いつも歩く道 第一部 春 





――キーンコーンカーンコーン




 昼休みを告げるチャイムが鳴り、教室内が騒がしくなる。そんな中、洋一は――

「くー……くー……くー……」

――見事に、爆睡していた。

 そんな洋一の様子なぞ露知らず、武は洋一の机へ向かっていた。

「洋一…っと、寝てるのか……なら、無理に起こすのも可哀想だしな……」

「武君、何悩んでるの?」

 洋一を起こすか否かで迷っている武の所に人懐っこい笑みを浮かべた茜が寄ってきた。

「あ、茜さん。今ね、洋一を起こしたほうが良いのか迷っていてね」

 武が状況を端的に説明すると、茜の笑みが徐々に邪悪なものに変わっていった。

「な〜んだ、そんな事で悩んでたんだ。おっけー、まかせて。だから、武君は先に里奈と学食にでも行ってて。洋一はあたしが必ず引っ張っていくから」

「え、いいの?」

「いいの、いいの。武君だって里奈と二人っきりになりたいでしょ?」

「あ、茜さん……」

 茜の言葉に武が微かに赤面する。

「ん? 何赤い顔してんの? いまさら照れるような事でもないじゃない」

「いや、そんな臆面もなく言われると照れるよ」

「そんなもん?」

「そんなもんだよ。茜さんも恋人ができたらきっと解るよ」

「恋人? うーん、難しい注文ね」

 武の言葉に茜は首をひねって……あまつさえ体ごとひねって考え始めた。

「そんなに難しい注文かな? 茜さんには洋一がいるじゃないか」

「へ? 洋一?」

 余りに予想通りの展開だが、彼女の中にはなかったのであろう洋一の名前が出てきて、

茜は素っ頓狂な声を上げた。

「な、何で洋一が出てくるのよ」

「何でって……二人を見ていれば誰だってそう思うよ」

「何言ってんのよ。洋一とあたしはただの幼馴染み。腐れ縁よ」

「でも、この学園に洋一が入ったのって、単に茜さんが入れって言ったからでしょ?」

「それは……そうだけど……」

 茜は返す言葉を失って黙り込む。すると――

「うるっっっさいわーーーー!」

「うわっ」

「きゃっ」

 洋一が吠えた。

「ええい、貴様ら人が気持ちよく寝ている前で騒ぐな!」

 突然の大声に驚いていた茜だが、すぐに何か良からぬ事を考えている顔になる。

「ちょうど良いときに起きたじゃない。もう、お昼よ。ほら、さっさと行くわよ」

「な、何すんだ。茜! ちょ、武助け…」

 洋一は茜に引きずられていった。

「ほら、お似合いじゃないか」

 一人残された武は何処か楽しそうに呟いていた。














「以上でHRを終了する。気をつけて帰るように」

 担任言葉で教室内が騒がしくなる。

「洋一、洋一」

 案の定茜が鞄を持って洋一のところへ寄って来る。

「今日ね、里奈と武君とで商店街に行くんだけど一緒に行かない?」

「うーん、めんどいから……」

「本当? 一緒に行ってくれるんだ、ありがとう」

「おい」

「何? 洋一」

 半眼で睨んでいる洋一に確信犯のくせに心底分からなそうな顔で首を傾げる茜。

「俺の意見は却下か?」

「一緒に行ってくれるんでしょ? それなら問題ないけど?」

「分かったよ。一緒に行けばいいんだろ?」

「そう言う事。分かってるじゃない洋一」

「分かりたくない」

 心底、項垂れる洋一であった。









そんなこんなで商店街をうろつく事になった洋一達はクレープ屋の前で足止めを喰らっていた。

「ねえ、里奈。里奈はどれにする?」

「バナナクレープが食べたいけど小豆も捨て難い。茜は?」

「あたしは杏。でも、チョコもいいかな〜」

 そんな二人の様子を後ろで眺めている男二人。

「どれでも良いだろ」

「うん。早くして欲しい」

「どれでも良くないの。女の子にとっては大事なんだからね」

 洋一のどれでも良い発言を聞いて茜が食って掛かって来る。

「里奈は女の子でいいとしても、お前は女と認めん」

「あ、ひどい。すんごく傷ついた」

 グスン、と茜はワザとらしく泣き真似をした。

「じゃあ、百歩……いや、一万歩譲ってお前が女だとしても、二つとも買えば済む問題だと思うのだが」

「それじゃあ、太っちゃうでしょ」

「一個も二個も変わらんだろ」

「変わるの。……って、良い事思いついた。洋一がチョコ買って、武君が小豆買えばいいんだ」

「良くない。俺の金が……」

「いいね、それ」

「乗るな! 武」

「ほら、武君もこう言ってるし洋一も。ね?」

「分かったよ」

 唯一の味方であった筈の武にあっさりと裏切られ、洋一は渋々その提案を承諾した。









 結局、クレープを買った……買わされた洋一はそれを口に運んでいた。

「むう、意外と美味いな。これ」

「でしょ? あたしが悩んでたの分かるでしょ?」

「ああ、悔しいが」

「分かればよろしい。と言うことで洋一、あ〜ん」

 そう言って茜は口を大きく開ける。

「あ〜んって?」

「だから、あ〜ん」

「いや、だから何だ? それ?」

 二人のやり取りを見ていた武は可笑しそうに微笑む。

「何だ? その妙な笑みは。気色悪いぞ」

「ふふっ。だって洋一、本当に分からないのか?」

「凄く、鈍感」

「里奈まで言うか……悪かったな、分からなくて」

 そう言って洋一はそっぽを向く。

「拗ねないの。ねえ、洋一。洋一のクレープあたしに食べさせて」

「ほら」

 洋一はスッと茜の口の近くへクレープを差し出した。

「お、素直」

「じゃあ、やらん」

「あ、うそうそ。それじゃあ、いっただっきま〜す」

――はむ、むにゃむにゃ。

「美味いか?」

「うん、美味しい。それじゃあ、はい洋一」

 そう言って洋一の前に茜のクレープが差し出される。

「お? 食っていいのか?」

「だって、あたしだけ貰っちゃ不公平でしょ」

「茜の口から不公平なんて言葉が出るなんて、意外だ」

「いらないの?」

「いや、頂ける物は頂いとく」

――はぐ、むぐむぐ。

「美味しい?」

「ああ、茜が迷うのも頷ける」

「でしょ〜?」

 そんな二人のやり取りを見ていたカップルが爆弾を落とす。

「間接キスは問題ないと」

「傍から見ればカップル」

 その言葉で、茜と洋一は一瞬にして5メートルも離れた。何気に凄い運動能力である。

「武!」

「里奈!」

 二人は、カップルに食って掛ろうとするが――

「息ピッタリ」

「しかも、それぞれが別々」

――追撃を喰らうという悲しい結末になった。



















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