いつも歩く道 第一部 夏 





「洋一、覚悟〜」

 放課後の閑散とした廊下に響き渡る可愛らしい声。

 見れば髪の長い活発そうな少女が、自身のショーツが見えるのもお構いなしにスカートを翻してとび蹴りを出そうとしている。

 松嶋茜、当時10歳。花も恥らう可憐な乙女……のはずの少女である。

 そんな茜の攻撃を、上半身をずらすだけで回避する神谷洋一、当時10歳。

「白。ウサギとは良い趣味だな」

 洋一は茜の通り過ぎた軌跡を見つめながら言葉を発する。

 何故か成長した時よりも運動神経がいいのはこの際見なかったことにする。

「み、見たな〜〜〜!」

 着地後ふわっと舞い上がるスカートを押さえて叫ぶ茜。

 その顔は羞恥で赤面している。

「見たくて見たわけじゃないっての」

 一方洋一は冷め切った目で茜の後方を見据える。

「ちょっと、どこ見て……っ!」

 茜は振り返った瞬間に顔をしかめる。

「よう、洋一。よく学校に来れたな?」

 そこには、年の頃洋一より年上の少し太めの少年が仲間を二人連れ洋一たちを見下ろしていた。否、見下していたと言った方がいいだろうか。

 所謂、典型的なガキ大将といったやつである。

「何だ、またあんたか」

「懲りないですよね、先輩って」

 洋一も茜も小学生には見えないほど冷たい目で三人を見つめる。

「なんだと!? てめぇ、二度とそんな口利けないようにしてやる」

 憤慨した少年がいきなり拳を振り下ろす。

 そして、その拳は吸い込まれるように茜の顔面へ。

「きゃあ……!」

――バチン!

 しかし、それは茜の顔に届く前に洋一の手によって止められていた。

「あのさ、誰狙ってんだよ?」

「て、てめぇ……!」

「あんたの狙いは俺だろ。茜は関係ない」

 そう言いながら洋一は茜と少年の間に割ってはいる。

「なんだ……ナイト気取りか?」

「別にそんなつもりじゃない。ただ、女に手を出すのはどうかと思うけどな」

 そのまま男を睨みつける洋一。

 その瞳に気圧されたのか、少年は少しあとずさる。

「き、今日はこの辺で勘弁してやる。い、行くぞ!」

 往年の名台詞を残し、少年は仲間二人を連れて帰って行った。

「……逃げるときまでお約束なやつだ」

「……あの、ありがと」

 逃げって行った少年たちを見送っていた洋一に茜がおずおずと礼を言う。

「別にいいさ。今に始まったことじゃないしな」

「うぅ、ごめん……」

「だから、気にするな……って言うか、巻き込まれるからあまり近づくな」

「でも……」

「でもじゃない。まあ、今日はあいつらも帰ったことだし帰るぞ」

 そう言って、洋一は茜の前に手を差し出す。

「あ……うん」

 茜がその手を取ると、洋一は一つ溜息を吐いて踵を返した。

 その日は久しぶりに洋一と茜が一緒に帰った日だった。











「それで終わりなの?」

 薫はいきなり話を止めた茜に訊く。

「そんなことないよ。これはまだまだ導入」

 茜は少し笑いながらそう言う。

「導入……って、そんなに長いの?」

「う〜ん、長くはないよ。ただ、あの時の洋一とあたしの関係のことを詳しく話さないと好きになって、あんな事をした理由なんて話せないでしょ?」

「あんな事って、告白もどきだよね?」

「そうだよ。でも、あたしにしたら結構本気だったんだけど」

 そう言って茜は笑う。

「じゃあ、お兄ちゃんが鈍感なだけ?」

「あながち、外れてないかもね」

「そうなんだ。お兄ちゃんぜんぜん変わってない……うん、でも早く続きが聞きたいな」

「ん、分かってる。じゃあ、続きからね」

 目を輝かせている薫に茜は微笑みながら話し始める。





――夏休みの少し前の夏の物語を……



















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