蝉の鳴き声が響く。
その鳴き声を背に受け春には桜が咲いていた並木道を通る。
季節は……夏。
緑に輝く木々の下を二人の男女が歩いていた。
七月の中旬。春には満開の桜を咲かせる木々が緑に輝く葉をつけている並木道を歩いて行く洋一。そして、その後ろをちょろちょろと茜が付いて来ていた。
「ねえ、洋一。夏休みだね?」
茜が小走りに先を歩いていた洋一の隣に並び話しかける。
「ああ? そうだったか?」
洋一が首だけ茜のほうを見て答える。
「今終業式終って来たばかりじゃない」
呆れている茜。
「あー、あれ終業式だったんだ。どうりで校長が話してた訳だ」
「……洋一ってさ、ある意味大物だよね」
「ところで武と里奈は?」
「さあ? 二人でよろしくしてるんじゃないの?」
茜は何故か不機嫌な声色で答えた。
「どうした?」
「べっつにぃ」
そんなことを話しながら二人は夏の日差しの中を歩いていく。
先程茜が言った通り常盤学園――忘れた人もいると思うが、二人の通う学園の名前――は今日が終業式だった。そのため午前中で終わり今こうして二人で歩いているのである。
ちなみに、武と里奈は今頃商店街でデート中だったりする。茜の不機嫌の原因はこの二人がデートしていること……ではなく、折角午前中に終ったのに何処かへ誘うことなく帰路についた洋一が原因だったりする。
そんな事をしているといつの間にか茜の家の前に来ていた。
「洋一、あたしここだから」
「言わなくても分かってるって」
そう言う洋一に茜はちょっと不機嫌な表情を浮かべる。
「ホントにあたしの事分かってるの?」
「お前……何年の付き合いだと思ってるんだよ」
「産まれた時からだから、16年」
「だろ? だったら家の場所くらい忘れるかって」
「でも、言わなきゃ通り過ぎてくよね?」
「挨拶しないからな」
「普通は、女の子と一緒に帰ってその子の家に着いたらさよならって言わない?」
「さよならって言えば言ってやるぞ」
「うわ、それ屁理屈」
「そう言うことだ。じゃあな、茜」
「うん。じゃあね」
そう言い、茜は家の中入ろうとして何かを思い出したように帰ろうとしている洋一を引き止めて声を掛けた。
「ああ、そうそう。言い忘れてたけど、今年の夏休み普通に終れると思わないでね」
それだけ言うと茜は洋一の反応も見ずに家の中へ入っていった。
「…………何を、するつもりだ……?」
洋一はこれからの夏休みに一抹の不安を覚えた。
「ただいま」
洋一は自宅の扉を開け、挨拶をしながら中に入る。が――
「……誰もいねぇのか?」
中からは誰の気配もしない。
「薫はいいとして、お袋は何でいないんだ?」
洋一はそのままの格好――学園の制服――で玄関で考え始めた。何気に変である。
薫の学校も今日が終業式だが、学校までの距離が微妙に遠いのと終了時間が微妙に違うのがあいまってまだ帰って来ていない。そして、お袋こと葉子氏は最近取材が終って帰ってきたばかりなので、今頃は家でレポートを書いている筈なのだが……
「まあ、いいか」
洋一は思案を切り上げるとそのまま自分の部屋に向かっていった。
しばらくし、着替えを終えて台所に向かうとそこに何か妙に存在感を出すものがあった。
「……何だこれ?」
テーブルの上に置かれた一枚の紙に洋一は目を留めた。
なにやら文字が書いてある。手紙のようだ。
「なになに? 『また四人で遊びに出かけるわ〜。せやから、薫ちゃんと茜ちゃんのことよろしく頼むで〜』…………はい?」
思考が停止する洋一。
つまり要約するとあのぐうたらえせ関西人の葉子氏がまた相馬と茜の両親である宗吾と美恵を連れて遊びに行こう……否、遊びに行ったと言うことである。
『今年の夏休み普通に終れると思わないでね』
茜の台詞が頭の中でフラッシュバックする。
「……なるほど、茜はこの事を知っていたのか……」
深く項垂れる洋一。
夏休みの初っ端から軽く絶望した洋一だった。
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