月日は、体力測定から別段面白いことがないまま一ヶ月ほど過ぎようとしていた。
そんなおり、ついに春の最大のイベントである運動会が始まった。
「え〜、本日は晴天にも恵まれ……」
「ねぇねぇ、洋一」
校長のくだらないスピーチが始まると同時に茜が洋一に話しかけてきた。
「ん? 何だ」
「洋一って何の種目に出るんだっけ?」
「綱引きとクラス対抗リレー」
「それだけ?」
「二つも出てれば十分だろ」
「あたし四つ出るよ」
「出すぎだろ」
「洋一が少ないんだよ。だって、武君なんて全部の種目に出るんだよ」
「あのな〜、お前らが出すぎなんだって。第一、一つも出ない奴だっているんだぞ」
「え? そんな人……」
――ピンポーン
「生徒の皆さんは速やかに自分のクラスの休憩所に戻ってください。繰り返します……」
いつの間にか校長のためにならない長話が終っていたらしく生徒はばらばらに散っていた。
洋一と茜も自分のクラスの休憩所に戻ってくると再び話しを始めた。
「さっきの続き、一つも出ない人って誰?」
「ああ、あいつだ」
洋一は、そう言って一人の男子学生を指差した。
「あれって、森君?」
茜の問いに洋一は無言で頷いた。
「何ですか貴方たちは人のことを指差して。失礼ですよ」
すると、こっちを見ていたのか当事者の男子学生が出てきた。
「出た」
「そこ、出たとは何ですか出たとは」
思わず洋一の漏らした言葉に反応する男子学生。
男子学生……もとい、森は半袖短パンの体操着に牛乳瓶の底かと思われるほど分厚い丸眼鏡をかけ、そして、その体操着の胸のところには大きく森と書かれており、誰が見ても出たとしか言い様のない格好をしていた。
「えっと……森君、その格好じゃあ誰が見ても出たってしか言えない」
「もしくは、出現した。だな」
その言葉に森の顔が赤くなる。
「何と失礼な。いや、それよりも松嶋さん。一年女子の100m走は一番最初ですよ。貴方は選手でしょう?」
「え、嘘?」
「本当です。こんなくだらない事でいちいち嘘をつくわけがないでしょうが。それと、これは貴方のために言っているのではなく我がクラスが一位を取るため……」
「それじゃあ、行ってくるね」
「おお、がんばれよ茜」
「うん。まかせて」
そう言って茜はトラックの方へ走っていった。
「これから走るってのに走ってったら疲れるだろ」
茜の後姿に呟く洋一。
それにしても……
「……つまりですね……ブツブツ……」
「まだ言ってたのか? こいつ」
森を見てあきれる洋一だった。
いよいよ運動会の第一種目が始まろうとしている時、洋一たちのクラスの休憩所では、一人の男子学生が声を張り上げていた。
「さあ、運動会の花形とも言える応援を頑張りますぞ、応援を」
森である。
いちいち応援を強調している辺りがそれらしい。
「さあ、神谷君。これをもつのです」
ずいっと棒を差し出す森。
「何だこれ?」
洋一が顔をしかめる。
その洋一を呆れたように森が説明を始めた。
「まったく、分かっていませんね。応援と言えば横断幕でしょう、横断幕。そもそも横断幕と言うのは……ブツブツ……」
「また始まった……まあいいや、コースの近くで応援でもするか」
そう言って洋一は、横断幕……つまり、旗をその場に放り捨て茜の走っていった方に歩き出した。
「つまり、横断幕と言うのは……」
もはや誰一人聞いていないのに、独りブツブツと薀蓄を披露している森であった。
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