「あいつらは、絶対に親の自覚がない」
階段を上りながら、蠢く様に呟く洋一。
「……ったく、風邪引きほっといて遊びに出かけるか、普通」
そう毒づきながらも洋一は風邪を引いている本人である茜の部屋の前に着く。
――コンコン
「入るぞー、ダメって言っても入るからなー」
「…………」
しかし、茜の部屋からは物音一つしてこない。
「……よし」
無言で数秒の思案の後、ドアをあける。
一体、何が良いのだろうか?
「ほら、飯だ……?」
洋一はものの見事に固まる。
それも仕方がない。何故なら、熱に浮かされて赤面している茜が、汗で気持ち悪いからと服を脱いで、生まれたままの姿……もとい、裸になったところだったからである。
素晴らしいタイミングと言えよう。
「……? 洋一……ご飯」
茜の虚ろな視線が、開いたドア、固まる洋一、湯気を上げる出来立てのお粥、と順番に移動する。
「お、おお……」
上ずった声を上げる洋一。
さすがに、10歳の幼い肢体といえども、熱の出る夏風邪を引き、あまつさえ汗を掻いて長い髪が体に張り付くようになっているのだ。それに、洋一とてまだ10歳。いくら幼馴染みと言えども全裸の少女が目の前にいるのだから、声が上ずるのは当然と言える。
むしろ、それだけで済んだのだから洋一の精神力は大したものと言えるだろう。
まあ、10歳に何ができると言う訳でもないが……
「ご飯の時間……」
未だ虚ろな目をしている茜がそのまま洋一に迫ってくる。
「待て……! さすがに服を着ろーーー!」
堪らず洋一が叫ぶ。
「うん……」
茜は頷くとそのまま服を着……ずにベッドに潜り込み寝息を立て始める。見事に寝惚けていた。
「…………って、おい」
それを見て洋一は深く項垂れた。
――数十分後
「う……うぅん……」
茜が目をこすり起き上がる。
「ようやく起きたか」
「……ん、ご飯……」
そう言って、ベッドから這い出す茜。
「起き抜けにそれかよ……って、ちょっと待――」
「きゃああぁぁぁぁぁーーーーー!?」
自身の格好を見下ろした茜が、洋一の静止の声の前に絶叫した。
言い忘れていた洋一も洋一だが、茜は起きたときに気付くべきだろう。
「出てけーーーーー!!」
瞬間的に追い出される洋一。
まあ、当然と言えば当然である。
「もう、入っていいよ……」
数分の後、ドアの中から弱々しく茜が呼ぶ。
「服着たか?」
「着たから呼ぶの」
その声を聞いて洋一は恐る恐るドアを開けた。
「何でそんなにビクついてるの?」
茜はベッドから上体を起こして洋一の方を睨んでいた。
「いや、用心……だ」
そう言いながら部屋の中に入った洋一はあるものを発見する。
「……十分もなかったのによく飯食えたな」
机の上にある空の食器。
洋一が元々茜の部屋に来る理由になったものである。
何故そこにあるのかというと、茜が寝惚けて裸で動き回った挙げ句ベッドに戻って眠り込んださっきの事件の後に、洋一が茜の机の上に置いておいたのである。
「お腹へってたから……」
少しだけ赤面し俯く茜。
「だからって、いつの間に食ったんだよ」
「えへへ……でも、美味しかったよ」
「そりゃ良かったな」
「うん、洋一が作ってくれたんだよね?」
「まぁな……作り方は親父仕込みだけどな」
「うん、でもありがとうね」
あどけなく微笑む茜。
「……薬とって来る」
突如立ち上がり、そう言って茜の部屋を後にした純情少年・神谷洋一がいた。
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