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Capricious SeriesMother Of Pearl [レス数:76]
1 名前:920ch@居酒屋 投稿日:2001/7/15(日) 23:06:03
★この物語はフィクションであり、
 実在の人物、団体等とは一切の関係が無いことをご了承下さい。

平家「……なんや、こんなんばっかり書いてる気がするなぁ」
中澤「世の中ハプニングは付き物やん、
   そもそもみっちゃんが今回のシャッフルに居ること自体、
   ハプニングを超えてアクシデントやし」
平家「せやなぁ、貴さんにはホンマの歳を見破られ……、
   ……って、誰が三十路やねん!」
中澤「日頃ウチが言うてる通りやん、
   みっちゃん体に気ぃ付けてな、無理してたらアカンで」
平家「おおきに、裕ちゃん優しいなぁ……、
   ……って、まだ 22歳やっちゅうねん!!」

2 名前:920ch@居酒屋 投稿日:2001/7/15(日) 23:08:02
平家「大体な、同じタイトルが二つの板に出来てもうたやん」
中澤「慌てること無いで、こっちはB面やねん、
   ちなみにみっちゃんは 『B面の人生』」
平家「せやねんな、『A面の人生』 なんて今更眩し過ぎて……、
   (シクシク……) ……って、誰の人生がB面やねん!」
中澤「(ワッハッハッハッハッ……)
   ほな、本家が復調した時のために、A面の URL も貼っとくで、
   Capricious SeriesMother Of PearlヾIDE : A

   ttp://920ch.conte.ne.jp/musume/readres.cgi?bo=morning&vi=0301

   ところで、みっちゃんあのな……」
平家「話を逸らすなあぁぁ!」

                                       【 Continued on Ed 】

3 名前:920ch@居酒屋 投稿日:2001/7/15(日) 23:10:08
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▼ Capricious SeriesMother Of Pearl
               〜 New episodeThis Island Earth
                                     【 Duty execution : 01 】
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「なんやねん? これ……」
「みっちゃんもこんなの始めて見るでしょ?
 ……それがね、得体が知れないだけじゃないのよ、
 どうやら <マザー> の中枢に絡んじゃってるらしいの」

保田が目線で指し示す正円状の物体は、事情を知らない者であれば、
当初からの調度と思うことであろう。
それほどまでにその物体は、違和感なく室内にマッチしている。

魚眼レンズ状に壁に張り付いた物体の表面は、
真珠のような光沢を見せ、無機的な物質感を漂わせる反面、
妙な生物感も感じさせていた。

「……ちゅうことは何? この艦 (ふね) 自体がハックされてる?」
「まだ事故とかは無いんだけどね、
 こうも艦内のあちこちに出現してると、気になるだけじゃ済まないでしょ」
「ミカちゃん見当とか付くか?」
「……分からないですけど、シッカリ調べますよ」

4 名前:920ch@居酒屋 投稿日:2001/7/15(日) 23:12:11
謎の物体は、保田達の搭乗艦 『 Land Ship : ランド・シップ 』、
< Mother Of Pearl : マザー・オブ・パール > の艦内主要箇所に散見され、
間もなく第四次改装を迎える当艦に於いては、
いよいよその究明が余儀なくされていた。

しかし、何らかのエネルギー体であることが判明している以上の解明は、
遅々として進まず、やむなく本艦の運用に際して、
現象としての測定と分析を担当すべく、
姉妹艦 < Prairie Rose : プレイリー・ローズ > より、
アナライズ担当であるミカが着任したのであった。

「ミカちゃんよろしくね。
 みっちゃんも、お互い人数少ないとこ無理言っちゃってゴメン」
「そもそも本部からの命令やで、気にすることあらへんよ、
 <マザー> に何かあったらウチらの <ローズ> かて影響受けるしな」

平家の態度に嫌みは無い。
むしろこちらから突っ込んでやりたいほどに裁けている。
それは、職務に忙殺される保田の頭の中を、つかの間楽にしてくれる。

「じゃ、アタシはまだ仕事が残ってるから。
 二人ともブリッジに行って。きっとかおりが腕組みして待ってるよ」
「さっすが副長、多忙やね」
「みっちゃんだって 『無……』、(ゴホン!)
 じゃ、時間があったらまた後でね」

メカニック担当にして、今やサブリーダーである保田は、
二人に軽く手を振ると、機関室へ消えた。

5 名前:920ch@居酒屋 投稿日:2001/7/15(日) 23:14:01
「無理して食べてたらダメだべ」

今や親方の貫禄に加え、不思議な風格までも漂わす安倍が、
モリモリと食べながら、辻と加護に横目をやった。
辻と加護はそんな言葉を聞いているのであろうか、
食べる勢いはますます激しくなっている。

衛生・食料担当の安倍にとって、
事実上この空間は安倍のモノと化していた。
安倍の取り仕切る艦内食堂、通称 『なつみ部屋』 は、
もはや安倍の聖域である。

『評議員』 のもたらしたテクノロジーは、
<マザー> クラスのランド・シップであれば、
高濃度の有毒化学物質と化した大地の、土壌そのものを燃料に、
理論上は無限の燃料を得ていることになる。

しかし、食料供給についてはそうも行かない。
自給自足もしていない訳ではないが、それは言い訳程度の規模であった。
そのため、寄港時の補給は食料の割合が、
全体の過半数を優に超えるのが <マザー> の日常であった。

一気加勢に食料の搬入を終えた安倍と辻・加護は、
そのまま一休みだけのつもりが、
実際は案の定ほぼ一食分を摂ろうとしている。

6 名前:920ch@居酒屋 投稿日:2001/7/15(日) 23:23:33
「てへへへへへ」
「のの、食べ過ぎや」

育ち盛りである。
この二人の食べっぷりは、時に安倍を凌駕することもあったが、
そこはキャリアの差であろうか、やはり親方に一日の長があるようで、
最後には余裕で二人を見守る安倍の姿があった。

「あのさぁ、食べてばかりいないで先に片付けちゃったら?」

熊の親子のような強食を見せる三人に、
通り掛かりの矢口が思わず声を掛けた。

「矢口こそ何してるべ?」
「オイラ? エヘヘヘヘ、<ヴァンガード> の整備……」

そう言った矢口の後には、何やら組立前の機械が引かれている。

「したら、その前に体力つけとくといいべサ、
 矢口も一緒にどうだべ?」
「オイラいらない。
 ところでさぁ、しげる知らない?」

『しげる』……、どこかで見たような小さな熊の 『デモノイド』 は、
オペレーションは勿論、日常に於いても矢口の相棒であった。

7 名前:920ch@居酒屋 投稿日:2001/7/15(日) 23:24:52
「てへへへへへ」
「負けへんで!」
「辻・加護は相変わらず……、
 ……って、あっ!?」

二人の声に耳と目が向いた矢口は、
その光景に心臓が飛び出しそうになった。
いつの間にやら、自分の相棒が辻と加護の真ん中に居る。

「なにやってるんだよ!!」
「……てへ」
「競争……」

笑顔で張り合う辻と加護は、いつしかその対象が自分自身の食から、
いかにしげるにモノを食べさせるかということにすり替わっていた。
疑似生命体であるしげるは、人間が食べるモノであれば、
大抵は問題無く食べることが出来るが、さすがに大食いの機能は無い。
しかし、その制御が甘いのであろうか、
与えられると困ったことに、とにかく食べてしまうのだ……。

「なっちも止めろよ!」
「いっぱい食って、いっぱい寝るっしょ……」
「しげるは違うだろ!」

矢口の剣幕に面食らったのであろうか、三人の食がピタリと止まった。
乱暴にしげるを奪い返すと、大股で出て行ってしまった矢口の後で、
三人は神妙に搬入後の片付けを再開した。

8 名前:920ch@居酒屋 投稿日:2001/7/15(日) 23:26:20
「いつも思うねんけどな、この艦なんでウチらのと雰囲気ちゃうんやろ」
「雰囲気?」
「ミカちゃんは思われへん?
 そもそも、<マザー> と <ローズ> って姉妹艦やで、
 せやけど足踏み入れた途端に空気からちゃう言うのかな……」
「……実績の違いじゃないですか?」
「(うっ!)」

ブリッジへ向かうエレベーターの途上、
ミカにあっさりと切り返された平家は言葉に詰まってしまった。
確かに幾度に渡る改装により、顕著に外観上の違いが散見される以上に、
この二隻の運用実績は、誰の目から見ても隠しようの無い開きが歴然と存在する。

「(ハハハハ……) ミカちゃん、きっついわ……」
「話を振ったのは、キャプテンですよ」

ミカの言葉に悪意は無い。元々思考の立脚点が違うこともあり、
時にズレを感じることも無いではないが、いつもながらの優等生な見解である。
それだけにクルーとして見れば安定感があり、また信頼を置くことも出来た。

<プレイリー・ローズ> は平家の誇りであった。
事実上の単艦運用となっている現在では、
<マザー・オブ・パール> の有るかぎり <ローズ> が不要であるはずは無い。
平家は一人その真意を納得させると、二人はそのまま気詰まりする風でも無く、
がらんとしたブリッジに到着した。

9 名前:920ch@居酒屋 投稿日:2001/7/15(日) 23:28:09
「かおり〜、居るか〜?」

高度にオートメーション化の進んだランド・シップでは、
その運用に際して、任務遂行に関わる諸事はマネージメントから、
戦闘に至るまで、艦の中枢コンピュータでまかなうことが可能であったが、
かと云って、全てがその範疇であるとも言い切れない。

例えば、絶対的なオリジナリティ、……所謂、閃き等が要求される局面では、
それは依然人間のテリトリーであった。
斯様な事実から、ブリッジには最低一人誰かしらは居るものであるが、
目の前の空間は無人であった。……尤も現在は停泊中である、それで普通か。

窓越しには伍番ドックに停泊する自分達の艦が見える。

「ミカちゃん、どないしたん?」
「……えっ!? ……大きいなぁって」
「せやな、二隻揃うの久しぶりやしな……、
 せやけど、ウチらかて外界に出たらちっぽけなモンやで」
「そうですね……」

窓の外を見つめるミカの表情に一抹の寂しさが宿る。
平家はその表情を敢えて気にしないことにした。

「(『フェアリー・ダスト』……、今日は一段と綺麗やね……)」

10 名前:920ch@居酒屋 投稿日:2001/7/15(日) 23:30:07
室内のサブ・モニタには外界の様子が流されている。
無人の荒野には空間そのものがキラキラと光り輝く、
幻惑的なプリズムと化す現象 『フェアリー・ダスト』 が発生している。
それは魅惑の美しさを奏でているが、その真実はこの地球の生物が、
生身のままでは決して生きることの出来ない死の世界であった。

「お待たせ〜!」
「待っとったで。元気そうで何よりやわ」

新リーダーとなった飯田と、リーダーを移譲した現在は、
<マザー>、<ローズ> の両艦に跨るスーパーバイザーとなっている中澤が、
やや前後したものの、連れ立つように現れた。
ブリッジを外して打ち合わせをしていたのであろうか。

「なんやねん、この艦に来るのミカちゃんだけとちゃうかった?
 なんで 『無責任艦長』 が一緒やねん」
「久しぶりやさかい、わざわざ表敬訪問に来とるんやろ!
 ……って、誰が 『無責任艦長』 やねん!」
「(ワッハッハッハッハッ……)
 決まってるやん、泣く子も黙る 『キャプテン・タイラー』、
 ここまで激しい 『無責任』 はなかなか居れへんで」

おなじみのやり取りを見ていた飯田とミカは、顔を見合わせて笑っている。
青筋を立てて怒っている平家の姿が、何故か微笑ましかった。

11 名前:920ch@居酒屋 投稿日:2001/7/15(日) 23:31:56
「キャプテン帰ったの?」
「うん? まだ居ると思うけどなんで?」
「へへへへ、別にぃ」

後藤と吉澤は保田が戻るのを待っていた。
機関室で見ることの出来る謎の物体は、他の箇所と比べて一際大きく、
さすがに、何らかの措置が必要と思われる。

「なんか状況に変化あった?」
「なんにも無いよ、ね、よっすぃ」
「うん、アロ〜ハ〜♪」

相変わらず気楽な二人である。
気楽ではあるものの、これでも <マザー> の戦術担当と航術担当である。
実際に二人がブリッジに就いたなら、保田にも侮れない力を発揮する。

「で、どうします?」
「ミカちゃんに分析してもらうのは勿論だけど、
 これは恐過ぎるでしょ、軽くチェックだけでもしておかなくちゃ」
「まだ出発まで時間があるんだからさぁ、
 慌てないでゆっくりやろうよ。圭ちゃんもこれ食べて」

後藤の声に促されて簡易テープルの上を見ると、
ジャンクフードが一抱えほど山になっていた。

12 名前:920ch@居酒屋 投稿日:2001/7/15(日) 23:33:55
「なにこれ? よっすぃが持って来たの?」
「正解〜! さっすが大明神、なんでもお見通しだね」

後藤が茶化したように言う。

「あのさぁ、あんまり調子に乗って 『なつみ部屋』 に通わない方がいいよ」
「え……、えへへへへ。
 アタシの機体って体力いるんですよ、だから必要最低限……」

理屈が通っているのか、いないのか……。
吉澤のウェイトが増していることは衆目の一致ではあるが、
器量を損ねていない分、許容されているのであろうか。

確かに吉澤の専用機 < MOP-09 Halcyon : ハルシオン > は、
その機体にフューチャーされている特殊機能により、
体力勝負という点を理解出来ない訳ではない。
しかし、それにしては少々苦しい弁明ではないか。

「……じゃあ、軽く動かして見るから、おかしな数値が出たらすぐ教えて」
「アイ・アイ・サー」

……『作動確認異常無し』。
平和な二人を斜め後ろに、保田もスナック菓子の袋に口をあて、
その中身を直接口の中へ流し込んだ。

13 名前:920ch@居酒屋 投稿日:2001/7/15(日) 23:38:28
「じゃあ、辞令も出てるんでミカちゃんは当面 <マザー> の所属ね」
「ハイ! 宜しくお願いします!」
「こちらこそ宜しく頼むで。ミカちゃんやったら大歓迎や。
 正味な話 『無責任艦長』 やったらどないしよか思てたところやねん」
「『無責任艦長』 言うのやめんかあぁぁ!!」

(プルルルル……)
「<ローズ> から入電です」
「わざわざモニタ越しかい」

ミカの声が一瞬緊張したように聞こえた。
それに比べ、中澤は終始リラックスしている。同じ空間に平家が居る効果か。

ブリッジの窓から上方は、斜め一面が巨大な汎用モニタとなっている。
これは、各種データの表示や中継画像の投影、そして双方向通信時の映像など、
各種用途に多岐に使用されている。

「キャプテン居る?」

大画面に映し出されたのは <ローズ> の副長、稲葉であった。
その表情は、いつも通りの濃い目な満面スマイルである。

「あっちゃんあのな、いちいち映像よこさんほうがええで、
 目尻のとことかよう目立つわ」
「なんでやねん、裕ちゃんかて額に皺寄せん方がええんとちゃう?」
「うわっ! ……あっちゃんそれは失礼やで、
 みっちゃんかて好きで老け顔しとる訳やないやん」
「アンタが言われとるんやろ!!」

14 名前:920ch@居酒屋 投稿日:2001/7/15(日) 23:40:20
中澤の場合、どこまでがボケでどこまでが本気であるのかは、
平家にも見当が付かないことがある。
しかし、巷では時に 『昼行灯』 と揶揄されることもある中澤の、
それこそがスーパーバイザーの持ち味であるとも言えた。

「こっちもまだまだ準備があるさかい、ボチボチ戻って来てや」
「了解、積み込みの進み具合は?」

山を掘り下げた半地下のドックは、この世界の各所に点在する。
それはただの山では無く、荒涼とした死の世界に横たわる、
草木の片鱗さえも無い、禿げ山の断層面と言った寒々しい現実であった。
それには大きく分けて公用、民用の二種類があり、公用は主に軍艦が利用する。
また、軍艦の民用ドックの利用に制限は無いが、その逆は不可であった。
現在このドックに停泊している艦は三隻、その全てが民用である。

「ほな、ボチボチ戻るわ」
「せわしないなぁ、みっちゃん何しに来とるねん」
「表敬訪問や言うてるやろ!!」

性懲りもなくボケまくる中澤に、今ひとつ素で返してしまう平家は、
どうすれば鮮やかに切り返せるものか、……と思案することもたまにはある。

「ところでな、ずっと一緒に居るその猫は天然モン?」
「……? あのなぁ、トークのネタやってるのとちゃうねんで」
「嘘や無いって、なぁ、かおり」
「うん、みっちゃんの頭の上に丸く乗ってる……」

動植物の大多数は遙か昔に絶滅していた。
犬や猫など、人間に身近な動物や植物がかろうじて生き延びていたが、
その間にも 『デモノイド』 は、地道ながら着実な進化を遂げていた。

15 名前:920ch@居酒屋 投稿日:2001/7/15(日) 23:42:20
『デモノイド』……、最終全面戦争後の世界において、
クローニングによる生物は、外界はおろか内界でさえも、
生きることは不可能となっていた。そこで生物の遺伝情報と生体組成に、
『評議員』 のもたらした各種テクノロジーを融合させることで、
疑似生命体としてこの世に生を授けたモノこそ 『デモノイド』 であった。

その成立は、倫理面に於いて新たなる物議を醸し出したが、
やがて、個体の性向や外観を調整出来る 『デモノイド』 を望む声が主流となり、
それが当たり前のこととして世間に浸透するのにさほどの時間はかからなかった。
しかし、いずれにせよ当の平家自身に猫など飼った覚えは無い。

「アホなこと言わんとき、どこに猫が居るねん」

パネル越しに映した自分の姿にも、どこにも猫など見当たらない。
リーダーとスーパーバイザーが共謀して自分を茶化しているのであろうか。

「天然? デモ? どっちやろ……。(わっ!?)」

平家の頭上を触ろうとした中澤が驚いて飛び退いた。
飯田も目を丸くして平家の頭上を見ている。

「なんやねん、化け猫かい! 今、恐い顔したで……、
 まぁな、みっちゃんに化け猫なら納得も行くけどな」
「納得するなあぁぁ!
 ……大体、どこに居るっちゅうねん」

頭上に余計な重さは感じない。
平家は両手を当ててみたが、触れたのは自分の頭であった……。

16 名前:920ch@居酒屋 投稿日:2001/7/15(日) 23:44:04
「りかちゃん、お待たせ〜」

格納庫には手伝いを頼まれた石川の姿があった。
矢口は早速運び込んだ機械の組立にかかる。
傍らには両目を×にしたままのしげるを抱えていた。

「矢口さん、……なんかグッタリしてますよ」
「辻と加護がさぁ! 危ないトコだったんだよね、
 後で圭ちゃんに診てもらわなくちゃ」

言葉尻に多少の怒気が残っているものの、
気持ちの大半は既に自機の方に向いている。

< MOP-02 Vanguard : ヴァンガード >、矢口の愛機である。
<マザー> 搭載機の中では数少ない航空タイプの機体であり、
その小さなボディは流麗な曲線を描いている。

矢口が 『ペイントマシン』 の組立を終えた。

「何て描くんですか?」
「えへへへへ、『 SEXY COMMANDER 』、
 『セクシー隊長』 って意味だよ、いいでしょ」

矢口はいたずらっぽい笑みを浮かべながら答えた。

17 名前:920ch@居酒屋 投稿日:2001/7/15(日) 23:46:03
「オイラさ、七色のグラデーションにしたいんだよね、
 りかちゃんはコンプレッサーのゲージを良く見てて、
 ピーク超えそうになったら戻してくれればいいから」

矢口の口から欧文のスペルがスラスラと出てきたことは、
正直驚きであった。本当に正しい綴りなのであろうか。

「いきなり描いちゃうんですか?」
「そうだよ? なんで?」

意外という顔をしている石川を、当然という顔の矢口が見つめる。
ウォーミングアップ無しでいきなり描くなど、余程腕に自信があるのか。

「わっ!? わあぁぁぁ! うひゃあぁぁぁ!
 ……キャハハハハハ! ……うん、いいよ! うん、上出来!」
「…………」

特殊塗料を噴射するスプレーガンは、石川の予想通り強烈な勢いを示した。
<ヴァンガード> に描かれた七色の文字は、
折り重なるミミズの様相を呈している。

「りかちゃんの機体にも描いてあげるよ、なんて描く?」
「い、いえ! いいです! 絶っ対にいいです!」

石川の首は、外れそうなくらい強烈に左右に振られていた。

18 名前:920ch@居酒屋 投稿日:2001/7/15(日) 23:48:10
< PR-00 Tiger : タイガー >、平家の搭乗機。
二連装の砲塔を備えた、見るからに厳つい戦車の外観は、
あからさまに過剰防衛と取られてしまう向きもあるが、
各艦に於ける搭載機の構成上、それは無くてはならない要素である。

「みんなに挨拶してる時間は無いな、……宜しく言うといてや。
 ミカちゃんのことも頼むで」
「まかしとき」
「大丈夫ですよキャプテン! (HAHAHAHAHA……)」

一種脳天気とも取れるミカの笑い声は、しかし安心感を漂わせている。

「……ほな、行くわ」
「せやけどみっちゃんな、
 行くのはええとしても、頭のてっぺんに猫戴いたままやで」
「せやから何のことかよう分からんわ!」
「キャプテン、本当に何も感じないんですか?」

<タイガー> が牽引索から体勢を移動し発進にかかり始める。
平家自身には、相変わらず中澤の言う猫が実感出来ない。
全員をして自分のことをおちょくっているのであろうか。
しかし、ミカまでが口にしている以上、
全くのデタラメとも言い切れない。
わだかまりは抱えられたままであった。

19 名前:920ch@居酒屋 投稿日:2001/7/15(日) 23:50:07
各艦における搭載機は完全な個人専用仕様である。
汎用機も予備として数機搭載されているが、滅多に使用されることは無い。

各機の中枢コンピュータは、
搭乗者が本人であることを認めない限り、一切のオペレーションを凍結する。
起動には、本人の指紋、網膜パターンのチェックを経て、
声紋チェックを兼ねるパスワードの入力までのプロセスを要する。

パスワードの入力と言っても、
好きな歌のワンフレーズを歌うだけのことである。
肩肘を張るほどのことでは無い。

「新曲歌いたいなぁ……」

ゴーグルを付けながら、平家はポツリと呟いた。
ゴーグルはそれ自体が各種データを表示する画面となっており、
装着と同時に網膜パターンのチェックも行なわれる。

ヘルメットは無いわけではないが、これはあくまで応急用の意味合いであり、
大気を浄化出来る時間は、ボンベと併用して1本30分に満たない代物である。
従って、外界で自機を離れる場合以外は通常ヘルメットは着用しない。
外界でのオペレーションに於いては、
自分の機体、それ自体がすなわち自分の命そのものであった。

「ええねぇ、いつ見ても格好ええなぁ、みっちゃんの <蟹>」
「どこが <蟹> やねん! <タイガー> や!!」

中澤は平家の機体を好んで <蟹> と言う。確かに外観的には図星でもあったが、
自機への愛着心の強い平家にとっては、
それは何度聞いても、聞き捨てならない言葉であった。

20 名前:920ch@居酒屋 投稿日:2001/7/15(日) 23:54:17
「わっ!? 何っ!?」

突然何かが転がり回るような、けたたましくも鈍い音が艦内中に響き渡った。
搭乗直前の平家を始め、その場の全員に激しい体感を伴って艦体が揺らぎ、
飯田は咄嗟に裏拳で、中澤をノックアウトしかねない挙動を見せた。

「かおり、気ぃ付けてや! 直撃したら洒落にならんで」
「ゴメンね、大丈夫?」

日頃の自分に対しての口が悪すぎる……。
この際、裏拳が直撃でもすれば、それは天罰であると平家は思った。

『みんな! 何かに掴まって!
 ブリッジ! ……誰か居ないの!?』

保田のアナウンスが艦内を駆け巡る。パニックこそ抑えているものの、
それはとても落ち着いていられるトーンでは無い。
うわずった声には極度の困惑と、憤りの焦燥が纏わり付いていた。

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▼ Capricious SeriesMother Of Pearl
                           〜 About aThis Island Earth
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21 名前:920ch@居酒屋 投稿日:2001/7/15(日) 23:56:39
【 Continued from Op 】

中澤「……この間のゴルフ、あれはやってもうたね、
   思わずリヴェンジを口にしてしもたやん……」
平家「裕ちゃん負けず嫌いやしな」
中澤「せやけどゴルフ・ボールなんて、
   簡単にクラブに当たるもんとちゃうで……」
平家「タイミングが重要なんとちゃうの、
   力んでたらアカンで、こう……『チャー・シュー・メン!』」
安倍「(!)」
中澤「こうか? 『チャー・シュー・メン!』」
安倍「(!)」
平家「ええ感じとちゃう? 『チャー・シュー・メン!』」
安倍「(ソワソワ……) あ、あのサ、
   チャーシューメンはいつ出来上がるんだべ?」
平家「『あした天気になれ』 ってな、マンガの話やん……」

22 名前:920ch@居酒屋 投稿日:2001/7/15(日) 23:58:07
平家「……ようやっと始まったね」
中澤「まぁな、本業との兼ね合いを考慮して、
   今度のは作者的に低負荷な方向で、ゆっくり書いて行こか思てるねん」
平家「予定はどないになってるの?」
中澤「この作品は 『気まぐれ連載』 やねん。
   1エピソードの執筆開始は不定、UP は毎回予告日未明予定、
   エピソードの終了は成り行き次第、作品自体の終了は全くもって未定。
   ……ちゅう訳で次回は 『2001, 7/30 (月) 未明』 予定。
   昔、『週刊少年ジャンプ』 でやってた 『コブラ』 みたいな感じ?」
平家「……『ジャンプ』 言うたら 『北斗の拳』 やろ」
中澤「みっちゃんにはな。ウチに言わせてもらえれば……、
   『ジェット・アッパー!』 (ガシャン!)」
平家「わあぁぁ、危ないやんか! (ドキドキ……)」
中澤「『ハリケーン・ボルト!』 (ガラガラガッシャン!!)」
平家「危ない言うとるやろ!!」
中澤「『ブーメラン……』」
平家「なんで 『黄金の日本Jr.』 やねん!!」

23 名前:920ch@居酒屋 投稿日:2001/7/30(月) 02:33:00
中澤「祭シャッフルも一段落したけどな」
平家「久々に歌番組出まくりやったなぁ……」
中澤「出稼ぎみっちゃん、今回の稼ぎは?」
平家「向こう3年分……、って誰が 『出稼ぎ』 やねん!」
中澤「(ワッハッハッハッハッ……)
   ……まぁ、今回は 『ハロモニ』 が MVP やったね」
平家「なんで? 『うたばん』 の方が良かったやん」
中澤「みっちゃん的にはな、せやかて 『ハロモニ』 の夏祭りスペシャル、
   あれは卒業したウチと、新シャッフル・ユニットが上手く機能した、
   理想的な展開やったで。トルシエ監督も脱帽」
平家「なんで 『日本代表』 やねん」
中澤「せやけど思い起こすとみっちゃんな、
   綿菓子作り勝負中につまみ食いしてたらアカンよ」
平家「目の前にあるとな、もう我慢出来へんねん。
   手ぇが勝手に……、って、辻ちゃんやん!」
中澤「綿菓子だけやったらまだええわ、
   焼きそば食われへんから言うて 『悔し涙ポロリ』 はアカンて」
平家「『だってみんなじまんするんだもん』……、
   ……って、辻ちゃんや言うてるやろ!!」

                                       【 Continued on Ed 】

24 名前:920ch@居酒屋 投稿日:2001/7/30(月) 02:34:58
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▼ Capricious SeriesMother Of Pearl
               〜 Now episodeThis Island Earth
                                      【 Duty execution : 02 】
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「ごっちん、よっすぃ、ここはアタシが張り付いてるから、
 すぐブリッジに行って」
「でも、圭ちゃんだけで大丈夫?」
「<マザー> をなんとかする方が先! 頼んだわよ」

正円状の謎の物体は突如として光輝き、それに伴い急激な上昇を見せた出力は、
悪夢に飛び起きてしまった赤ん坊を思わせる。
仰向けにひっくり返ってしまった保田は、それでもなんとか起き上がると、
副長の立場故か、拭い切れない困惑とパニックを強引に飲み込み、
壁にもたれかかっている二人を促した。

「分かった、それじゃウチら上に行ってるね」
「ワ〜オ! すごい揺れですね〜」

後藤と吉澤の表情には、保田ほどの緊張感は見られない。
しかし、結果を出してくれるのであれば、それでも一向に構わないと保田は思う。

説明の付かない突然の事態に慌てた保田も、
機関室を離れて行く二人の後姿に、多少の落ち着きを取り戻すことが出来た。

25 名前:920ch@居酒屋 投稿日:2001/7/30(月) 02:36:01
「……ミカちゃんは圭ちゃんの所に行って」
「了解!」
「裕ちゃん達はどうする?」
「ウチらか? ……みっちゃんもこっちに取り残されたしな、
 取り合えずウチの部屋へ行くわ」

不愉快な目覚めに愚図り出してしまった赤ん坊のように、
<マザー> は性急な前進を続けている。
激しい揺れは、ドックのゲートを体当たりで突き破った時のモノであった。

「みっちゃんが 『飲まれへんと死ぬ』 言うからウチの部屋行くけどな、
 勤務中やしホンマはアカンねんで」
「そんなん誰も言うてへんわ! 飲みたいのはアンタやろ!」

中澤が無類の酒好きであることは広く知られているが、
その実、無節操に飲みまくるほど自分に甘い人間ではない。
平家は話の成り行き上怒っているが、
この状況で中澤が酒の話を持ち出すということは、
半分は無意識であろうものの、それは周囲の緊張を解く為の高踏的な口車である。
中澤の態度を見れば、飯田は自然に落ち着くことが出来た。

「じゃぁ、かおりはブリッジに戻るから、
 ミカちゃん機関室お願いね、みっちゃんも飲み過ぎちゃダメだよ」
「みっちゃん手がプルプルしてるもんな」
「どこがやねん!!」

平家の青筋と引き替えに、飯田とミカはクスクスと笑った。

26 名前:920ch@居酒屋 投稿日:2001/7/30(月) 02:37:00
「あいぼん、ひゃあぁぁぁぁ!」
「なんやねん、ののおぉぉぉぉ!」

辻に抱き付かれた加護は、そのまま浴びせ倒しで土俵を割りそうになった。

「わあぁぁぁぁ! なんだべえぇぇぇぇ!
 せっかく片付けたのにムカツクっしょおぉぉぉぉ!」

ようやく 『なつみ部屋』 の整理も一段落という矢先、
突如襲った強烈な揺れは、室内を目も当てられぬ惨状に変えた。
安倍にしても、この艦でここまで大きな揺れは、
かつて体験したことの無い規模であり、辻と加護が如何に驚愕したかが伺える。

声を荒げた三人は、しばらくして揺れが収まると、
ヘナヘナと床にヘタり込み、急激に脱力してしまった。

「……二人ともありがとな、後はなっちが片付けとくべ、
 代わりにこれをブリッジと機関室に届けてやってな」

艦内の各員の所在は、壁面のモニタでチェックすることが出来る。
安倍は二人の両腕に有り余る量の差し入れを手渡した。

辻と加護には、艦内に於ける明確な担当が割り振られていない。
適宜各担当をサポートすること……、それ自体が役割となっているが、
本人達の願望がそうさせるのか、何事も無ければ安倍の近くに居ることが多い。
非公式ながら事実上の衛生・食料担当という訳である。

安倍の場合、仕事の節目や、どう考えても安倍本人の気分の節目に、
二人に飲食物を持たせることがままあった。

27 名前:920ch@居酒屋 投稿日:2001/7/30(月) 02:38:03
届け先では自分も一緒に差し入れを食べることが出来る為、
不満こそ無いのであるが、二人の不在中安倍は一体何をしているのであろうか?
さらに大量に貪り食っているのであろうか? あるいは自分達には内緒で、
もっと美味いモノを独り占めして食べているのであろうか?
加護と辻の疑惑は、その度に深まるばかりであった。

「(どや? 親方食べてるか?)」
「(せなかしかみえないのれす……)」

『なつみ部屋』 を後にしたはずの二人は、しかし疑惑解明の誘惑に抗しきれず、
荷物を床に置き、こっそりと引き返して来ていた。

「(気付かれたらアカンで)」
「(ヘイ!)」

壁に張り付き、床を這う二人は、
見てはいけない機織りの現場を覗き見る興奮にも似た、
異様な昂揚感に突き動かされている。

「(匂いとかせえへんな……)」
「(……おともしないのれす)」
「(?)」

ほふく前進で囁き合う二人の視界に、突如二本の大根が飛び込んで来た。
恐る恐る目線を上げると、仁王立ちの安倍が腕を組んで二人を見下ろしている。

『わ、分っかりました! 親方〜!』

加護と辻は、飛び起きると慌てて荷物を拾い上げ、
決して後ろを見ないようにして 『なつみ部屋』 を飛び出して行った。

28 名前:920ch@居酒屋 投稿日:2001/7/30(月) 02:39:00
「<マザー> のご機嫌はどう?」

飯田がブリッジに戻ると、先に到着していた二人は、
自分の席上でセッティングに忙殺されていた。
特殊偏光ガラスに守られたブリッジの窓からは、
プリズム状にきらめく万華鏡とも呼べる光景が際限なく続いている。

「手動制御は不完全ですね、
 『フェアリー・ダスト』 の真っ直中って、かなりやばいッス」
「有視界メイン……、後藤は斉射スタンバイのまま、
 吉澤の航術をフォローして」
「了解! でもね、こっちの制御も完全じゃないよ」

コンソール上のデータが示す通り、砲術制御も不完全であることは、
無闇に連射されたショックカノンの累計から明らかであった。
このまま進むとなれば、無用な破壊を拡大する可能性もある。

……異次元の美しさを奏でる 『フェアリー・ダスト』。
それは、高濃度に汚染された大気と大地のゆらめく化学反応の上に、
致死のダメージを持つ太陽光までもが多重反応することにより引き起こされる。
発生のタイミングは全くのランダムであったが、
出現する素地は、あまねく全ての地表に広がっていた。

この、生身では生きることの出来ない死の世界と化してしまった地表を、
人々は 『外界』 と呼び、地殻変動で出来た地下空間を躯に、
『評議員』 のテクノロジーを用い、必要最低限な状態に居住可能とする為の、
リプロダクションを施した生存圏を、『内界』 と呼んだ。

飯田は交信しているとでも言いた気に体の動きが止まっていたが、
不意に視線を自分の席上に戻すと、艦内の所在情報を目で追った。

29 名前:920ch@居酒屋 投稿日:2001/7/30(月) 02:40:00
「キャハハハハハハ! オイラが描いてあげるってば」
「ダメです! 絶対にダメです!」

<ヴァンガード> の機体表面は、
本来の意味を失った不気味なカラーだけが折り重なっている。
スプレーガンを持った矢口と、体を張って自機を守る石川のやり取りは、
延々と続いていた。

「いいじゃん、格好良く描いてあげるから……『色黒りかちゃん』(プッ!)」
「そんなのどこが格好いいんですか!」

二人の注意の先は、艦の激しい揺れや音よりも自機の攻防に集中していた。
石川のリアクションは、本人が懸命であればあるほど必要以上におかしく、
矢口も調子に乗っている感は否めないとは言え、
それはつい人をからかいたくさせる。

「矢口さんのだって、もう七色じゃないですよ、
 黒っぽくなっちゃってるのに」
「……う〜ん、これはちょっとあんまりだね」

石川の思い掛けない一言に、
我に返った矢口のスプレーガンがようやく下を向いた。
もはや 『 SEXY COMMANDER 』 などというペイントはどこにも見当たらない。

『矢口、石川、ブリッジへ来て』
「なんだろう?」
「呼ばれちゃいましたね」

正直、石川にとっては助かったというところが本音であった。
これで不毛な争いに終止符を打つことが出来る。……二人は格納庫を後にした。

30 名前:920ch@居酒屋 投稿日:2001/7/30(月) 02:41:03
「圭ちゃん、そっちはどう?」
『ようやく安定して来たわ……。
 ……ただね、変なのよ。いつもより全般的に数値が上がってるの。
 見た目の性能がアップしてるのよね……、どうなってるんだろ?』

矢口と石川がブリッジへ到着すると、
リーダーはサブリーダーとのやり取りの最中であった。
窓の外は何時止むとも知れない幾何学的な乱反射の嵐、
大画面モニタ上には、<マザー> の計算上の経路が示されている。
操舵に大きなアクションを見せている吉澤が、ことさら懸命に映った。

「なんで 『フェアリー・ダスト』 なのに出発してるのさ?」
「『なんで』 って事故じゃない。矢口は何も気が付かなかったの?」
「……えへへへへ、オイラりかちゃんにいろいろ注文されて、
 無理矢理ペイントさせられてたから……」
「なんでですか!」

その反論のトーンに、飯田は思わず吹き出しそうになったが、
そこは任務伝達の責任感が勝った。

「<ヴァンガード> と <アネモネ> の発進準備をしてちょうだい」
「だって妖精が舞ってるじゃん、わざわざ出るの?」
「<マザー> の制御が完全じゃなくて蛇行してるの。
 この状況じゃ有視界操縦にも限界があるし、『フェアリー・ダスト』 を
 抜けた途端に大惨事ってこともあり得るでしょ。
 二人には先行してここを抜けて、一足先に哨戒しておいて欲しいの」

31 名前:920ch@居酒屋 投稿日:2001/7/30(月) 02:42:00
「……OK、りかちゃん行こう!」
「ハイ!」

事情は飲み込めた。最初からその旨のみをアナウンスしてくれれば、
二度足を踏むことも無かった気はするが、
現状把握にはブリッジから外の光景を見せることが、結局は一番早かった。

「<ヴァンガード> スタンバイ、<アネモネ> マウントOK?」
「OKです。このままカタパルトへ向かいます」

< MOP-03 Anemone : アネモネ >。
石川機は哨戒・調査等に特化された機体で、通常の電子性能はもちろん、
有視界モード時の光学性能も他機に抜きん出ており、<マザー> さえも凌駕する。

しかし、その分攻撃・防御面が犠牲にされており、単独行動のリスクは最も高い。
とは言え、熱エントロピーを急激に低下させ対象を氷中に封じ込める唯一の兵装、
『フリーザー・スカッチ』 は、有効な局面に於いてはなかなか強力で、
それが <アネモネ> を単なる 『お姫様』 にさせていない一因である。

「ねぇ……、外さぁ本当にすごいよ」
「『セクシー隊長』 がネガティブになっちゃダメですよ、
 ポジティブ、ポジティブ!」

励ましているつもりであろうか? 矢口の背中を一瞬冷気が走ったが、
<アネモネ> をマウントした <ヴァンガード> は、
勢い良くカタパルトを後にした。目指す先は <マザー> の進路を一直線、
『フェアリー・ダスト』 を抜けるまで……。

32 名前:920ch@居酒屋 投稿日:2001/7/30(月) 02:43:00
「ワンダフル!」
「う〜ん……、結果オーライって訳にはいかないけどね……」

<マザー> が暴走してから以降の各種ログを見つめながら、
保田はどうしたものかと思案していた。
ミカのように、素直に感嘆出来ればどんなに楽であろうとは思うが、
如何せん突然の発進はどうにも腑に落ちない。
今後も繰り返されるようであれば大問題なのである。

「保田さん、この物体の発光時点の <マザー> は、
 完全にこれ……、パール……、パールって呼びましょう、
 真珠みたいだから <パール>……」

ミカの命名に異論は無かった。
異様に巨大な真珠ではあるが、質感は正鵠を得ている。

「<パール> にシンクロしてますね、
 この時の <マザー> はイコール <パール>」
「『ハック』 されたってことよね……、
 それから今現在は安定して来てる……、本部への報告は、
 『謎の暴走+小康状態』 ってことにしとくしか無いのかしら……」
「まだまだ色々ありそうですよ……」

保田にとっては頭の痛い問題であるが、ミカは何処か楽しそうであった。

「この艦の名前が <マザー・オブ・パール>……」
「えっ? 何か言いました?」

33 名前:920ch@居酒屋 投稿日:2001/7/30(月) 02:44:00
両手を頭の後ろに組みながら、不意に口をついた保田の呟きに、
ミカが顔を上げて問い掛けた。
ただの思い付きである、もちろん説明などあるはずは無い。

「うん? 何でも無い。……あら、辻」
「ハァ〜イ! 辻ちゃ〜ん!」

いつの間にか機関室の入口に辻が立っていた。
両腕には、少なくともジャンクフードより遥かに栄養が有りそうな、
食料とボトルを盛り沢山に抱えている。

「なっちの方は片付いたの?」
「<まざー> がゆれたんで、またちらかったれすけど、
 あべさんじぶんでかたづけるから、これもってけって……」

安倍がわざわざ辻をこちらへよこす。
辻と加護の疑惑の真相を知っている保田は、思わず口許が緩んだが、
持ち運んだ荷物を食べたそうにしている辻の顔に気付き、
穏やかな表情で簡易テーブルの方へ呼び寄せた。

「せっかくだから辻も一緒に食べよう」
「それじゃ、辻ちゃんから選んで下さい」
「へい! てへへへへへ……」

辻の無邪気な笑顔はやはりかわいいと思う。
突然の暴走には訳が分からぬまま驚いたが、
いつの間にか完全に腹は座っていた。ブリッジがこの事態を収拾してくれて、
そこからまた一仕事……、副長稼業も何かと忙しい。

34 名前:920ch@居酒屋 投稿日:2001/7/30(月) 02:45:00
最終全面戦争以前からの地球圏のテクノロジーで、
今もって健在なモノに、天体上をくまなく結ぶ無線通信網があった。
それは隣人と間近に話をしている程の、迅速かつ自然なレスポンスを有しており、
物理的に隔絶されたこの世界を結ぶ神経線として、
今や最重要なライフラインの一つと化している。

『フェアリー・ダスト』 はあらゆる無線要素に原因不明の障害をもたらした。
ひとたび 『妖精の粉末』 に取り込まれてしまったなら、
レーダーや誘導はもちろん、一切の通信や計測が無効となり、
全ては有視界オペレーションへ帰結することとなる。

さらに、この現象はその渦中を抜け出た後も、
おおよそ10〜20分は障害が尾を引き、即座に復旧が出来ない。
矢口と石川が先行して母艦を離れたのは、妖精達を抜けた直後の、
目先しか効かない <マザー> が直面する危険を、
未然に防ぐための使命であった。

「参ったね、オイラたちの機体傷だらけだよ、帰還したら磨かなくちゃ」
「でも、外は本当に綺麗ですね……」

結晶化した有毒物質の粒子は、触れる物体に軽微な損傷を与える。
それはひとつひとつが極微細なヤスリであり、
その中を進むことは、機体に無数の傷を付けていることであった。

「どう? まだ抜けれない?」
「……発進したばかりじゃないですか」
「じゃ、オイラ飛ばしちゃう。りかちゃん泣きべそかいちゃダメだよ」

矢口は、石川の体が一気にシートに沈み込むほど急激に加速した。

35 名前:920ch@居酒屋 投稿日:2001/7/30(月) 02:46:01
<ヴァンガード> と <アネモネ> の姿はすぐに見えなくなった。
もちろん、妖精達に邪魔をされレーダーで捕捉することなど叶わない。
うまく先行した状態で抜け出してもらうことを願うのみであった。

吉澤のコンソールには、ワイヤーフレームで描画された、
二次元と三次元の航路座標が示されているが、
これは今の状況ではあくまで参考にしか過ぎない。
そもそも 『フェアリー・ダスト』 の渦中なのである。

平時の航法が無効な状況かつ、完全な制御が効かない <マザー> の、
中枢思考上はアンビバレンツな状態に対峙するもう一方の理性が示す、
計算上の表示であり、無いよりはマシと言う程度か。
母艦は、尚も手綱を緩めるとあらぬ方向へ進んでしまう暴れ馬のようであり、
その座標に合わせることさえ一苦労であった。

<マザー> の中枢は亜人格を備えており、艦体中央部にはその 『彼女』 の部屋、
通称 『 Mind's Eye : 心眼 』 と呼ばれる、
メンバーと直接コンタクトを取ることが出来る空間が設けられている。
母艦とのやり取りは、傍目には交信にも等しいモノがあり、
これに最も向いていると思われるのがリーダーである飯田であった。
事実、適任ではあったものの、今回の一件では 『心眼』 の扉は固くロックされ、
誰との接触も拒絶されている。飯田の交信でさえ受け付けようとはしなかった。

これに対し、飯田の意志は交信に執着すること無く、
ストイックに現状の収拾に向けられているようであった。
現在の立場がそうさせているのであろうか、中澤なら目を細めるかも知れないが、
実は日常の立ち居振る舞いが誰よりもメカニカルであるが故、
『心眼』 の気持ちも良く分かるのであろうと言うのが、
後藤と吉澤の一致した、そして内緒の見解であった。

36 名前:920ch@居酒屋 投稿日:2001/7/30(月) 02:47:00
<マザー> に於いては……、<ローズ> でもそうなのであるが、
リーダーとサブリーダーは同格である。
どちらが上ということは無く、状況によりどちらもブリッジに立つ。
それどころか、基本的に職制上は、
飯田と加護・辻の間でさえ上下は無いのである。

リーダーの委譲に伴い、中澤は現場の最前線を離れた分、
かつてよりは、幾分格式ばったように感じられることもあるが、
それとてホンの些細なことであった。

依然、操舵に力の入る吉澤と、
暴発を抑えながら、時折出現する障害物を撃破することに懸命な後藤の後で、
飯田は窓の外と、コンソール上をゆっくりと交互に見ながら、
何かを思案しているようであった。別種の交信かも知れない……。

「えへへへ……」
「……加護。……なっちね」

静かにブリッジの扉が開くと、
いつの間にか加護が、飯田の顔を覗き込むように傍らに立っていた。
両腕には目一杯の飲食物を抱えている。

「ハイ! 飯田さんはコレ」

空いている席に差し入れを置くと、加護は相手の希望を確認するまでも無く、
独断で運び込んだ手荷物を分けて行く。
一瞬、別の食料を所望したくなったが、はにかむような笑顔を見せる加護に、
飯田も結局その言葉を口にすることは無かった。

37 名前:920ch@居酒屋 投稿日:2001/7/30(月) 02:48:02
「ハイ!」
「サンキュ〜」
「かごちん、前髪変だよ」
「えへへへ……」

常識的にその状況を見れば、声を掛けづらいはずの吉澤と後藤にも、
加護は屈託無く安倍の差し入れを配って回る。

吉澤と後藤にしても、それは日常のごく当たり前の一コマであった。
<マザー> がこの人員体勢になってから、既に一年以上を経過しているが、
当初のぎこち無さも既に過去の物となり、今ではより一層の強固さを誇っている。

「わぁ……」

加護は窓に両手を押し当て外を眺め始めた。食い入るように見つめるその姿に、
いつしか背後にそっと歩み寄った飯田は、加護を包み込むように抱きすくめる。
飯田は、今ブリッジに居るこの4人の中で、自分以外のメンバーは、
<マザー> 最初期の、荒波をバラバラになりそうに揺れていたあの頃を、
実感として知らないのだと考えることも時折ある。後藤も吉澤も加護も皆、
過去の礎を当然のこととして歩んでいるが、現在の規模に押し上げるまでに、
どれだけの苦難や試練や曲折が介在したものか……。

……しかし、たとえそれが事実であるとは言え、
それ以上でも以下でも無いことなのであると、最近少しは思えるようになった。
後藤であれ、吉澤であれ、ここに来るまでの道のりは、
決して平坦では無かったはずだ。自分達は相対を共有してここまで来た、
光があれば影があるように、人は全てが平等であるはずなど無いのである。
最近少し背の伸びた加護を抱えながら、
飯田の目は、遙か別の次元を見つめているようであった。

38 名前:920ch@居酒屋 投稿日:2001/7/30(月) 02:49:00
絶え間ない粒子の研磨にさらされている二つの機体からは、
矢口と石川の体にビリビリとした細かな振動がかすかに伝わる。

「や、矢口さん、……ちょ、ちょっと速過ぎないですか?」
「全っ然! それより早くこれ抜けちゃおう」

回線を直結した映像の中の石川は、
加速に押しつけられ、シートに固まっているように見える。
しかし、矢口にとっては何よりも妖精達から抜け出すことが先決であった。

「あっ!? しげる気が付いた?
 良かった、オイラ圭ちゃんに診てもらわなきゃダメかと思ったよ」

矢口のパイロットスーツの腹部に直接固定された相棒は、
×のままであった両目が、ゆっくりとまばたきを始めている。

「あのね、加護と辻は危険だから自分だけで近付いちゃダメだよ」

しげるは二人のことが嫌いでは無い。
むしろ妙な親近感さえ抱いているようにも見え、
自ら向かって行ってしまうこともしばしばであった。

「分かった?」

念押しする矢口に、小さな熊は眠たそうに目をこすると、
そのまま瞳を閉じて再び動かなくなった。

39 名前:920ch@居酒屋 投稿日:2001/7/30(月) 02:50:00
「それにしても、このフライト結構しんどいね……、
 オイラたち本当に真っ直ぐ飛んでるのかな?」
「……どうなんでしょう?」

妖精の悪戯か、機体の手応えが微妙である。
どうやら発進してから一直線で推移出来ているかは怪しい模様だ。
<ヴァンガード> でさえこの有様である、
まして制御の不完全な <マザー> の巨体では尚更のことであろう。

人々の活動圏は 『評議員』 達により、大気圏内に限定されていた。
かつて人類自身の手で敷設した宇宙に於ける諸設備等は、
本来の持ち主には直接手の届かない状況に置かれているが、
見方を変えれば 『評議員』 に直接守られているということであり、
地球上の特定勢力の権益に左右される事態を未然に防いでいることは、
むしろ賢明であるのかも知れない。

外界の活動に於いて、その共有の設備は官民を問わず、
条件さえ整えば誰でも利用することが可能であったが、
極限の環境と化した惑星に対する 『評議員』 達のスタンスは、
積極的にリプロダクションを敢行しようとする考えは無いように思われた。

飛び交う妖精達に、必要な電子性能の一切を封じられている現状は、
地磁気でさえまともには信頼の置けなくなってしまった惑星環境の中で、
限られたデータでの、地文航法に於ける有視界オペレーションが全てと言う、
レシプロ機時代までの退行を余儀なくされていたが、
そこは矢口とて全くの新人とは訳が違う。動じているつもりは毛頭無かった。

40 名前:920ch@居酒屋 投稿日:2001/7/30(月) 02:51:00
「抜けたあぁぁぁぁ!」

まとわりつく 『妖精の粉末』 を振り切りながら、
ようやく幻惑の空間を飛び出した二つの機体は、
そのまま流れるように飛行を続け、最後は見事な軟着陸を決めた。

「<マザー> とどれくらい誤差出ちゃったかな」
「解析スタンバイしてます、もう少し待って下さい」

たった今抜け出たばかりである。
<アネモネ> が真価を発揮するには今しばらくの時間が必要であった。

「じゃ、オイラは今のうちに燃料を補給しとくね」

この世界の動力の基本は、有毒化学物質の土壌を直接燃料に変換する。
安全性は当然懸念されたが、その問題が解決されてからも久しい。

外界そのものが普遍的に燃料であるとすれば、
わざわざ本体に燃料を備蓄せずとも、無尽蔵にいつでも使うことが出来る。
<アネモネ> のような陸上タイプの機体の利点は、
燃料の消費と補給を同時に行えるという点に尽きる。
ランニング・コストが著しく低いのである。
これはランド・シップでさえも例外では無い極めて重要な要素であった。

これに対し、<ヴァンガード> のような航空タイプの機体は、
同じ燃料を用いるにせよ、逐次補給は出来無い。
活動を維持する為には常に残量に気を使いながら、
その都度着陸して燃料を補給しなければならない。
無限の航続距離を持つ陸上タイプと比べた場合、それは余りに短いのである。

41 名前:920ch@居酒屋 投稿日:2001/7/30(月) 02:52:00
足が速く活動局面も広い反面、
燃料以外の点でも何かとコストが高くついてしまうことを含めて、
航空タイプの搭載割合が今ひとつ伸びない大きな要因はそこにあった。

「そろそろ大丈夫みたいですね」
「どんな感じ?」

矢口は相棒の頭を軽く叩くように撫でながら尋ねる。
特殊偏光仕様のキャノピーの向こうには天と地を繋ぐ、
キラキラと輝く無数の結晶で構成された壁が、途方も無い規模で広がっている。
妖精の渦中を通過している最中こそ、そこまで気が回らなかったが、
改めて眺めてみれば、やはりそれは驚嘆に値する光景であり、
矢口はしばらく見とれてしまった。

「矢口さん、<マザー> はまだ確認出来ないですけど、
 取り合えず、リサーチ出来たデータを送ります」
「サンキュー!」

転送されたデータには、ウンザリするほど詳細なレベルで、
周辺地形等のデータが表示されている。石川にとっては大威張りの
<アネモネ> の能力であったが、大抵の場合は過剰とも言えた。
手前の影になっている部分が 『フェアリー・ダスト』 である。

「ニアミスしそうな艦とかも無さそうだね」
「このまま <マザー> が追い付いてくれるといいんですけど……」

コックピットは存外快適である。
それは、自分の体調や気分にさえも微妙にシンクロさせることが可能で、
場合によっては、母艦内よりも快適三昧であった。
矢口はその心地よさに誘われて、ついウトウトと船を漕いでしまった。

42 名前:920ch@居酒屋 投稿日:2001/7/30(月) 02:53:00
「……口さん! 矢口さん!!」

意図的に通話ボリュームを上げたと思われる石川の声に、
風船が割れるように目を開けた矢口のゴーグル内に、
巨大な影がデータとして表示され始めていた。一体どれ位寝てしまったのか。
現れているのは紛れも無い、二人の母艦 <マザー・オブ・パール> であった。

「うっひゃぁ、オイラ達随分離れちゃってるなぁ」

『フェアリー・ダスト』 そのもの自体は静粛である。
照りつける太陽と見渡す限りの地平線に、<マザー> の艦影は確認出来ない。
辺りは時が止まったように静かであった。

「矢口さん、<マザー> の進路なんですけど……」
「……どうしたの?」

石川の声が不安を帯び始めている。
その声に促されるように矢口は再びマップを確認した……。

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  ▽ Comprehensive public presentation record : 37
                                         【 Now underway 】
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43 名前:920ch@居酒屋 投稿日:2001/7/30(月) 02:54:00
【 Continued from Op 】

中澤「まぁ辻はアレやねんけど、加護のことな」
平家「辻ちゃんの何が 『アレ』 やねん?」
中澤「いやな、辻はともかく、加護の身長って最近目に見えて伸びてへん?」
平家「育ち盛りやで、結構なことやん」
中澤「せやけどな、『ミニモニ。』 の明日はどないするねん」
平家「どないや言われても、こればっかりは自然の摂理やし、
   周りがあれこれ言う筋合いとちゃうよ」
中澤「さよか……、
   せやったら、いよいよ伝説のあのお方にご登場願うしかないな」
平家「『伝説のあのお方』?」
中澤「『このたび封印を解きます、ミニモニ。の白木みのるでございます。
   僕たちは9月12日に2ndシングルを発売予定です。
   ……それじゃあ、1曲いこう、♪おいしい牛乳のむのだぴょ〜ん!』」
平家「なんで 『ミニモニ。』 で封印を解くねん!」
中澤「(ワッハッハッハッハッ……)
   ほな、次回は 『2001, 8/13 (月) 未明』 予定。
   ♪みどりのやさいをたべるだぴょ〜ん!」
平家「アンタは 『ミニモニ。』 に何を求めてるねん!」

44 名前:920ch@居酒屋 投稿日:2001/8/13(月) 07:09:54
平家「りかちゃんの写真集出たね」
中澤「これや、これ 『 Rika Ishikawa 』! ストレートなタイトルやね」
平家「シンプルでええやん、
   ……って、なんで裕ちゃんの手元にあるの?」
中澤「『なんで』 って、わざわざ自分で買うたからやないかい」
平家「……また、一大決心したなぁ」
中澤「たまたま売場にあるの見付けてな、たまたま売場に居る人が少なくてな、
   ……レジから先のことはよう覚えてへん」
平家「ウチら仕舞いには小説とかまで書いてる割には、
   未だに開き直り出来へんよな……」
中澤「元々、ネタ書きが高じてミイラ取りがミイラやしな……、
   ところでな、みっちゃんもこの際便乗して写真集はどないや?」
平家「ええねぇ……、って 『便乗』 は余計やわ!」
中澤「石川の横浜、軽井沢に対抗して、都内有名スポットにて撮影敢行」
平家「……『都内有名スポット』 ってどこやねん?」
中澤「『千駄ヶ谷トンネル』、『青山霊園』、『池袋サンシャイン』 etc……、
   夏が終わるまでに出さなアカンから三日間で強行セルフ撮影、
   時間帯は午前二時から夜明前まで限定、機材は ALL 『写ルンです』、
   題して……『納涼特別企画 : うしろの平家みちよ』」
平家「『心霊写真集』 かい!!」

                                       【 Continued on Ed 】

45 名前:920ch@居酒屋 投稿日:2001/8/13(月) 07:10:54
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▼ Capricious SeriesMother Of Pearl
               〜 Now episodeThis Island Earth
                                    【 Duty execution : 03 】
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母艦の進路上を遙か先には、巨大な断層が壮大な壁を成しており、
その壁の向こうには、複雑な地形が連なる渓谷が広く深く、
そして、大きな口を開いている。

「……でもさ、
 これだけ壁に奥行きがあれば、突っ込んだって問題無いんじゃないの」
「それが……」

断層部分のデータが拡大された。

「渓谷の前面は、確かにズーッと壁なんですけど……」
「うん」
「この辺りは、地層も地盤もすごくもろいんです」

過酷な環境変化は、かつて生命を育んだ青い惑星の水を強酸性に変えていた。
石川の指摘する箇所は、水分が干上がる直前までの酸の浸食により、
その置き土産として地盤の一帯がボロボロになっている。

「<マザー> の電子系統が回復出来てないとして……、
 視認判断で断層を崩して土壌のクッションと 『出力擬帆』 の緩衝から、
 減速制御で止まろうとしてたら……」
「<マザー> は落下しちゃうじゃん!」

46 名前:920ch@居酒屋 投稿日:2001/8/13(月) 07:12:02
矢口と石川の母艦での担当は、
後藤、吉澤と同じく、それぞれ戦術担当と航術担当であった。
石川が提示した不安は、
仮にこの状況で自分が舵を握っていた場合を想定してのことであったが、
矢口もすぐさまそれに同意した。

「急いで知らせなくちゃ! ……フルスピードで間に合うかな?」
「<マザー> の状態にもよりますよね」

矢口は <ヴァンガード> の始動を急ぐ。

「<アネモネ> マウント・オフ、
 りかちゃん悪いけどオイラ先に行くね」
「ハイ……、気を付けて行って下さい」

母艦に間に合わせる為には、<ヴァンガード> は身軽になる必要があった。
それは分かっていることであったが、
一人取り残される石川は、急に心細くなった。

「それじゃ、りかちゃんも <マザー> に向けて進路を取って、
 何かあったらすぐ SOS するんだよ」
「ハイ……、早く迎えに来て下さいね……」

矢口の機体は、慌ただしく向きを変えると、
鋼の弾丸のように、凄まじい加速で母艦へ向けて飛び去った……。

47 名前:920ch@居酒屋 投稿日:2001/8/13(月) 07:13:00
「『フェアリー・ダスト』 通過!」

ブリッジの空気が軽くなった。電子系統はまだ復旧しないものの、
眼前に広がる厳しい光景からでさえも、自然と安堵が届けられる。

「矢口達は……、居ないね。吉澤、<マザー> はどう?」
「出力は安定してますけど、
 こっちの言うことはあんまり聞いてくれませんね」

小康状態の母艦であったが、
依然、放っておけばどこまでも勝手に進んでしまう。
尚も猛進する <マザー> に何とか歯止めをかけなくてはならない。

「後藤、この先はどう?」
「……このまま真っ直ぐ行くとね、壁……、断層にぶつかりそうだよ、
 <マザー> は突っ込んじゃうね」
「吉澤、『出力擬帆』 は張れそう?」
「……大丈夫そうですね、『擬帆』 だったら出力が上がってる分、
 いつもより強力だと思います」
「後藤は 『ショックカノン』 で断層を出来るだけ細かく破砕して」
「OK! クッション同士で <マザー> をストップさせるんだね」

世間には <マザー> のクルーに対し、
時に悪意の元に書かれていると思わせる、反動的な風説も流布されるが、
メンバー間の雰囲気は決して悪いものでは無かった。

断層に照準を合わせる後藤と、操舵に気合を入れる吉澤、
後藤の隣席で真剣に成り行きを見守る加護、そして身を乗り出す飯田、
ブリッジの空気は安堵から一転、適度に張り詰め始めた。

48 名前:920ch@居酒屋 投稿日:2001/8/13(月) 07:14:00
「あ、あのさぁ……」

保田の言葉は明らかに困惑の色を含んでいた。
差し入れを運んで来た辻の食べっぷりが尋常では無い。
安倍の分身を見ているような光景は、おかしさと同時に、
辻の成長にいろいろな意味で一抹の不安を感じさせる。

「てへへへ……、
 これはみかちゃんにあげるのれす」
「サンキュ〜、辻ちゃん」

ミカも負けてはいなかった。辻に引けを取らないばかりか、
それ以上に不気味な底力さえ感じさせる。
今日の凄まじさは普段の比では無い……、一体これは何事だ……、
まるで <マザー> の暴走が食に乗り移ったかのようであった。

「あ、あのね、二人とも……、
 別に食べることは構わないんだけどさ……」
「へい?」
「保田さんの分もまだまだありますよ、
 もっともっと食べましょう」

何というペースであろうか……、
無邪気な強食は保田を唖然とさせ、やがて閉口させてしまった。
邪念を振り払うように、仕事に戻ろうとする保田の横で、
二人は盛大に、しかも朗らかに食べ続けている。

49 名前:920ch@居酒屋 投稿日:2001/8/13(月) 07:15:00
しかし、それが平和な光景であるのなら保田も嫌いな訳では無かった。
出来ることならいつまでも続いて欲しい位である。
この厳しい現実が当たり前のこととなってしまった現在では、
そう思うのは決して保田だけではあるまい。

最終全面戦争……、俗に 『 Ragnarok : ラグナロク 』 と呼ばれるその戦いは、
悠久の歴史の流れに於いて、ホンの点に過ぎない一瞬で全てを変えてしまった。
かつて、地域紛争の根絶こそ難航していたとは云え、
地球規模での緊張緩和に向かいつつあった世界は、
表向き一つの惑星国家として収束して行くように思われた時代があった。

しかし、その背後ではまるで表裏一体であるかのように、
悪魔の力が底知れず肥大し続けていたのである。

強大な仮想敵の存在しない世界、
その発端は歴史学者をしても未だ定かでは無かったが、
突然にパンドラの箱は開かれた。
核兵器の破壊力を等比級数的に増大させた、
『 Ω(Omega) Atomic : オメガ・アトミック 』 の招いた大量破壊は、
天体そのものに重大なダメージを与え、
この惑星のあらゆる文明を壊滅させた。

そして事実上、実質的な 『 Spacenoids : スペースノイド 』 の
成立が間に合わなかった事態に、人類の歴史もこれまでかと思われたのである。
だが、死神の手から逃れた人々はわずかながらに存在していた。
人口の割合にすれば、もはや小数点を大幅に割り込んだ比率でしかなかったが、
それでも、何とか難を逃れた人々が居たのである。

50 名前:920ch@居酒屋 投稿日:2001/8/13(月) 07:16:00
一変した環境は生存者に容赦を見せず、創世を思わせる荒れ狂う気象……、
惑星を余すこと無く覆い尽くす放射能の災禍……、
かつての地図が意味を成さないほどに変容してしまった地表……、
そして、著しく狂ってしまった地軸……、地球は死の星へと変容してしまった。
人々はやがて理性を失い始め、結局死期が先送りされただけという、
絶望的な悲観論が急速に蔓延し、その結果、共食いとも呼べる争いや、
過酷な環境に耐えられず自ら生命を絶つ者が続出して行ったのである。

この悲惨な状況を、何の前触れも無く救ったのが、
突然来訪した、今日 『評議員』 と呼ばれる異星人の存在であった。
『評議員』 の由来は、地球に降り立ったメンバーの構成が、
どう見ても一星系だけでは無かったからと云うことらしいのであるが、
その当時の公式な記録は、何故か一切残されておらず、
その姿をまともに見た者も現在はごく少数が存命、
あるいはその世代は全て亡くなったとも言われている。

それは黒く覆われた天空に、神を思わせるまばゆい光として現れ、
畏怖すべき力で放射能を除去し、
荒れ狂う気象を意図も容易く穏やかな状態に戻したと云う。
しかし、その代償として残された環境が、有毒化学物質の大地と大気に酸の海、
そして致死級の日照であった。とは言え確かに予断を許さない状況であったが、
それでも残された人々は、『評議員』 により間一髪で滅亡を免れたのである。

『評議員』 はそれ以降、地球の統治こそしていないが、
現在もこの惑星を保護あるいは監視し続けている。
最悪の結末を何とか回避した人類は 『評議員』 の見守る元、
徐々に復興を遂げていたが、本来であればそのまま滅亡したであろう人類への
『評議員』 の介入は、かつてとは根本から異なる世界を現出させることとなり、
<マザー> はそんな世界を日常とし、日々疾走しているのであった。

51 名前:920ch@居酒屋 投稿日:2001/8/13(月) 07:17:00
矢口が去った後を、石川も母艦へ向けて進路を取っていた。
無人の荒野は自機が進む他には何一つ無い。心細いとは言うものの、
巡航する <アネモネ> にとって、それは取り立てて問題では無いはずであった。
しかし、石川には妙な胸騒ぎがまとわりついて離れない。

「青春の1ページって、地球の歴史からするとどれくらいなんだろう?」

コックピットから見える単調な風景の中、無意識に新曲の語りが口をついた。
……どうにも妙である。自分の周囲を時々何かが動いているように感じる。
そもそも生身で生きられる生物など皆無なこの世界に、何が居るというのか。

「キャッ!」

突然 <アネモネ> の四方を囲むように蔦……、あるいは触手であろうか、
無機的とも思えるロープ状の物体が、狙いすましたトラップのように姿を現した。

「なっ、何なのよ〜〜っ!!」

心臓が止まるほど驚いた石川は、慌てて自機の速度を上げたが、
触手は石川機を取り囲んだままピッタリと追走して来る。
人は恐怖が勝った場合、それを打ち消すために原因を無視するという傾向が、
大小の差こそあれ誰にでも存在する。
この時点まで、石川は <アネモネ> の性能を敢えて発揮せずにいたが、
ようやく決心をつけた石川は、
恐怖と驚愕から鉛のように重たくなってしまった腕を無理矢理操り、
なんとか地中レーダーを作動させた。やがてゴーグル内に解析されたデータには、
自機の真下 4〜5m ほどの距離をピッタリ追尾する巨大な球体と、
そこから生えているらしい、無数の触手が映し出されていた。

「や……、矢口さあぁぁぁぁん!!」

52 名前:920ch@居酒屋 投稿日:2001/8/13(月) 07:18:00
<ヴァンガード> は <アネモネ> のデータを元に、
母艦の航路をトレースしていた。

「ヤバいなぁ、やっぱり断層に突っ込んで止める気だよ……、
 このままじゃ本気で間に合わないかも知れない……」
「信号弾をホーミングするんだよ、真里」

矢口に覚えの無いうちに、しげるの AI スイッチが ON になっていた。
しげるは会話をすることが可能であったが、入れっぱなしにしておくと、
結構うるさいので、通常はスイッチを OFF にしてある。
そのやかましさは一体誰に似たのであろうか。

「早くしろよ真里、ぐずぐすしてる暇は無いよ」
「分かってるよ!」

<ヴァンガード> に実装されているミサイルは計4発。
元来小柄な機体であり、一発辺りのコストを考えればこれでも多い気はするが、
矢口はもっともっと多くていいと常々考えていた。

「いい? ちゃんと中身装填し直した?
 <マザー> を攻撃する訳じゃ無いんだからね、真里」
「分かってるってば……、
 ……って、呼び捨てにするなあぁぁ!
 オイラはそんな子に育てた覚えはないぞ!」

いちいち指図されることにも腹が立ったが、
それ以上に自分の名前を呼び捨てにされることにご立腹な矢口であった。
間もなく、<マザー> の進路上目掛けて2発の信号弾が発射される。

53 名前:920ch@居酒屋 投稿日:2001/8/13(月) 07:19:00
「砲撃完了! (あれっ!?)」
「ミサイル接近!」
「ミサイル!?」

後藤の集中砲火が実を結び、遙か前方の断層が破砕された。
しかし、その横でミサイル接近を告げる加護に驚いた飯田は、
後藤の反応がミサイルに対してでは無いことにはまだ気付いていない。

「『出力擬帆』 展開!」

吉澤のタイミングは絶妙であった。
取り合えず、ミサイル防御と断層への緩衝が準備されたことになる。

『出力擬帆』……、それは動力展開の応用技術であり、
推進と同原理で、有毒の土壌から一種のバリアとして、
任意の壁面を高圧発生させたエネルギー塊で、
角度によっては 『帆』 を張っているようにも見えるためこう呼ばれた。
絶対のバリアでは無いが、少々のミサイルや砲撃であれば、
無効ないしそのダメージを軽減することが出来る。
断層に向かう <マザー> の、艦体のクッションとしても有用であった。

「リーダーーッ!!」
「飯田さん、ミサイルは矢口さんからの信号弾……」

思わず絶叫してしまった後藤の隣で、加護は不思議と落ち着いている。
炸裂し赤い煙の塊と化した信号弾からは、<マザー> に損傷は無い。
しかし、その遙か先では断層が手前の部分からゆっくりと崩落し始めていた。

「矢口さんの信号弾?」
「吉澤! 前方!!」

54 名前:920ch@居酒屋 投稿日:2001/8/13(月) 07:20:00
ミサイルに一瞬気を取られた吉澤の背後から、飯田の声が飛んだ。
矢口の姿は一向に確認出来ないものの、その信号弾は危険の合図だ。
それが <マザー> の前方を指し示していることは、誰の目にも明確であった。
一角を崩すつもりであった断層は、無限の地の底へ引きずり込まれるように
崩落を起こし、その向こうには光の屈折した対岸と虚空が覗いている。

「(!) <マザー> 制御回復!! 最大減速、取り舵一杯!
 おおぉりゃあぁぁぁぁ!」
「よっすいぃぃぃぃぃ!」
「よ、よっすぃ……、かっけー……」

まるでタイミングを計っていたかのように、
突如母艦の制御が通常に戻ると、吉澤の腕に一気にその重さが伝わった。
気合の入った吉澤の姿は、果敢に一本釣りに挑むほどの見事な男前である。

「左舷アンカー、射出! 『出力擬帆』 解除と同時に右舷出力全開!!」

ランド・シップに於けるアンカーとは、本来の用途はもちろん、
現在では接近戦時の対艦兵器という意味合いも強くなっている。
繰り返しの使用に耐える 『鉄の爪』 という訳である。
<マザー> は両舷の前後部に各4連装のアンカーを装備していた。

制動のために左舷から発射された8本の爪は大地に食らい付くと、
盛大な爪痕を地表に残して行く。
反対側からは 『出力擬帆』 を解除した高圧エネルギーが、
一気に噴射され強力なブレーキをかける。

「後藤さあぁぁぁぁん!」

55 名前:920ch@居酒屋 投稿日:2001/8/13(月) 07:21:00
後藤は座席から投げ出されそうになった加護の体をとっさに抱きかかえる。
加護からはいつものように、赤ん坊の香りがした。

凄まじい衝撃と揺れを伴いながら、<マザー> は艦首を軸に、
反時計回りにT字になりながら巨体を減速させて行く。
アンカーの何本かが、制動に耐えきれず切断され、反動したチェーンの
衝突により左舷数カ所が損傷、当該区画は速やかに封鎖された。

「オイオイ、どこ狙って撃ってるんだよ」
「もう、うるさあぁぁぁい!」
「あっ!? なんだよ、せっかく貴重なアドバイスしてやってるのに、
 それは無いだろウゥゥ……」

スイッチを切れば良かったのである。
しげるの語尾は力無くフェードアウトして行った。

「一応、礼は言っとくけどさ……、
 あっ!?」

矢口は目を疑った。石川からの SOS である。
確かに <アネモネ> を単独で残して来たことについては、
多少の心配もあったが、ここに来て本当に SOS とは何事であろうか。

矢口は <ヴァンガード> のスピードをさらに上げたが、
燃料残が厳しくなって来ている。
<マザー> まで駆け抜けたら、すぐに燃料補給、
そして石川のピンチも知らせなくてはならない。
自機の加速に、矢口の体はシートに深く沈み込んだ。

56 名前:920ch@居酒屋 投稿日:2001/8/13(月) 07:22:01
「わあぁぁぁぁ! なんだべえぇぇぇぇ!
 なっちに何の恨みがあるのさあぁぁぁぁ!」

決して誰かに恨みがあって艦体が揺れた訳では無かったが、
『なつみ部屋』 は再び修羅場と化していた。

日夜 『食の道』 を探求する求道者、安倍なつみ。
『なつみ部屋』 とは、半ば私物化された空間であると同時に、
安倍の実験室でもあった。……もちろん辻・加護には内緒である。
人呼んで 『スーパーくいしん坊 : 安倍なつみ』。
しかしその探求と発想は、常軌を逸していることも度々であった。
例えばここ最近は、麺を洗濯機で回転させて究極のコシを追求……、
……って、大丈夫か親方?

回転槽に首っ丈であった安倍は再び襲った凄まじい揺れに、
カツラのように、麺を頭からかぶってしまった。

激しく憤った安倍は、ブリッジに問い質してやろうと大股で壁面に向かったが、
通話する直前で思い止まった。大人になったな安倍なつみ……、
考えてみればそんな彼女も、もう20歳なのである。
アルコールが苦手なだけに、虎視眈々と酒の機会を狙う中澤を牽制する安倍は、
酒に向かない情熱の全てを、食の探求に注ぎ込んでいるようであった。

……では、この行き場の無い怒りをどこにぶつけるつもりであるのか。
『なつみ部屋』 には、場違いも甚だしい年期の入った柱が一本、
部屋の中央に備え付けてあるが、辻と加護はその本当の意味を知らない。

安倍は、やにわに柱に向き直るとおもむろに強烈な 『てっぽう』 を打ち始めた。
凄まじいぞ、安倍親方! 逞しくなったものである。
しかしそれは保田しか知らない事実であった……。

57 名前:920ch@居酒屋 投稿日:2001/8/13(月) 07:23:00
「あいたたた! ……今度は何なのよ!?」

先刻を上回る衝撃に、またしてもひっくり返ってしまった保田は、
今度ばかりはすぐに起き上がれず、手足は上を向いたままもがいてしまった。
それは、こんな時代でも平然と生き続ける黒く平たい昆虫を思わせ、
その映像が目の前に浮かんでしまった保田は、何故かおかしくてたまらず、
顔面に浮かんでしまう笑みを消すことに少々苦労してしまった。

「保田さん、大丈夫ですか?」
「う、うん……、二人こそ大丈夫……?」

ミカの問い掛けは、滑稽にバタつく手足のことより、
謎の笑顔を押し殺そうとする、複雑な顔面の動きに対してのようであったが、
ようやく体勢を立て直した保田は、辻の様子にはさすがに感動してしまった。

多少バランスは崩しているものの、平然と食べ続けていたのである。
かつて安倍が辻と標榜した幻のユニットがあったが、
その眼力は的確であり、今こそが結成の機会なのかも知れない。
近頃のミカの辻に対する激賞もそれを裏付けているようであった。

最近の辻は、顔に目立たない分だけしたたかであるが、
もし、このまま無事に活動を続けられるなら、
『なつみ部屋』 から、新横綱の誕生も夢ではないと思わせる。
そう考えると、またしても口許が緩んでしまいそうになったが、
それは同時に頭痛の種でもあった。

保田は気を取り直して、ブリッジに回線を繋いだ。

58 名前:920ch@居酒屋 投稿日:2001/8/13(月) 07:24:00
「疲れた〜〜……」

後藤の脱力が一目見て普段の数倍であることからも、
他の者の疲れ具合が容易に伺い知れる。
崩落の直前で、<マザー> は辛うじて制止することに成功した。

グッタリしている艦橋の中で、飯田だけが保田とやり取りを行っている。
間もなく音速で迫る <ヴァンガード> が、機体を90度垂直にし、
鋭利な刃物を突き立てるようにブリッジの前を通過して行った。

母艦の通信はまだ回復していない。
有視界オペレーションが軽視出来ないこの世界では、
各搭載機は必ずどこかに、視認情報を発信する部位が設けられている。
<ヴァンガード> は、サングラス状のキャノピーに情報が表示された。

しかし、内容自体は暗号化されている上、例えノン・エンコードでも、
矢口機のスピードに肉眼で判別することは無理な話である。
即座に、通過する瞬間のキャノピーを撮影した映像が解析された。

「『石川 SOS、大至急救援隊を編成されたし』……、
 大変、すぐに石川の救援に向かって! え〜と出れるのは……、
 加護! <ヴァルキリー> スタンバイ!」
「ラジャー!」

加護は待っていたと言わんばかりに座席を外すと、
格納庫へ一目散に飛び跳ねて行く。

59 名前:920ch@居酒屋 投稿日:2001/8/13(月) 07:25:00
「それから……」
「かおり、ウチらも出るで」
「裕ちゃん……、みっちゃんも……」

いつの間にスタンバイしていたのであろうか、
大画面パネルには、中澤と平家の顔が映し出された。
そのレスポンスの良さにはいつもながら敬服してしまう。
さすが伊達に歴戦を重ねて来た訳では無いと云うことか。

中澤は近頃、表情から険しさが取れ優しくなったと周囲からよく言われる。
それは本人も先刻承知のことであり、素直に嬉しい言葉では無いのであるが、
そのつもりが無くても怒らねばならない立場であった当時を思い起こすと、
それなりに感慨深いことでもあった。

< MOP-00 Furious : フューリアス >、中澤の搭乗機。
もはや、この機体名が示す 『激怒』 という意味は過去のものとも思われたが、
ここ一番で見せる姐御の凄みは依然健在であった。もっとも平家にとっては、
度々の中澤のボケに立腹するケースも相変わらずであったが。

中澤機は、MOP シリーズに於いて、<ヴァンガード> と並ぶ、
航空タイプの機体であるが、矢口機より可搬性能が上である分、
足は遅い。また、そもそも指揮官機としての性格が強い為、
際立った戦闘力は無いのであるが、それを補って余りあるフューチャーとして、
マウントした機体の一切の系統を <フューリアス> で制御することが出来た。

これは、マウントされている機体が無人時でも有効であり、
中澤機独自の強力な特性となっている。

60 名前:920ch@居酒屋 投稿日:2001/8/13(月) 07:26:02
「矢口と加護やし、あとウチとみっちゃんが出れば大丈夫やろ、
 かおり達は <マザー> の方をしっかり頼むで」

中澤の言葉は明瞭である。やはり酒など飲んではいなかったようだ。

「……ねぇ、キャプテン」
「ごっちん、何?」

中澤と二分割された画面の平家を見た後藤が、怪訝な顔で尋ねる。

「なんで頭の上に猫が居るの?」
「ごっちんな、これは化け猫やねん。せやからみっちゃんは 『化け猫艦長』!
 『無責任艦長』 に 『化け猫艦長』 (プッ!)、みっちゃんええなぁ、
 ようさん肩書き持ってて (ワッハッハッハッハ……)」
「そんなん、どれもいらんわ!」

ブリッジ越しの漫才の間に、加護機は翼を休める暇も無く燃料を補給している
<ヴァンガード> の元へ接近していた。

加護の専用機 < MOP-07 Valkyrie : ヴァルキリー >。
この機体は MOP シリーズ中でも極めつけの変わり種であり、
何と言っても陸海空に形態ごと変型することが最大の特徴であった。
もちろん、機構が複雑になってしまう分、
地形単対応の機体と比べた場合の個別のポテンシャルは、
一歩も二歩も譲ってしまうのであるが、
多彩な運用が可能である点は、特に支援的な展開に極めて有用であった。
ちなみに陸上形態は人型であり、航空形態と陸上形態の中間形態は存在しない。

また、自身が他機にマウントされることは可能であったが、
<ヴァルキリー> が他機をマウントすることは不可であった。

61 名前:920ch@居酒屋 投稿日:2001/8/13(月) 07:27:00
「矢口さ〜ん! せいて下さい!」
「救援隊は加護ちゃんなのね。
 もうちょっとで補給終わるから、そしたらすぐに出るよ」

人型で <ヴァンガード> に近付いた <ヴァルキリー> は、
改めて航空形態に変型した。
航空タイプ同士のマウントであれば、単純に2倍の速度とは行かないが、
大幅に速度を上げることが出来る。

「裕ちゃん、何しとるねん! 早よしいや」
「何って、認証やないかい、
 ウチの新曲、心を込めて歌いまっせ」

これで何曲目になるのであろうか。
起動のための音声認識は、任意の1フレーズだけで有効であるのだが、
中澤は自分の持ち歌は元より、思いついた曲をカラオケ状態で歌い続けている。

「(イライラ……)
 ……あのなぁ、矢口達発進してもうたやろ!」
「何をピリピリしとるねん、
 そんなんウチがあと10曲も歌い終える頃には、
 『ブラック・アウト』 かて回復しとるわ」
「(ハッハッハッハッ……)
 あと10曲って……、アホかあぁぁぁ!」

中澤のスタンバイの手際は皆を唸らせたが、そこから先のカラオケ攻撃、
最後は平家が唸らされていた……。

62 名前:920ch@居酒屋 投稿日:2001/8/13(月) 07:28:00
「何よ! いい加減にしなさいよ!」

石川の口調は保田状態になっていたが、半分は弱腰であった。
地面から突き出る触手は、
<アネモネ> を地中に引きずり込もうとしているらしく、
『フリーザー・スカッチ』 で応戦するものの、
とらえどころの無い動きに、その威力は今一つというところであった。

「わぁ、なんやねん、気色悪ぅ……」
「それにりかちゃんの進路、<マザー> から遠ざかってるじゃん」

石川機を直接確認できる位置まで到達した加護と矢口は、
予想だにしなかった光景に息を飲んだ。
そもそも石川を襲っている触手は何者だ? 生物なのであろうか?

「これは <ヴァルキリー> の方が向いてるかな?
 加護ちゃん散開するよ、準備 OK?」
「メッチャ OKです!」

矢口がタイミングを計る。加護の目はプロフェッショナルな輝きを見せた。
緊張と昂揚が体中を駆け巡る。

「レディ・ゴー! 」

飛行しながら分離した <ヴァンガード> は、
そのまま触手に向け 『γ線レーザー』 を照射した。

63 名前:920ch@居酒屋 投稿日:2001/8/13(月) 07:29:00
「(!) 矢口さん!?」
「お待たせ〜〜! 援軍連れて来たよ」

目の前で黒く崩れる触手を見た石川は、
感激と安堵に体中が満たされて行く。

「りかちゃあぁぁぁぁん!」
「あいぼん!!」

加護機の 『ブラック・アウト』 もすでに回復されていた。
回線を開いた石川の声は、さらに感激の度合いを増しているように聞こえる。

<ヴァンガード> と分離した <ヴァルキリー> は、
空中で人型に姿を変えると、そのまま斜め前方に向けて降下、
バーニアにあたる脚の噴射で、触手を切り裂くと、
腹部から取り出した 『マシンガン』 で襲い掛かる触手を次々に粉砕し始めた。

そんな加護の援護にも力付けられたのであろうか、
力弱い負けず嫌い、石川も俄然反撃に出る。
矢口と加護の加勢により、攻撃力は一挙に三倍となった。

しかし、真下の主は一体どれほどの力を秘めているのであろうか、
無数の触手は尚も尽きること無く、粉砕する度にその数を増して行く。

やがて石川機と同様に、加護機もジリジリと守勢に回り始めて行った。

64 名前:920ch@居酒屋 投稿日:2001/8/13(月) 07:30:01
救援隊が発進した母艦は、先刻の急停止が祟ったのであろうか、
すっかり動きが止まってしまった。

「保田さん、出力全然ダメです」
「ちょっと待ってて、今ミカちゃんといろいろ試してるから」
「ごろう (ごとう) さん、これ……」
「辻ちゃん、食べ過ぎだよ」

後藤の隣席には、いつの間にか辻が座っていた。
しかも強食は継続して衰えを見せない。最近頓に細くなっているという、
メンバー中では珍しいウェイトの変化を体現中の後藤は、
膝の上に乗り掛かる隙を伺う辻を、チラチラと牽制していた。
辻の腰掛けは、上背が無い分、見た目より余計に重さを感じるのである。

「石川の方は、どうなってるんだろ?」
「中澤さんと平家さんも向かってるんだし、きっと大丈夫ですよ」

<マザー> の 『ブラック・アウト』 も解消し、
大画面パネルに映し出されたデータを見ながら飯田が言った。
実況画像が無いことが何とももどかしいのであるが、
保田からの連絡を待っている吉澤は、
頭の後ろで腕を組み、大きく延びをしながら飯田の言葉に答えた。

もちろん、吉澤も自分なりにいろいろ考え、悩んでもいるのであったが、
傍目には、時に超然としているほどマイペースに見えるその姿が、
リーダーになってから最近、牛乳や胃薬が絶えない飯田にとって、
少々うらやましく思えた。

65 名前:920ch@居酒屋 投稿日:2001/8/13(月) 07:31:00
「ちょっと、あいぼん! 何するのよ!」

救援の感激が一気に帳消しになってしまったかのように、
石川が怒り始めている。謎の触手を相手に、
三機は予想外の苦戦を強いられていた。次第に劣勢になりつつある状況で、
<ヴァルキリー> が <アネモネ> を盾にし始めたのである。

「キャアァァァァ!」

触手の一撃が石川機を襲う。
<アネモネ> は精密機器を多数搭載しているのである、
何てことをしてくれるのだという怒りは、直接加護に向けられた。

「キャアァァァァ! もう、あいぼんのバカアァァァァ!!」
「えへへへへ……」

ふざけているような加護機に、いよいよ切れてしまった石川は、
あろうことか僚機に向けて 『フリーザー・スカッチ』 を発射した。
<ヴァルキリー> はこれを軽く回避する。
加護から聞こえるのは笑い声だけ、避けた加護機の後ろで半氷結した触手は、
<ヴァルキリー> の 『マシンガン』 により効率よく粉砕されて行く。

この行動が戦術であるのなら、加護も大したセンスであるが、
やり取りが感情的である分、必要以上のヒート・アップは問題であった。

「二人とも喧嘩するなあぁぁぁぁ!」

おかげで矢口の方は、逆に狙いが付けづらくなってしまった。
仕方なく本人たちから離れた周辺の触手を焼き払ってはみるが、
これではいたずらに触手の数を増やしてしまうだけで、状況は芳しく無い。

66 名前:920ch@居酒屋 投稿日:2001/8/13(月) 07:31:59
「やっとるやっとる、若い衆は元気でええなぁ」
「何を感心しとるねん、苦戦しとるやないかい!」

ようやく追い付いた中澤と平家であったが、中澤に焦る様子は見えない。
しかも回線をつないでみれば、下からは石川の憤怒の声が聞こえる。

「若い者同士、徹底的にやり合ったらええねん」
「さっきから何を言うてるねん! アンタはおっさんかい!」

『鬼ごっこ』 をしているような <ヴァルキリー> と <アネモネ> は、
しかし、石川機の 『フリーザー・スカッチ』 が一門破損したことにより、
状況が変わった。<ヴァンガード> は二機の動きに有効な援護が出来ずにいる。

「照準セット! ……ファイヤー!」

ぶしつけに、<タイガー> の二連砲塔が火を噴いた。
その狙いの先は矢口が攻めあぐねている、石川機と加護機のすぐ横であった。

「(!?) ……中澤さん! 平家さん!」

閃光の一撃に我に返った石川は、
更なる援護に <フューリアス> と <タイガー> の到着を確認した。
この場に平家が駆け付けていることは天の配剤である。

「みっちゃんやるなぁ、最強の 『無責任艦長』 やね」
「あったり前やろ、……って、『無責任』 言うなあぁぁぁぁ!」

67 名前:920ch@居酒屋 投稿日:2001/8/13(月) 07:33:00
平家の攻撃精度は圧倒的であった。そもそも射撃の腕前ならグランプリ、
当初の中澤達は、平家に敗れその後塵を拝していたのである。

「平家さん、中澤さん、このデータお願いします」
「わっ!? なんやのこれ!?」
「よっしゃ! みっちゃん、ドーンと行ったらんかい!」

石川から受信した地中の解析データに、中澤は会心の笑みを浮かべたが、
次の言葉を容易に予測した平家は素直には笑えなかった。

「準備はええか、みっちゃんの <蟹>!」
「<タイガー> や!!」

<タイガー> は、本体サイドにハサミ状のマニピュレータが収納されている。
これは軽作業はもちろん、前面に向けて固定し、高速回転を与えることで、
ドリルとしても機能し、地中でのオペレーションが可能であった。

目の前の敵にはまさに打ってつけであるのだが、そうなった時の姿は、
まさに <蟹> 以外の何者でも無く、それが故に中澤と一緒の状況では、
平家にとってはあまり気分の良いものではなかった。

「ほな行くで、リフト・オフ!
 頼むでみっちゃんの <蟹>! <蟹> やで、<蟹>!!」
「了解! ……って、<タイガー> や! なんべんも言わすなあぁぁぁ!!」

自機から分離し、大地に突き刺さるように潜行を開始した <タイガー> を
確認すると、<フューリアス> はゆっくりと石川達三機の上空を旋回し始めた。

68 名前:920ch@居酒屋 投稿日:2001/8/13(月) 07:34:00
「みっちゃんの準備が出来たらな、最初の合図で加護が離脱、
 次の合図で、……これは結構難儀やで、ウチが囮で攻撃してる間に、
 矢口が石川をマウントして離脱、仕上げにみっちゃんが止め刺す……、
 ええかみんな、行っくでえぇぇぇぇ!」
『了解!』

三人の声がユニゾンで響いた。

「りかちゃん、ほなね!」
「あいぼん、覚えてなさいよ!」

中澤の合図に離脱を開始する加護の声に、石川は再び怒りがぶり返して来た。
<ヴァルキリー> は飛行形態をとると、軽やかにその場を飛び去る。

「りかちゃん行くよ、準備 OK!」
「 OK です、矢口さん!」

<フューリアス> の陽動攻撃が始まった。
触手達は新手の攻撃に驚いたような反応を見せている。
その隙に離脱するのであるが、低空飛行で飛来する <ヴァンガード> に
直接のマウント、……難易度は曲芸級であった。

「りかちゃん、頼むよ!」
「ハイ!」

矢口機が地を這うように直進を開始する。
身構える石川の緊張も矢口にシンクロするように感じられた。

「(わっ!?) なんだよ!」
「うわっ! それはアカンて、間に合わへん!」

69 名前:920ch@居酒屋 投稿日:2001/8/13(月) 07:35:01
<ヴァンガード> の進路に、突然束になった触手が立ちふさがろうとしている。
これでは何とか突破しても、この先 <アネモネ> と <ヴァンガード> が
クロス出来るタイミングは、限りなくゼロに近くなってしまう。

「矢口さあぁぁぁぁん!」

オペレーションの変更を許さないタイミングで、
<ヴァルキリー> の 『マシンガン』 が火を噴いた。
束になった触手はたまらず砕け散る。

「加護ちゃん、ナイス!」

狙い通り直進した <ヴァンガード> は、見事 <アネモネ> をキャッチすると
上空へ離脱して行く。下方では獲物を逃した触手の群が悔しそうに、
上へ上へと伸び上がりながらうごめいていた。

「よっしゃ、全機出来るだけ遠ざかるで」

上空の四機が高度を上げ、大きな旋回を繰り返していると、
しばらくして地中より凄まじい爆発音とともに、巨大な爆柱が上がった。

「みっちゃん……」

矢口は、いつでも地中からの爆発を見た直後は、巻き添えになっていないかと、
平家の身を案じてしまうのであるが、やがて <タイガー> は、
爆心地からは想像もつかないほど外れた地点からのそのそと姿を現し、
上空に向けて大きなハサミを左右に振った。

70 名前:920ch@居酒屋 投稿日:2001/8/13(月) 07:36:00
「よっすぃ、調子はどう?」
「……まぁまぁですね」

回線越しの吉澤の声は、まずまずのゆとりが感じられる。
原因が解明したわけでは無かったが、
行き当たりばったりとは言え、どうにか母艦を再始動に漕ぎ着けた保田は、
ミカと顔を見合わせ、安堵の溜め息を漏らした。

「なんだかすごいことになっちゃったね」
「でも、いろいろ興味深いですよ」

ミカの目は好奇心に輝いている。

「辻! もう止めなさい!」
「てへへへ……」

さすがに限度を越えた辻の食べっぷりに、
飯田の口調もややきつくなってしまった。

「(モグモグ) ……運動は最高の調味料だべ」

親方は柱を相手に玉の汗を流し終えると、自分に対するご褒美であるおやつを、
ことさら美味そうに食べていた。それでも最近締まって来たように見えるのは、
ひとえに稽古の賜物なのかも知れない。

「石川、大丈夫やったか」
「ハイ……、とっても恐かったです」

中澤の言葉の親身なトーンに、
石川の声は少しだけ潤んでいるように聞こえた。

71 名前:920ch@居酒屋 投稿日:2001/8/13(月) 07:36:59
「りかちゃん、加護に逆切れしてちゃダメだよ」
「だって、あいぼんが……」

矢口の <ヴァンガード> と中澤の <フューリアス> は、
<アネモネ> の両サイドに着陸しその翼を休めている。

「りかちゃん、良かったなぁ」
「あいぼんは、本当にひどいわよ……」

加護の <ヴァルキリー> は陸上形態のまま、
足を投げ出した人形のように <アネモネ> の前方に座っており、
五本指のマニピュレータが石川機の上に置かれていた。

「みんな、<マザー> のお出ましやで」

平家の <タイガー> は、<アネモネ> の後方に停止しており、
各機は、ちょうど石川をセンターに囲むように位置している。
ゆっくりと近付いて来る巨大な母艦を目の前にして、
<タイガー> の大きなマニピュレータは、粋なピースサインを形作っていた。

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▼ Capricious SeriesMother Of Pearl
                           〜 About aThis Island Earth
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  ▽ Comprehensive public presentation record : 64
                   【 ...It ends now. But it may be able to meet again 】
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72 名前:920ch@居酒屋 投稿日:2001/8/13(月) 07:37:59
【 Continued from Op 】

中澤「せやけどな、黙ってたらホンマ可愛いで石川」
石川「ハイ! ありがとうございます」
中澤「みっちゃんの写真集は小道具とかで対抗するしかないやん、
   なんちゅうか、藁で編んだ人形とかな……」
平家「……極太の五寸釘とかな、
   ……って、洒落にならん話はやめえぇぇぇぇ!!」
中澤「(ワッハッハッハッハッ……)
   ほな、今回のエピソードはここまで。
   次回エピソードの開始日は未定。板は 『 SIDE : A 』 に執筆予定。
   みっちゃんも次まで元気にしたってな、
   『化け猫』 とかに取り憑かれてたらアカンで」
平家「『見〜〜た〜〜な〜〜』、
   ……って、なんでやねん! 今のは 『化け猫』 とちゃうわ!」
石川「平家さん、セルフ突っ込みですか?」
平家「『な〜〜ん〜〜で〜〜や〜〜ね〜〜ん〜〜』
   (ヒュウゥゥ〜〜、デンデロデロデロデロ……)」
石川「(キャアァァァァ!) ごめんなさい、ごめんなさいぃぃぃ!」
加護「りかちゃんどこまで逃げてく気やろ?」

73 名前:名無しさん@えりあ929 投稿日:2002/7/29(月) 00:00:19
大変です!920ちゃんねるがなくなってしまいました!

74 名前:920ch@居酒屋 ★ 投稿日:2002/8/2(金) 02:51:45
平家「>>73さん、ウチらも気になってましてん。
    初めはすぐ回復する思てたら、今回はホンマに消滅みたいですね」
中澤「ほんで重なるのが、ごっちんと圭坊とオマケのみっちゃん。
    ウチもここに来て、日頃ボンヤリ考えてたことが一気に結実、
    ささやかにウチらの別サイトを作ってしまいました。
    下の 『ホームページ』 から飛びますねん、来たって下さい。
    ……みっちゃん、もう戻れへんねんで」
平家「『戻れへん』 ってオーバーな……、
    ……っちゅうか 『オマケ』 言うなあぁぁぁぁ!」

75 名前:名無しさん@えりあ929 投稿日:2002/8/6(火) 11:12:54
あ、作者さん戻ってきてる。
半年振りぐらいに覗きました。
今までの分これから読みます。
がんばってくらさい。

76 名前:920ch@居酒屋 ★ 投稿日:2002/8/10(土) 23:04:21
中澤「>>75 さん、おおきに。
    作者が夏場に弱いのと、別作業が W パンチで更新遅なってます」
平家「暑くてたまらんよね。昼間は外歩かれへんで、雨が恋しいわ」
中澤「みっちゃんの涙雨な」
平家「あのな、ええ加減そっちの方向は止めにせえへん?」
中澤「せやなぁ、『平家みちよのどちらまで?』 って……、
    洒落が現実になってもうたしなぁ…… (ワッハッハッハッハ……)」
平家「(ムカッ!) ……ホンマに笑われるとメッチャ腹立つ」
中澤「まぁ、その辺のことは 『徒然トーク』 とかによう書いたんで、
    これ以上は言わんけど、『狼星』 の方のケツは切られてしもたで」
平家「ケツが切られた?」

77 名前:920ch@居酒屋 ★ 投稿日:2002/8/10(土) 23:06:20
中澤「ごっちんとみっちゃんは時間的に間に合われへんから圭坊やね、
    圭坊の卒業までに完結させな」
平家「言うたかて年内だけでも四ヶ月以上あるねんで、楽勝とちゃうん?」
中澤「順調に書いててもペースアップせなアカンわ。
    成り行きによっては 『風に語りて』 のペースが再び……」
平家「キッツイなぁ……」
中澤「『MOP』 はその後の予定ちゅうことで、ウチらが戦わなアカンのは、
    モチベーションの維持と……」
平家「……『維持』 と、何やねん?」
中澤「みっちゃんの棲息がそん時に確認出来てること!」
平家「なんでアンタが確認……、って誰が 『棲息』 やねん!」


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