(07.05.03)


星 新一  最相 葉月 著  新潮社 2007.03

ようこそ地球さん  星 新一 著  新潮社 1972.06







 故星新一氏。1001作のショートショートを作った作家で、 日本国内ではこの分野のパイオニアです。
最相葉月氏の「星 新一」は、我々読者とは 別の面から、星新一とその作品を見たノンフィクションです。 あの数々の珠玉の小品が 創作される過程の興味深いエピソードがふんだんに盛られています。 また、高度成長期の日本社会の裏舞台も興味深いです。

 私は中学生の頃から星新一の熱心な読者で、たぶん1001の ショートショートのすべてを読んだはずです。 ところで、星新一のマイ・ブームは2度ありました。 最初は中学生の頃、その次は20才代の半ば近くの頃です。 星新一の作品を愛読した時期が、少年時代と青年時代に分かれているのは、 氏の小説の性質からして偶然ではないように思います。



 当時中学生だった私が、星新一をどのようにして知ったのかは、もう忘れて しまいました。ただ、氏の小説から感じた鮮烈な気持は今でもはっきり 思い出すことが出来ます。とにかく、これまでにないフレッシュな小説、 未来の人類が書いたようなインスピレーションにあふれた 小説だと私は思い、胸をときめかせながら 読んだ記憶があります。まだ小学生だった弟も熱心に読んでいたので、星新一は 読みやすかったのでしょう。

 最初に読んだ文庫本は「悪魔のいる天国」(たぶんハヤカワSF文庫だった のではないか?)、次が新潮文庫の「ようこそ地球さん」でした。 その後、次々に読み、高校に行くまでにたぶん15冊ぐらい読んだと 記憶しています。しかし、その時点で星新一に対する私の関心は 一旦薄れてしまいました。

 その頃星新一は、講談社文庫、角川文庫でも読むことが出来ました。しかし、 講談社文庫、角川文庫の作風は、それまでの新潮文庫(ハヤカワSF?)時代 とは大きく変わったように、私には思えました。 特に小説の主な舞台が「宇宙」や「博士の研究室」から、「町の公園」や 「会社の中」に変わってしまった ことが、少年時代の私には気に入りませんでした。 また、それまでのファンタジックで夢のある作風から、 人間の心理だとか風刺だとかに変わってしまったことも、熱心な読者 としては痛手でした。 

 少年の頃、極端な理系人間だった私は、人間の心理よりも宇宙の法則の方が偉大で 価値がある、と確信していたのです。 科学(サイエンス)こそが人類に未来をもたらすことが出来る唯一の価値 あるもので、人がぐたぐた考えたことや、人と人がああしたこうした、という 話はどうでもいい、と考えていたのかもしれません。

 そんなわけもあり、高校時代は星新一よりは、主に外国のSF作家を (もちろん翻訳で)読みました。
・フランク・ハーバードの「デューン 砂の惑星」シリーズ
・レムの「ソラリスの陽の下に」
・N・R・ジョーンズの「ジェイムスン教授」シリーズ
・C・L・ムーアの「ノーストウエスト・シミス」シリーズ
などが 印象に残っています。いずれも遠い宇宙のどこかの惑星を舞台に しています。なお、「日本沈没」で著名な小松左京氏の小説は、日本が舞台であり、 また、私には難しくて読み通すことが出来ませんでした。



 二十歳を数年過ぎ、何かのきっかけで久しぶりに星新一を読み返したところ、 ふたたび中学生のころの新鮮な気持が蘇りました。 しかし、私も少しは成長していたのでしょう。 中学生の頃とはもっと違った印象を受けたのも事実です。 鈍感な私はあの歳になって、星新一作品から、人に対するシニカルな目や、 人生への諦観や絶望感をやっと感じることが出来たのです。

 諦めはあっても飢餓感がない、想像はあっても理想がない、 柔らかいけれど頑固な、 リズミカルなのに乾いた小説、それが星新一のショートショートの本質 なのです。また人物を描かずして、人間の本質を描く独特な手法にも 夢中になりました。 かつて憧れたファンタジックで夢のある作風は、星新一の表層でしかなかった のです。

 再び私は星新一を熱心に読み、新潮文庫に加えて講談社文庫や角川文庫も、 その他、伝記や長編、時代物など100冊近く、すべて 読んでしまいました。そして、気にいった作品は再読、三読、四読…、 文庫がぼろぼろになるまで読みました。

 そのうち、講談社でショートショート・コンクールが 始まりました。作品を審査するのは星新一氏です。余談ですが、私も3回ぐらい作品を 投稿しました。一度だけ私の作品について星新一氏の批評(わずか1行だけですが)が 雑誌に載りました。

 しかし、その頃から星新一氏(の文章)は急速に衰えたと感じました。 その言葉からは柔らかさが失われ、いつもイライラしていて、実際の年齢よりも 老けたように思われました。 この辺の事情は最相葉月氏の「星 新一」に詳しく書いてありますが、 当時の私の印象は間違っていないようです。



 最後に、私が好きな星新一の作品を数点あげます。

・「おーい、出て来い」
・「処刑」
・「親善キッス」
・「最後の地球人」







(07.02.11)


不都合な真実 (ANINCONVENIENT TRUTH) アル・ゴア (Al Gore) 著  ランダムハウス講談社 2006.11







 アル・ゴア氏。記憶からは薄れかけていた人物が再びクローズアップ されています。ゴア氏は6年前、民主党の大統領候補として共和党ブッシュ現大統領と 覇を争い破れた人物です。全米の得票数はブッシュ氏よりも 多かったにもかかわらず、選挙制度のイタズラによって惜敗したのでした。

 そのブッシュ氏はエネルギー関連に利権を持っているせいもあり、 環境問題には不熱心です。京都議定書にも入ろうとしません。 ゴア氏は、環境問題をテコにブッシュ氏に 対してリベンジしようというのでしょうか?

 しかし、私はそうは思いたくありません。 環境問題は、米国大統領が誰になるかよりもはるかに重要であり、 大袈裟ではなく人類の存続にかかわる大問題だと思います。 それはまさに神様から人類に与えられた「人類存続のための課題」なのでしょう。



 神様は「人類存続のための課題」を与え続けてきました。
人類が人類になった時、神様が与えた最初の課題は「他の動物との生存競争」 でした。虎やライオン、狼、熊などに対して、人類は生身の勝負では とうていかないません。神様は人類をわざと脆弱な存在に創造したにも かかわらず、このような強敵との生存競争を強いたのです。

 しかし、神様は人類に知恵という他の動物にはあまりない特性を与え ていました。やがて人類は道具や武器、火などを使い、このような強敵から 身を守ったり、逆に攻撃して食料にすることができるようになりました。 人類は神様が与えた「人類存続のための課題」を克服したのでした。

 しかし、その後も神様は人類に、多くの「人類存続のための課題」を与え続けて います。その例としては、例えばたびたび流行する伝染病です。 16世紀のヨーロッパではペストのために、全人口の20%程度の人が死んだことさえあります。 人類は衛生観念を人々の間に浸透させ、医学や細菌学、免疫学を発達させて、 伝染病の恐怖を取り除きました。

 神様は第一世界大戦、第二次世界大戦といった「人類存続のための課題」 も与えました。 そして、そうした戦争から核兵器が誕生しました。 これも一歩間違えば、人類の存続さえ危ぶまれるのです。 核兵器に関しては現在も世界中で四苦八苦しながらも、なんとか最悪の事態 は避けられています。

 そして地球温暖化に代表される環境問題こそが、神様が我々人類に与えた最も 新しい「人類存続のための課題」であると私は思います。 環境のコントロールに失敗して、地球が生物が生存するのに適さない惑星に ならないように、人類は共同で知恵を出さなくてはなりません。



 さて、「不都合な真実」では豊富な写真や図を通じて 種々の警告を発しています。
・北極圏やキリマンジャロなどの氷河が大規模に融けだしていること。
・大型台風や竜巻などの発生が頻発していること。
・河川や海の水位が上がり被害が出始めていること。
・世界各地で砂漠化が進んでいること。
・熱帯雨林が急速に失われていること。
・絶滅する植物・動物の種が増えていること。

 そして、個人個人がやるべきことが記されています。 ただ、私個人の意見としては、
「○○をしないように…」あるいは、「△△を減らすように…」
というネガティブやり方をメインに据えるのであれば、 環境問題の克服には失敗するのではないでしょうか? その理由は、先進国の人々はすでに贅沢に慣れてしまい後戻りするのは難しいし、 発展途上国の人々はこれから少しでも豊かになりたいからです。 人類の文明の発展の経緯からして、このようなネガティブなやりかたはなじまない ように思います。

 環境問題をポジティブな方法で解決することは出来ないのでしょうか? ポジティブな方法とは例えば、
・もっと植林(CO2を吸収効率のよい植物)をする。
・特に砂漠化の著しい場所を大規模な灌漑などを行って元に戻す。
・ガソリンの代替として、C2H5OH、H2エネルギーを推進する。
・CO2を固定化するプラントの研究に資金をかける。
・地球に入ってくる太陽光の一部を宇宙空間で反射させるようなシステムを考える。
・CO2の排出吸収をもっと経済活動(金融活動)の中に深く組み込ませる
などです。



 この冬、世界各地では異常な暖かさを記録しています。 日本も例外ではなく、雪不足のために各地の雪祭り等が中止ないし規模の縮小 されました。首都圏ではいまだに降雪ゼロです。 今年の春、夏、そして実りの秋はいったいどんなことになるのでしょうか? 今から心配です。世界の農業にも大きな影響が出ると思います。

 







(07.02.10)


新版 名曲を尋ねて ~保 環一郎 著 東京創元新社 1962.10初版







 ~保 環一郎氏の「名曲を尋ねて」はとても多くの作曲家を生誕の日順に並べ、 著名な楽曲ごとに解説を加えた本です。「名曲を尋ねて」はクラシック音楽ファンに 古くから愛好され続けています。
「全生庵の秋もいつのまにか深くなってしまった…」
ではじまる 「序に代えて」が書かれたのが今から73年も前の昭和9年秋(1934年)のことでした。 それから何度も改訂されたり書き換えられたりしながらも、今日でも 新しい読者を獲得しています。

 私がこれまで愛読してきたのは、角川文庫から昭和54年(1979年)に上下に分けて 出ていたものです。(初版は1975年)その「序に代えて」は、
「日本の国ほど音楽に恵まれている国はない…」
ではじまっています。
しかし、この文庫は何度も繰り返し読んだためにぼろぼろになった上、 経年変化によって紙の色が変わってしまい、今では 相当読みにくくなってしまいました。そこで先日、昭和37年版(1962年) の「名曲を尋ねて」を、 神保町の音楽専門の古書店である古賀書店にて手に入れました。

 こちらの方が文庫よりも17年も前に出版されたのに、その紙面はほとんど変色がありません。 新品同様です。 製作者がコストを優先させずに、純粋によいものを作ろうとしたからでしょう。 安易な作りものもはすぐに寿命を迎え、反対によいものは永い生命を持ちます。 ちなみに1962年当時で、この本の定価は1.800円です。インフレ率などを考慮して 現在の値段に直すとたぶん2万円ぐらいに相当するのでしょう。

 渡辺昇一氏はこのような趣旨のことを書いていました。 よい本とは書かれている内容がよいのはもちろん であるが、装丁がよいことも重要である。多少乱暴に言えば、 高い値段がつく本がよい本なのであると。私もその通りだと思います。 (ちなみにこの「名曲を尋ねて」はそんなに高価ではありません)



 さて「名曲を尋ねて」は著者によって何度も記述が変えられているらしく、 種々の版によって表現が微妙に異なります。(コレクターはいろんな版を 集めています)例えば、ショパンの冒頭です。

1962年の東京創元新社版:

 「情熱の詩人ショパン(フレデリック)。彼はピアノにおいては永遠の桂冠を 戴いている。交響曲におけるベートーヴェン、室内楽曲 におけるハイドン、歌曲におけるシューベルトのごとく、ピアノにおけるショパン はまさしく王者である」

1975年の角川文庫版:

 「生涯、ピアノ曲しかかかなかったといってもよいショパンは、その分野においては 永遠の王冠を戴いているともいえる。交響曲におけるベートーヴェン、室内楽曲 におけるハイドン、歌曲におけるシューベルトのごとく、ピアノにおけるショパン はまさしく王者であり唯一者でもあった」



 すぐにわかるのは1962年版の「桂冠」という言葉が1975年版では、 「王冠」に置き換わっていることでしょう。後者の意味はすぐにわかりますが、 前者「桂冠」とはいったいどういう意味なのでしょうか?国語辞典をひいて みます

 ・岩波 広辞苑第四版(1991年)
「月桂冠に同じ」です。ちなみに、「月桂冠」は、「最も名誉ある地位」です、

 ・三省堂 辞林21(1993年初版)
官を辞するという意味の「桂冠」はありますが、ここで使う意味の「桂冠」 という語はありません。「桂冠詩人」ならあります。 ちなみに、「月桂冠」は、「名誉。栄光。また勝利のしるし」となっています。

 ・角川 新国語辞典(1981年初版)
「月桂冠の略」とあります。 ちなみに、「月桂冠」は、「最も名誉ある地位」となっています。

 ・冨山房 新編大言海(1956年)
官を辞するという意味の「桂冠」はありますが、ここで使う意味の「桂冠」 という語はありません。
ちなみに「月桂冠」は「月桂樹」の説明文中にあり、「其枝葉ヲ以テ、輪ヲ作リ、鉢巻ノ 如クシテ、名誉ノ表章トシ、月桂冠と云フ」となっています。

 ~保 環一郎氏は時代と共に変わる言葉に敏感で、辞書にもないような難しい言葉を 改訂の度に読者にわかりやすい言葉に置き換えているとも言えます。



 それにしても昔の人は語彙が豊かで表現の幅が広く、文章が上手なのですね。 最後に、ちょっとだけ引用します。

 ベートヴェンの交響曲4番について:

 この交響曲はベートーヴェンの生涯中、最も静かな時代のものである。
馥郁とした花の香りは、春霞のごとく全曲を包み、明快な表現は、歓喜、 諧謔、純情を披露し、のびのびとした曲調を完成している。 ここには、他の曲に見る詠嘆、悲劇の影はなく、あくまでも幸福に、 第三や第五(運命)と面白い対照ををしている。
シューマンは「北欧神話に出てくる二人の巨人の間にはさまれたギリシャの 乙女」と称している。

 チャイコフスキーの交響曲5番第2楽章(アンダンテ・カンタービレ)について:

 弦が深い厳かな和声の準備をした後、あの美しいアンダンテ・カンタービレが うたわれ始める。妖しくも美しい旋律、優婉きわめる曲節、ちょうど初秋の 月が立ちこめる川霧の上に照りわたるようなただよい流れる響きは、 幽玄の境地にひき入れられる。