昨日までの寒さが嘘のような、二月の割に穏やかで暖かなお昼時。あたしは春のような陽気に気をよくして、冬眠状態の冒険心をつい出してしまい、学校帰りのいつもと違う路地を一つ手前に入る。 ああ、猫さんたちだ。四匹仲良く美術教室の一角の駐車場で日向ぼっこしてる。 ……?! 違う! 繋がれて、日向ぼっこをさせられてるんだー。 ほら、こちらを向いた猫は恨めしそうな顔をして見せてるもの。猫って、プライド高いものね。背中向けて知らん振りを決めこんでる猫もいる。顔を見るなってか? なんだか、嫌だな。繋がれて安全かもしれないけど、綱分だけの自由なんて…… 猫の集会でもないのに集団でいるのも猫らしくないし。まぁ、四匹だけど。寄り添うなんて、まして、じゃれあうなんて大人の猫はしないから。猫たちはお互いの距離感を図りながら、綱分のそれぞれの自由領域を分け合っている。自分の分はしっかりと、でも、他猫の領域には踏みこまない。綱分だけの領域を争ってもつまらないから、それは微妙な猫四匹の領域関係図を作り出している。 「今日は気持ちのいい日ですね」 この声って、まさか……。まさか。振りかえりたくない!! 「まさかって……」 軽い溜息が聞こえた。これは間違いない。あたしは意を決して振りかえる。 で、出たー。お化けじゃなくて、にこにこ顔の自称、天使候補者を捜す者。そして、あたしを天使候補プラスおまけのサンタクロース助っ人にしたお人。サンタクロースの方は見つかるまでの代理。本当にあくまで代理よ。 「今日、学校は午前中でしょう? 実はお話したいことがあって貴女に会いに来ました」 あたしは慌てて辺りを見回した。ここは学校からもまだ、近い場所だ。会話が聞こえる範囲に知った顔はなし。良かった。どうして、こんな場所で誤解を招く言動を言うかな。あたしより、年上なんだから、あたしの立場っていうものも考えて欲しい。 「大丈夫ですよ。猫以外は聞いてませんから」 猫以外はね…… 「まだ、猫と話してませんか?」 否定の意味で頷く。そんな面白そうな話は知らない。聞いてない。 「若い割に心の感度が鈍いのですね。これから、サンタクロースをこなすのに大切ですよ」 心の感度が鈍くて悪うございましたね。それに、と念を押す。 「あたしは天使候補で、サンタクロースは代理。あくまで代理よ」 にこにこがちょっと、困った色を目に見せた気がした。 「あのですね。言っておきますが、貴女が描く天使と違って、白い羽はありません」 「い、いいじゃない。白い羽があったって」 ここだけは譲れない。だって、この世界の理から解放される者のことを天使って言われても、わけわかんないんだから。 「まぁ、それは追々わかるでしょうけれど」 反論しようとして、気配に気がついて振りかえる。こういう時に出会いたくない相手が一人じゃない、一組現れた。同級生の元彼の孝之とその彼と付き合ってると言う噂の彼女が興味深い顔でこちらを見ていた。 最悪!! こんなのと、一緒にいるとこを見られるなんて。今日は厄日かも。 「よお、木本。彼氏か?」 っなわけないでしょう! あんたと別れてまだ二ヶ月よ。あたしはそんな軽い女じゃないわよ。でも、あんたにとってはもう、だったわけね。すでに、名字になってるし、あたし……。失恋を引きずってるあたしが悔しい。情けない。打ち捨てたい! 「彼氏の大林です」 っだーっ! な、なってことを!! よりにもよって何てことを言うのよ、こいつは!!! 持っていた鞄を顔面にぶつけてやろうとして、その前に鞄を拘束された。ああ、こっちの行動はお見通しだったんだわ。悔しい。 あれ、同級生の元彼、孝之の様子が複雑。なんで? 「タカくん……」 気遣うように噂の彼女が可愛い声で言う。 こういう声が好みだったんだ、孝之。 あたしには無理。絶対、無理。中学時代はバレーボール部だったしって、それは関係ないか。 そうじゃないってば! 彼氏宣言を取り消さなきゃ。そうよ。そっちを…… 「大学生ですか?」 「はい。優菜ちゃんに一目惚れして。実はまだ、片思いなのですけどね」 そんなわけないでしょう? 照れた仕草を作って、ににやけた顔で言うなー。それに、どうして、主役のあたしを外して会話してるのよ、二人とも。 「あのね、この人は……」 「よかったよ。心配だったんだ」 はいっ? 俯いて溜息をついた孝之。表情が見えない。ホッとしたの? あたしを振ったことを少しは気にしてくれたの? でも、そんなわけないか……。一方的に振ったの孝之だし。噂の彼女も目の前にいるし。 「優菜ちゃんのことは任せてください。責任を持ちますから」 孝之がきっとなって、顔を上げて、そっぽを向いた。 「俺には関係のないことですから」 そう言って、行ってしまった。 自分から振っといて孝之の態度は変な感じがする。 噂の彼女が慌てて後を追う。あたしに寄越したその彼女の眼差しは非難めいてた。なんで、どうして? 一方的に振られたのはあたしよ。あ・た・し。どうして、そういう目で見られなくっちゃいけないのよ。わけわかんない。 「追っかけてみますか?」 頑張って睨みつけても脱力するような、にこにこ顔がそこにあった。でも、あたしの気が納まるわけもない。この怒り、どうしてくれよう。 「責任取りなさいよ。嘘言って!」 「嘘は言ってませんよ。サンタクロースとして一目惚れしたのは事実ですし、まだ、片思いでしょう、それ」 うっ、うぅぅぅぅぅ…………。泣きたい! 殴りたい! 叫びたいー! こいつに勝てない自分を取り替えたい!! 「なんで、ここにいるのよ」 「私たちは心が通じあっているので貴方がいる場所がわかるからですよ」 気持ち悪い〜。お馬鹿な質問をまたもやしてしまった自分を呪いたい。更にへたれ込む。 「ところで、聖バレンタインまで、あと、三日ですね」 カウントダウンを言い渡しに来たの?! あたしが本命チョコの相手を見つけたかどうかを確めに。 あたしは殺気を込めて拳を握る。 「彼、孝之君に振られた理由って……」 えっ?! 思わぬ問いかけにあたしの頭はパニックを起こす。 「確めなかったんですよね?」 「つ、付き合えなくなったって、言われたわよ」 優菜とはもう、これから付き合えない、と。 「二度目に理由を確めようとして彼の家に行った時に、さっきの彼女と仲良くしてるのを見て怯んで帰ってきたんでしょう」 意地悪な奴だ。全部お見通しなクセして聞いてくるなんて……。最低。 「彼、猫飼ってますよね」 はぁあ? 何を言いたいのよ。そう、黒い猫を飼ってる。 「聞いてみればいいのに」 「……?!……」 「猫に本気で尋ねてご覧なさい。貴女は私が見込んだサンタクロースなんですから」 そんなこと今更言ったって、終ってるよあたし達。そうよ、去年のクリスマスイブの前日に。 「そこの猫たちのように繋がれた分だけの領域から出ないんですね、貴方も彼も。それじゃ、真実は何も見えてこなし、大切な何かもつかめない。そう思いませんか?」 だって、だって……。 猫の一匹がぐいっと限界まできて、更に綱を引っ張った。 「ホラ、彼らは諦めてませんよ。人間だけですよね、諦めるのは……」 見ていると、また、別な猫が限界まできて、更に綱を引っ張った。自由に向って手足を精一杯伸ばして……。 理由。別れを言い渡された理由? あたしだって知りたい。今だって知りたい。彼の真意を知りたい。でも、聞くのが、これ以上傷つくのが怖い。だけど、確かにこのままじゃ、納得できないし、前に進めない、あたし。 「黒猫の名前はシン。彼の家の前で呼んでみなさい」 「……シン?」 あたしの記憶が間違いじゃなければ、彼のうちの猫はキキだったはず。あのアニメーションの黒猫の名前と同じ。あれ、主人公の名前だったけかな。 「人間が付けた名前じゃなくて真(まこと)の名前です」 「真の名前」 「ええ。貴方にもあるんですよ。もちろん、私にもね」 「それって、さっきの大林も偽名ってこと?」 「あれはここの世界の名前。人間の付けた名前。私の本当の名前は今の貴方じゃ無理です」 教えないってこと? 「呼べないってことです。ここの音じゃ無理なのです。ここの世界の音は物質音ですから」 ああ、また、わけのわからないことを。 と、頭を抱えて考えていたら、姿がない! どこ行ったのよ。いつも唐突に現れて、唐突に消えるんだから。 あたしに何か話があったんじゃないの。やっぱり、あたしをおちょくりに来ただけってこと?! ああ、もうー! とにかく悔しいーーーー!あたしは地団駄を踏んだ。側にいるのが猫たちだけで本当に良かったと少し冷めてからしみじみ思った。 それから、あたしは自宅に帰って、着替えて、お昼を食べて、気合と決心に充分過ぎるほど時間をかけてから出かけた。孝之の自宅に。 別段、あいつ、自称、天使候補者を捜す者に、そそのかされたからじゃないわよ。絶対に。 あたしだって、本当は気がついていたのよ。あの駐車場で綱の領域内で日向ぼっこをさせられてた猫たちのようにお互いの距離感を図りながら、綱分の内にそれぞれの自由領域を分け合う。自分の分だけは、しっかりと死守し、他領域には踏みこまない。綱分だけの領域を争ってもつまらないからと自ら諦め。 でも、そんなあたしなんかあたしはやっぱり、嫌い。だから、今日から孝之との間の微妙な領域関係図で満足するのをやめることにした。 あたしのどこが付き会えないのか。なぜ、あたしと付き合えないのかを突きとめて、孝之の口を割らせてやる。あたしが納得するまで諦めない。そして、本命チョコも。