ミュージシャンの恋

【起】<AZ>

「恋愛をテーマにした曲ですか?」
永見英輔(ながみえいすけ)。歌手名は、EISUKE。
いつか一流の大物アーティストの仲間入りを夢見る歌手の一人である。
俺は、プロダクションに所属する歌手の一人だが、売れ行きはまあまあの新人である。
そんな俺が、プロダクションから今度の新しい曲として『恋愛』をテーマにしたモノを作るように言われたのだ。
だが、俺は困っていた。
なぜなら、今の今まで恋愛らしいものをした記憶がないからだ。
そんな俺が、恋愛をテ−マにした歌を歌う。
正直、無理だと思う。
だから俺は…歌作りのために高校の時の名簿を取り出し、その中から『ピン!』とくる名前を見つけ電話をかけた。
「もしもし、あの、永見と言いますが…」
「えっ!?もしかして、永見英輔君」
「俺のこと知っているっていうことは、平瀬美桜(ひらせみお)か?」
「そうよ。わたしよ、美桜よ」
高校生活で唯一話したことがあった女性。
これが、俺と彼女との始まりだった。


【承】<猫火>

俺は、彼女に自分が新人歌手である事、新しい曲のテーマが『恋愛』である事を告げ断られる事を承知で美桜に暫くの間、
彼女になってくれと頼むと「うん、良いよ。私なんかで良いのなら。」と快く了解してくれた。
それから俺達は、暇を見つけてはデートを重ねた。
ただ、俺の心の中ではもう一人の俺が冷めた目で俺達を見つめていた。
『これが恋愛?まるで子供同士の恋愛ごっこじゃないか』
頭の中を駆け巡るそんな冷めた感情。
「英輔君どうかした?」
「美桜に見惚れてた。」
「ば、馬鹿。でもありがとう。」
顔を真っ赤に染めてそっぽを向いた美桜の横顔を見ながら俺はあのくだらない疑問を反芻していた。
『仮初めの恋人に何を求めてるんだ?ただ、曲のネタが欲しいだけだろう?』
回数を重ねる毎に思う。
このままで良いのかと、自分の都合ばかりを押し付けて美桜に迷惑をかけているのではないかと。
そんな感情を抱えたまま、また今日もデートを重ねようとしていた。


【転】<都波心流>

デートを重ね続けたある日。
美桜が家に来て欲しいと誘ってきた。
彼女はとあるマンションで一人暮らしをしている。
「お邪魔します」
部屋に入って真っ先に目につくのがピアノ。
俺の曲作りの手伝いをしたいという美桜。
細い指を使って巧みに弾き始めていく。
オリジナリティに溢れる独特なメロディー。
まさに魔法のような神秘的な音だった。
「初めて聴いた……何て曲なの?」
「高校時代に作った曲だよ」
「マジで?オリジナルソングか」
美桜のピアノが俺の創作意欲を高めた。
彼女にお願いしてピアノを弾いてもらう。
そこから一心不乱に曲作りをしていった。
「ねぇ、曲が出来たら教えてくれる?」
「ああ、真っ先に知らせるよ」
「うん」
それから数日後。
美桜のおかげで恋愛の曲が完成。
真っ先に知らせようと連絡するのだが……。
「あれっ?」
電話もメールも上手く繋がらない。
気になった俺は桜美のマンションに向かった。
衝撃的な事実が待ち受けているのも知らずに。


【結】<久遠>

一番最初に視界に入ったのは驚き、そして嬉しそうに微笑む妹の顔だった。
そして気づいた、ここは病室。
平瀬美桜は一年前に交通事故に巻き込まれ、意識不明だったらしい。

そして何週間もの検査を終え退院の日を迎えた。
病院の前の道路で妹を待っていると不意にメールが届いた。
内容は「渋滞で車が遅れる」とのこと。
今更また病院内に戻るのも味気無いので近くの公園にいくことにした。
その間思うのは永見英輔との日々。
あれは夢?
「そう、だよね」
なんだか急にやる気がなくなってきた。
また病院に戻ろうかなと考え始めた、その時。
「よう」
振り返ると、「夢」で見た永見英輔がそこに居た。
「英輔、くん?」
「約束したからな、曲ができたら教えるって」
一瞬、これもまた夢かと思った。
でも彼は確かに存在している。
「で、まぁあれだ…今までは恋人ごっこだったけどさ」
少しだけ言いにくそうにあたりを見渡してから
「もうちょっと付き合ってくれないか?」
もう夢なのかそうでないのかはどうでもよかった。
彼と私のあの日々は、私たちにとっては本物。
ならそれでいいじゃないか。
だから私もあの時と変わらないように笑みを浮かべて、考え付いた言葉を言ってやる。
「ばーか」

偶然の出会い。
不思議な再開。
夢と夢。
こんな不思議な恋愛もあってはいいんじゃないか?


                                                     著作日:2008/02/10