約束の日が来てしまっていた。 ミランダはきちんとした身仕舞いとは裏腹に、内心はボロボロで真っ青である。どうしたものかと、つい先ほどまで彼女なりに真剣に考えていたのである。 生まれてこの方、彼女はこんなに頭を必死に悩ませたことはなかった。しかし、いい考えはまったくというほど思いつかず。半ば焼けで煽った昨夜の酒はすこぶる不味かった。 ケインから貰った結婚指輪はとうとう、見つからず。やり過ごす手段の方もさっぱりだった。 「ええいーっ! 女は度胸よ!」 そうは言いつつ、彼女には珍しくうつむき加減で足取りは重い…… 五年前、ケインから家に代々伝わる指輪を貰って、ミランダは結婚を申し込まれた。 そこまでは最高に良かったのだ。 彼が修行の為に五年間留守にするけど待っていて欲しいと――いつもの例に漏れず、五年間も一人で修行に出るという――本来なら怒るべきところをケインに上手く乗せられ、丸め込まれ。『待ってるわ』などと言ってしまったミランダである。まぁ、念願が叶ったのだから、ここまでは仕方ないとして。問題はその後だった。 とうとう彼に言わせたという勝利へのお祝いと丸め込まれた愚痴晴らしの酒を――。いや、いつもの調子で居酒屋へ夕食を取りに行ったミランダだった。 かなりのテンションでミランダは舞いあがっていたのだろう。夕食が酒宴にとって変られるまで、さほどの時間を要しなかった点をみてもそれは明かである。おかげで居酒屋で眼が覚めた時、不覚にも泥酔して寝こんでしまっていたらしい自分を発見して吃驚したくらいだ。 弁明しとくが、彼女にとって、泥酔して途中から記憶がないのは後にも先にもこの時だけである。 そして……、気がついた。ケインから貰ったはずの指輪がない!ということを。 焦って、散々、捜しまわり、居酒屋の亭主や他の人にも聞いたが見つからない。魔導の力を借りても見出せない。どうやら、特殊な指輪の類らしかったようなのだ。 パニックを起こしながら、今日、旅立つケインを見送りに行った。 『じゃ、身体に気をつけて……』 ケインが唐突に言葉を切ったので、ミランダは内心ドキリ!とした。 気づかれた? いえいえ、そんな事はないはず。彼は出発の準備で忙しかったはずなのだから。自分が指輪を捜してる話は知らないはず。だって、先ほどの今だし。たぶん…… では、彼は指輪を確めたいのだろうか? ケインは軽くため息をついた。 『お酒が好きなのはわかってるけど、あまり、飲み過ぎないようにしてくれよ! 昨夜、飲みすぎただろう?』 『ち、ちょっと、嬉しくてね……』 良かった、なんとか誤魔化せそう。 ミランダは内心、胸を撫で降ろす。 そうよ。ケインが旅立ってからゆっくり、捜せばいい。時間はたっぷりあるのだから。 『あの指輪は大切にしてくれよ。家に伝わる大事なものだからさ』 『わ、わかってるわよ。大丈夫よ!』 顔は引きつってないだろうか? ミランダは背中に冷たいものを感じつつ、微笑んだ。 『じゃ、元気で!』 優しい抱擁を交わして、ケインは笑顔で旅立って行った。 それが、五年前…… そして、今日はその約束の日であった。 五年間、あらゆる手を尽くしたが指輪は見つからず。 仕方なく、この、魔導師である自分がいかがわしい感じバリバリの占い師にも頼った。が、結果はご覧の通りである。 指輪は見つからない! 五年前の約束の場所、街の出入り口がだんだんと近づいてきた。 こんな早朝なのに人影が見える――ケインだろうか? 彼は時間に正確な男である。 近寄っていくと、予想通り、やっぱり、ケインである。 「ただいま。ミランダ」 朝日に輝く五年ぶりの笑顔が懐かしい。 もう、どうしようもない。諦めて真実を話そう。ミランダはそう腹をくくった。 「お帰りなさい。ケイン。実は……」 「五年間、退屈しなかったかい?」 ケインの脈絡のわからない唐突な話題に言葉がでないミランダである。 「君は退屈すると、きっと、追いかけてくるかと……。それが心配で、五年前さ」 五年前って、ケインは何を言うつもりなのだろう? ミランダにはさっぱり、わからない。 「君が五年間退屈しない魔法をかけたんだよ、俺」 「魔法?」 ケインがおずおずと指輪を差し出した。 それは紛れもなくミランダがなくしたはずのあの指輪である。 ……ええぇぇぇ!? どういうこと? ミランダはすみれ色の瞳を驚きに見開いて、それを手にとって確めてみる。 確かにあの指輪である。 「君にここで待っていて欲しくて、あの夜、居酒屋の亭主に頼み込んで、酒にちょっと細工をね。その細工で泥酔して寝こんだ君から指輪を取ったのは俺なんだ」 うっ、うそ…… あまりの意外な展開にミランダは混乱してしまう。 「ミランダ、結婚しよう!」 ケインはミランダを抱きすくめた。 ええぇぇぇ!? なに、どういうこと? あたしのこの五年間は…… ミランダの頭の中が真っ白に変る。 その後、ミランダは思う。 ケインは魔導師より、詐欺師になるべきだったんじゃいかと。 結局、ケインには、またしても上手く丸め込まれてしまったミランダである。 まぁ、お酒も美味しいし、先の事はこの酒を楽しんでから考えることにしよう。 ミランダはケインのお土産のお酒に嬉しそうに舌鼓を打った。 それを満足そうに見ながら、 「ミランダのお土産にはやっぱり、酒が正解だったな」 しみじみとケインが言った。