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 旧ラウマ旅行日記 Wanha Rauma 

 1999年8月下旬から9月にかけて2週間ほどフィンランド旅行をし,Helsinki を拠点に Turku, Rauma, Tampere, Jyväskylä を巡ってきた。これは Rauma の旅行記である。

【8月31日・火】
 Turku の安宿を9時少し前に出る。市場 kauppatori で写真を撮ったり、珍しい野菜の名前や食べ方を聞きながら時間を潰し,バスターミナルへ向かう。バスの切符は昨日,Turku 到着時に購入していた(Turku→Rauma 78FIM,この時の換算レートは約21円/1FIMで,1638円)。
 バスは定刻に出発。ルートも時刻表も日本出発前に Web で調べておいたので安心。市街地を抜けると突然片側1車線の一般道になり,所々路肩が凹んでいてバスが大きく傾く。この道を時速100キロで飛ばし、前車が遅いとどんどん追い抜く。多少の上り坂でも遠く対向車がこちらに向かってくるのが見えていても平気で追い越しちゃうから、それを見ているこっちがハラハラする。しかもこの運転手、かかってくる携帯電話で世間話をしていて片手運転である。後日もあったが、市バスの運転手がラジオを聞きながら仕事している。乗ってる客はなにも言わない、ということはこれが普通なんですネ、ここでは。
 Rauma には1時間20分走って定刻に着く。ターミナルで明後日の Tampere 行きのバスの切符を手配した後、ツーリストインフォメーションに行って地図を貰う。この街の観光案内情報が日本ではなかなかないのでどれも多目に貰う。中心を流れる細い川があり、この橋を渡ると永年写真で見て来た旧市街が目の前にある。

Kuva:Jussih

 ラウマ Rauma 市は人口38,000人のボスニア湾に面した古くからの貿易港であり,近年では近代的な大工業都市である。
 ラウマ市の前身は1442年,当時スウェーデンの属領であったフィンランドに都市として制定された6市のうちの1つで,以来今日まで港町として繁栄してきた。当然のことながら当時の街づくりは木造建築が主体であり,今日まで残る都市の中心部は数棟(教会,旧市役所,2軒の個人住宅)を除いてすべて木造である。この地区を Vanha Rauma「旧ラウマ」「ラウマ旧市街」と呼ぶ。

 旧ラウマは,1682年の大火を最後に今日まで中世の面影を残す都市がこの街に住む人々の日常生活の中でそのまま残り,その規模の広さ,建物の数,景観の美しさなどで1991年ユネスコの世界遺産に登録された。
 現在の旧ラウマは,30ヘクタールの地域に木造建築が600戸,うち商店が180店舗,住宅が250戸,そこに住む人が750人であり,木造建築を愛する人々によって街の景観が保たれてきた。この景観は,1890年代に貿易で財を成した人々によって建物の改装ブームが起こり,この時改修した外観が今でも古い都市景観を醸し出していて美しい。

 増改築を繰り返し、今でも市民の生活があるので大資本の商品やマクドナルドなど外国資本の店もあるが、家の造りは木造で改装するときも外観は昔のままにしてあるのは政策的にそうしているのであろう。
 旧市街全体を把握するためぶらぶら歩く。Tori で異なる観光案内パンフを貰う。ついでにインフォメーションのバイト学生に魚料理屋の場所を聞き、そのレストランで Ahven のきのこクリームソースかけとビールを注文する。安くておいしい(90FIM)。このレストランはホテルも兼業している。

 インターネットで予約しておいたホテルに早めに着くと鍵がかかっていてボタンを押せ、と書いてある。それを押すと自宅につながり、30分後に来ると言うのでしばらく前の公園で待つ。30分後に行くと開いていてチェックインしてすぐにシャワーを浴びてさっぱりする。髪の乾くのを待って夕食を摂りに出かける。
 夕食は中華料理屋に入る。いろいろあったが無難なところで4種類の料理の盛り合わせをたのむ。甘ったるいソースが付いてきたがどうするのか聞いたらご飯にかけて食べると言う。気持ち悪いのでこれは遠慮して勝手にソースやラー油をかけて自分流に味付けして食べた。

【9月1日・水】
 7時に朝食をとる。食後荷物整理をして重たくなったパンフレット類を日本に送る。9時10分前に郵便局についたため、しばらく開くのを待つ。
 今日はゆっくり Rauma を見物する。施設はどこも10時からだろうから旧市街の外側から見ようと歩き出す。途中ゴミの分別収集の参考例の写真を数枚撮影。すると遠く小高いところに給水塔が見え展望台があるだろうと勝手に推測してその方向へ向かう。この丘を登り見ると残念ながら12時からと書いてある。丘からの眺めを写真に撮り下る。途中に「陶工の住まいと作業場博物館」というのがあるはずだが見当たらない。路地を奥に入り過ぎて困っていたところに子連れの奥さんが来て、聞くと今来た道だと言う。戻って見ると確かに小さな看板があり、これを見落としていた。覗くと閉っている。多分、この敷地内の家の家族が食事をしているのが窓越しに見えるがこちらが外人だと思って出てこない。考えて見れば今日から9月、もうやっていないのかもしれない。
 Tori へ出る。前の市立博物館を見る(10FIM)。この博物館は15世紀以来のこの港町に残る海の男の遺産の数々,ポルトガルから移入されたボビンレース織りの道具と作品多数が展示されており、特にレース編みに興味を持つ人には堪らないであろう。このあと、この博物館と同系列の海運業者の商館博物館を見るがお大尽の陳列物はささ〜あっと見て終わり。

 丁度この辺で昼食時間に合わせたようにお腹がすいてきて昨日のレストランでSilakkaの料理を食う。単に粉をつけて油で揚げただけでしょうゆがあればうまいのに何もなく,これははずれだった。
 昼食後はMerimiehen taloを見に行く。案内板も看板もない。木戸に表札があり、そこに花文字でMerimiehen taloとある。紐を引くと鍵が上がりドアが開く。中に入ると奥で声がするが姿が見えない。何か説明しているようである。ははん、順番に説明してくれるんだなと待っていると奥の木戸から女性10名ほどがやってきた。「切符は?」というと今説明中だからちょっと待って、その辺見てていいわよと中年の女性が言う。見学しながら待っていると終わって戻ってきて、実は開放していたのは昨日までで今日は近くの学校の見学申し込みがあったためたまたま開放していた。ちょっとぐらいなら見てってもいいわよ、という。じゃあちょっとだけ、と言って見せていただく。

 その後は木造建築を中心に見て歩き、歩きつかれたところでホテルに帰る。


Kuva:Jussih(←1)Kuva:Jussih(←2)

 商店街も住宅街もすべて木造建築。フィンランドの木造建築といえば当然丸太小屋で,これらすべてが丸太組積造に羽目板を貼ったものである。 2番の写真の赤茶の家が左にかしいでいるのはその証拠。


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