栞が助かってから、数ヶ月が経つ。
その間、あの子は相沢君と毎日のようにデートをしていた。
2人を見ながら、あたしは、ふと羨ましく感じるときがある。
それは、2人がお互いに素直な気持ちで接しているということ。
残念ながら、今のあたしには名雪に対してさえそうはできないだろう。
妹なんかいない、とずっと仮面をかぶり続けてきたあたしには。
だから、ふとした時に気づく視線に、あたしは困ってしまうのだ。
けれど――
もし、彼があのときの約束を覚えているのなら、あたしは変われるのだろうか?
自分に素直に……なれるのだろうか?
〜いつかの約束は〜
前 編
「あら、もうこんな時間なの……」
時計を見ると、もうすぐ5時になろうとしていた。
学校の図書館が閉まるのがその時間なので、あたしは勉強をやめ、広げていた道具を鞄に詰める。
窓の外は、夕陽で赤く染まった街並み。
帰ろうとすると、北川君が声をかけてきた。
「まだいたの、北川君?」
「美坂こそ、こんな時間までなにやってたんだよ?」
「あたしは図書館で勉強よ。そういうそっちこそなにしてたのよ?」
「いやぁ……ははは」
ずいぶんとわかりやすい誤魔化し方をする。
「なに? もしかしてあたしを待ってたりして……」
冗談交じりに言うと、
「うぐっ」
「……もしかして、当たりだったりする?」
他愛ないやり取りをする。
周りを見る余裕というものができた今、北川君があたしに対してどう思っているかを知っている。
相沢君や名雪を見れば、それが自惚れじゃないことも。
けど、あたしが北川君のことをどう思っているのかがわからない。
「けど、最近の美坂は、前とずいぶん印象が変わったよ」
「そう? でも、急にどうしたの?」
「いや……少しいいか?」
「……? ええ」
夕陽の中を歩いていると、あの日の風景と重なる。
あたしが相沢君に全てを打ち明けたあの日。
きっかけをくれたのは、北川君だった。
その時に、ひとつの約束をした。
「たとえ何があっても、俺が支えてやる。そして……」
――美坂が望むなら、奇跡だって起こしてみせる。
その言葉が、あたしを動かした。
どうしてか訊いたら、
「当然だろ。友達助けるのに、いちいち理由がいるのか?」
と言った。
それが、あたしと北川君が交わした、最初の約束……。
辿り着いたのは、噴水がある公園。
「……約束、覚えてるか?」
それはきっと、あの日のことだろう。
「ええ……」
忘れるはずがない。
あの言葉がなければ、もしかしたら栞が助からなかったのかもしれないのだから。
「あの時、どうしてかって訊いてきたろ?」
「ええ」
「……俺は、美坂のことが好きだから」
どうして、相沢君も北川君も栞も……みんな、自分の気持ちにこうも素直になれるんだろう?
「苦しみを共有できるほどに俺はなにも知らなかった。だから、せめて支えてやりたいと思ったんだ」
「でも、あたしは……」
言いたいことはいろいろとあるのに、どうしても言葉にならない。
「今すぐにとは言わないから、考えてくれないか? 待ってるから」
告げて、北川君は去っていった。
あたしは、それをただ見送った。
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