(03.04.29)
私の現代芸術 岡本太郎 著 新潮社:昭和38年初版本
神秘日本 岡本太郎 著 中央公論社:昭和39年初版本
原色の呪文 岡本太郎 著 文藝春秋社:昭和43年初版本
最近、岡本太郎氏のプチ・ブームがありました。氏の古い著作の一部が再発売されている
とも聞きました。そこで、岡本太郎氏が1970年(昭和45年)開催の
大阪万博などを通じて、一般に有名になる前に書かれた本を採り上げてて見ました。
氏は明治44年生まれですので、53歳から58歳ごろに書かれた文章です。
(原色の呪文書き下ろしではないので、もう少し古いものも混ざっています)
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黒い太陽(冒頭) 岡本太郎 作
ある日
太陽は 真っ赤な
巨大なカニである
あしたにガサガサ ザワザワと音をたてながら
一方の空からのしあがって来て
空いっぱいの透明な液の中を泳ぎまくり
真昼
無数の爪を伸ばしきりに伸ばして襲いかかり
やがて真っ赤な鮮血をほとばしらせながら
西の空に落ち込んでゆく…
芸術家が好きです。音楽や文学、絵画、写真、映画など芸術作品そのものも好きですが、
芸術家という生きかたも好きです。
決して他の人に替えることが出来ない芸術、そして明確な解答など決して存在しない
芸術、人の心を悪魔にも天使にもしてしまう芸術、そこに己の才能の全てをを賭ける芸術家に
憧れます。
もちろん、これらは部外者の戯言かもしれません。芸術家も人の子、食っていくためには、
世俗的な苦労も数多くあることでしょう。理解されなく苦しみも他の人よりは格段に多いことでしょう。
しかし、ほんもののの芸術家は、そんな世俗の苦しみを芸術という高みに昇華させる魂を
持っているのでしょう。すこし抽象的ですね。
さて、たったひとつだけ確かなのは、”芸術家とは職業ではなく、生きかたそのものである”
ということでしょう。とすれば、不幸にして今サラリーマンの身分で食いつないでいる人間も、
まだ芸術家になれる可能性を秘めていると思います。
岡本太郎氏は”原色の呪文”の中でこう記しています。
人間は生きる瞬間、瞬間、自分の進んでいく道を選ぶ。そのとき、
いつでも、まずいと判断するほう、危険なほうに賭けることだ。極端ないい方をすれば、
己を破滅に導く、というよりは死に直面させるような方向、黒い道を選ぶのだ。
激しい言葉です。これをどこまで本気でとらえ、実社会でどこまで実行できるのでしょう。
考え様によっては、この3年間ずっと株をやっていること自体がすでに破滅の道を選んでいて、なお
生き残っている証なのかもしれません。甘いでしょうか。
貫くには、瞬間、瞬間、待ちうける膨大な障害がある。それがこちらをねじ曲げ、
挫折させ、放棄させようとする。だが、そのようなマイナスは、それと徹底的に対決する
ことによって自分を豊かにし、純化し、深める、いわば触媒であるにすぎず、その度に
己は太く、強くなるのだ。
そうです、安易に心を入れ換えたり変節したりしては、芸術家にはなれないのですね。
投資を続けるだけでも、大きな障害が待っていて、他の人が手に出来ることでも、
捨てなければならないことが幾つかあります。強くなりたい。岡本太郎氏の本
は、本筋を生きる勇気を与えてくれます。多くの人に称賛される道は、芸術家にとっては
決して本筋ではありません。
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(03.02.08)
はたして空間は曲がっているか 都築 卓司 著 講談社:昭和47年初版 (下写真は昭和54年16刷)
旅人 湯川 秀樹 著 講談社:昭和41年初版 (下写真は昭和45年7刷)
「はたして空間は曲がっているか」…この魅惑的な題名の本には中学3年の時に出会いました。
後で思うとほとんど理解できていなかったのですが、”四次元時空連続体”等、非日常的な語感
に魅せられてワクワクしながら読んだものでした。一方の
「旅人」を読んだのは読んだのはもう少し後ですが、
2つの本はFLの進路に大きな影響を与えました。
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中学3年の秋に志望校をワンランク下げたため、もうそれほど受験勉強をしなくても
よくなりました。中学の最後の3ヶ月は、高校入試のため勉強は1日わずか一時間と決め、
それ以外は深夜ラジオを聞いたり、本を読んだりして、わりとお気楽に過ごしていました。
相対性理論との最初の出会いはこの頃でした。
本屋でこの本を選んだのは、なんといっても、表紙のダリの絵が気に入ったからです。
砂漠の遠い向うの乾燥した山、地平線近くに黄色い雲、妙な形の傘の下に有る
大きな異形の地球タマゴの米国付近からは、
赤黒い血を流しながら人間らしいものが生まれようとしています。それを見る黒人の母子。
田舎の単純なスポーツ少年には、とてもショックな絵でした。
FLは子供の頃から、なんだか分からないものが妙に好きだったようです。
本の中味はもっと衝撃的でした。時間と空間は一体の4次元であり、しかも空間は伸び縮みし、
時間は早く進んだり遅く進んだりするらしい。宇宙旅行の時代になれば、子供より年下の親が現われる
かもしれない。
角砂糖一個の大きさで地球全体より重い、ブラックホールなるものが宇宙には実際に
あり、そこは時間が完全に止まった世界らしい。
また、虚数のエネルギーが実体としてあれば、時間が逆に進むことだって
あり得るかもしれない。そうしたら人は墓場から生まれ、母親の胎内に入って行く一生を
送るかも知れない。
これは虚構のSFでなくて、1905年にアインシュタインが最初に考え、
今も実際に研究されてる学問であることに、とても大きな興味を覚えました。
こんなことを考えるのを仕事としている、理論物理学者なる人が世の中に実際にいる
ことを知りました。
またこの頃、理科の先生が、日本ではじめてノーベル賞をとった湯川博士の話をし、
その自伝「旅人」を紹介してくれました。この本の表紙は、”なんだか変な感じ”で
買うのが恥ずかしかったのを覚えています。そのせいか、この本はそれから
数年、開かれないまま本棚の飾りとなってしまいました。
数年後「旅人」を読んだのは物理学科を受験することを決めた後でした。
そしてこの本は、その決心をより強く固める役割を果たしました。
世の中の表面的な流れに惑わされず、いわば「象牙の塔」に篭って
好きな研究生活を送る人間になりたい、そのころのFLは本気でそう考えていました。
”未知の世界を探求する人々は、地図を持たない旅行者(「旅人」)である。
地図は探求の結果として、できるものである。
目的がどこにあるのか、まだ分からない。
もちろん、目的へ向かっての真直ぐな道など、できてはいない。”
湯川博士はそう記しています。
FLは二十台の半ばすぎまで物理学で、もがき続けました。しかし、
「物理でメシを食っていく気があるなら、30才まではそれ以外のことを一切考えてはいけない」との
担当教授のアドバイスも守ることが出来ず、音楽や文学の世界に逃げ込み、女性とも付き合い、
アルバイトもし、運動部もする”実り多い”学生生活になってしまいました。
大学院の同期の半数は初期の目的を貫き通して大学の研究者になり、ふるい落とされた
残りの半数は民間企業に就職したり、中学高校の
教師になりました。
FLはもちろん後者で、半ば苦い敗北感を背負って民間企業のエンジニアになりました。
民間企業に入ってからも最初の1年ぐらいは、物理へのカムバックを狙って理論物理の論文を
読んだりしていました。しかし、月の残業が80時間、100時間の職場に配属されたため、週末しか
時間が取れませんでした。その週末にも、次第にあちらこちらから誘惑の白い手が伸びるようになり、
都会での独身貴族の楽しさには勝てなくなりました。
FLは最後には真理の探求者たる「旅人」にはなれなかったのです。
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(03.01.11)
出張ホスト 一條和樹 著 幻冬社:2003年初版
ごく普通の男が、たまたま株式投資にハマっってしまいました。NTTドコモにはじまり、
ソフトバンク、光通信…。株をはじめたころは投資額100万円に満たない零細投資家だった著者は、
ITバブルに乗って一時5.000万円を手にします。そして六本木等で遊びまくる日々。
しかし、その後に待っていたのは、借金地獄なのか性の極楽なのか?
この本に株式投資失敗の教訓を期待するならば、裏切られてしまいます。
初心者がたまたま大儲けしたケースでは、後にこうなることは目に見えています。
この本では株式投資に関することは10%以下で、他は著者が「お客さん」とよぶ女性達、
あるいはカップルとのプチ・ドラマが
乾いた語り口で淡々と語られています。しかし今の世の中、こんなことはどこにでも
溢れているような気がします。
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