(12.09.29)

サウンド・オブ・ミュージック
 TWENTIETH CENTURY FOX(DVD)
1965年 アメリカ公開映画

・マリア …ジュリー・アンドリュース
・フォン・トラップ …クリストファー・プラマー
・男爵夫人 …エリノア・パーカー

・監督 …ロバート・ワイズ
・作曲 …リチャード・ロジャーズ
・脚色 …アーネスト・リーマン



 サウンド・オブ・ミュージックの舞台はオーストリアのザルツブルグ。 この美しい古都はモーツァルトの生誕地としても 著名で、今はザルツブルグ音楽祭で知られています。映画上の時代は1938年、かつての ハプスブルグ帝国が瓦解・分裂 して20年余り、小国となってしまったオーストリアにナチス・ドイツの手が伸びてきた頃です。

 この映画は1965年上演にしてはややオールドファッション的な ミージカルですが、マイ・フェヴァリット・シングズ(My Favorite Things )、 エーデルワイス(Edelweiss)などの歌と、ダンスシーンの素晴らしさは時代を 超えた素晴らしさです。また、7人の子供たちと マリアのふれ合いが楽しい。(男爵夫人は名演、フォン・トラップ大佐はまずまずかな?)

 映画を見て、妙な記憶がよみがえりました。それは、普段怖い英語の教師が 何かの時にやさしい声でエーデルワイスを歌ったことがありました。サウンド・オブ・ミュージック を見たとき、あれはフォン・トラップ大佐 の歌い方だったのだ、と確信しました。まあ、 そんなことはどうでもよく、このような作品には解説は不要、ただ見て聞いてください、 としかいいようがありません。







 この1年あまり、ホームシアターでずいぶんたくさんの映画を観ました。 以前から好きだった作品を新しいホームシアターで見るのに加え、 旧作・新作のDVD(ブルーレイ)を買い込んでは見ています。 その中でこれはいいな、と思う映画を下に思いつくまま記してみました。 全部で13作品です。(アイウエオ順)

アマデウス
雨に歌えば
ウォール街
黄金
風と共に去りぬ
グラデエイター
サウンド・オブ・ミュージック
2001年宇宙の旅
ベニスに死す
ベン・ハー
マディソン郡の橋
ローマの休日
ワンスアポン・ア・タイム・イン・アメリカ

 アマデウス、雨に歌えば、ウォール街、風と共に去りぬ、ベニスに死す、 ワンスアポン・ア・タイム・イン・アメリカに関しては、過去にとりあげたので省略 します。「黄金」はハンフリー・ボガート主演のモノクロ映画で、 黄金を蓄えていく過程でその心理が変わっていく様子が見もの。

 「グラデエイター」、「ベンハー」はローマ帝国もの。主演の ラッセル・クロウ、チャールトン・ヘストンの圧倒的な存在感とダイナミックなカメラワーク が見もの。「2001年宇宙の旅」は1968年に撮影されたのが信じられないSF映画の金字塔。

 「マディソン郡の橋」は許されない愛を描いたもの。アクションものが得意の クイント・イーストウッドとは別人のよう。「ローマの休日」は可憐なオードリーヘップバーン がすべて。



 これを見るとすべてが洋画、モノクロが2作品などわりと古い映画が多いことがわかります。 ちなみに私は新しい日本の映画を映画館で見ることもあります。つい2〜3週間前も、封切られたばかりの 新作「夢売るふたり」(松たか子&阿部サダヲ)を見ていますが、 これはまあまあというところでした。

 また、この13作品のうち12作品がアメリカ映画で、きわめて偏っています。 もう少し映画のキャリアを積んだら、ヨーロッパやアジア(特にインドなど) の作品にも食指を動かしてみようと 思います。



ウォールストリート
市民ケーン
第三の男

 これらは期待したもののよくわからなかった作品です。ウォールストリートはウォール街の続編ですが、 若い2人の主人公に感情を入れることができませんでした。 後の2作品はオーソン・ウエルズものですが、私にはよくわかりませんでした。



 ところで、DVDの枚数が増えてくると収納スペースが問題になってきます。 (将来はクラウドサービスなどで、 ソフトの収納場所の問題は解決するかも知れません) そこで、私はCDと同じように、プラケースを捨ててスリム化を図る試みをしました。

 すなわち、下図のように、DVDを不織布ケースに入れ、プラケースから取り出した作品のカバーを解説と ともにB6サイズのクリアファイルに収納することにしました。これによって、劇的にスリム化され、 収納場所の問題は解決します。(下図はラッセル・クロウ主演、「グラデエイター」です)





 下図は、プラケースを10枚重ねたものと、DVDを収納したB6クリアファイルを10枚重ねて 比較したものです。後者の厚さは前者の厚さの6〜7分の1ぐらいです。





 実はこの収納方法には欠点があります。それは、収納棚に並べたDVDのタイトルが直接見えないことです。 今はまだ映画のDVDの数は100枚を超えたぐらいで、すべてのタイトルを記憶して いるので、所望のDVDをすぐに取り出す ことができます。しかし、これが500枚ぐらいを超えると記憶が追いつかなくなり、どこに何があるのか わからなくなるでしょう。収納する合理的な規則を決めなくてはなりません。

 ちなみに、CDもプラケースを取り去って収納していますが、この場合は収納する規則を合理的に 決めることが出来ています。そのため、2.000枚以上あるCDはどれでも10秒以内に取り出す ことができます。1.000枚以上あるLPも同様です。 音楽CD同じ収納方法は映画のDVDには使えないので、 新たな収納規則をこれから考えます。



 最後に、コルトレーンが「マイ・フェヴァリット・シングズ(My Favorite Things )」 というタイトルのアルバムを出しています。ぜひ聞いてみたいものです。 コルトレーンの良さはまだわからずほとんど 聞いていないのですが、このアルバムがその魅力を知るきっかけになればと思います。





(11.06.25)

念願のホーム・シアター


 夢にまで見たというわけではないものの、この10年来ずっと欲しかったホームシアターを 手に入れました。お金をかけた大げさなものではありませんが、それでも これまでのような液晶テレビだけの環境とは大違いです。 このホームシアターで見たいのは、主にオペラと映画、それにJAZZのDVD(ブルーレイ) です。

 下の映像はモーツァルトのオペラ「魔笛」の1幕、夜の女王のアリアの場面です。 夜の女王役はDiana Damrau(ディアーナ・ダムラウ)というソプラノですが、肉感的で威圧的、挑発的な 夜の女王です。その姿に思わず見惚れ、その目の光に魅入られてしまい、 もう何度も見てしまいました。より大きな映像に加え、 人の心を突き抜けるような高音(コロラトゥーラ)を再生できるようななった相乗効果です。





 薄型テレビ、ブルーレイプレーヤ、アンプ、スピーカをそろえる際に、 特にこだわったのは以下の2点です。

@ ディスプレイは液晶テレビではなくプラズマテレビを選びました。
A オーディオは5.1chではなく、あえて2chにしました。

 @について:
一般に液晶は明るいところで綺麗に見え、プラズマは暗いところで綺麗に見えます。 また、液晶は明るくくっきりした絵が得意ですが、プラズマは暗く微妙な場面が得意です。 私がホームシアターを見るのはほとんどが夜であり、またオペラや映画やコンサートは 暗い場面が多いので、上に記した特長を考えプラズマを選びました。 画面のサイズは46型です。

 また、プラズマは発熱するので消費電力が大きいという誤解がありますが、 それは間違いです。液晶は見る絵が明るくても暗くてもそれほど消費電力が変りませんが、 プラズマは見る絵の明るさで消費電力が大きくが変ります。 そのため、プラズマの方が実質的に省エネが可能です。

 Aについて:
5.1chシステムをよい音質で構築するためには、テレビとプレーヤーを除いた AVアンプとスピーカーからなるオーディオ部分だけで30万円以上の予算が必要です。 10万円程度の5.1chもありますが、それではあまりにも音がプアすぎ、聞くに堪えないのです。

 AVアンプは、5.1chのための各種フィルタリングや帯域分割などの機能などに お金をかけているので、同じ値段ならば2chのオーディオアンプの方が音的にははるかに 優れています。 2chならば、機器をうまく選べば10万円程度でホームシアターとしては 十分な音質が得られます。

 スピーカも5.1chではフロントに3台、バックに2台、それにサブウーハの6台が必要です。 これに対して2chはスピーカが2台なので、同じ値段ならばその音質に格段の違いが あります。 あとは機器の設置方法などの使いこなしで、音質をチューニング するわけですが、私は元プロフェッショナルなので数日で合格レベルの音になりました。



 さて、私は5年ぐらい前から37型液晶テレビでオペラや映画のDVDを見ていました。 しかし、その音にはとても不満でした。モノラルの古い映画ならいいのですが、 新しい映画やオペラ、ジャズは聞くに堪えない音質でした。

 例えば、ワグナーの「ラインの黄金」2幕で2人の巨人が出てくるモチーフですが、テンパニーが 「ダーン!ダ!ダッ!ダンーン!…」と地響きのように力強く繰り返す場面、 このテレビの音はまるで「空気を入れて膨らませたレジ袋」をたたいているような 「ぱ・ぱ・ぱ・・・」と情けない音なのです。低音が全然出ないこのテレビではワグナーは見られない、 と思いました。

 またこのテレビの音は、本来ならばシルクのようなというか若い女性の肌のような艶やかさを 持つウィーンフィルの弦をアトピー皮膚炎でただれた肌にします。カラフルな絵の具を直接パレットに 落としたようなフィラデルフィア・トーンも混濁し、 ビル・エバンスのジャズピアノは遠くでトタン屋根をたたいているような トーンに聞こえます。こんな音では音楽を聞いたとは言えませんでした。



 液晶にしてもプラズマにしても、薄型型テレビがこれほど音が悪い理由があります。まず第一に、コストです。 例えば売価で20万円のテレビでは、スピーカとアンプのオーディオ部分にかけているコストは 確実に5.000円未満、あるいは2.500円未満かも知れません。テレビ市場でコスト競争がきつくて、 オーディオ部分にお金をかけることが出来ないのです。その大部分はパネルのコストです。

 第二には、振動の問題があります。DVDや地上デジタルの音はCDとほぼ同じ音です。 しかし薄型テレビでは、この音をそのままスピーカで出力するのではなく、 バンドパスフィルターによってわざと低音を(高音も)カットしています。 テレビメーカーではこれを、相対的に中域を充実させて、 特に人の声を聞き取りやすくするためと解説しています。

 しかし、この解説はまったくのメーカー側の詭弁です。 特に、低音を充実させるとテレビに別の障害をもたらすという 事実を隠すためにこんなことを言っているのです。 その障害の1つは、ハードディスクやDVDプレーヤを内蔵した テレビの場合、磁気ヘッドや光ピックアップが振動の影響を受けて誤動作することです。

 その2つめは、大きな低音はパネルの鳴りや共振によって音質が著しく劣化するばかりではなく、 薄型パネルの振動によって映像にも悪い影響があることです。 加えて、薄型テレビは薄型のスピーカしか使えないので、音にとってはさらに不利に働きます。 これらの障害を解決する技術は実はすでに開発されているのですが、 まだその技術を採用しているテレビメーカーはありません。 もう少し待つ必要があるでしょう。

 このように、薄型テレビはオーディオにお金をかけることができず、 また振動を抑えなくてはならないという技術的な要請から、 わざと低音を(高音も)絞っているために、その音がとんでもなくプアなのです。 そこでオーディオ部分を5.000円未満 ⇒ 約100.000円にし、 バンドパスフィルターを通さない低音を得ることで音質は劇的に改善します。



 さて、オペラは本来は実際に劇場でも見て楽しむものなのです。 しかし、幸いなことに作曲家はどのオペラも充実した音楽で満たしていて、 音楽だけでも聞くにたえるように構成されています。 そのため、オペラを実際に見るチャンスが少ない日本人には、 オペラをほとんど見たことがない逆説的なオペラファン が数多く存在していました。私もその1人でオペラを劇場でまだ20回ぐらいしか見ていませんし、 本場の劇場には一度も行っていません。

 しかし、大型の薄型TVが安価に手に入るようになって、オペラは聴くから見ることへと 本来のあり方に一歩近づくことができるようになりました。 私のようなごく普通のサラリーマン家業をしていてもホームシアターに手が 届くようになりました。ある意味、テクノロジーの勝利でしょう。





(10.07.03)

ONCE UPON A TIME IN AMERICA(ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ)  ワーナー・ホーム・ビデオ(DVD)
1984年 アメリカ公開映画

・ヌードルス …ロバート・デ・ニーロ
・マックス …ジェームズ・ウッズ
・デボラ …エリザベス・マクガバン

・監督、脚本 …セルジオ・レオーネ
・音楽 …エンニオ・モリコーネ
・撮影 …トリーノ・デリ・コリ



 時は昔、あの悪名高い禁酒法時代のアメリカの物語。 ヌードルスとその4人の仲間たちは「仕事」と称して悪事を重ねては小遣いをかせぐ 日々でした。ある日の仕事は、酔っ払いから金品を奪うことでした。 しかし狙っていた酔っ払いを若い男にまんまと奪われてしまいました。 その若い男がマックスだったのです。ヌードルスとマックス、 ユダヤ系ギャングの二人は強い絆で結ばれ、裏社会での「成功」を目指すが…。





 1910年代のアメリカ、世界の覇権はまだ大英帝国にあり、 この若い国はきわめて荒々しい未開の雰囲気が残っていました。 街には神をも恐れないギャングや、ヌードルスやマックスのような小悪党がたくさんいました。 小悪党はそれより強い別の小悪党にボコボコにされることもあり、 それでも「仕事」を広げより多くかせぎ、頭を使ってより強い小悪党に なっていくのでした。

 ある時、ヌードルスはマックスやその仲間を守るために殺人を犯してしまいました。 そして懲役刑が言い渡されました。 護送車に乗って刑務所に入る直前、マックスや仲間たちがリスクを犯して ヌードルスを見送りに来ました。 護送車の窓から不安そうに最後の娑婆を見る少年ヌードルスに、 マックスたちは心からの別れ無言で伝えました。ここはとても好きな場面です。



 ヌードルスが娑婆に戻る日、自動車で迎えにきたのまマックスでした。 マックスたちは非合法な商売で成功していたのです。1920年代は禁酒法の時代で、 マックスたちは法律では許されていないアルコールを秘密の酒場で売って、 豊かになっていまた。

 それからヌードルスとマックスたちは、よりハイリスクハイリターンの 商売に成功して、まずます豊かになっていきました。 かつての小悪党達は街でも有数な悪党に成りあがったのでした。 そんな時、ヌードルスはデボラという女性に失恋し、 そのショックでアヘンに溺れ、仕事に加われないことがありました。

 やがて心の傷は時間によって半ば解決されて、 ヌードルスは仲間の居るところに戻りました。 そこでは、ヌードルスが持つスプーンがコーヒーカップに当たる音が唯一の音であるような 沈黙の時間がゆっくり流れていきました。 この場面でのマックスの表情が見どころです。 ヌードルスが帰ってきたことへの安堵と満足感が強く伝わってくる。 クールでインテリジェントで淋しがり屋のマックス、 ここも好きな場面です。



 やがて禁酒法は終わり、これまでのように酒でボロ儲けができなくなってしまいました。 向上意欲が高いマックスは、絶対成功しそうにない誇大な計画を実行しようと します。失敗したマックスが命まで失うことを恐れたヌードルスは、 マックスと自分が逮捕されて刑務所に入るよう画作します。 しかし、その試みは行き違い、マックスや仲間たちは焼死体で発見されます。 追っ手から逃れようとヌードルスだけが街を後にします。

 それから35年、ビートルズが流れる1960年代の街に、すでに老境にさしかかった ヌードルスが戻ってきました。 懐かしい街はすっかり変っていましたが、ヌードルスが戻ってきたのは 感慨にふけるためではありませんでした。 それは政府高官から自宅のパーティーに招待されたからでした。 そこには、かつて失恋した相手の女優デボラも招待されていたのした。 しかもその政府高官の息子は、若きマックスにそっくりなのでした…。



 この映画はストーリーが時系列的に流れていくわけではなく、 ヌードルスの回想という形を借りて、 時間が何十年も遡ったり、元に戻ったりします。また、例えば 少年時代、青年時代、老境のヌードルスはすぐにはそれと分からず、DVDで何度も 見直してやっとストーリーを理解できました。また、映画には ブロンドの女性が何人か出てきますが、いまだに誰が誰だかよく分かりません。 この映画をシアターで1度見てみんな分かろうとするのは無理なのでは?

 また、この映画は、ニューヨークの荒んだ下町を、渋いセピア色を用いて きわめて美しく描いています。上のジャケットはそんな場面で、 通りをさっそうと横ぎる小悪党たちの背景には、橋を支える力強い鉄筋構造が とても印象的です。

 さらに、ヌードルスの回想場面に必ず流れる甘やかな、 ややセンチメンタルでちょっと病的な音楽も好きです。 過ぎ去った帰らぬ日々は、たとえ後悔だらけであっても、苦渋に満ちていても、 やっぱり自己の歴史なのです。歴史は愛おしいものなのです。 これは「大人の後半」にならないと分からない映画です。

 この他にもよいシーン、好きなシーンがたくさんあり、 何度も繰り返し繰り返し見るにたえる映画です。…命を賭してまで守りたい友人がいた ヌードルス、それだけでも妬ましい思いがします。



 ※なお、この映画には拷問、銃の乱射などの流血シーンが多くあります。 ギャングの映画なのですから恐喝、詐欺、殺人、裏切り、麻薬、放火、強姦など犯罪が たくさん出てきます。 18禁ではありませんが、その点では誰にでも勧められる映画ではありません。 分別ある大人だけが見る資格があります。