「終りは貴女にとっての初まりですよ」 にこにこにこにことあたしの前で微笑んでる。天使だか悪魔だか知らない相手がそう言った。 ああ、腹が立つ。はっきりいって、あたしはぶん殴りたい!! この昨年から引きずっているどうしようもないうっぷんの限り。力の限り。思いの丈をこの左手にこめて殴りたい。そうしたら…… 「いいですか。そんなことで、貴女の失恋に伴う憂さは晴らせませんよ。それに、中身はともかく、この器は生身の普通の人間の仕様なので、それは傷害罪になるのでやめてください。私も痛いですし……」 にこにこにこにこ、腹が立つ。なにがそんに嬉しいんだか、楽しんだか。 「あんた、天使だか悪魔なんでしょう? だったら、大丈夫じゃない」 「いいえ、そのどちらでもありません。私は天使候補者を捜す者です」 「だから、天使じゃない。違うの?」 「はい。違います。いいですか。天使とは、この世界の理(ことわり)から解放される者のを差して言うのです。まぁ、候補者はこの最下層世界でなくてもよろしいのですが……」 「最下層世界?」 「はい。ここはこの世界の最下層、貴女たちの言葉で言えば“地獄の一町目”となるでしょうか?」 「なに言ってるのよ。人間は死んだら、地獄か天国のどちらかって決まってるじゃない」 「いいえ。私が見てきた限り、この世界の下にはなにも存在してませんでした」 見てきたって、どうやって見れるのよ、それ? 「それって、変じゃない。悪行を現世でしたら地獄でっていう相場は、どうなっちゃうのよ」 「相場は知りませんが、その場合、そのここでの固有の魂はなくなります」 あたしは目を剥いた。だって、あたしは来世を信じているのだから。 毎日の、なんとなく不安で不確かな中で生きる糧として。それなのに…… 「な、なくなるって、なくなるって?!」 「この世界では消滅ということになりますが、宇宙の全体からは終りではじまりです」 「宇宙? わかった。あんた、宇宙人ね」 にこにこがやれやれと溜息をついた。 あたしはそんな溜息を吐かれなくちゃいけない、わからず屋で手間のかかるお馬鹿な質問をしてるっていうの? 「この世界に宇宙人なんていませんよ。あの宇宙はこの世界の騙し絵みたいなものなのですから。まぁ、でも、ここから、私の言っている真宇宙を見れる者は私の仲間と天使とそれと……」 う……ぅ。さっぱり、わからない……。ますますわからない。お手上げです。 いきなり、サンタクロースになりませんか? と現れたその天使候補者を捜す者はそう言って、あたしを呼びとめて勧誘したのだ。最初は新種のナンパか新手の宗教かと思った。 「こう考えてみてください。神様の宇宙があって、その中のたくさんの世界の一つが今貴女のいる場所だと」 あたしは呼びとめられた時に捕まれたままだった赤いマフラーの先を引っ張って、相手から取り戻した。一年で一番寒い時期に雪が降りそうな怪しげな寒空の下で、あたしは何をやっているのだか。付き合っていたら、風邪を引くわ。きっと、引くわ。絶対、引くわ。 「いい。そんなことはいい。放っておいてよ!!」 去年の、よりにもよってクリスマスイブの前日に失恋して、まだ、一ヶ月と経ってない十六歳の傷心気味なあたしだ。なのに、どうして、こんなわけのわからないことに付き合うという状況に追いこまれなくちゃならないのよ。理不尽すぎる。不条理だ。神も仏もないじゃない。 「そんなことはありませんよ。成人式も終って、節分も終れば、いよいよ、目に入る所、目に入る所、聖バレンタイン一色になりますよ。失恋した傷心気味には辛いですよね。とても、淋しいですよ。クリスマスイブ前日の別れのヒトコマなんて思い出しちゃった日は……。だから、サンタクロースになりません? そんな失恋の痛手も憂さも、行き所のない非肯定的な感情もなくなりますから、ねっ! 保障しますから」 ああ、本当に殴りたい!!! 十六歳の失恋したばかりの(一ヶ月近くたってるけど)乙女になんていうことをいうのよ。信じられない!! 「大丈夫ですよ。なんていっても私がサンタクロースと見込んだお人ですから」 にこにこにこにこ、ムカツクくらいの翳りのない笑顔。この年齢の、私より、三、四歳上なのかな?の人で、このような無邪気な笑顔にあたしは生まれてこの方、お目にかかったことがない。この現実離れしたにこにこ笑顔に。 そこで、気がついた。あたしが全部声に出してないこともにこにこは答えている?! 「そうです。私たちは心が通じあって、こうやって出会えたのですから、当りまえですよ」 いっ、いや〜〜〜っ! あたしにはそんな趣味はない。気持ち悪い!! 「酷いですね。そんなにこの器の容姿、悪いですか?」 ぶんぶんあたしは頭を振った。 器の容姿の作りは抜群よ。ちょっと、秋波を送れば言寄る相手には困らないわ。だけど…… 「あのですね。私のこの世界の器はれっきとした男です。男性です。本来はどちらでもあり、どちらともないというか、この世界でどう言えば……」 ぶつぶつぶつぶつわからないことを言っている。 「えっ?! 男? 本当に男?」 「貴女には器と本来の私とがダブって見えてるのではないですか。じゃ、あれはどう見えてるのですか?」 相手はあたしの混乱した頭に更に追い討ちをかけてきた。目線で示された方向を誘導されるような奇妙な感覚で見てしまったあたし。 そう、それは黒い超気味悪いものを着ぐるみの様に纏った中年女性。しかも、こちらに向って歩いてくる。思わず、あたしは仰け反って、後ずさりした。ぞわぞわぞわぞわ、き、き持ちが悪い……。そんなあたしに相手は怪訝げな表情をして傍らを通り過ぎていった。 「もう、あの人は次の転生は望めないかもしれませんね……」 「……なっ、なにそれ?」 「言いいましたでしょう? ここは最下層、地獄の一町目って。消滅か、転生か、あるいは……しかないんです」 「あるいは?」 「私や仲間が天使候補者と見出した、この地獄の一町目の階層の囚われから巣立った人たちです」 じゃ、あたしは……。 「貴女はサンタクロースです」 だから、それがわからないんじゃない。天使候補者とサンタクロースとはどう違うのよ? 「残念ながらサンタクロース候補者は天使候補者にはなれません。同じような魂は秘めてますが……」 ど、どうしてよ。どうしてそんな差別があるのよ。 「差別ではありません。サンタクロースがこの地獄の一町目の世界の人たちと一緒に居たいと思うからです。この世界から一緒に出たいと願うからです。そうでなくては嫌だと考えてしまうからです」 ありえない。みんな一緒って? あたしが思うってこと? 「あ、あたしはどちらかと言ったら、容姿からみても天使向きよ。そうよ。うん。だから、天使になりたい。だいたい、サンタクロースって男でしょう?」 「それはこの世界の現在のサンタクロースのイメージです」 どうしたって、あの、恰好はウザすぎるぅぅぅ。 「だからですね。それはここのイメージです。そもそも自由を尊ぶサンタクロースに制服なんて変でしょう?」 変なのはあんたよ。サンタクロースは、サンタクロースは……。混乱している頭で答える。 「あたしはサンタクロースより、絶対、天使がいい! 白い羽のついた天使がいい!!」 あたしは大声になる。つい、ムキになって声に力がこもってしまった。そして、めーいっぱい後悔する。ここは街中だったのだ。交差点の見渡せるちょっと手前の歩道上。行き交う人達や交差点を待つ人たちがたくさん存在してる場所。ああ、視線が物凄く痛い! 「白い羽って……。いいですよ。でも、次のサンタクロースが見つかるまではサンタクロースをやってもらいます。よろしいですね。次の大イベントが待っているのに本当に困っているのですから、この欠員状態に。天使候補者なら嫌とは言いませんよね?」 うっ、うぅぅぅ……。それじゃ、結果として、結局、あたしはサンタクロースじゃないの。どうして、天使候補者がサンタクロースをやらないといけないのよぉぉぉ。あたしははめられた?! 「人聞きの悪いことを言わないで下さい。次のサンタクロースが見つかるまでですよ。その時点で意思をもう一度確認させていただきます」 つい、怒鳴りそうになって口を押さえた。ここは人がたくさん往来する歩道。知り合いが通るかもしれない歩道。必死に自分を宥める。 「一応、お聞きするだけです。その時に決心が変わらなければ、天使候補者とします。でも、サンタクロース気質の人はこの地獄の一町目の世界の人たちを置いて行けない人が多いのですよ、本当に……」 そう言って、天使候補者を捜す者は遠い目をした。 そして、あたしが口を開くより先に相手が言葉を続けて、人込みに姿を消した。 「すみません。時間がなくなっちゃいました。では、後程、ご連絡いたします」 な、なんなのよ!! あたしは心の中で地団駄を踏んだ。 そして、数日後の日曜日、お昼ちょっと前。 現れた。誰がって? 「お姉ちゃん、お迎えが来たわよ?」 ニタニタしながら、一つ違いの妹が部屋に入ってきた。 「えっ?」 あたしはパジャマは着替えたもののダラダラとして、寝転がって雑誌を捲っているところだった。だから、当然、外出する用意もしていない。 「お姉ちゃん、その恰好で行くの?」 しげしげとそう言って妹はあたしを品定めるするような眼差しをする。なんのことだか、さっぱりわからずにあたしは、階段を下りていってはじめてことの次第を悟った。 「少し早かったようですね。ここに来る前にあった、公園で待ってますのでゆっくり、いらして下さい」 そう言って、天使候補者捜し人は玄関の扉を閉めた。あの笑顔を見せて。 「失恋したって、あれ、嘘? いつの間にやら……」 それは、あんたのことよ。油断も隙もない。いつの間にやら背後に忍び寄ってるじゃない。まだ、ニタニタ笑ってる妹を無視することにして、あたしは急いで着替えて家をへ出た。 「ど、ど、ど、どう……」 家人につけてこられないように背後に気をつけて、珍しく全速で走ってきたので心臓がバクバクで声にならない。玄関で靴をはいている時、こちらを伺ってるらしい妹と母親の存在を感じたのだ。 そして、疑問を浮かべたことをすごく後悔する。なぜならば、相手がこう答えたからだ。 「私たちは心が通じあっているのですから、こうやって会えるのです」 ああ……聞かなきゃよかった。さっきまでの平和な日曜が……。あたしの正常な日々が壊されていく感じがする。悪魔は忘れた頃にやってくるんだわ。 「それは、あんまりな言いようだと思うのですがね。それに、悪魔なんて、そんな者は存在してません。言いましたでしょう? 私は天使候補者を捜す者ですと」 「な、何しに来たのよ」 「もちろん、サンタクロースの打ち合わせにですよ。大イベントが近いですからね」 大イベント? クリスマスはず―っと先じゃない。 「聖バレンタイン・デーですよ。二月十四日の」 あぅぅ、なによそれ?! 「どうして、サンタクロースがバレンタインなのよ」 「サンタクロースは愛を手助けする役目だから、当然です」 「それって、キューピットじゃない?」 「いいえ、サンタクロースは人間が人間に注ぐ愛を手助けするのです。対照は男女の恋愛系に偏りません。この地獄の一町目の世界を愛で包むのがサンタクロースです」 あたしは一瞬、確かに気を失ったと思う。そして、復活して叫んだ。 「どうして、自分の恋すら成就すらできないあたしが世界を愛で包めるのよ!」 相手はにこにこにこにこ言う。 「大丈夫ですよ。人生とはそういうものでしょう? サンタクロースの役目を果す貴方と恋を追いかける貴女と両方が存在していてよろしいのですから」 もう一度、ぷっつんと思考が途切れそうになって、あたしは踏ん張った。ここで、途切れたら自分のバレンタインが何処かへいってしまいそうだったからだ。 「あたしのバレンタインはどうなるのよ」 「今年は本命はいないのでしょう?」 グサグサと十六歳のいまだ傷心の乙女のあたしに。ああ、なんてことを。ああ、なんてことを!! さらりと…… 怒りが込み上げてくる。落ちつかなくっちゃ。ここで感情的になっても、この相手には通じない。そうよ。 「まだ、二週間ちょっとあるわ」 そうなのよ。まだ、ニ週間以上あるのよ。負け惜しみじゃないわ。出会いって、運命って、あるものよ。きっと。信じるものに訪れる奇跡ってものが。 あたしは不覚にも、一瞬、不思議な眼差しを向けられてドキンとしてしまった。このトキメキは、なぁ〜に? 「たぶんないと思うのですが……。まぁ、その時はその時で考えましょう」 にこにこ微笑みながら人の痛いところをツボを外すことなく言ってのける。遠慮ってものを知らないの? でも、返す言葉が見つからない。そんな自分が情けない。 あたしは、あたしはバレンタインまでに絶対に本命を見つけてるやる。必ず見つけてやる。そう自分に強くハッパをかける。信じるものは救われるべきよ。もし、こんな必死な乙女の願いを聞かない神様だったら殴ってやる。 どっぷり、過剰に反応して興奮と疲れを抱えて家に辿りつくと妹と母が待ち受けていた。好奇心全開な顔をして。 「ねぇ、ねぇ、どこで知り合ったの。あんなに素敵な人?」 誰が、素敵? 誰が? あたしは二人を睨んで、二階の自分の部屋へと上がった。 ええぇ〜い! 話して信じてもらえるなら、話したい。全部話してあげるわよ。こんな迷惑な誤解は鬱陶しいー!!! あたしの恋の終りは初まりだった。あたしにとっての、とんでもない非日常のサンタクロース人生の初まりの。