(17.10.15)


スペイン宮廷画物語  西川和子著 彩流社  1988年5月1日 初版

 その昔は15世紀、今のカタルーニャにあたる場所にはアラゴン王国がありました。 また、今のスペインの大部分にはカスティーリャ王国がありました。

 そして、アラゴンの王子フェルナンドと、カスティーリャの女王イザベルが結婚することになりました。 二人は戦略結婚だったのですが深く愛し合い、また王としての賢明な判断で互いの国を守ります。 2017年現在、世を騒がせているカタルーニャ地方の独立問題は、この結婚がそもそもの起源です。



 

                    






 やがてカスティーリャ女王イザベルとアラゴン王フェルナンドの娘ファナが、 ハプスブルグ家のフェリッペ美公と結婚します。 そしてその子供であるカルロスT世の時代になると、カスティーリャとアラゴンはスペインとして統合し、 ハプスブルグ家を王としてその繁栄を謳歌します。

 コロンブスが発見した新大陸の植民地では銀鉱の発見が相次ぎ、 スペイン本国に還流した富は無敵艦隊をつくり7つの海を征服します。 カルロスT世の領土は、ヨーロッパにおいてはフランスとイギリスを除くほとんど全部、 南米に中米、アジアのフィリピン、地中海沿いのアフリカと、まさに日の沈まない大帝国になります。



 その後、カルロスT世の弟フェルディナンドがヨーロッパの領土の東側をオーストリア・ハプスブルグとして引き継ぎます。 スペイン・ハプスブルグはカルロスT世のあと4代続いて、カルロスU世の時に後継者がなくなります。 その頃のスペインは昔の面影をなくし、世界の覇権をイギリスに渡そうとしていました。 そしてスペイン王はフランスのブルボン家の血をひくフェリッペX世となります。

 まったくの余談ですが、ヨーロッパでは王の後を継ぐことができるのは王妃から生まれた子供(女性でもよい)に限るようです。 これに対して日本(天皇家、徳川家など)では、側室の子供でも長男ならば後を継ぐことができるのが慣例です。 この点、ヨーロッパの方がシビアです。



 その昔アラゴン王国だったカタルーニャは、 何度かスペインからの独立回復の試みをしますが現在まで実現していません。 1988年にカタルーニャ地方のバルセロナでオリンピックが開催されましたが、 この時、首都マドリッドの人たちは冷淡だったといわれています。





 フェルナンド(アラゴン王) = イザベル(カスティーリャ女王)
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ファナ・ラ・ロカ(カスティーリャ女王) = フェリッペ美公(ハプスブルグ家)
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                 カルロスT世  = イザベル(ポルトガル王女)
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                    フェリッペU世 = アナ(ハプスブルグ家)
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                       フェリッペV世 = マルガリータ(ハプスブルグ家)
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            イサベル(ブルボン家) = フェリッペW世 = マリアーナ(ハプスブルグ家) 
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     ルイ14世(ブルボン家) = マリー・テレーズ      カルロスU世
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                ルイ・ド・フランス            子孫なし→スペイン・ハプスブルグ家断絶
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                 フェリッペX世
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                 フェリッペY世(2017年現在)  ※下線はスペイン王





 今回のカタルーニャ独立問題の報道の中で、スペインの国王はフェリッペY世であることを知りました。 このフェリッペY世の先祖を何代か追っかけていくと、ルイ14世を祖父に持つフェリッペX世にあたります。 余談ですが、フェリッペY世はバルセロナ・オリンピックに選手として出場しています。





 さて、「スペイン宮廷画物語」はカルロスT世からカルロスU世にいたるスペイン黄金時代を、 その王族の肖像画に焦点をあてて描いています。 情熱的な著者のスペイン愛が伝わってくるような楽しい読後でした。

 ところで、著者の西川和子さんは、 この著作をリリースしたころは特許庁の審査官でした。 退官される2011年には審判長を勤められていました。 この本を初めて読んだ1989年当時、私はのちに西川和子さんと仕事上の書類のやり取りをするようになるとは夢にも思いませんでした。

 西川和子さんは他にも多くの著作をされています。 昼間は特許庁で、
「特許請求の範囲の記載は、特許法第36条第6項第2号により不明確であるから、この発明は特許を受けることができない」
といった乾いた冷たい文章を書き、 特許庁から帰宅してからはスペインやイタリアの情熱的な文章を書いていたんですね。

 







(17.05.06)


・レトリックの時代  渡部昇一著 ダイヤモンド社  1977年7月14日 初版
・ことば・文化・教育 渡部昇一著 大修館書店  1983年7月3日 初版

 今年4月17日、渡部昇一氏が亡くなりました。86歳でした。 2002年にも書きましたが、私は渡部昇一氏が書いた本からからとても大きな影響を受けました。



                    






 渡部昇一氏の著書との出会い1979年ごろ、当時もてはやされていた「知的生活の方法」「続知的生活の方法」(講談社新書)でした。 それは学生時代に友人から勧められたのが 切っ掛けでした。 その時から私にとって、静かな知的生活が一つの憧れのライフスタイルになりました。

 そして、その次に読んだのが、大学の先生に勧められた上写真の「レトリックの時代」、 そして大学院生になって読んだ「ことば・文化・教育」などです。 「文科の時代」(1974年11月25日 初版 文芸春秋社)、「クオリティライフの発想」(1977年6月24日 初版 講談社)、 「知的対応の時代」(1979年6月30日 初版 講談社)なども印象に残っています。 私にとって1970年代、80年代の渡部昇一氏は憧れでした。

 しかし正直に言えば、これらのエッセイは当時の私にはやや難しく感じました。 渡部昇一氏が前提としている知識に乏しく、また頭が柔軟性に欠けるために論理の展開についていけない部分があったのです。

 そして私は、「40歳になる前に、このような一級のエッセイを楽しく読めるような人になりたい」、 と人知れず未来の姿を描き、そう成ることを決心したのでした。 そのためには、社会人になっても知的生活を継続することが肝要でした。 (この決心はほぼ達せられたと思います)



 同時に私は、これらの著作からはある種の「弱さ」も得てしまったと思います。

 私は誰にも邪魔されない知的生活さえ確保できれば他はそれほど重要ではないと今でも思います。 逆に言えば、知的生活が確保できないのならば世間的によいとされることでさえも、得られなくても仕方がないと思っています。

 そんな心の底がつい表に出てしまい、世間的には不利な道を選択し懸けたりすることもありました。 例えば、休日もなくほとんどの時間を仕事に追われる生活になるのなら偉くなるのは避けたいとか、 通勤時間が長くなるのなら昇給しなくてもよい、とまで思ったこともあります。

 明るいうちはアルコールを口にしない、二次会にはいかない、 ゴルフや麻雀など時間を食うものは初めから覚えない…、など世間一般の人付き合いに反するようなマイ・ルールに対する小さくない反作用も、 知的生活の生贄として甘受してきました。



 さらには株式投資にもデメリットをもたらしているかもしれません。 知的生活のための最低限を稼げばよい程度のリスクしか取らない、 知的生活に伴う読書や音楽や旅行のために、投資のための時間を削りすぎてしまう、など。



 知的生活を送るにはお金も重要と、渡部昇一氏は書いています。 それはできるなら恒産(ロバート・キヨサキ氏の分類ではBかIのクワドラント)であるのが望ましいとも書いています。 しかし、安定した企業や役所(Eのクワドラント)に勤めていることは恒産に準じると考えてよいかもしれない、 とも書いています。

 ロバート・キヨサキ氏は、安定した企業や役所に努め貯金をして引退する人生が安全と考えるのは、 1930年以前に生まれた人にとっては正解、と書いています。 渡部昇一氏は奇しくも1930年生まれです。

 蛇足ですが、私の父親も1930年生まれでずっと役所勤めでした。 年金はおどろくほどたっぷりもらっていて、金銭的には困らない老後を送っています。 しかし、そのようなマネープランは今ではすでに崩壊しています。



 さて、 渡部昇一氏の呪縛から自由になる残りの人生を考える時が来たのかもしれません。 とくに、株式投資に関しては。



 







(17.05.03)


・金持ち父さん 貧乏父さん             ロバート・キヨサキ著 筑摩書房  2000年11月15日 初版
・金持ち父さんのキャッシュフロー・クワドラント ロバート・キヨサキ著 筑摩書房  2001年6月25日 初版

 本書は約15年前のベストセラーですが、改めて読み返してみました。 この本に書かれていることは資本主義が続く限り真実で、 時は流れても決して古くならない古典といえるでしょう。



                    






 ロバート・キヨサキ氏は、キャッシュフローの観点から下図のクワドラントを提唱します。 E(employee)、S(Self Employed)、B(Business Owner)、I(Investor)です。 そして、金持ちになれるのはクワドラントの右側のBとIだけであると断言しています。




 サラリーをもらって生活している人は、その多寡や職種にかかわらずEです。 独立している医師、弁護士、会計士などはSです。 株の専業トレーダーもSです。

 一方、自分のビジネスを持っている人はBです。 BとSの違いは収入の額や職種ではありません。 自分自身が働くのを減らせば収入が減るのがS、少しぐらい離脱しても変わらないのがBです。 Bの人はビジネスを仕切るEの人を雇用しています。

 例えば、コンビニのオーナーでも、自分が接客やレジ打ちをしたり仕入れをしなければ立ちいかない場合はS、 たまに様子を見に来るだけならBです。 この場合、複数の店のオーナーなのでしょう。

 Iは言うまでもなく、お金がお金を生む状態です。 株のトレーダーでも、ディラーを雇っている場合はIです。



 さて、私の周りにはこれまで左側のEとSしかいませんでした。 私の両親、祖父母は全員EかSですし、学校の先生は小学校から大学まで全員Eです。 先祖代々の資産を相続し、名誉職にだけ就いていた豊かな親戚一族もいたのですが、 それは別世界だと思っていました。 「金持ち父さん」を持たなかった私は、職業を決めるときになってもE以外の選択肢は思い浮かびませんでした。

 そして会社に入ったら、同僚、上司、社長までもが全部Eでした。 しかし、たまにBやIらしい人とも出会うチャンスはありました。 ところが、私自身がクワドラントの右側に移ろうという志がなかったために、
「会社の収入だけに頼る一本足打法はリスクが大きいよ」
というアドヴァイスを聞く程度で終わってしまいました。

 ロバート・キヨサキ氏はBかIになるための有用なアドヴァイスは、 実際にBかIに移った人から受けるようにと書いています。 しかし、志がなければチャンスを生かすことができないのです。



 ロバート・キヨサキ氏は左側から右側に移るためにはまず、右側的な人間になることだと言います。 そしてそのためには正しく学び、そして勇気をもって実践しなさい、と書いています。 右側に移る方法は、志があれば学べるのです。 エリック・ホファー(Eric Hoffer)のこんな言葉を引用しています。



  In a time of drastic change
it is the learners who inherit the future.
The learned usually find themselves equipped to live
in a world that no longer exists.

大きな変化の時には、
学ぶ者が未来を引き継ぐ。
学び終えた者には、
その能力を発揮する世界がもはやないことに気付くだろう。



 周囲のみんながそうやっているから、これまでそう教えられてきたから、 それで何とか生きてこられたから…、 そう思い込みは正しい学びを妨げます。

 志さえあれば、この世界はチャンスに溢れています。 チャンスをつかんでクワドラントの右側の住人になりたいと思います。 遅すぎることはありません。





 最後に、ロバート・キヨサキ氏の本には働く意義ややりがいのことがまったく書かれていない、 ただ金・金・金の拝金主義者だ、との批判があります。

 しかしこれは、金持ちになるためにはどうすればよいかについて書かれてた本です。 例えばピアノの弾き方の本に、フラメンコギターの弾き方が書かれていなくても何も不都合はありません。 働く意義ややりがいについては、別な本をあたるべきでしょう。



 ※ 白根美保子さんの翻訳は不自然さがなくとても秀逸だと思います。 痞えることなくスムーズに読めます。