「あぅー」
さっきからずっと、真琴はこんな調子だった。
「ほら、行くぞ真琴」
不安なのはわかるが、いつまでもここでこうしているわけにはいかない。
「わあっ」
真琴の腕を掴み歩き出す。
「わ、ちょっと…」
始めのうちは抵抗していたが、やがておとなしくなった。
だから俺は、腕を放し、代わりに手を握った。
「大丈夫だから」
そう言って、ゆっくりと歩いていく。
〜親友〜
しばらく歩いていくと、ふいに真琴が言った。
「ねぇ祐一、お家に行くんじゃないの」
当然の疑問だと俺は思った。
水瀬家に行くには、道が違う。
といっても、別に間違えたわけではない。
今向かっているのは、水瀬家ではないのだ。
「着けばわかるさ」
そう言い聞かせて、俺は歩く。
真琴は、ただ曖昧に頷くだけだった。
茜色に染まった空の下を、おぼろげな記憶を頼りに進んでいく。
そして――
「着いたぞ」
俺は真琴に言った。
迷わないで良かった…なんて感嘆と共に。
「ここは?」
「お前に会わせたいやつがいるんだ」
それだけ告げると、チャイムを鳴らした。
ほどなくして現れた人物は――
「美汐…」
真琴は小さくつぶやく。
そして、何を思ったか、急に俺の背中に隠れてしまった。
「相沢さんですか…。今日はどうしたのですか?」
時間が時間なだけに、少々訝しんでいる様子だ。
「実は、お前に会わせたいやつがいてな」
真琴に言ったことをそっくりそのまま天野にも言う。
「…いったい誰ですか、それは?」
普段の俺の行動から、今度はどんな冗談が飛び出るのかと身構えているのが見て取れる。
「こいつだよ」
後ろに隠れていた真琴を、多少強引に前へと出す。
「あぅー」
バツが悪そうにつぶやく真琴。
「……」
無言で見つめる天野。
信じられないといった面持ちだ。
「真琴…」
そっと名前をつぶやく。
「美汐…」
同じように真琴もつぶやいた。
「…覚えていてくれたんですね」
優しげな表情を見せる。
「当たり前でしょ! 友達なんだからぁ…」
だんだんと涙混じりになっていく声。
「そうね。ともだちだもんね」
笑顔でうなずく天野。
それからふたりは、いろいろなことを話し始めた。
その様子を見て、俺は安心していた。
やっぱり不安はあったから。
真琴が天野のことを覚えているか。
天野が真琴を受け止めてくれるか。
けれど、そんなのは杞憂だった。
当たり前だ。
ふたりは、『親友』なのだから。
「それじゃあ、そろそろ帰ろうか?」
気が付けば結構遅い時間となっていた。
茜色と藍色が入り混じった空を見ながら、俺は真琴に言う。
「うん」
真琴は頷いた。
その声には、一点の翳りも無かった。
またね、といって見送る天野。
またね、といって駆け出す真琴。
挨拶を交わすふたり。
そうして天野と別れると、俺と真琴は帰路につく。
ぎゅっと手を握ってくる真琴。
まだ不安なのだろう。
その手は小さく震えていた。
俺は何も言えない。
大丈夫だと言ってやるのは簡単だけど、それは無責任な気がする。
そんな保障はどこにもないのだから。
だから俺は握り返す。
「帰るぞ」
「…うん!」
ふたり寄り添って、夜の帳が下りていく中を歩いていった。