(07.01.07)
南陽市 白龍湖(山形県)
先日、小旅行の途中、「白龍湖」という小さな美しい湖があったので回り道をしてみました。
当日はほとんど快晴で、降ったばかりの雪が陽光にキラキラ輝く、
美しい一日でした。
私は、いわゆる観光地 (さあ、面白いものを沢山用意しましたよ、
どうぞ存分に見てください、って感じ)よりも、このように名もない
場所のほうに心が引かれます。用意された美しさ、
計画された楽しさよりも、
誰も知らない美しさ、楽しさを自分で探す方がより好ましいです。
また私は、海よりも山、南よりも北の方に魅力を感じます。
写真上段1:
白龍湖という小さな湖です。湖の背景の山は葡萄畑のようです。
葡萄畑が湖に逆さまに移って、幻想的な風景を作っています。
写真上段2:
白龍湖には鈍い赤の鳥居がありました。
写真上段3:
コバルト色の空、新雪の葡萄畑、枯れた葦、湖岸の雪、
来訪者を拒むような厳しい美しさです。 しかし、
当日は、本格的な一眼レフと三脚を持ったカメラマンらしい方も居ました。
誰も知らないようで、以外に知られたところかもしれません。
写真下段1:
白龍湖の岸辺の樹です。樹の枝にもれなく付いた雪(氷?)が
陽光にキラキラ輝く様は、目に痛いほど美しいと思います。
写真下段2:
デジカメを近づけてみると、樹の枝々には余すところなく、雪が付着
していました。これとまったく同じことを、人工的にやろうとすると、
いったいいくらのコストと時間がかかるのでしょうか。
自然の偉大さを感じます。
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(06.09.02)
甲府市(山梨県)
仕事で山梨県甲府市に行ってきました。
ほぼ10年ぶりです。新宿から特急かいじに乗って、
わずか1時間半、周りの山に厚く守られた街です。当日の自由時間はわずか30分、
食事も駅前の吉野家で済ませる有様で、残り時間は駅の近くを一人で散策する
しまありませんでした。ぜめて駅近くの舞鶴城公園までいけたら、
もっとよい写真が撮れたのに、と思います。
写真上段1:車中から撮影。
民家は山のふもとに建てられ、平らなところは少しでも多く田んぼに
して、出きるだけ多くの米を収穫しようとしています。
写真上段2:同じく車中から撮影。
特急列車はまもなく甲府盆地に入ろうとしています。
盆地の南側斜面は一面に葡萄畑です。当日は薄曇で、富士山は見えませんでした。
10年前ぐらいに初めて甲府に来たときは、季節は晩秋で富士山が美しかったのを
覚えています。
写真上段3:同じく車中にて撮影。
甲府盆地に降りてきました。葡萄と桃畑、少しですが林檎もありました。
写真下段1:
甲府駅前の武田信玄の銅像です。当日の気温は34℃、鎧をまとった
戦国最強の武田軍を率いた信玄はとても熱そうでした。
「其の疾きこと風の如く、その徐かなること林の如く、侵掠すること火の如く、
動かざること山の如し」
「人は城、人は石垣、人は堀。情けは味方、仇は敵なり」などで有名です。
「もし」武田信玄がもう数年長生きしていたら、
あるいはもう数年早く徳川を攻めていたら、
戦国の歴史は変わったと言われています。もし、彼が戦国を
制したら、ここに都を作ったのでしょうか?
甲府盆地自体が巨大な堀のような構造ですから、強固な城ができたはずです。
写真下段2:
武田信玄のライバルは、当時の最強の軍備を争った新潟の上杉謙信でした。
信玄は徳川を攻めるのが遅れたのは、上杉謙信対策をしていたためと
言われています。「もし」この二人が連合を組んで、京都や大阪に上れば、
信長や秀吉などひとたまりも無かったでしょう。
写真は、その上杉謙信の子孫の一人、名君主で知られる上杉鷹山公です。
「成せば成る、成さねば成らぬ、何事も。成らぬは人の成さぬなり」
は有名です。(山形県米沢市で過去に撮影)
写真下段3:
(もう写真がないので)実家に帰ったときに居た猫です。
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(06.03.25)
上海(中華人民共和国)
仕事で上海に行ってきました。東京成田から沿岸部にある浦東(プートン)
国際空港へ、上海市内はそこから高速道路をタクシーで40分ぐらいのところに
あります。
上海には社用で二日間だけ滞在したため、上海市内観光の時間などは、
当然のことながらまったくありませんでした。以下の写真は通勤バスの中から、
あるいは帰りのタクシーから、またはホテルの中から撮ったものです。
したがって観光スポットなど華々しい写真はなく、
その代わりに上海の日常の営みを中心に構成されています。
しかし、一番見せたかったのは、工場で働くワーカーの
様子です。上海の各生産工場は、まさに人海戦術をとっています。
どこも人、人、人で溢れています。大量の人資源が世界の工場中国を
支えているのです。
上海のワーカーの給与は日本のそれの10分の1以下ですが、それでも
内陸の農村部に比べればかなり高いようです。
ワーカーの多くは15歳から20歳代の女性で構成されています。
日本では渋谷の街あたりをぶらついている年齢の人たちが、
中国では必死で工場で働いています。
スーツ姿の私たちが生産ラインを通ると、彼女達の一部と人と目が
あってしまいます。その目には日本人に対する敵意や侮蔑はなく、
かといって羨望の眼差しでもありません。また必死で向上しようという目にも
見えませんでした。しかし、私は彼女たちの目を忘れられません。
工場の中は当然のことながら撮影は禁止されていますので、
生産ラインの様子や、ワーカー達の様子も残念ながらお見せすることは
出来ません。私の心の中にあるその画像は徐々に薄れていくことでしょう。
仕事では法律の専門家3人とも会いましたが、
相手はすべて女性でした。中国は男女がより平等のようです。
うち一人は日本語が堪能で理解力も速く、技術に関する鋭い質問をして、
こちらを感心させました。
エネルギッシュな街上海では、優秀な人はどこまでも伸び、
負ける人は負け続けるシステムになっているのでしょう。
超格差社会です。誰かが冗談にいいました。
「これでよく社会主義革命が起こらないものだな・・・」
写真上段1:成田空港第二滑走路で撮影。
私が搭乗したエアは中国国際航空公司、成田-上海便でした。
所要時間は行き約3時間、帰りは約4時間です。
エコノミークラスの食事はおいしくなかったです。
一人だけの旅で、話す相手もいなかったためなおさらでしょうか。
写真上段2:上海市内のホテルにて撮影。
中国ではこのようにまったく同じ建物を複数建設するのことが多いようです。
これを撮影していると、ローリングストーンズの "As Tears Go By"が
BGMとして流れてきました。中国で聞くストーンズもなかなかでした。
ホテルにはテニスコートとプールがありました。
写真上段3:車中にて撮影。
大きなビルがあちらこちらで建設されています。
同じようなアパートが50軒も60軒も並んでいるところもあります。
やることのスケールが日本より一桁大きいです。
上海はとにかく建設ラッシュでした。しかしまだまだ広い土地がたくさんある
ようでした。
写真下段1:車中にて撮影。
建設ラッシュの上海ですが、少し裏のほうに行くと
繁栄から取り残されたような地区に遭遇します。こうした地区には写真のような
小規模な商店がたくさん軒を並べています。あんまりたくさん店が
あるので、お客さんが何人来るのか心配になります。
写真下段2:車中にて撮影。
小さな店に近づいてみると、その多くはきれいとは言えず、中には乱雑に
モノを置いているだけの店もありました。
表通りの店に比べれば商品は非常に安いそうですが、現地の人以外は
ちょっと怖くて入れないともいいます。
写真下段3:車中にて撮影。
上海の郊外の一般住宅は古くて汚い建物が多く、中国当局はこうした建物を次々に
取り壊し、代わりに小奇麗なアパートを大量に建てています。
これはオリンピックや万博に向けた動きでしょうが、中国では不動産は個人所有では
ないために、当局がそう決めれば、あっと言うまに重機が来て取り壊しを
始めるようです。
写真下段4:車中にて撮影。
中国の道路は無秩序極まります。高速道路では10秒に一度進路変更をして
とにかく先へ先へと猛スピードで進むので、
タクシーに乗っていてもヒヤヒヤします。また上海市内でもクルマも人も
バイクもリアカーも信号さえ守りません。
写真はT字路交差点ですが、左側の白い乗用車は左向きに走っていてそれに黒い
ワゴン車が続いています。クルマの切れ目を狙って、歩行者も向こうから歩いて
きます。右側の白いクルマもそこに割り込もうとしています。
たぶん歩行者にけたたましくクラクションを鳴らして「退け」と
言ってるのでしょう。
また交差点の真ん中にいるリアカーも、写真のようにスキあらば割り込もうとしています。
右手前の黒いクルマは右向きに走っていますので、リアカーの
おじさんは無理に中に入り込んだのでしょう。
上海ではこんな光景が当たり前です。
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