どどーどっーーー!!!
扉の向こうには宿屋の廊下はなかった。ただ、闇と赤の斑の砂が渦巻いていただけである。
さっきより、凄まじいと感じるのは気のせいだろうか。一瞬、ミランダはそう感じた。
「あ、あ、あたしのお昼が……!」
期待を裏切られて、ミランダは絶句した。空腹の前に危機感が吹っ飛んでいる。
硬直しているミランダを引き戻し、ノアノアは素早く扉を閉めた。
「どうやら、魔法が中途半端に効いたようですね」
「お昼ご飯は?」
「そんな場合ではありません。このままでは宿屋にあの恐ろしい世界を引き入れてしまいます。わたしが光の清音を声明しますから……聞いてますか、ミランダ!」
「聞いてない。お昼、食べたい……」
ミランダに対する怒りよりも、厭きれた思いの方がノアノアには強かった。いつものことではあるが、ミランダがこうなっては仕方がない。今回は悠長に待っていられる状況下でもない。本来は二人で魔法を繰り出した方が状況的にいいのだが、ノアノアは諦めて、一人で光の清音を声明しだした。幻魔に勝つにはその闇の力を凌駕する光の力が必要である。光の力は清音の魔法の方がノアノアの場合は強い。ミランダの場合は炎の魔法である。
それにしても、気になるのはあの闇に混ざる赤色である。ノアノアは目を細めた。幻魔以外の何かが融合してるかのようなあの赤色。
あれはなんだろう?
それともなんの力も意味も持たないものだろうか?
とにかく、ここから、出ないと……。
ノアノアの清音が先ほど以上の光を生み出そうと輝きを増す。
……チリッ! ミランダの胸の皮袋でガーネットが跳ねた。
――こんなにお待ちしてますのに、どうして、あの方は戻られないの……
――お父様は新しいお相手を連れてきたわ。貴方が約束したガーネットを持って……
――誰か助けて! わたくしはあの方がお戻りになるまで、ここにいたい!
――アラバンタンの街を守る守護聖人様、そうぞ、助けてください!
――どうして、誰もわたしの願いを叶えてくださらないの!
すみれ色の少女が泣いていた。あらん限りの希望と絶望を抱えて。少女の希望である彼の人を求めて、求めて泣いていた。
ミランダにはその切なさが痛いほど共感できた。だが、経験上、なにも出来そうにもないことも同時に知っていた。彼女がただ、待って閉じたまま自分の殻に閉じこもっている限り、誰も手を差し延べることも助言も届かないのである。結局は己次第、自分で切り開くしかないのである。
突然、ミランダの脳裏に昨夜の酒場での会話がふと浮かんできた。
『このアラバンタンの街にはこの地方の伝説の守護聖人のガーネットがあるのだそうです。そのガーネットは素晴らしい力を秘めていて叶えられない恋でも叶えてしまうのだそうです』と、ハッザスは言った。
『それって、もし、どちらかが亡くなった場合でも叶うものなのかしら?』
『さぁ、どうでしょうか……伝説ですから……』
『どうしたら、伝説の守護聖人のガーネットが手に入るのですか?』
『伝説の守護聖人に祈るのだそうです。選ばれた者のみが授けられると言伝えられてます。』
ええい! 女は度胸と勘よ、ミランダ!!!
あのガーネットを寄越した少年は『自分を信じて』と言ったじゃないの。
自分にはっぱをかけながら、ミランダは皮袋からガーネットを取り出した。そして、扉を明けてそれを闇と赤の砂の世界へ勢いよく放りこんだ。
「貴女の欲しかったものよ! 受けとって! お願い!」
その行動はミランダの勘からでたとも言うべき行動だった。ミランダの少女への切ない願いを乗せて闇と赤の斑の世界へと落ちていく……。
次の瞬間、闇と赤の斑の世界が揺れた。
光と赤の融合した世界へと変化していく……。
さらに、ノアノアの光の清音の優しい光がそれを
誘う。
光と赤の輝かしい温かい光が全てを一瞬優しく満たした……。
『ありがとう……』
ミランダの耳にそう聞こえたような気がした。
「どうして? どぉ〜して?」
ミランダとノアノアの前には闇一色の蟻地獄の幼虫のような幻魔がいた。
二人はゼイゼイと息を切らしながらそれぞれの魔法を炎を清音を繰り出していた。
「さっきのと違うようですね…」
「お、終ってない?! 悪夢が次から次にって感じの……この状況はどういうことなの? 少女の幻魔一体と思っていたのに、あとからあとから……。あぁー、ご飯が食べたい!!!」
「同感です。この状況はいつ終るのでしょうね」
ホッとしたのも束の間である。二人はまた、闇一色の中に幻魔と向き合っていた。
「ああ、もう、何時になったらご飯にありつけるのかしら……」
ミランダが泣き言を言っても食事は出てこない。
「これで最後にしたいですね……」
いい加減に幻魔もミランダの泣き言にも飽きていたノアノアは言った。
これで何体目の幻魔になるのだろう?
ミランダとノアノアは力を合わせて、光の魔法で、また、幻魔を消滅させた。
二人がやっと、宿に戻れたのは師匠と取り決めた最終日の前日だった。翌朝にはここを立たなければいけない。腹ごしらえをしてそのままベットに倒れ込み、翌朝、お弁当を作ってもらい宿を立った。もちろん、あのミランダであるから朝食もしっかり食べたのは言うまでもない。
「結局、予定どうりでしたね」
「違うわよ。お師匠様にいいようにやられたんだわ」
ミランダが不機嫌そうにそう言った。
「わたしはいくらなんでも、そこまでしないと思いますが……」
「あんたは甘いのよ! 絶対、そうなんだから」
「じゃ、ハッザスもあの少年もですか?」
「そうよ。お師匠様はがっぽり稼いだのよ、きっと。このアラバンタンの街には幻魔がうじょうじょ存在していたのを知ってたのよ。こういう展開も予知してね」
「確かに未来見の能力がおありですから、予想はしてらっしゃったとは思いますが」
「生ぬるいわね。お師匠様の未来見は見るだけのものじゃないのよ」
「でも、未来見はその運命を変えることは出来ないはずでしょう?」
「あんたは誰があたし達のお師匠様だと思ってるの?」
「マーリン様です」
「じゃ、わかるでしょう? あの業界では有名な変わり者で不届き物のマーリンよ!」
「しかし、普通……」
「あんたって、魔法の才能は確かにあるけど、ほんと!魔法業界事情知らずね。これから一人で魔導師として、本当にやっていけるのかしら……」
ミランダはここにいない相手への憤懣の矛先をノアノアに向けていた。
あれほどまでに幻魔退治に息投合して協力し合っていた二人は何処かへ行ってしまっていた。
「それは、貴方がこの魔導師仕事見習期間中にわたしの足を引っ張らなければ大丈夫です!」
「あ、あんたって、可愛くない!」
ミランダは怒って、ずんずん一人で行ってしまった。
ノアノアには教えてあげないんだから。あのハッザスは豪奢な館の前以外で出会った以外はお師匠様の変身で、あの少年も……きっと、そうだったんだわ。あたしの、あたしの心を弄んだんだわ。許せないったらない!たら……。
――貴女とはもう少し、お話がしたいですね。
ああ、あの言葉……。
信じたあたしの純真な恋心をどうしてくれるのよぉぉぉ……。
お師匠様のばぁかぁぁぁ……。
婚約者未満の恋人がいるミランダである。そんな微妙な迷いから抱いた恋心なのだから、純真な恋心とは言えないわけではあるのだが。
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詐欺師宝石盗賊のアメシスは艶っぽい溜息をついていた。伝説の聖人が選んだのがあのミランダという小娘だということが、どうしても納得のいかない彼である。しかも、その貴重な宝石も再び小娘を見つけた時にはどこかにいってしまっていたのであるからなお更である。
「アメシス、今回はせっかく、ハッザスの変装が上手くいったのに……」
「言うんじゃないの! 伝説だの聖人絡みだのは手に入れるのが難しいんだからね。あんた達、今回の必用経費は次回で回収するわよ」
詐欺師宝石盗賊のアメシスはそう誓うのだった。
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――このアラバンタンの街にはこの地方の伝説の守護聖人のガーネットがあるのだそうです。そのガーネットは素晴らしい力を秘めていて叶えられない恋でも叶えてしまうのだそうです。
――それって、もし、どちらかが先に亡くなった場合でも叶うものなのかしら?
無邪気なすみれ色の瞳が問いかける。
――さぁ、どうでしょうか……伝説ですから……
――どうすれば、伝説の守護聖人のガーネットが手に入るのですの?
――伝説の守護聖人に祈るのだそうです。選ばれた者のみが授けられると言伝えられてます。
――じゃ、わたくしは愛しい方を失ったら、その守護聖人のガーネットに祈ればよろしのですね。
――そんな心配はいらないと思いますよ。貴女を置いて逝ける人など、この世にはいないでしょうから。
黒い瞳がすみれ色の瞳がお互いを優しく見詰め合う。
黒い瞳の青年が少女に言う。
――貴女とはもう少し、お話がしたいですね。
the end