(03.06.06)
紫波町・花巻市
岩手県紫波町に行って来ました。野村胡堂(あらえびす)館を訪ねる小旅行です。
野村胡堂は2つの顔を持っています。1つは野村胡堂として人気時代劇「銭形平次捕物帖」の作者としての顔です。
もう1つは、あらえびすとして日本一のSPレコード収集家・音楽評論家としての顔です。
FLも、LPレコード、CD、DVDビデオの収集を趣味の1つにしていますので、野村胡堂(あらえびす)館は
近くまでいく用事があったら、1度は訪ねたいところでした。当日は平日の昼間のせいもあってほとんど
入場者はいなくて、ちょっと心配になりました。
写真1:青空に映える野村胡堂(あらえびす)館です。緑美しい田園に囲まれている少し小高い岡の上に
建物があります。夜はアップライトされるようで、今度はそれも見たいと思います。
写真2:野村胡堂(あらえびす)館内部の展示。上真中はブルーノ・ワルター、右側は
シゲティのSPジャケット。分かる人にはすごいお宝がズラリ。SPは12.000枚所有し、それを
全部聴いていたようです、すごいです。
ちなみにSPは今の物価では一枚数万円になるでしょうか。この他にもあらえびすが使ったSPプレーヤー、
ピアノ等がありました。
写真3:「銭形平次捕物帖」の一場面。この綺麗な女優さんは誰だろう?
TVはあまり見ないのでよく分かりません、教えて下さい。
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写真4:名著「楽聖物語」の初版本。出征(強制的に戦争へ駆り出されること)の際、軍隊に
持ちこむことを許されるたった一冊の本にこれを選んだ若者も多かったようです。「楽聖物語」は氏の音楽への
愛情がベースになっている、心に深く染み入るようなよい本です。FLは昭和62年復刊(電波新聞社)
の初版を愛読しています。
写真5:花巻市は宮沢賢治の故郷。舗道にも賢治の「銀河鉄道の夜」
のパネルがありました。写真はサザン・クロスを走る銀河鉄道。原作もいいですが、ネコが主人公になっている
アニメ版も美しく、また賢治の謎かけが深くてとっても面白い。”鳥をとる人”の1章が好きです。
写真6:賢治がよく通った蕎麦屋に「藪屋」があります。
写真は藪屋の広い駐車場にある白い倉。
将来は株で倉を立てるぞ。蕎麦は腰が強くてやや重い感じの美味でした。店の人の
プライド高そう。
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(03.01.13)
京都
所用で京都に行きました。すぐに帰るのももったいないので、
京都御所 → 梨木神社 → 廬山寺 → 歴史資料館 → 新島襄旧邸
→ 革堂 → 九条池 → 神泉宛 → 二条城 とかなり歩きました。
冬の乾いた風に吹かれながら急ぎ足で10Kmは歩きました。
観光シーズンではないでので、どこも閑散としていました。
<左上>新幹線車内からの富士山。
平凡な風景かもしれないが、何度みても美しい。
<左中>関ヶ原を疾走する新幹線からの伊吹山(1377m)。大きな山に見える。
東海道の中ではここだけが北国の様相を見せていた。
403年前この辺で関が原の戦いがあった。そこにのちの宮本武蔵がいたのは史実なのか。
<左下>京都御所の掘の外。長い。
<右上>虚中庵。ひっそりとした丸窓。
<右中>梨木神社(1885年創建。明治維新の功労者三条実万・実美父子を祀る)
の湯川秀樹歌碑。”千年の昔の園もかくやありし 木の下かげに乱れ咲く萩 ”
<右下>九条池。木の間からビルが見えるのが現代京都。
ところで、FLは下の小道に激しい
ディジャブ(行ったはずがないにもかかわらず、過去に見た光景に思える)を感じてしまいました。
わけのわからない強いショックで、
この後ぼーとしてしまって、場所をメモするのを忘れてしまいました。
たぶん、梨木神社 → 廬山寺のあたりでは
なかったかと思います。写真手前には石の螺旋階段がついている深さ数メートルの水なし井戸?
(大きな穴?何なのかよく分からない)があります。知っている方があれば
教えて下さい。
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(02.12.21)
津軽
津軽に行きました。青森県弘前市の郊外西側は広大なリンゴ畑の樹海が広がっています。ここは
青空の青、新緑の緑、リンゴの花の白、蒲公英の黄色のコントラストが見事な
5月が観光シーズンです。しかし、リンゴの収穫が終り、誰も訪れる人のない
初冬の美しさを知る方は少ないと思います。
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<左上>初冬の岩木山です。
見渡す限り、人はひとりも見えず、クルマもありません。聞えるのは落ち葉や枯草を
踏むカサカサとした音、そしてすっかり冷たくなった風だけです。
今頃はたぶん白一色になっているはずです。
<右上>リンゴの樹海には所有権を示すし切りや塀のようなものはなく、
誰でも入ることができます。リンゴの樹は過度に柔らかく、このようにぐにゃぐにゃした異様な
形に育つようです。延々と続く奇景に、なんだか別の惑星を歩いているような感じを覚えました。
<左下>コバルト色の空が小沼に映っています。枯れた雑草とはちょうど補色関係になります。
時々風がふいて、水面(みずも)の空と枯草を混ぜ合わせます。弱い日の光りが反射して
キラキラとダイヤモンドのように輝いていました。
<右下>リンゴの木には少数の実をわざと残して収穫するそうです。
食べ物が少なくなる冬季に、これをカラスなどが食べるようです。
すべてを収穫しない、それが自然への感謝になるようです。
青空に少し色あせた赤いリンゴと、白いイルカが二匹戯れているような
(そうは見えませんか?)ちぎれ雲、頭の中に突然、マーラーの交響曲第九番ニ短調
の第一楽章のすすり泣くような無常のテーマが鳴りました。
生きている間にもう二度とここには来ることがないだろう…。
すべてが衰退し凍りつく冬はもうすぐに迫っていました。
FLは衰退するイメージが好きなようです。これは年齢のせいではないと思います。
例えば中学の時、山奥の見捨てられた家を「廃墟」なる題名で水彩画を描き、
その地区で準特選になったことがあります。(美術で表彰されたのはそれ一回だけ)
その家は、見捨てられておそらく10年以上、ここで孤独に耐えていたのでしょう。
すでに柱が折れ傾きかけていたその家は、大きな台風がくれば倒壊するようでした。
FLはそのまま通りすぎることができませんでした。
衰退しようとしているもの、二度と見ることができないもの、
誰にも知られなかった事実や思いなどに、理由がつけられない美しさを感じます。
絵葉書になるような観光地より、あまり知られていない場所に旅をするのが好きです。
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