いつも歩く道 第一部 春 





「はぁ〜、終わった〜」

「何気の抜けたこと言ってるんだよ」

「まだ、一時間ある」

 洋一が机に突っ伏していると、後ろから聴きなれた声が聞こえた。

「はぁ〜、何が悲しくてまたお前らと一緒にならなきゃならんのだ?」

「そう? あたしは里奈と武君は居た方が面白いと思うけど」

「また四人で仲良くやろうよ」

「きっと、楽しい」

 洋一が机に突っ伏したまま文句を言うと、茜も含めた三人にことごとく否定された。

「そう言えば、武も里奈もここ受けてたんだな」

 と、普通ならば知っていて当然のことを洋一は言った。実際、ここはそんなにも田舎ではないから一つの高校に一つの中学から何十人も受験することはまずない。それでなくとも、超難関と呼ばれている高校なのだから、一つの中学から受験する人数は高が知れている。それでも、洋一が彼らの受験のことを知らなかったのは、特に関心がなかったと言うことと、彼一人だけ受験教室が違ったのが原因だろう。まぁ、もっとも、だからと言って知らなかった洋一もおかしいと言えばおかしいのだが……

 二人はそんな洋一を半ば呆れながら見やり、至極簡単に説明した。

「僕は、茜さんにここ受けて絶対に入れ。って、言われたんだ」

 茜の命令を断りきれずこの学校に通うことになったこの少年は橘武。洋一の中学からの数少ない親友であり悪友。成績優秀でスポーツ万能。まさに絵に描いたような優等生。だが、押しに弱いためこのメンバーの中では常に貧乏くじを引いてしまう。顔はどちらかと言うと女顔で本人もそのことを気にしている。そのため、彼の前ではそのネタは禁忌になっている。

「わたしも」

 この何となく無駄なことは言わないオーラを出している少女は澄川里奈。彼女も武と同じく洋一の中学からの親友。腰まで届く長い髪を背中の中ほどで一つに束ねているのと、身長が少々――あくまで、本人談。実際は百三十程度なのでかなり――低いのがあいまって幼女に見えてしまっている。その上、顔もどことなく童顔の所為かときたま小学生に間違われることも。その容姿に似合わず運動神経は抜群で百メートルを十一秒台で走るほど足が速い。頭もよく常に学年十位には入れるほどの実力を有している。もちろん、彼女の前で身長の話しは禁忌である。実は彼女は武の恋人だったりするが、武の名誉のために言うと、告白したのは彼女からであって彼はロリコンやそれに準ずるものではない。まあ、二人が恋人同士に見えるか? と、訊かれたら十中八九は首を横に振るだろうし、実際に二人で出かけると、大抵は仲のいい兄妹に見られ、彼女が機嫌を悪くすることが殆どだったりする。

「茜、またお前か」

「いいじゃない。きっとこの四人なら高校生活も楽しくなるわよ」

「そんなもんか?」

「そんなもんよ」

 こうして、彼らの波乱万丈な高校生活が始まった。







――翌日。


 洋一は雀の囀る音で目を覚ました。

 実に爽やかな朝である。が――

「うるっっっさいわーーーー!」

 実はそうでもなかった。一・二匹の雀ならば確かに爽やかに起きれるだろうが、それが数十羽ともなると、五月蠅いとしか言いようがなくなるのである。

 案の定叩き起こされた洋一は渋々体を起こすと、手早く着替えを済ませ一階へ降りていった。

「あ、お兄ちゃんおはよう」

 リビングに下りると、洋一の妹の薫が朝食の支度をしながら朝の挨拶をしてきた。

「ああ、おはよう。……あれ? 今日親父とお袋は?」

洋一は生返事をしながら朝食が二人分しか用意されてないのを見て、質問をした。

「えっと、お父さんが朝一で会議で、お母さんが徹夜明けでまだ爆睡中」

 薫はこちらを振り返らずに、端的に答えた。

「よくあんな騒音の中で寝られるな」

「お母さん神経図太いし」

 薫は最後の料理を運んできて、苦笑いしながら答えた。

「しかし、毎度のことながらあれは勘弁して欲しいな。叩き起こされるこっちの身にもなって欲しい」

「あれって、雀の大合唱のこと? 確かにあれは五月蠅いよね。はい、ご飯」

「お、わりい」

 そう言うと、洋一は薫から茶碗を受け取った。

 たった今洋一へ茶碗を渡した人物は神谷薫。洋一の愛すべき……かどうかは不明の妹。名前だけ聞くと男性と間違われることもしばしばだが、外見も中身もちゃんと女の子である。本当に兄妹か? と疑えるほど性格が正反対だったりする。まあ、優しいところだけは同じなのだが。容姿は、そのショートカットの所為か子供っぽく見えるが、なかなかに美人と言えなくもなかったりする。かなり、父親似。

 あの洋一ですら叩き起こされた雀の大合唱にびくともしないで未だに寝ている洋一の母親の名前は神谷葉子。流石、洋一の母とでも言うのか、その性格は洋一をそのまま大人にし、天真爛漫、自由奔放と言う二つのスキルを加え、それを何十倍も濃くした感じである。しかも、フリーライターをしている所為か、生活習慣が不規則で家事は何一つ出来ない。実際、取材と称して色々な所に旅行に行っていたりするので、それも仕方ないのかもしれない。なぜか、関西生まれでもないのに関西弁を話す。しかし、あくまで、こてこての関西弁だが……。ちなみに、昨夜徹夜で仕事を終らせたため、しばらくは家にいるらしい。

 朝一から会議と、何気に仕事熱心な洋一の父親の名前は神谷相馬。本当に、洋一の父親なのか? と思われるほど性格は温厚でこれといった欠点もない万能人。洋一が似ているところと言えば、その優しさだけであって、あとはこれっぽっちも似ていない。職業はサラリーマンだが、洋一たちが家に帰ると必ずいるという謎の人。なぜ、あのぐうたらえせ関西人の葉子氏と結婚したかは誰も知らない。

「ご馳走様でした」

 そうこうしている間に洋一は朝食を食べ終えていた。

「あれ? お兄ちゃん今日は早いね」

 そう言いながら、薫はリビングにある時計に目を移す。時刻は七時半。ここから、洋一の通う学校『私立常盤学園』へは十分もかからない。早いと言うより、むしろ早過ぎるのである。

「早く行かないと茜に襲われて遅刻しそうになるからな」

 洋一が簡単に説明すると、薫は幽かに苦笑いを浮かべていた。

「そうなんだ。それじゃあ、いってらっしゃい」

「おお、いってきます」

 洋一はそう言って家を後にした。

 しかし、洋一は気付いていなかった。昨日と同じ悲劇……と言うよりむしろ喜劇が繰り返されるということを……



















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