも気が引けるので、腕組みをして立ち尽くす彼にそう挨拶をしてみた。
「ああ、今日はちょっと不運者が多すぎたということだろうな。ミキサーの調子は、会場の空気にも左右されるからな…」
今さら、よくそんなことを言えるなと思いながら、私はその話を聞いていた。すでに太陽は傾き、薄暗くなっていた。
「ごらん、きれいな夕日だ。明日もきっと晴れるだろう。この星は晴れる日の方が多いんだよ。毎日笑っていられる人の方が遥かに多いわけだ。我々の運命がそれに乗れないだけさ…」
彼は最後に寂しそうにそう呟いて、私の肩をぽんと叩いた。
<2012年4月26日>