
わが蓄財の秘訣(旧書名:私の財産告白)(本多静六:昭和53年第3版:実業の日本社)
原著は「私の財産告白」のタイトルで昭和25年(1950年)に出版され
長い間非常に好評を博した本です。著者はまだ江戸時代の1865年生まれの
林学者・実業家である本多静六氏です。
蓄財・投資に関する著作は古今東西、星のごとくおびただしく出版されていいますが、
ほとんどが時の流れと共に古くなり忘れ去られています。株式投資の本にしても、出版された時には
古くて使い物にならないものが大部分でしょう。
その点本多博士のこの本は現代にも充分通じる蓄財・投資の秘訣が書かれています。
例えば、本多博士の主な投資先は、当時の最先端のハイテク技術である鉄道株と自分の専門である
山林でした。これは次世代のハイテク株や、
また一般の人が持っていない自分の専門知識を生かした分野に投資するべきであると解釈
できると思います。
また本多博士の生涯には戦争、長期にわたるデフレ、そして超インフレなど、
幾多の困難がありました。しかし、本多博士はそういった困難も柔軟な思考で克服し、
財閥とまでは言えないものの、個人としては充分過ぎるほどの資産(現代の価値で数百億円?)を築くに
至りました。
本多博士は、言論の自由あるいは思考の自由のため、さらにはもっと良い仕事を
するために蓄財をするのだと考えていました。この点がこの著作の根幹であると思います。
われわれが仕事や生活の場で心にもない屈服を強いられてるのは、よく考えるとほとんどの場合は
資産がないからなのです。お金がないために、よいアイディアであると思うことも
引っ込めてしまわなければなりませんし、不合理とも言える命令にも従わなくてはなりません。
また愛情や健康でさえも90%はお金で買えると思います。お金で買えないのはそれ以上にお金を
持っている方の考えや時間だけです。特に若い方は残念に思うかもしれませんが、
それが現実だと思います。
この本には「お金のお作り方」だけではなく、お金の使い方も記してあります。
FLは、まだまだこの境地にまではほど遠いのですが、努力してみる
価値はあると思います。
なおこの本はすいぶん前に神保町小宮山書店でみつけたもので、現在は絶版となって
いるようです。
02/01/06:
知的生活の方法(正・続) 渡部昇一

「知的生活の方法」「続知的生活の方法」(渡部昇一著:講談社)
これらの本を最初に読んだのは1980年代始め、学生時代に友人から勧められたのが
切っ掛けでした。その友人から「これが僕の生き方のバイブルだ」という意味のことを聞いた
覚えがあります。社会人になってかたも、この本をバイブルだとする同僚と知り合って
いまも付き合いを続けています。
FLにとってもこの本はバイブルに近い存在で、今でも時々本棚から取り出しては
共感しています。現実には日々心を悩ます出来事が多くて、静かな知的生活には
ほど遠いのですが、それでも理想がないのとあるのでは積もり積もって大きな違いに
なると思います。
「知的生活の方法」が講談社新書から世に出て26年、「続知的生活の方法」から23年、
個々の内容に付いてはもう古いと思われる記述もありますが、現在まで版を重ねておりこの分野の
古典となりつつあると思います。
「自分をごまかさない精神」「知的独立について」など、精神的な部分は現在にも
まったくあてはまるものだと思います。
しかし、当然のことながらIT時代になったことは考慮されていませんし、
サラリーマン生活が恒産に近いとか、今ではあまりあてはまらない記述もみられ、
そこは自在に読み替えなくてはならないでしょう。
また、知的生活のためには、安定した経済基盤と
ある程度の財産が必要で、貯蓄ばかりではなく投資を行うことも奨めています。
精神論に逃げることなく、しっかり現実をふまえての議論をしているところに、
この本の生命の長さの秘密があると思います。
02/01/06:
タイムマシンH・G・ウエルズ

「タイムマシン」(H・G・ウエルズ作、塩谷太郎訳、岩淵慶造さし絵:岩崎書店)
少年向け(内容は原作とまったく同様、活字がやや大きく難しい漢字にはルビがふってある)のSF小説です。
この本を読んだのは中学3年の正月休みでしたが、よくも悪くも
その後の人生に極めて大きな影響を残してしまいました。
H・G・ウエルズは英国の小説家、文明評論家などとして著名ですが、SF作家のさきがけの
役割も果たしました。本書にも当時の階級の分裂が未来にどんな結末になるかが書かれています。
あらすじを簡単に記すと、タイムマシンを完成させた「時間旅行家」が21万年後の未来に
行って、人類の黄昏を見てしまいます。時間旅行家はそこで知り合ったウィーナという名の未来人を、
別な人類モーロックとの戦いの末、失ってしまいます。
時間旅行家はさらに未来を見、地球自体の衰退を目の当たりにし、
19世紀末(20世紀始め?)の英国に帰ってきます。
これを読んでFLは生まれて初めて、「永遠の存在」を意識しました。人は勿論永遠の存在ではなく、
人類も、地球でさえ永遠の存在ではない。宇宙自体にも始めと終りがあるらしい。
では、自分がこうして高校入試のために勉強するのは何のためなのだろう。これから人生を生きるのには
何の目的や意味があるのだろう。いずれは何もかもなくなってしまうのに、どんな努力も、
どんな刹那的な生き方も虚しいのではないか?こんな誰にも相談できないことを
悩んでしまった自分はどこかおかしいのではないか?
タイムマシンを読んでから、冬休み中、とても悲しくて涙を止められなかったような
記憶があります。1日8時間ぐらい泣いていたようです。その後も基本的には
この気分をかなり後まで、30歳ぐらいまで引きずっていたように思います。
後になって、上記のような考え方、悩み、迷いから宗教や哲学が生まれることも分ってきました。
また、マーラーの歌付きの交響曲「大地の歌」のように、まったく同様な悩みや迷いを
ストレートに音楽にした曲にも出会いました。
しかし、「タイムマシン」は何の悩みもなかった単純なスポーツ少年FLの内面を開かせてくれた、
記念すべき本です。
02/01/04:
THE STORY OF SIGURD AND THE VOLSUNG MORRIS

さて、最初から「読んでいなくても大切な本」を紹介します。「ヴォルスング族のジーグルトと
ニュンベルゲン族の衰亡物語」(1887年第四版:LONDON)です。
本の内容はワーグナーの「リング」の下敷きとなった、欧州に古くから伝わる伝承を
英語に訳したもののようです。
これは眺めていてもなかなか興味深い本(上図、左から背、見返し、ひら)です。
まず装丁はビクトリア朝のデザイナー、かのウイリアム・モリス、美しい深緑の
総革、天金、ちりにも丁寧に金が打ってある美装本ですが、無茶くちゃに
高価ではありません。
見返しにArnold Hoffmann という方の名前で、風車をデザインした青と黒2色刷りの美しい
EX LIBRIS(蔵書票)が貼ってあります。(左上のラベルは神保町崇文荘書店にもの)
さて、見返しの次の遊紙には、1903年のクリスマスに
Arnold Hoffmann氏へこの本がプレゼントされたことが濃い青のインクで書かれています。
それは "with all good wishes"(すべてのよい希望をもって) H.Cadock-Watonという方から
送られたようです。
Arnold Hoffmann氏と H.Cadock-Watonはいったいどういう関係だったのでしょうか?
本の内容からいって、Arnold Hoffmann氏がまだ子供の時にプレゼントされたとも
考えられます。蔵書票はたぶん大人になってから貼ったものかもしれません。
また、出版されてから、プレゼントされるまで16年の時間があります。
当時は出版速度が非常に緩やかだったとはいえ、当時の資本主義の中心大英帝国の本屋さんが、
16年も在庫を抱えておくとは思えません。その間、この本はどこにあったのでしょうか。
Arnold Hoffmann氏、 H.Cadock-Watonとはどういう方たちだったのでしょう。
少なくても日本の人名辞典や百科辞典に出て来るほど著名ではないようです。
もし上記のような疑問を解決する使命を与えられたら、まずどこから手を
つけるのでしょうか。 まあ、現代はインターネットの時代なのでその気になれば比較的簡単に
分るのかもしれません。