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(16.10.15) ・ボブ・ディラン全詩集 ボブ・ディラン著 晶文社 1974年2月30日 初版 ・ボブ・ディラン全詩 302篇 ボブ・ディラン著 晶文社 1993年4月30日 初版 |
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10月13日、ボブ・ディランがノーベル文学賞を受賞しました。
みんな驚いたことでしょう。私にとっても驚きです。
ディランはポピュラー音楽の歌手なのに、なぜ「文学賞」なのでしょう?
上記の2冊の詩集は、ディランが公にした詩をまとめたものです。 私はこの2冊を見ながらディランの音楽を聞いたりします。 ディランの詩は一筋縄ではなく、とても意味深く、 今音楽を聞いても以前には気づかなかったも新たな発見があったりします。 ディランは現在アメリカ国内をツアー中で、受賞の翌日はコンサートもしました。 報道によると、ディランはそのコンサートでもノーベル賞についてまったく言及をしていないし、 今のところ記者会見を開く予定もないとのことです。 それどころか、ノーベル委員会がまだノーベル賞受諾をディラン本人から得ていないとのことです。 まったくディランらしいと思いました。 何故ならばディランは、人々の期待を背負ってその通りに演じることを極端に嫌っているからです。 それを象徴するエピソードをいくつか。 その@ …歌手としてのキャリアの初期(1962年)、ディランは ”Blowin' in the Wind”(風に吹かれて) を作詞・作曲したことから、 公民権運動やベトナム戦争のプロテストフォークソングの英雄に祭り上げられます。 今後も若者のためにプロテストソングを書くことが期待されていました。 しかし、ディランはわずか1〜2年でそのような座を明確に拒否します。 フォークを捨てて突如ロックに転向し、新しい表現を求めたのです。 ところで、ディランの曲で明確にプロテストソングと言えるのは、 あまりよい曲とは言えない ”Masters of War ”(戦争の親玉) ぐらいのものです。 戦争を望んでいる人々を直接的に攻撃するこの曲は例外的です。 同じころ作曲された※「キューバ危機」を題材とする名曲 ”A Hard Rain's a-Gonna Fall”(激しい雨が降る) は、 核戦争への恐怖を表したシュールリアリズム的な詩の手法が特に印象に残ります。 詩の表現がきわめて優れていて、その素材がたまたま「キューバ危機」だったという感じです。 ※「キューバ危機」 …ソビエト連邦がキューバに核ミサイルを持ちこもうとしたことから、 ケネディ大統領が核戦争を覚悟した軍事的事件 最も著名な「風に吹かれて」にしても、この曲がなぜプロテストソングなのでしょうか? How many deaths will it take till he knows That too many people have died? The answer,my friend,is blowin' in the wind, The answer is blowin' in the wind. あまりにも多くの人が(戦争で)死んだと分かるまでに、 あとどのぐらい死ねばいいのだろう? その答えは、友よ、風に吹かれている。 風に吹かれているんだよ。 ” in the wind”という語句は「(風まかせで)どうなるかさっぱり分からない」という意味もあります。 日本語では一番近いのは「しかたがない」ではないでしょうか? 「その答えは、さっぱり分からない」 「答えが見つからなくてもしかたがない」 と歌っているように私には聞こえます。 おそらくディランの意図はそこにあったのに、リベラルな人々に誤解されてしまったのでしょう。 その大きな誤解に乗って一時はスターになったものの、若いディランはやがて苦しみ、 そして耐えられずに彼らに背を向けたのでしょう。 そのA …プロテストフォークを離れエレクトリックギターを持ってロックに転向したディランは、 その後3年間まさに飛ぶ鳥を落とす勢いでした。 しかし好事魔多し、ディランはバイク事故で瀕死の重傷を負い、活動を休止してしまいました。 そして、それから数年間コンサートを行うことはありませんでした。 そして、全国の多くのファンが待ちに待った数年ぶりの全米ツアー、 記録的な売り上げをと盛り上がりをみせ大成功に終わりました。 しかし、ディランは後にこう発言しています。 「人々が期待するようなボブ・ディランを演じただけだった。 愚かな行為だった」 さて、ノーベル賞からまだわずか2日ということで、テレビ、新聞、インターネット等で にわかボブ・ディラン論が盛んですが、一部を除いてどれも的を得ていない、勘違い、 あるいはある意図的なミスリードが多いと思います。 最も多い論調は、 ボブ・ディランの反戦のメッセージは現代にも通じる警告である と無理にこじつけるものです。しかし、ディランはノーベル「文学賞」をとったのです。 「平和賞」ではないのです。 それにディランがプロテストソングとかかわったのはごく若いころの1〜2年、 55年に及ぶキャリアのほんの少しです。 公民権運動もプロテストソングもノーベル「文学賞」とは何の関係もないし、 ディランの詩の芸術的な進化(深化、真価)はプロテストを止めてからの時期に起こっていると思います。 「文学賞」の理由は、 ポピュラー音楽における従来の「歌詞」を、ディランが「詩」に昇華した ことによるものでしょう。 ディランは詩という芸術をポピュラー音楽にまで拡大したのです。 そしてそれはビートルズなどディランと同世代の音楽や後世にも大きな影響を与えました。 例として以下で、私が最も好きな ”Mr. Tambourine Man”(ミスター・タンブリンマン) を挙げます。 詩では古典的な技法である韻律が多用されています。 韻律とは、日本語の「五・七・五」のようなもので、詩をリズミック見せるためによく使われる技法です。 この曲はタンブリンマンによってもたらされたある幻想を歌ったものです。 このタンブリンマンは、「危険ドラッグの密売人」とも「救世主」ともとれます。 余談ですが私は、尊敬できそうな人や影響を受けそうな人に出会うと、 「この人はタンブリンマンかも知れない」と考えたりします。 Hey! Mr. Tambourine Man, play a song for me, I'm not sleepy and there is no place I'm going to. Hey! Mr. Tambourine Man, play a song for me, In the jingle jangle morning I'll come followin' you. ヘイ! ミスター・タンブリンマン 歌ってよ 眠くもないし行く当てもないんだ ヘイ! ミスター・タンブリンマン 歌ってよ 鳴り響く朝まであなたについて行くよ Though I know that evenin's empire has returned into sand, Vanished from my hand, Left me blindly here to stand but still not sleeping. My weariness amazes me, I'm branded on my feet, I have no one to meet And the ancient empty street's too dead for dreaming. 夕べの帝国が砂に帰し それが掌からこぼれ落ち ぼくは光を失いここで立ち尽くしていた それでもまだ眠くない 驚くほど疲れている 足は釘付けだ 会う人なんていないし 古ぼけた誰もいない街道は死んでいて夢さえも見れない 「夕べの帝国が砂に帰し、それが掌からこぼれ落ち…」 私は10代の時、このフレーズに強烈にしびれました! 今もしびれています! なんて強烈でロマンティックな表現! 自分の手から、今こぼれている砂は、かつて栄華を誇ったある帝国の一部だったかもしれない。 その帝国には皇帝や王女、奴隷や普通の人々もたくさん暮らしていて、その一人一人にそれぞれ違った人生があった。 それぞれの多くの喜びや苦しみ、恋や離別や栄誉、戦争も平和も、 今では皆砂に帰してしまい、自分の手からもこぼれている… これは「諸行無常」の世界であり、 ポピュラー音楽でこのようなディープな表現はちょっとないでしょう。 優れた芸術作品だけが持っている悲しみや淋しさがこの曲にはあります。 この ”Mr. Tambourine Man”はザ・バーズというバンドがアメリカで中ぐらいのヒットをさせましたが、 あの表現では得も言われない淋しさはありません。 作詩・作曲をしたディランの方が抜群に優れています。 この音楽はアコーステックのリードギターと、 控えめなエレクトリックのサイドギター、 寂しげなディランのハーモニカ、 ごつごつした力強いヴォーカルから成ります。何度聞いても素晴らしい! その他にも、隠喩、比喩、暗喩を数多く含み、サルバドール・ダリのシュールな絵画を、 詩と音楽で表現したように思える ”Desolation Row”(廃墟の街)や、 短編詩のように凝縮した名品 ”All Along the Watchtower”(見張り台からずっと)、 ロックバラッドの傑作 ”Tangled up in Blue”(ブルーにこんがらかって)等、 多数の優れた詩があります。 10代の時から最も愛好していたアーティストが、ノーベル賞に値したということは、 私の目(や耳)もそんなに悪くはなかったということでしょうか? ディラン本人は嬉しくはないかも知れませんが、私は喜んでいます。
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(16.06.18) 宇野巧芳さん (1930.5.9〜2016.6.10)を悼む ・たてしな日記(改訂版) 宇野巧芳著 帰徳書房 1974年10月20日初版発行 ・音楽には神も悪魔もいる 宇野巧芳著 芸術現代社 1981年9月20日初版発行 |
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音楽評論家・指揮者の宇野巧芳さんが先日亡くなられました。
86才でした。
ぼくは信ずる。この世は神の創った芸術作品であると……。 では何のために創造されたか。この問に対しては、最高の美しさのため、と答えよう。 神は最も高い芸術家なのだ。偉大なる芸術はその中にすべての相反する要素を含んでいる。 善と悪、美と醜。 (「たてしな日記」より) およそ、あらゆる芸術は日常生活から抜け出して高く高くそびえていなければならない。 いわば反社会的なものなのである。 社会のあらゆる掟、道徳、常識、礼儀作法などは一般市民の無気力な安全のために人間が作ったものであって、 元来は実在しないものである。 人類の積極的な進歩や幸福よりは、目先の安全だけを追っているのである。 しかるに芸術はこうした社会の低い規則にしばられず、それを鑑賞することによって人々は魂を鼓舞され、 日常生活の虚偽から高く舞いあがる。 我々の精神の国にとって、財産、地位、名誉はかえって有害なのでる。 (「音楽には神も悪魔もいる」より) クラシック音楽を聞き始めた若き日、私は宇野巧芳さんの著作をむさぼるように読みました。 またレコード芸術誌の宇野さんの音楽評論は明快で分かりやすかったですし、 音楽エッセイにもとても共感しました。 モーツァルトの美しさ、マーラーの本質と、 そして何よりもアントン・ブルックナーの広大な世界の素晴らしさを教えてくれたのも宇野さんでした。 自己の小さな力ではどうにもならない大きな世界、 ブルックナーの音楽はそのような神の創造物への賛美、 忘我と祈りと逍遥と…。 他にも、宇野さんが居なかったら親しまなかったと思われるやや地味な指揮者カール・シューリヒト、 清濁泡を飲む巨大な指揮者ハンス・クナーパーツブッシュ、 等これらの音楽が私をとても豊かにしてくれました。 ありがとうございました。 |
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