「位置について、よーい……」
スタートラインに並んだ選手たちがクラウチングスタートの体勢になる。
――パン。
そして、いよいよリレーが始まった。
スタート直後から里奈がスパートを掛けたらしく、一人脱兎の如き勢いで他の走者を突き放し、次の走者に渡す頃には二位の選手と20m以上もの差をつけていた。
このリレーでは一人の走者が200mを走ることになっている。その中で、第一走者……つまり全員が同時にスタートし、大抵の場合それなりに足の速い者が並ぶこの場面で、これ程までの差をつけるのは里奈の類まれな足の速さがなせる業である。
しかし、そんな里奈の活躍も空しく、第二、第三と次の走者に渡るごとに差を詰められ、 遂に第四走者で抜かれてしまった。
「ああ、もう。何やってんだよ」
リレーの展開を見ながら洋一が不満の声を上げる。
「安心しろよ。これくらいの差なら僕が取り返す」
既にスタンバイをしている武が第五走者にバトンが渡ったのを確認しながら言う。
「ああ、頼むぞ武」
「任せといて」
洋一の言葉に武は一瞬だけ微笑むとすぐに真剣な顔になり第五走者を見据える。
そして、武にバトンが渡る。
現在の順位は三位。一意との差は目測で約15m、二位とは約5m差だ。
「ま、何とかなるか」
武はそう呟く。
実際、武はその後すぐに二位の選手を抜き、残り100m程の所で一位の選手を抜いた。
その後、5m程度の差をつけて次の第七走者へと渡した。
第七、第八走者ともその順位を何とかキープし、遂に茜へとそのバトンを渡し、茜が走り出そうとしたその刹那――
「……え?」
茜の目は茶色いグラウンドの土だけを映していた。
突然のことで頭が真っ白になる茜。
しかし、嫌にスローモーションで自分が倒れこもうとしているのだけは何故か理解できていた。
そんな中で茜が目にした光景は、隣の選手が自分の靴紐を知らず知らずのうちに踏んでいる光景だった。
そして、茜は頭から落ちてそのまま意識を失った。
「……ん、んんう」
保健室のベッドの上で茜が身じろぎする。
「茜、気が付いた?」
里奈がそんな茜を覗き込む。
「……ん? えっ……」
里奈の声に反応し茜が薄く目を開ける。
「よかった。気付いたみたい」
里奈が安堵の様子をみせる。
「あっ……里奈……あたし、どうしたの?」
そんな里奈を見やり、茜はようやく回ってきた頭で訊いた。
「茜、走ろうとしてすごく盛大に転んだの」
里奈が分かり易く解説した。
「ああ、そうだった……ねえ、リレーは?」
「棄権」
「うう、やっぱり。……ごめんね」
「大丈夫。みんな気にしてない」
「そう言ってくれると嬉しい。でも、順位が……」
「順位は三位。あんまりクヨクヨしてると、茜らしくない」
「そっか……そうだよね」
里奈の言葉で茜は元気を取り戻す。
「ところで里奈、今何時?」
「四時半」
「じゃあ、もうみんな帰ってるよね」
「ううん。みんな打ち上げだって教室で騒いでる」
「うわぁ、それちょっと行きにくいかも……」
「ダメ、絶対に引っ張って来いって言われてるから」
「それって、洋一から?」
「ううん。みんなから」
里奈の言葉に数秒思案する茜。
「……分かった。行こう里奈」
「うん」
茜は腹をくくって、馬鹿騒ぎをしている教室に向かうことにした。
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