「せいっ」
掛け声とともに、すでに抜いていた剣を思い切り振り下ろす。
多少の知恵はあるのか、相手はそれをあっさりと避ける。
追撃はせず、子供を守るように構えなおした。「なるほど。都市内に侵入しただけあるな」
「変な感心しないの」
追いついてきたアスナが、文句を言う。
彼等のような旅人にとって、魔物はそれほど脅威ではない。油断さえしなければ容易に倒せる相手だし、そもそも、それくらいの腕がなければ旅なんてできない。
だが、都市に住んでいる者たちにとってはそうではない。
騎士団が街を守っているため、そのような脅威にさらされることに慣れていないから、魔物を見かけること自体がしに値するほどの恐怖なのだ。「ったく、騎士団はなにやってるんだか」
誰も聞こえないような声で文句を言う。
騎士団は、その全てが王宮の管轄である。そのため、騎士団に文句を言うことは王宮に対して文句を言うことと同義なのだ。
それが露呈すれば、国家反逆を疑われてもおかしくない。「……」
子供はアスナが面倒見ている。すなわち、ラグナが自由に動けるということに繋がる。
誰かを守りながら戦うことは、相手に先手を取られてしまうということでもある。圧倒的な差があればそれでもじゅうぶん対処できる。が、(ほんのわずかな差しかない場合、先手を取れるか後手に回るかで勝負がほとんど決まっちまうからな……)
そして、都市内に侵入出来たところから、この魔物は知識か戦闘能力のどちらか――あるいは両方――が高いのだろう。
ハンデがあってなお勝てると、自身をもって言うことが出来ない。「警備隊は何をしてるんだ?」
本来、都市内での戦闘は御法度である。
それがたとえどんな理由であってもだ。
例外的に認められるのは、今のように魔物が侵入したときだ。「グワァァア!!!」
しびれを切らして、魔物が吼える。
その巨大な体躯には似合わない素早い挙動で、一気に詰め寄る。
冷静にラグナは体捌きで死角に回り込んでそれをかわす。「はあっ!」
裂帛の気合とともに、上段から剣を振り下ろす。
じゅうぶんな手ごたえがあった。
悲鳴も上げずに、魔物は倒れる。「……ったく」
野次馬が上げる歓声を無視して、襲われた少女に近寄る。
「大丈夫か?」
アスナがいるから大丈夫だろうが、一応聞いてみる。
「……」
こくり、と無言で頷いた。
返り血で少し衣服が汚れていたが、それを怖がりもしない。「しかし、これじゃあ依頼がパァじゃないか」
これだけの騒ぎだ。どんな姿か知らないが、依頼人もとっくに逃げてしまっているだろう。
もしいたとしても、これだけのことをしたのだから、これからはどこに行っても俺は目立ってしまう。
それは、依頼人にとってもあまり好ましい状況とは言えないだろう。「ったく……」
静かに毒づくと、
「……あたし」
不意に少女がつぶやいた。
「……あん?」
少女の言葉の意味がわからず、思わず声を漏らす。
日はまだ中天にあって、強烈に自己主張していた。
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