いつも歩く道 第一部 夏 





――現代・神谷家居間

 その場には、静寂だけが流れていた。

 その場に誰もいない訳ではなく、茜と薫が椅子に座り、テーブルを挟んで対面している。

 しかし、双方全くもって話す……もとい、動く気配が微塵も感じられない。

 よく使われる「石化した」と言う表現が、恐ろしいほどしっくりとくる場面と言えなくもない。いや、どちらかと言えば、良く出来た蝋人形が対面しているといった方が的確かもしれない。

 そして、その重厚さは飲み物を取りに来た洋一が、絶句してその場に入るのを拒絶するほどのものであった。

 ちなみに、洋一はその後、別ルート――リビングからキッチンへ行くのではなく、廊下から直接キッチンに行くルート――を通り、飲み物の取得に成功した。

「……あ、あの」

 恐る恐る口にしたと言う様な潜められた声。よほどの勇気が要ったのだろう、その声は震えて尻すぼみに消えていく。

 しかし、それでも音が生じた事によって、リビングの空気は俄に変わりだした。

 その、重苦しく絶対的な支配力をもっていた静寂を打ち破ったのは薫だった。

「……な、なにかな?」

 引き攣った微笑。そして、引き攣った返答。

 茜ですらあの静寂は辛かったのだろう。空気が変わってきた割には声が上ずっている。

 まあ、客観的に見れば空気は変わって見えるのだろうが、茜の主観的な感性では今一感受しきれないのであろう。

「さ、さっきのが……そ、その告白もどき?」

 薫は、茜のそれに釣られるかのごとく未だに声が上ずり吃る。

 この二人を見ていると、人とはここまで簡単に動揺するものかと、しみじみ思ってしまう。いや、あくまで主観だが。

「え〜、え〜……っと……ソウデスネ?」

 何故か疑問系で返す茜。しかし何故に片言なのか?

「何で疑問系かな? って言うか片言……」

 茜の一言で完全に緊張が吹き飛んだ薫はジト目で茜を見やる。

「あ、はははぁ……だってほら、告白ってどんな事か分からないから……告白もどきでもなんでもないって言われそうで……」

 そう言い、縮こまる茜。

 確かに彼女の危惧した通り、他の人間にしてみればどこが『告白もどき』だー! と、叫びたくなる内容ではある。なにせ、これを告白と呼ばねば何を告白と呼ぶのかと疑問に思える内容だからだ。

 まあ、そこが彼女らしい初々しい一面と言えなくもないのだが……

 そして、その時薫は確信するのだった。

 茜は兄と同じで恐ろしいほどに初心で鈍感だという事を。











――その夜・神谷家お風呂

「ん〜…………は〜、ふぅ〜……」

 茜は湯船の中でまどろんでいた。多分今なら劇的に面白い事を口走ってくれそうなほど頭が白んでいるだろう。

 しかし、考えているのはやはり昼間の事である。

「あべばばっばびぶぶうぼばな……?」

 茜は湯の中に顔を半分沈めながら呟く。

 呟いた言葉はあの時に薫の反応から察する言葉。

 あの後、薫には、

「やっぱり、茜さんはお兄ちゃんと同じタイプの人間みたい。それは、別に悪い事じゃないけど……それでも、もう少し……もう少しだけ正直になったら? 周りの人がヤキモキしちゃうから……ね」

 そう、部屋を出がけに言われた。しかも、どことなく寂しさを込めた目で。

 だから、余計に考えてしまうのだ。自分と洋一の在り方について。

「ばあ、ばんばえばっべばばばばびば」

 また湯船の中で呟く。

 しかし、今度は前向きな事を。

 どうせこう言う事に疎い自分には考えたって分かるものではないのだ。ならば、考えているだけ時間の無駄。なら、考えない方が自分らしいのだ。

――ザパァン

 湯船から立ち上がる。

 そして、美しく磨き上げられてきている裸身がちゃんと温まっているのを確認すると彼女――茜は少しだけ気合を入れなおした。



















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