いつも歩く道 第一部 春 





 時刻は四時半を回っている。

 それにも拘らず、未だ運動会の興奮冷めやらぬ教室内は激しい喧騒に包まれていた。

 そんな教室の前で茜は中に入るのを躊躇っていた。

「うわぁ……入り辛い……」

 茜が教室内の賑わいにしりごみする。それも仕方がない。何せ茜が最後の最後で大ポカをしてしまい、総合順位が三位というとてつもなく中途半端な結果になってしまったのだから。

「ダメ、ちゃんと入って」

 そんな茜を今まで保健室で茜に付き添っていた里奈が叱咤する。

「だって〜、やっぱり入りにくいよぅ」

 保健室での決意はどこへやら、いつになく弱気な茜。

 そんな茜についに里奈が強攻策に出た。

――ガラガラガラ……

 一気に教室の戸を開け、そのすぐ後に茜の背中に回りこむ。そして――

「えい」

――茜の背中を思いっきり押した。

「え……? きゃあ」

 里奈の突然の行動に茜はなすすべもなく教壇の付近まで出て行ってしまった。

「ちょっと、里奈ひど……」

 茜の非難は言葉半ばで止まる。

 どうやら現状に気付いたらしい。

 教室は先ほどまでの喧騒がなかったかのように静まり返っている。

 そして、教室内の全ての視線が茜に集まっていた。














「あはは……」

 突然のことで頭の中が見事に真っ白になった茜は、愛想笑いでこの場をしのごうとするが、誰もその愛想笑いに反応することもなく無表情で茜を見つめている。

(どうすればいいのよぉ〜)

 茜は内心で大泣きしつつも里奈に助けを求めようと教室の出入り口を見るが、そこには里奈の姿はなかった。

(そうだ、武君を探せば……)

 そう思い大急ぎで教室の中を見渡してみると、案の定武の隣でペットボトルのお茶を飲む里奈がいた。が、里奈は私には関係ないとばかりに茜の方を見ていなかった。

(里奈〜、あたし達の友情はそんなものだったの〜)

 里奈のそっけない態度に茜の焦りはいよいよ高まっていく。

 そんな茜の心理を見透かしたように洋一が声を掛ける。

「茜。何やってんだ? 言うことがあるだろ?」

 呆れた様な洋一の声。

「え……っと……」

 今だ何を言って良いのか分からないといった様子で茜は言葉を詰まらせる。

「おい……ったく、こういう場合は無事に復帰したことを皆に報告して、さり気なく皆の輪の中に紛れ込むんだよ」

 何も言い出さない茜に痺れを切らしたように洋一が助け舟を出す。

「え……? あ、うん」

「うんじゃなくてやれっての」

「あ……えっと、この通りピンピンしております。皆様ご迷惑を掛けて申し訳ありませんでした」

 洋一に促されて茜が深々と頭を下げる。すると――

「茜さん、元気になったんだね」

「我がクラスのムードメーカーがいなくて盛り上がりに欠けてたんだ」

――と、クラスの端々から声が上がった。

 そして、クラスの盛り上がりはこれ以上ないほどまで高まった。














 学校の屋上。

 普段滅多に人の立ち寄らない場所で洋一は夕陽を眺めていた。

 別段変わった事などないのだが、それでも何かしら心を打つものがあったように洋一はその場を動くことなく佇んでいた。

「あ! 洋一、見っけ♪」

 黄昏てる――訳ではないが――洋一の背中に元気な声が掛けられた。

「何だ、茜?」

 洋一の隣に並び夕陽を見始めた茜に洋一が訊く。

「ん〜、別に用はないよ。抜け出した洋一探してたら、洋一が黄昏てただけ」

「別に黄昏てないって。……下の騒ぎは?」

「終ったよ。二次会だーって皆でどっか行っちゃったから」

「お前は行かなくていいのか?」

「うん。だって、武君も里奈も行かないって言うし、洋一も居なかったから」

「で、その武と里奈は?」

「教室でイチャついてると思うよ」

「そうか……じゃあ、ここに居る意味もないから帰るか」

「え、帰るの?」

「武と里奈の邪魔しちゃ悪いしな」

「それもそうだね」

「それに、幸いなことに今日は特に持ち帰るものがないから教室に寄らずに帰れるしな」

「うん、確かに」

「じゃあ、帰るぞ」

 洋一は踵を返してすぐに屋上の出入り口に向かっていく。

「あ、待ってよ洋一」

 そして、それを茜は嬉しそうに追っていった。







 校門に向かって歩く二人の背中を教室から見つめている二人の親友。

「もう、一押しかな?」

「うん。二人なら幸せになる」

 二人はそう言ってクスクスと笑いながら、いつの間にか手を繋いでいた二人を眺めていた。















春:幼馴染みの距離

――終――


















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