USA−P in 東京
 ・ プロローグ。



 頃は桜も散った四月の末の頃。

 家族三人での夕食をしていた時に、何ら前フリも無く唐突に
「家の風呂を直す事にしたから。ついてはその間、あんたらには不自由をかけるから、
 お小遣いをあげるからどっか旅行に行ってこやぁ」

 と母に言われて私と妻がのけぞって。

「ちょっと待ってや。別に壁がどうの天井がどうのなったワケでもないし、まして浴槽が
どうにかなったのでもないって状態じゃない? 必要かどうかったら私は別に、風呂場
は今しなきゃならん事だとはとても思えないんだけど… っか、かなりのお金がかかる
事をするだけの銭があるのん? 自慢じゃないけど私ら夫婦、金無いよ?」

「会社にいた頃にかけてた○○年金が満期になってね。で、まとまったお金が出来る
から前々から気になってた風呂の改装をしよう、って事だからアンタらにお金での迷惑
は一切かけないから」

「でも、そんなに前からお風呂の改装、したかったんですか?」

「うん。広さ云々よか湿気とか、色々あってね… だから。」

「でも、最近故障やらが増えてるって言ってた母上の車とかさぁ… 」

「あ、それはもぅ新車契約したから。納車は一ヶ月先だけど。」

「 … え〜っと、そのお風呂場の改装って結構かかるんですよね?」

「まぁ安くはないわね。現金一括払いするから勉強してもらうつもりだけど。」

「いやだから、大金がかかるんならもっと… 例えば残ってる家のローンを完済して、
残りは母上の老後資金とか、それこそこの家や母上に何かあった時の準備資金にする
とかさぁ… 」

「家のローンはあと一年だし何とかなるでしょ。自分の事の為のお金はあるからいいの。
生命保険もあるから死んだ後の事も大丈夫。で、そうなると風呂かなぁ?って。」

「お義母さんの旅行とか、大画面液晶テレビをどうしようかとか言ってたじゃないですか」

「あぁ… でも旅行はこれからもするから(断定)。TVは今のでもまぁいいかなぁ… どうせ
地デジがあと3年だっけ? それからでいいでしょ」

「ん〜… まぁこの家の事については母上の思われたようになされるのがいいかとは思う
けれども… とりあえず今更私らがどうこう言ったトコロで揺らぐ事は無いようですなぁ… 」

「まぁお義母さんがそこまでもぅ決められているのなら…」

「そういう事。で、一緒に庭の倉庫も新しいのにするから。」

 と言われて椅子からズリ落ちかけた私と妻。
 
 共に稼ぎが無いワケではないし、家風呂が使えない間は銭湯なりに行けばいいだけの話
じゃないかと言ってみたものの、どうも工事期間の私らの旅行も母の中では決定事項らしい。
「前からやっときたかったのよ。妻ちゃんがお嫁に来てくれた時に何もしてあげられなかった
のもあるからねぇ… お金のある時に何かしてあげたいじゃない」

「いやしかし、だから使うってのもどうかと(汗)」

「まぁいいじゃない。国内でも国外でも、好きなトコに行って来なさい。」

 との断定に夫婦揃ってブーイングをしたものの
却下。まるで動じやしない。
今年70、寅年の母はUSA家の者らしい意地っ張りで頑固で依怙地で負けず嫌いで気が強く、
一旦こぅと決めたら余程の事が無い限りは曲げやしない。気紛れで自分勝手。我侭で自己中。
そりゃまぁ善意の人ではあるけれども決め付けが激しいワリに星一徹のちゃぶ台引っくり返し
並の評価変更は珍しくもない私の母にまともな論理や筋道を立てての議論や検討や会議は
あまり意味が無い。っか、無駄。あんまり食い下がって話し合いを続けても機嫌が悪くなるだけ
だろうし、業者の対応や実際の工事費用によっては変更するやもしれんし… という事でその
晩は話はそこまでにしたのだが…


 旅行代理店のパンフレットなぞを適当に用意したくらいの頃に業者が見積もりを出してきて、
その額は当初の母の試算よりはチョイ安かった(らしい)事もあって工事決定、業者の準備も
終えての工事期間予定が5月の下旬から6月の上旬まで、という事に決まってしまって、その
早さに検討が間に合わないままに予渡された小遣い二人分を前に悩む事となる。 

 まず私にも一応会社の事がある。
6、7月ってのはボーナス商戦の月なので一週間とか休めるワケもなく。まぁ土日を挟んでの
5日間ってのは妻も同様なのだが、そうなるとまず行ける場所が予算よりも前に結構絞られる。
海外旅行に行けなくもないしまだまだ申し込みをしても十分に余裕はある、が、何処ぞのお国
の格安航空のエコノミーを乗り継いで機中二泊でヨーロッパやアメリカに行くのは流石に辛い。
 都市大好きッ子の私ら夫婦の好みとしてかなり迷ったのがシンガポールと台湾、なのだが
その時期はかなりの暑さと湿度になるようで、冬前の沖縄でも気温と紫外線と湿度にメゲてしま
った私はもぅそれだけで
ブルー。人様からどう見られようと体、弱いんよ私。
「それに現地の言葉、欠片も解らんしなぁ… 一応、カタコトでの英語も使える場所はあるんだ
ろうけどさぁ… 」
 カタコト以下の挨拶程度が辛うじて出来るかも?ってのがタイかインドなんだが、タイは観光
地として個人的には全く興味が無いしクーデター以降のタイ映画の惨状もあって元々無かった
興味も更に激減、インドはそもそも予算外。大体この時期ってのは中途半端でボーナス払いを
見込んでなのか価格が微妙であんまり食指をそそって気楽に行けるような値段のものが無く、
あっても出発地が成田か関空じゃぁそこまでの電車料金と時間が癪に障る。と言ってわざわざ
名古屋から飛行機を乗り継ぐってのもワリに合わないし、候補の台湾とシンガポールと同程度
の料金でかの地より治安が良くて英語が通じて都会の国ったら後は何処?

 インドネシア? 経済成長著しいようだがそうそう治安がいい国とは思えないのだが。

 豪州は折りしも鯨殺し&食いのJap is Fuck!ってニュースがバンバン流れていたしそもそも
 興味が無い。

 NZは自然に興味が薄い私らにはイマイチ。

 フィリピンやベトナム等は私一人なら兎も角妻と一緒に行くにはちょっと剣呑な印象があるし、
 やはり台湾とシンガポールよりは個人的にはぐっと興味も落ちるし観たい場所も無いし…

 …っと検討を重ねに重ねてみてもどのプランも帯に短し襷に長し、と言って完全に自分達で
何もかも、ってのをするには色々な物も時間もチト足りないし、そこまでの準備をするだけの
余裕がそうそう無いのが新年度の4月。
「えぇい、こうなったらもぅ御江戸旅行にしない? 都内の寄席巡りをするのってどうよ?」
 もしコレという番組が無くても小劇場やミニシアター、行った事の無い街やら何やら一杯あるし
公共交通機関が整備されまくってるから移動も楽だし、その上に治安の心配もそれ程する必要
は無いし… っと決まれば話は早い、会社に休暇願いを出してネットでホテルの予約と都内の
寄席とお気に入りの噺家さんの落語会情報を収集する一方で、都内での別行動やらの際に
連絡を取り合う為のツールとしての携帯電話の情報も収集しての検討もして。
 6月ったら連結だの何だのの決算時期でもあるから社会人にとっては忙しいが、もし御都合
がつくのならばお会い出来るといいなぁ… でも、自分からメールとかで申し込むと押し付けの
御義理でのお付き合いで御負担をかける、ってのもねぇ… っと悩みながらも日記とブログに
書いた時には旅行の準備は全部完了、後は行くばかりにはなっていたのだが何せ発端が発端
だけにイマイチこう自分の中での盛り上がりが薄くて盛り上がらない。

 これが御贔屓の噺家さんの落語会の前売り券を購入しまくって、ってのならまた違ってくるん
だろうけど寄席にゃそもそも前売りって概念が無いし。これからの二つ目の中では私ら夫婦の
中では一番の御贔屓の春風亭一之輔さんの落語会の予約をさせてもらった以外はちまちまと
プリントアウトした番組表や地図を見てもあんまり盛り上がるという事も無く… 落語もまたライブ
だからあんまり期待や想像をしてもなぁ… って折りに届くメール達とのやりとりに感謝をしつつ、
自分がこれから東京へ行くのだという気持ちが少しづつ高まりはじめる自分は結局目的が無い
と旅行を楽しもうって体勢になれない貧乏性なのかなぁ… っと思ったりもして。

 でも…

 東京という街で私が好きな地域は特に思い入れを抱く場所では無い… 感傷を抱くには東京
という街は大きく、広く、人の数が桁違いに多く、そして変化をし続けているのを思うとやはり
「場所」にはあまり思い入れは持てないのだが…



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