栞が死んでから半年が過ぎた。
その半年間のほとんどを香里と一緒に過ごしてきた。
はたから見れば、付き合っているように見えただろう。
だが、実際には違う。
お互いを支え合うと言えば聞こえがいいが、ようは傷を舐め合っていたんだ。
そうすることで、俺達は栞を失ったという痛みに耐えていた。
立ち上がりたかったんだ。
振り向いてばかりだけど、それでも、立っていたかったんだ。
悲しみに負けたくなかった。
泣くことで、栞を悲しませたくなかった。
〜手を取り合って〜
俺は学校の屋上にたたずみ、茜色に染まった空を眺めていた。
誰かに呼ばれたとか、そういうわけではない。
そうたびたびではないが、こうして屋上に来ていた。
理由は簡単。
ひとりになりたかった。
ここに来ていることは、香里以外は知らない。
だから、ひとりになるには丁度いい場所だった。
「ここに居たんだ…」
「ああ」
誰かはわかっていたので、振り向かずに答えた。
「何か用か?」
「…」
聞いてみるが、答えはない。
振り向く。
そこには、当然だが香里がいた。
だが、いつもと何かが違うように感じた。
何がと聞かれれば、答えられないが。
「どうかしたのか?」
「…なんでもない」
俺の問いかけに答えてはいるが、心ここにあらずといった様子だ。
それに、なんでもない様子でもない。
「…」
だが俺は、何も言わなかった。
言いたければ言うだろうし、言いたくなければ言わない。
何か悩み事があったとしても、自分で解決できるだけの強さは持っている。
だから、よほどのことでもなければ大丈夫だろう。
俺はそう思った。
「…頼みがあるんだけど、いい?」
ふいに言い出す香里。
「ああ」
俺は短く答える。
「明日も、ここに来てくれる?」
「…は?」
どんな無理難題がくるのかと思っていたから、拍子抜けする。
「いいの? 悪いの?」
強い口調で聞いてくる香里。
「そんなことでいいならな」
特に用事があるわけでもない。
俺は答えた。
そして次の日。
俺は屋上にいた。
まだ青い空を見ながら、香里が来るのを待つ。
「…」
何をするでもなく、ひたすらに待つ。
いろいろ考えはしたが、どれもぱっとしない。
どのくらいの時間、そうしていただろうか。
昨日のように、空が茜色に染まってから、ようやく香里は現れた。
「ずいぶん遅かったな」
「うん…」
呆然としている香里。
その姿は、悩んでいるというよりは迷っているといった様子だ。
「今から言うことを、黙って聞いてほしいの」
ふいに言い出す。
「わかった」
そう答えると、香里は話し始めた。
「栞は、あなたのことが好きだった。あの子が助かっていれば、今でもあなたの隣にいたでしょうね」
淡々と言葉を紡いでいく。
「あたしは、それが少し羨ましかった。あたしも、あなたのことが好きだから…」
その言葉に俺は驚いた。
冗談かとも思ったが、そんな雰囲気ではない。
香里は続ける。
「あの子がいなくなって、もちろん悲しいわ。けれど、心のどこかではそれを喜んでる自分もいるの」
その言葉に、ようやく香里の様子がおかしかった訳に気づいた。
今まで香里とずっと一緒にいた。
なのに、気づけなかった。
「卑怯だよね、こんなの」
「いや…」
たぶんそれは、当たり前の感情なんだと思う。
どちらの気持ちも大きすぎて、だからこんなにも悩んでいるんだろう。
「もしかしたら、香里の気持ちに気づいていたのかもしれない」
「え…?」
戸惑いの声を上げる香里。
「きっと俺は、怖かったんだ」
失うことに。
そればかりではない。
「7年前の出来事と栞が死んだこと。そのことで、俺は臆病になってたんだ」
好きになった人が、目の前からいなくなる。
「誰かを好きなることに。いつまでも傍にいてほしいのに、すぐにいなくなってしまうから」
俺は、香里の言葉に応えるように語った。
「俺も、香里のことがすきなんだと思う」
正直に言う。
「栞への想いにばかり囚われて気づけなかったけど、たぶん香里と同じ気持ちだ」
しっかりと向き合って、
「約束してくれないか?」
「何を?」
「俺の傍にいてくれることを」
もうあんな思いはしたくないから。
「当たり前じゃない」
笑顔で頷く。
俺は香里を抱きしめる。
「約束だ」
「約束よ」
言葉を交わす。
そして、俺達はキスをした。
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あとがき
久しぶりにSSを書きました。とりあえす、お詫びを。
仕事が溜まっており、こちらに取り組む時間が持てませんでした。
一段落したわけではありませんが、これからはぼちぼち頑張ろうと思います。
それでは、黒犬でした。
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