(31.12.2005)

手工科教育の実際   Käsityönopetus Lönnrötin peruskoulussa

 2005年夏, 2001年以来4年目のフィンランドを2週間ほど旅行した。ラッペーンランタ(Lappeenranta)市立レンロート(Lönnröt)小学校(小学校という言い方は実は正しくない。現在は初等教育機関と前期中等教育機関が一体となり,9年制となった「基礎学校」または「基礎教育学校」,「総合学校」といわれる学校の初等教育課程)で「手工科」の授業を見学した。
 手工科教育とは,1866年以来「手を使って頭を鍛える」,というフィンランドの伝統で,現在の優れたデザインの元になっている教科である。
 OECDが3年毎に行う先進工業国の15歳生徒の学習到達度調査(PISA)でトップを走ってきた日本が2003年調査でフィンランドに抜かれた。日本を初め世界の耳目がフィンランドの学校教育に注がれ始め,ホームページを検索してその校長に見学希望のメールをし,希望がかなったものである。

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レンロート基礎学校の正面 右が普通学級,左の建物が特殊学級 校庭から見た普通学級校舎 このクラスはもう帰宅

 「手工科」というのはフィンランドの小・中学校教育(現在は,基礎学校とか総合学校と訳される,小中一貫授業の学校教育)の中の最も特徴的な教科で,木工,金工,樹脂工などのほか裁縫,刺繍,編物,織物など男女を問わず行うものである。日本での専科教員が教える図画工作とは異なり,国語,算数,理科,社会と同じ普通科担任が教える教科である(この教科が生まれたいきさつは拙稿「ウノ・シュグネウスと手工教育」にある)。

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創立時の立面図を説明する校長 真ん中のドアはアレクサンデル3世の
行幸時一度使われ,現在は開かずの扉

 レンガ造りの別棟の教室に入ると粉塵吸引装置つき電動丸鋸や電動糸鋸,鉋,鋸,鑿などを整然と収納した道具箱があり,ちょっとした家具工場である。授業に入ってきたのは担任と4年生10人,今学期初めての木工の授業をやる。授業は,担任と副担任(元大工)とで進められる。まず作業服を羽織り,ものめずらしさが手伝って必要もないのに防音ギヤーを耳に着ける。防塵メガネまでする子がいる。そして競争で紙ヤスリがけを始めた。

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集塵装置つき電動丸鋸 黒板兼収納棚 教科書 完成見本

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金工作業場 溶接作業場 道具収納箱 換気装置つき塗装場

 作業中,女校長が「お客さんにご挨拶して!」と言う。私が「こんにちは」と答える。お名前なんでしたっけと聞くから「HONDAです」と言うと一斉に「HONDA」「HONDA」と叫び,車を運転する真似をして走り回る子まで出てきた。校長が席に戻して作業再開。  何を作り始めたのか充分説明を聞かぬままヤスリがけを始めた子が多かったのかもしれない。副担任が持ってきた完成品でどうやって遊ぶか,たまたま私がポケットに入れていた飴を使ってバスケットボールをやって見せるとそれを理解して,俄然やる気になってヤスリがけに力が入る。

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完成品のバスケットボール

 その間に副担任が丸鋸を使って角材から板を切り出し,台を作る。ヤスリがけをやらせている時に大きな音の出る作業をやって子供のヤスリがけへの興味が中断しないのかと聞いたらいいのだという。こういう作業で板が作られることを自然に理解させるのだという。
 ヤスリがけに飽きてきた子が手にした作品でコンコンと木工台を叩き始めた。それを見た校長が「この板は何に使うんでしたっけ?」と聞いて「バスケットボール」と子供が答えると,すかさず「きれいなバスケットボールを作ってね」と言って,子供のやる気を損なわずに作業に集中させる指導力はすばらしい。

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ヤスリがけ作業1 ヤスリがけ作業2

 担任が板材を一人一人に渡して作業台に座らせ,説明を聞けと言う。防音ギアをつけたままの子もいるがそれに頓着しない担任も面白い。一人に物差しと直角金指しの使い方を教えながらバスケットのポールを立てる位置に板材の中心をマークさせる。そこで割り算をやらせる。

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座って!座って! 割り算と国語 直角金指しの使い方

先生 「板の幅は何センチ?。」
子供 「8センチ4ミリ。」
先生 「8センチ4ミリの半分は?。」
即答できない。
先生 「8センチの半分は?。」
子供 「4センチ。」
先生 「4ミリの半分は?。」
子供 「2ミリ。」
先生 「じゃあ,中心は?。」

という具合。
実はこの子は4センチと2ミリを足すのを忘れていた。それから板の木端(こば)から2センチ内側のポールが立つ位置に中心をマークさせるため直角金指しの使い方を教える,というように木工をしながら算数の応用と国語(言葉による説明)を総合的に学習させていく。

 日本では年間の製作作品数が決まっていて年度初めに教材費として徴収される。そのため授業時数が足りなくなると製作途中でも次の作品に取り組むことになる。つまり完成の喜びを味わうことなく終了し,それで悪い評価を与えられれば劣等意識だけが子どもの心に残る。この点を校長に尋ねたらフィンランドではそんなことはしない,という。「上手に早くできる子は,5つも6つも作るが,遅い子は2つだけということもある。従って年度末の教室は,いろいろな作品作りが混在する。成績は早さや表面上の巧みさでつけるのではなく,どれだけ熱心に取り組んだかによって評価する。完成した作品の出来栄えを褒め,作る過程の努力を称えることによってどの子も一様に満足感が得られ,一人一人の学習への取組姿勢が強められていく。これが手工科の普通教育たらんとするところである」と。
 また,「子供は誰もまっさらな状態で生まれてくる。そのまっさらな状態に国語や算数やその他の教科を注入するのが教育というものである。この教育を純粋に受け容れる子がいい子で成績の良い子である。逆に成績の悪い子は,受け容れる純粋さがないか,怠け者か,忘れん坊である」,古来日本では教育というものをこのように見てきた。
 しかし,フィンランドでは「子供はすべて違うものをもって生まれてくる。それぞれの子供のそれぞれ違う性格・資質を考慮し,彼らの希望する方向に導く手助けをするのが教育である,と考えている」と校長は言った。

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説明する校長 元大工の副担任

 口先で個性教育を謳いながら教室での実際は全体教育がまかり通っている日本と比べ,その大きな違いと基礎の厚さを改めて考えさせられた。