――夏休み・一日目
朝日が昇り、カーテンの隙間から夏の日差しが差し込んでくる。
そんな清々しい朝に一人だけ妙に暗い男がいた。
男といった時点で分かると思うが、洋一である。
「……ね、ねみい」
現時刻は六時。
彼が言う健全な男子高校生の定義からすれば、休みの日にこんなに早く起きるのは間違っているらしい。
まあ、だからと言ってまた寝直す気はないらしいが。
「うふふ、おはよう洋一」
その早起きの元凶が洋一の目の前で含み笑いをしている。
「茜、お前今何した?」
「何って、ただ単に洋一のベッドの上に乗っかっただけ」
悪びれる様子もなく言い切る茜。
実際それをやられるとかなりびびる。そのベッドがスプリングベッドなら尚更だ。
「でもさ、アレやられて声一つあげずに起きて、開口一番がねみいってすごいよね?」
「すごい……のか?」
「すごいよ〜。あたしが中学校の修学旅行のとき里奈にやったら、あの里奈でさえ驚いて声上げたんだよ」
「里奈にもやったのか?」
「当然じゃん?」
茜はそう言って極上の笑みを浮かべる。
「……まあ、いい。着替えるから出て行け」
「え〜なんで? 着替えるの手伝ってあげるよ」
茜は目を輝かせながらそう言った。
「頼むから止めてくれ」
そんな茜に洋一は少し頭を抱えてうなだれた。
ちなみに、その日の朝の一番酷い台詞は、その後に薫に笑顔で言われた、
「お兄ちゃんって、やっぱり茜さんの奴隷だよね」
と言うこの一言だった。
日が高くなり始め、そろそろお昼かという頃……
「今日はあたしが作ってあげる」
茜がそんな事を言い出した。
「なに!?」
「え!?」
突然の申し出に驚きまくる神谷兄妹。
薫は分かるとして、何故洋一まで驚くのだろうか?
洋一はもう既に運動会のときに茜の手料理を食べているはずなのに。
「洋一。洋一はあたしの料理食べたことあるよね?」
茜は露骨に不満そうな顔をする。
「ああ、あったな」
「お兄ちゃん、食べたことあるのにそんな反応するってことは不味いの?」
「いや、それなりに美味い」
「ならなんでそんな反応するかなぁ〜」
また茜が不満そうな声を漏らす。
「悪かったって。じゃあ、頼むぞ」
「うん。合点承知!」
茜は瞬間的に機嫌を直すとエプロンをつけて台所に入っていった。
「茜さんって、百面相?」
「喩えが微妙に古いぞ、薫」
二人はそう言いながら、いそいそと材料を取り出している茜の背中を見ていた。
「茜ちゃんの三分クッキング〜!」
「誰に言ってるんだ?」
ビシッとポーズをとっている茜の後ろから、洋一が突っ込む。
「気合入れてるだけだよ」
「気合入れなくても料理は出来るだろ?」
「一応よ、一応。洋一だっておいしい料理のほうがいいでしょ?」
「それは、な……」
「なら黙ってなさい」
そう言うと茜はどこからか既に切られた野菜を取り出した。
「まず、好きな野菜を適当な大きさに切ります」
「どっから出した?」
「ここで注意して! 野菜の水気はしっかり切っておきましょう。仕上がりに差が出ます」
「誰に言ってるんだ?」
「次に卵を溶いて、焼きましょう。スクランブルエッグを作るようにがぁーと焼いていったん取り出します」
「すごいな、口と手が同時に動いてる」
「その後は、野菜を入れて焼けたかなぁ〜と思ったらご飯をぶち込み、混ざったらさっきの卵を投入♪ 更に混ぜたら、塩と胡椒で味付けして最後に醤油で香り付け。あっと言う間に炒飯の完成でーす」
そう言いながら茜は拳を突き上げる。
「三分で出来るかあほ」
「洋一、横からうるさい」
「お前が無茶苦茶するからだろうが」
「人の所為にしない。ほら、持ってけ」
そう言いながら茜は大皿を押し付ける。
ちなみに、よく人の所為にするのは茜のほうである。
「あ、茜。あぶない……」
「へ? きゃあ?」
茜が何かに躓いて転びそうになる。
――ドスン。
何かが倒れる音。
しかし、陶器の割れるような音はしない。
よく見てみると器用にも大皿を落とさず茜の下敷きになっている洋一がいた。
「……ごめん、洋一」
「もういい、慣れた」
その後、二人はどこか気まずいまま食卓へついた。
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