「おつかれ。流石だな」
洋一は彼なりの精一杯の言葉で100mを一位でゴールした三人を出迎えた。
「お出迎えご苦労、洋一」
「ありがとう、洋一」
「……楽だったよ?」
三者三様の返しで答える茜、武、里奈。
「そりゃ、里奈と一緒に走った奴は災難だろ」
お忘れになった方もいると思うが、里奈は高校生の女子にしては反則に近いほど足が速い。昨年までは中学生だったのだから尚更反則である。
事実、茜と武は二位との差が一メートル圏内であるのに対し、里奈だけは二位に五メートル以上の差をつけてゴールしいたのである。
「あれは、里奈の周りの女子が遅いのかな?」
武がゴールの瞬間を思い出しながら言う。
「里奈が反則なだけでしょ?」
茜が里奈を半眼で見下ろして言った。
そんな茜を不思議そうに里奈が見上げる。
その瞬間、何故か武が赤面する。
そんな武に洋一がそっと耳打ちする。
「そんなに可愛かったか?」
「…………ああ」
武は恥ずかしそうに頷いた。
しばらくして次の競技が始まると茜と武は選手として休憩所から出て行き、その場に洋一と何故か不貞腐れている里奈だけが残された。
「……わたし、足速いよ?」
「いや、そこはなんと言うか……。ほら、里奈って一直線専門だろ?」
「……あれも一直線」
「いや、そこはほらあれだよ……」
「おやおや、応援もせずに何をしているのですか?」
洋一が不貞腐れている里奈を宥めるのに悪戦苦闘しているとまたしても森が寄ってきた。
「悪いがお前に構ってるほど暇じゃない」
里奈だけでも手一杯なのにこれ以上厄介な奴は要らないとばかりに無情な追い返し方をする洋一だが、
「おや? 澄川さん。貴方は足が速いはずでは?」
洋一の事など完璧に無視をして森は里奈に話しかけた。
「……選手じゃないの」
不貞腐れていてもちゃんと答える里奈。その姿が駄々を捏ねた後の子供のようで中々に可愛らしい。
「選手ではない? ……ああ、なるほど」
初めは訝しげに里奈を見ながら考えていた森だったが、やがて納得したように頷いた。
「何がなるほどなの?」
少しむっとして里奈が森に訊いた。
「貴方が選手になれない理由ですが?」
森は里奈を見下ろしながら事も無げに言う。
「どんな?」
里奈が珍しく声を荒げる。ただ、荒げると言っても里奈にしては荒げたほうで他の人にしてみれば普通である。
事実、里奈の感情を逆撫でしている張本人である森はそのことに全く気付かず、里奈の事をそれなりによく知っている洋一は既に五メートルほど離れたところで高みの見物を決め込んでいた。
そして、森は意図せずして里奈の逆鱗に触れた。
「それは障害物競走ですからですね。澄川さん、貴方は身長が足らな……」
――ドゴスッ!
すさまじい音と共に森が吹き飛んだ。
「…………五月蠅い」
俯きながら呟く里奈。多分、これが漫画だったら今の里奈の拳からは煙が出ているだろう。
「クリティカール」
遠目に見ていた洋一が里奈に聞こえないように呟いた。
少しして……
「こんな所で何をやっているんだ? 洋一」
競技から戻ってきた武が未だ離れて里奈を見ている洋一に声をかけた。
「あれ? 武、もう終ったのか?」
「ああ、男子の方はね。で、何してるんだ?」
「里奈の逆鱗に触れた奴がいるからな。ここでほとぼりが冷めるのを待ってる」
洋一の言葉に武は微かに顔をしかめる。
「一体誰がそんなことを……」
「森だよ」
「森君が? ああ、確かに。彼は思ったことをそのまま口に出す人だからね」
「まあ、里奈の方から誘導している節もあったんだがな」
洋一はそう言うと武とそろって溜息をついた。
その後、茜が戻ってきた時にも同じような問答が起こった。
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