9月24日・オープン・チャペルメッセージ(要約)


  聖書:詩篇 191篇1〜8節
  説教:「幸せをつかむ」G−『神様は災いから守ってくれるか?』


  
「主は、すべてのわざわいから、あなたを守り、あなたのいのちを守られる。
   主は、あなたを、行くにも帰るにも、今よりとこしえまでも守られる。」
             
(聖書・詩篇 191:7、8)

 今日のオープンチャペルは「神は災いから守ってくれるか」というお話です。
 先週の日曜日には岡山を大きな台風が通過しましたが、
各地にも被害をもたらし、いつもと違った雨風の強さに驚きました。
今月は国内の台風だけでなく、メキシコでの大地震やハリケーンによる被害など、
まさに災害報道の多い月でした。
私たちは日頃からこのような災害、災いに遭わないように備えています。
地震に備えて耐震化を進めたり、火災や洪水時の避難場所を確認したり。
が、その備えを越えた大きな災いがふりかかってくると、
私たちにはどうすることも出来なくなってしまいます。私たちは無力だと感じます。
人の力を越えた大きな災いに対しては、まさに「神頼み」しかないのでしょうか。

 お開きしました詩篇の121篇は「都上りの歌」という巡礼者の歌です。
約3000年前の歌ですから、当時の交通機関は徒歩か馬でした。
各地にいるイスラエル人は年に一度のお祭りのためにエルサレムの神殿目指して上ってくるのですが、
エルサレムは標高790メートルの山の上でした。
しかも地形が特殊で、エルサレムから東に30qの所にある隣町エリコは海抜下200メートル、
つまり、1000メートルも高低差がある所です。
また道の安全や治安が確保されているわけでもなく、
登って行くのは体力がなければできない命がけの旅だったようです。
その巡礼者が前に立ちはだかるエルサレムに続く山を見上げて、
「私は山に向かって目を上げる。私の助けは、どこから来るのだろうか」(1節)と
歌いながら歩いたのでしょう。

 その問いに対して巡礼者たちは、「私の助けは、主から来る」と答えるのですが、
助けて下さる神さまとは、一体どんなお方なのでしょう。

 まず、その神さまは「天地を造られたお方」(2節)です。
ですから太陽や月といった自然界を造られた方が、私たちを守ってくださるのです。
 また、その神さまは「まどろむこともなく私を守って下さるお方」(3、4節)です。
ですから私たちは安心して神さまにお委ねし、安らかに眠ることができます。
 さらに、その神さまは「行くにも帰るにも、守られる」(8節)お方です。
先日ある登山家の話の中で「登山は登り切ったとしても、まだ半分も到達していない。
行きよりも帰りの方がずっと大変なのだ」と聞きました。
けれども神さまは行く道の保証だけでは無く、帰りの道までも保証して下さるのです。

 高低差1000メートルの道は大変なものだったことでしょう。
けれどもその厳しい道を上りながら、神さまの守りを信じて歩き進んでいった巡礼者たちは
自分の無力さをひしひしと感じながらも、そこに約束されている神さまの守りを信じたとき、
自分の弱さと共に神さまの素晴らしさを思ったのではないでしょうか。

 私たちは弱い者です。力もありません。
備えて、知恵を絞っても私たちは自力では足りないのです。
けれども、そこに真の神様がおられることを信じ、神さまに望みを持つとき、
私たちは神さまによって守られ、支えられ、神さまからの幸せをいただくことができるのです。

 「災いから私たちを守り、私たちに幸せを与えて下さい」と祈る者でありますように。

 礼拝の祝福をお祈りいたします。